7.

「ただいまー」
 リィルが部屋の扉を開けると、中からは、はしゃぎ声が聞こえてきた。
 部屋の中では、ニーナとアスティが、二人で遊んでいた。
「ままー、おかえりー」
「‥‥お、おかえりなさい」
 ニーナも、どこかぎこちない様子で、挨拶をしてきた。
「アスティ、お姉ちゃんに遊んでもらってるんだ。いいわねー」
 リィルはポーチをしまいながら、そう言った。
「うん、いっしょに遊んでるの」
 アスティは、楽しそうに言った。
 そういえば、アスティは他の子供と遊んだと言うことが無かったかもしれない。定住してないという事が一番の理由だろうが、アスティが同年代の子と遊ぶ機会をリィル達が与えていなかったというのも本当だろう。
「よう、おかえり」
 奥の部屋から、アレクが出てきた。アレクはきょろきょろと見回すと、リィルに訊ねた。
「で、結果はどうだったんだ? それと、イオはどうしたんだ?」
 リィルはアレクを連れて隣の部屋に入ると、扉を閉めた。
「上手く行ったわよ。行き過ぎみたい」
 そう前置きすると、リィルは細かい経過をアレクに報告した。もちろん、イオの最後のアンダーバトルでの試合がこれから有ることも話した。
「ふぅん、ま、良かったみたいじゃないか」
 そう言った後、アレクは急に小声になって話し始めた。
「ところでさ、リィル」
「な、なに?」
 アレクにあわせて、小声になって答えるリィル。
「イオに、なんかおかしいところなかったか?」
「イオ君に? うーん、何か悩んでるような気はしたけど‥‥‥」
 アレクは、隣の部屋の方向をちらと見ると、話を続けた。隣の部屋では、アスティとニーナが遊んでいるはずだ。
「実はな、ニーナの様子が変なんだ」
「変‥‥って?」
 何がどう変なのかリィルにはわけがわからなかったので、アレクの次の言葉を待った。
「ニーナ、どうやら記憶が戻ってるみたいだ」
 その言葉には、リィルも少し驚いた。自分も含めて、身近で記憶喪失になった人が今までいなかったということもあるのかもしれないが、記憶喪失がそんな簡単に治る物だとは知らなかった。
 だが、問題はそんなことではなかった。アレクの次の言葉は、確かにリィルを考え込ませた。
「どうやら記憶はもどっているらしい。だが、記憶が戻っている上で、ニーナはそれを隠そうとしているように見える」
 話し方は仮定形だが、アレクにとっては断言しているに等しい。
 リィルが黙っているので、アレクはさらに言葉を続けた。
「どうして、ニーナが俺達に記憶が戻ったことを隠すんだ? それは、何か隠さなきゃいけない理由があるからだ」
 当たり前のことを言うアレク。
「だから、その辺の話を、リィルがイオから聞いてないかと思ってな」
 アレクの話を聞いて、リィルは力無く首を振った。
「そっか‥‥‥よーし、いっちょカマをかけてみるか」
「え、何をするの?」
 リィルが質問する間もなく、アレクはいきなり大声で話し始めた
「何! イオがか!?」
 アレクの口調は、どこかわざとらしさを感じる。
 リィルをひじでつついきながら、ほら、と言うリィル。それにぴんときて、リィルも大声で話し始めた。
「そうなのよ! イオ君が!」
 リィルの口調も、これまたわざとらしい。もちろん、隣の部屋にいるニーナにわざと聞かせるために、大声で話しているのだ。
 アレクは、大声で話しながら、するするとドアに近づいていった。そして、タイミングを計って、いきなりドアを内側に開けた。
「きゃっ」
 ドアに寄り掛かってこちらの部屋の様子をうかがっていたニーナは、寄り掛かる物が無くなって、こちらの部屋へと転がり込んだ。
 ドアの向こうでは、一人アスティが、訳判らずに座っていた。
「ニーナちゃん、どうして、私達に教えてくれなかったの?」
 リィルは、半泣き状態になっているニーナをなだめながら、そう言った。
 すぐそばには、アレクが気まずそうに立っている。
 ニーナは、ぐずりながらも、リィルの質問にゆっくり答えていった。
「イオ兄ちゃんが、試合の始まる時間、教えちゃ駄目だぞ、って」
「試合の始まる時間? 六時からって聞いてるけど?」
 リィルは、さっきイオから聞いた言葉を思い出した。確か六時からと言っていたはずだ。
 だが、ニーナはリィルの言葉には、首を振って答えた。
「ううん、ほんとうは、五時からなの」
 その言葉に、リィルは衝撃を受けた。何よりも、イオに嘘をつかれたというのが、ショックだった。
 黙ってしまったリィルに変わって、アレクが質問した。
「どうして、そんな嘘ついたんだ?」
 ニーナは、もう何も隠そうとせずに、ただ話していった。
「イオ兄ちゃん、今日の試合で、かたき、うつっていってた。それと、おとうさんののってたえーけー、取り返してくるっていってた」
 えーけーとは、アーマード・ナイトの事だろう。だがそれ以外の意味は、リィルとアレクにはさっぱりだった。
「‥‥‥アレク、今何時?」
 リィルは、腕時計を外していることに気が付いて、アレクに時間を訊ねた。
「今‥‥‥いかん、もう五時だぞっ!」
 ニーナは、イオの試合は五時からだと言った。リィルはイオから、六時に始まると聞かされた。いったい、イオはその一時間の間に、何をするつもりなのだろうか。
「リィル、行くぞっ!」
「うん」
 アレクやリィルに、直接危険が迫っているわけではないが、このままイオを放っておくわけにはいかない。
「アスティ、もう少しおるすばんしててね」
 リィルは冷蔵庫からプチゼリーを取り出すと、それを袋ごとアスティに渡した。アスティの興味は、たちまちそのゼリーに向けられた。
「あの‥‥‥」
 リィルが靴を履いていると、後ろからニーナが話しかけてきた。
「‥‥‥なぁに?」
「わたしも‥‥つれてって‥‥」
 下を向いて、しょぼんとしながら言うニーナ。小さな身体が、より一層小さく見える。
「‥‥‥早く靴履いて。もうハイヤーが来てると思うから」
「は、はいっ」
 ニーナも、急いで靴を履き始めた。
 リィルとアレクとニーナの三人は、急ぎ足でハイヤーへと乗り込んだ。
 いったい、イオが何をしようとしているのか。それを確かめるために。


8.

 がきぃんっ!
 二体のアーマード・ナイトの剣と剣がぶつかりあい、派手な火花が上がった。
 闘っている二体のうち、片方はもちろん、イオが乗るアルマーズだった。もう片方は、ライオットという三十過ぎ男が乗る、レオ・ガングースという名のアーマード・ナイトで、これまでずっと剣を使って勝利を収めてきた相手だ。だが、そのレオ・ガングースは、すでに装備の大半を失い、機体はボロボロだった。
 イオがここまで優勢に闘って来れたのは、イオの読み勝ちであった。イオは、おそらくライオットがまた剣を主武装で来ると読んだ。だが、そう読んだ上で、イオは自分も剣を主武装にしたのだ。そして、剣以外の武器は何も持たなかった。
 ライオットの方は、剣を主武装にするのは変えるつもりはなかった。親しい人には言ってあるが、ライオットは剣以外の武器で闘うつもりはなかったからだ。だが、ライオットが剣で来ることを予想して、剣が届かない距離で闘う作戦を取ろうとする相手が多いであろう事は、予想していたし、実際多かった。そのためレオ・ガングスは、剣を持ちつつも、剣が届かない距離に逃げられたときのために、ビームライフルやホーミング・ミサイルなどを持っていた。
 武器を剣しか持たないイオ。剣以外にも色々持っていたライオット。ここで勝負の大勢は決まっていた。イオが近距離戦を望んだ時点で、ライオットのビームライフルやホーミング・ミサイルは、すべてただの重りと化してしまったのだ。
 また、イオは剣以外に武器を持たなかったおかげで、機体のポテンシャルを上げることに専念ができた。イオは、アルマーズのコンピューターに高性能な物を選び、さらにミッションディスクに、回避性能が格段にアップするものを選んで、インストールした。回避性能が上がれば、レオ・ガングスの攻撃は、アルマーズに当たりにくくなる。さらに、レオ・ガングスは最初から重りを背負っており、その動きは鈍くなっている。
 同じ機体で闘えば、ライオットの方がいくぶんか有利だったに違いない。事実、賭の倍率は、ライオットの三倍に対して、イオは七倍だった。
 だが、ついにレオ・ガングスは地に膝をついた。レオ・ガングスはぴくりとも動かなくなり、アナウンサーはイオの勝利を宣言した。
 リィルとアレク、それにニーナが客席に姿を表したのは、ちょうどその時だった。


「ど、どうなってるの?」
 リィルは、いらいらしながら辺りを見回した。勝負が付いたようで、あちこちで賭に負けた人が賭け札をちぎって放り投げている。
 アレクが、賭札を持ってにこにこしている中年の男に、今の試合の結果がどうなったのかを聞いてみた。
「そりゃ、俺のにらんだ通り、アルマーズの圧勝さ。あのガキ、絶対何かやってくれるって、俺は信じてたのさ」
 男はその後、自分の目が正しいだとかの自慢話を始めたが、そこまで聞いてやる義理はアレクにはなく、そうそうに立ち去ってリィルとニーナのもとへと戻った。
「どうやら、イオの奴、勝ったみたいだな」
「イオ兄ちゃん‥‥‥」
 ほっとしたように胸をなで下ろすニーナ。
 リィルも、アレクのその言葉にほっとはしたのだが、それと同時に、今度は先ほどのニーナの言葉が気になってきた。
「イオ君は、お父さんの仇を討つと言っていた。お父さんのアーマード・ナイトを取り返すとも。その目的は、果たされたのかしら?」
 その疑問に答えられる者は、誰も居なかった。
 試合場では、勝利者インタビューが始まっていた。だが、そのインタビューは、一度だけリィルが見たインタビューとは、だいぶ趣が違っていた。


(いくぞ‥‥‥、父ちゃん、見ててくれよ‥‥)
 試合が終わったばかりだったが、イオにとって、今が始まりであった。
 イオは、アルマーズを降りながら、興奮が身体を包んでいるのを実感した。
 インタビュアーの横に立つと、正面には主催者席が見えた。だがその間には何重もの耐熱、防弾ガラスがあり、同じ空気を吸うことはかなわない。
「ランクB優勝者、イオよ。‥‥何を願う?」
 イオは、一呼吸置いて、ゆっくりと、主催者の男、ミセリオ・ガーソンに向かって言った。
「ミゼリオさん。俺は、‥‥あなたと闘いたい」
 客席が、どおっとざわめいた。普通、ランクBの優勝者が願うことは、ランクAへの昇格だからだ。イオのような願いは、前例がなかった。
 イオのその願いには、長い長い沈黙が答えとなって帰ってきた。


 試合場の様子は、リィル達にもよくわかった。だが、理解はまるでできなかった。
「いったいどうなってるの?!」
 リィルがいいかげん切れかけた時、後ろからリィルを呼ぶ声があった。
 振り向くとそこには、三十過ぎの男の顔があった。
「ロイさん‥‥‥でしたっけ」
 そこに立っていたのは、《TEAM・RASHKA》の整備長兼オーナーの、ロイだった。
「試合が始まっても姿を見なかったので、どうしたのかと思ってましたよ」
 まさかイオに嘘を教えられたとも言えず、リィルはどもってしまった。
「そ、そんなことより、これはいったいどういうことなんですか?」
「まさか、私もイオがあんな願いを言うとは思いませんでしたよ」
 ロイは、リィルの問いに困ったように頭をかきながら答えた。
「各トーナメントの優勝者は、その報償として、何か一つ願いをかなえてもらえるんですよ」
「願い?」
 思わずハモるリィルとアレク。
「ええ。ただ、ランクAの選手以外は、普通は、ランクの昇格が願いなんですけどね。もちろん、制限は多いですけど、それ以外の願いを言うこともできます。主催者にとって不都合だと思えるような願いを言った者には、すぐさま護衛のアーマード・ナイトがやってきて、取り押さえられてしまいますけどね」
 その時、長い沈黙を破って、主催者のミゼリオが口を開いた。
 ざわめいていた客席も、急にしんとなる。リィル達も、ミゼリオの言葉を待った。
「イオとか言ったな。‥‥どうして私と闘いたい?」
 イオはその問いに、慎重に答えていった。
「俺は、‥‥今日でアンダーバトルから足を洗います。その前に、一番強い人と闘いたかっただけです」
 そのイオの答えに、客席は大いにわき上がった。だが、それがイオの真意でないと気付いた者は、誰もいなかった。
「面白い‥‥。その願い、聞き届けてやろう!」
 会場は興奮の渦に包まれた。
「イオよ、貴様、今日でアンダーバトルから足を洗うと言ったな。ならば、今すぐこの場で闘うのか?」
 イオは用意しておいた最後の言葉を付け加えた。
「はい。それと、ミゼリオさんには、ぜひラーグランツに乗って闘って欲しいです」
「はっはっは、そこまで願うか。いいだろう、試合後すぐだが、手加減など無いものと思え!」
 そういうと、ミゼリオは、主催者席から立ち上がった。
『只今より五分後に、ミゼリオ・ガーソン対イオの試合を行います』
 アナウンスが入った。客達は、先を争ってミゼリオ対イオの賭札を買っていた。
 リィルには、わけがわからないことだらけだった。


「あのミゼリオって言うのが、イオの父親、ゼファを試合で殺した奴なんだ」
 そのなにげないロイの一言は、深くリィルの心に突き刺さった。
「‥‥イオ君は、お父さんの仇をとると言っていた。ということは‥‥‥まさかミゼリオを殺そうとしているというの?」
 リィルは、アレクにだけ聞こえるように、そう言った。
「そう考えるのが、妥当だろうな」
 アレクは、あくまで冷静にそう答えた。
「そんな、だって、イオ君はアンダーバトルをやめるって‥‥‥」
「それらも、狂言だったんだろうな」
 だが、リィルには信じられなかった。騙された、という思いよりも、わかってあげられなかったという後悔の念の方が大きくなる。
 リィルはまたロイの方に向き直ると、もう一つ質問をした。
「‥‥じゃあ、お父さんのアーマード・ナイトを取り返す、っていうのは?」
「イオのやつ、そんな事も言ってたんですか。‥‥ミゼリオが乗ってる、ラーグランツって名のアーマード・ナイト、あれは昔はゼファが乗ってたんですよ。ミゼリオがゼファに勝ったとき、それもトーナメントの決勝だったんですが、ミゼリオがその当時の主催者に言った願いが、ラーグランツが欲しい。という願いだったんですよ」
 ロイは、苦々しくそう言った。ゼファが乗っていたという事は、もちろんロイが整備をしていたという事だ。
「‥‥‥そんな願いも許されるの?」
「過去に前例はありませんでした。だけどその時、ラーグランツのパイロットであるゼファは死んでいたし、さらにミゼリオのアーマード・ナイトは、ゼファとの戦いでボロボロになっていたんですよ。そういった要因がいくつもあったからでしょうね」
 リィルは、ロイから話を聞いて、イオが何をしようとしているのかは、だいたい理解したつもりだった。
「ロイさん、色々ありがとう」
「なーに、ゼファにもイオにもずいぶん世話になったからな。わけないさ」
 ロイは、そわそわしながら、再び客席へと戻っていった。
(私は、どうしたらいい?)
 それらを理解した上で、リィルはどうしたらいいのか。その答えは、考えるよりも早く、行動で表されていた。
「アレク、協力してくれる?」
「‥‥嫌だと言っても駄目なんだろ」
 リィルはアレクに短く言葉を伝えると、ニーナを連れて、人混みの中に消えていった。
「おいおい、簡単に言ってくれるぜ」
 アレクも何か愚痴をいいながらも、リィル達とは反対の方に消えていった。
『‥それでは、ただいまより、ミゼリオ・ガーソン対イオの特別試合を行います!』
 リィル達が消えたことに気付いた者は、誰もいなかった。


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