9.

『チャレンジャー、アルマーズを操るは、トーナメントチャンピオン、イオ!』
 イオは、自分でも不思議なくらい、やけに冷静だった。
 今さっき前に、一試合こなしたばかりだった。剣も刃こぼれがあるし、盾もかなり傷ついている。もちろん疲れは残っているし、何より、精神的に疲れている。
 だが、やっとミゼリオと同じ土俵に立てると思うと、そんな疲れはどこかに吹き飛んでいた。
『そして迎え撃つは、現役時代は天才として恐れられた男、アンダーバトルの総責任者、深紅のアーマード・ナイト、ラーグランツを操る男、ミゼリオ・ガーソン!』
 客席が大きくざわめいた。無理もない、ミゼリオは、ここの主催者になる直前の半年前まで、このアンダーバトルで闘っていた、有名なドーラーだったのだ。その真っ直ぐな戦い方と、それに正比例するような残虐性が、観客を魅了した。
 引退してから半年経った今でも、恐らく敵無しだろう。ラーグランツがすぐに試合できる状態にあったという事も、ミゼリオが鍛錬を怠っていなかったことの証拠だ。
 まともに闘えば、すでに一試合闘って、消耗しているイオでは、ほぼ勝ち目はないだろう。たとえ仕切りなおしても、果たして勝率がいくつになることやら知れたものではない。ちなみに、賭の倍率は、ミゼリオが二倍に対して、イオは九倍だった。
 だが、イオには秘策があった。ミゼリオが、ラーグランツのすべてを知っていなければ、‥‥イオには勝ち目があった。
「父ちゃん、いくよ‥‥‥」
 イオは、アルマーズとともに、じっと試合の開始を待った。
『それでは、特別試合、開始!』
 まるでそれを待っていたかのように、アナウンサーは、静かに、試合の開始を宣言した。


「左?! くぅっ!」
 反応したときには、すでにラーグランツはそこにはいなかった。イオは必死にラーグランツの姿をとらえようとしたが、それはかなわぬまま、アルマーズの装甲はどんどん削られていった。
「はははは、どうした、イオとやら。手も足も出ぬのか?」
 ミゼリオは、イオを嘲笑するかのようにそう言った。
 だが、悔しいが、イオにはまさしく手も足も出なかった。機動性、運動性、どれをとっても、アルマーズよりラーグランツの方が上だったし、何といっても、イオよりもミゼリオの方が、ドーラーとしてはるかに上だった。
「まったく、久しぶりの試合なのに、つまらんな。少しは楽しませて欲しいものだ」
 そういうと、ミゼリオは再びラーグランツを変幻自在に動かし始めた。
 やはり、イオには、動きを追うだけで精一杯だった。これでは、秘策も使いようがなかった。
「くらえいっ!」
 ラーグランツが、アルマーズの胴をなぎ払おうとした。
「くっ、フィールド全開っ!」
 イオは、とっさにエネルギーフィールドを展開させた。ラーグランツの剣は、そのエネルギーフィールドに弾かれた。
「今なら?!」
 イオは一気にラーグランツに飛びかかろうとした。だが、ラーグランツにはまるで隙は産まれていなかった。
『エネルギーフィールド残エネルギーゼロ。以後使用不能』
 アルマーズに取り付けられた、高性能のコンピューターが、無機質な声で報告をする。これで、アルマーズに残された装備は、剣一本になった。
「まったくつまらんな。これではまるで弱い者いじめをしているようで、嫌な気分だわい」
 現役時代、さんざん弱い者いじめをしていた男は、心の底からそう言った。
「よし、イオとやら、貴様の方から打ってこい」
 そういうと、ラーグランツは直立の姿勢をとった。攻めてくる様子はない。
「‥‥‥誘ってるのか?」
 だが、イオにはこの誘いに乗るしかなかった。まともに闘っては、はっきり言ってイオに勝ち目が無いことは、他ならぬイオ自身がわかっていた。
 イオは、剣をアルマーズの両手で握りしめると、ラーグランツに飛びかかった。狙いは、ラーグランツの右の肩。
「ふん」
 ミゼリオは不遜な笑みを浮かべると、ほんのわずかな動作でアルマーズの剣を避けた。
 たったそれだけの動きで、アルマーズの剣は、宙を切った。ように見えた。
 だが、イオだけは知っていた。一本目のアンテナが折れたことを。
 ラーグランツは、またアルマーズの方を向いて、直立した。しばらくの間、これでイオに無力さを教えようとしているのだろうか。
 アルマーズは、またラーグランツに飛びかかった。今度の狙いは、左肩。
 イオの予想通り、ラーグランツは、またギリギリの動作でアルマーズの剣をかわした。つもりだった。
 イオ以外の誰もが気付かない中で、二本目のアンテナが折れていた。
(あと一本‥‥‥)
 今からでも、ミゼリオが本気になってかかってきたら、イオに勝ち目はない。ミゼリオが、もう少しだけ遊んでやろうと言う気にならなければ、イオに勝ち目はなかった。
 ラーグランツが、アルマーズの方を向いた。
 そして三度、ラーグランツは直立不動の体勢を取った。


 アルマーズが、また懲りずに突進してくる。
「何か‥‥変だな」
 だが、ミゼリオの長年培ってきた勘が、アルマーズの動きがわずかに良くなっているのを察知した。
「‥‥‥遊びすぎたか」
 これ以上、このイオとかいう小僧に付き合う必要はない。
 そう思ったミゼリオは、ラーグランツをわずかに動かすと、また紙一重でアルマーズの剣をかわした。
 アルマーズの剣は、ラーグランツの頭上をかすめただけに終わった。
「遊びは終わりだ!」
 ミゼリオはラーグランツを旋回させ、アルマーズにとどめをさしに行こうとした。
 だが、ラーグランツは旋回しなかった。できなかった。
 ラーグランツは、そのすべての機能を停止させた。三本目のアンテナが、アルマーズによって折られた時点で。
 イオにも、ラーグランツのすべての動作が止まったのがわかった。
「父ちゃんが言ってたのは、嘘じゃなかったんだ!」
 イオは、父ゼファが死ぬ間際の事を、思い出していた。


『‥‥‥‥イオ、もしも、奴‥‥ミゼリオが、ラーグランツを使って悪事に走るようなことがあったら、‥‥‥両肩と頭上の、三本のアンテナを折れ』
 ゼファは、もう誰の目から見ても手遅れだった。だが、しゃべれるはずもないような傷なのに、ゼファは泣きじゃくるイオに向かって話し続けた。
『そうすれば、ラーグランツの動きは、止まる。‥‥‥イオ、わかったか?』
「うん、わかったよ、父ちゃん」
「イオ‥‥、強く生きろよ‥‥」
 それが、ゼファの最後の言葉だった。


 もっと感傷に浸っていたいイオだったが、そんな暇はなかった。すぐにでもラーグランツのコクピットをこじ開け、中に座っているミゼリオを殺さなければならない。そうすることで、父親の敵討ちは完成する。
 イオは、はやる気持ちを抑え、ゆっくりとラーグランツに近づいていった。父親の仇は、もう目の前だった。


「いったい、どうなっているんだ?!」
 ミゼリオは、ラーグランツのコクピットの中で、慌てふためいていた。
 機械系は、すべてストップしてしまったようだった。コンピューターの画面には、いつもの見慣れた映像はなく、かわりに『INPUT PASSWORD』と表示されているだけだった。パスワードを入れろと言われても、ミゼリオには何のことだかわからない。
 唐突にミゼリオの視界が開けた。ハッチが自動で開いたのだ。
 自動ではなかった。ハッチを開けたのは、アルマーズだった。
「きっ、貴様っ!」
 ミゼリオは、怒りでそれ以上声が出なかった。敵のアーマード・ナイトに手動でコクピットハッチを開けられたなどという話は、ミゼリオは聞いたことがなかった。
 アルマーズもコクピットを開いて、イオはミゼリオと顔を合わせた。
 そしてゆっくると、ミゼリオに挨拶をした。
「初めまして、ミゼリオさん。‥‥‥俺が、このラーグランツの元の持ち主、ゼファの息子のイオです」
 その言葉を聞いて、ミゼリオの頭の中で、過去がオーバーラップした。ゼファの顔とイオの顔が重なって、一つになる。
「そうか、貴様、あのゼファの息子か」
 ミゼリオは、急に落ちつきを取り戻すと、笑いながらそう言った。
「‥‥何がおかしいんだ? お前は、これから俺に殺されるんだぞ」
 だがそのイオの脅しにも、ミゼリオは余裕たっぷりで答えた。
「まったく、親子そろってバカな奴等よ」
「てめえっ!」
 父親を馬鹿にされたことで、一気にイオの頭には血が上った。
「父ちゃんの仇、死ねっ!」
 アルマーズは、鉄拳をそのままラーグランツのコクピットに叩き込もうとした。
 だがそれより早く、ミゼリオは待ちかまえていた護衛に、合図を送った。
「が、がぁぁぁぁっ!」
 その瞬間、激しい電撃がアルマーズとイオを襲った。アルマーズの各部が、一瞬でショートする。ばちばちと火花が飛び散り、各部から白煙が上がった。
「殺せっ!」
 ミゼリオは、待機していた護衛に向かって、そう命令した。
 会場内の電気が一斉に切れ、電気系統がまったく作動しなくなった。
 暗闇の中で、観客の怒号と逃げまどう声が入り交じっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」
 イオは、アルマーズのコクピットで息を切らしていた。たとえ一瞬とはいえ、高圧電流が体の中を走ったのだ、息を切らせる程度ですんで、幸運だったとも言える。
 アルマーズのコクピット内は、完全な暗闇だった。電撃のショックで、すべての電気系統は壊れているようだった。
 その時、アルマーズのコクピットハッチが、ぎぎぎぎと音を立てながら開いていった。
「くーっ、重いっ!」
 暗闇の中、そこから顔を覗かせたのは、リィルだった。
「リィル‥‥‥さん?」
 イオは、なぜリィルがこんな所に、と思いながら、そう言った。
 リィルの方も、イオの顔を見て、ほっとしたようだった。
「ほら、イオ、さっさと降りて、逃げるわよ」
 だがイオは、逃げるという言葉を聞いて、まだ父親の仇が取れていないことを思い出した。
 イオは、だんだんと暗闇に慣れてきた目でアルマーズを降りると、待ちかまえていたリィルに向かって言った。
「俺は、まだ逃げられない」
 その言葉を予想していたリィルは、用意しておいた言葉で返事をした。
「また、ニーナちゃんをおいていくの?」
 いつのまにか、リィルの横にはニーナがちょこんと立っていた。
「イオ兄ちゃん‥‥‥」
 イオは、ニーナの顔を真っ直ぐに見れなかった。見たら、決心が鈍りそうな気がしたから。
「私、イオ兄ちゃんがいなくなっちゃったら、どうすればいいの? 私、‥‥もうやだよ」
 ニーナの心からの言葉だった。もう、すぐそばにいる人に死んで欲しくなかった。
 イオは、ゆっくりと、ニーナの顔を見ないように、乗り捨てられたラーグランツに向かった。ミゼリオは、いつのまにかどこかにいなくなっていた。
(駄目だったか‥‥)
 イオが選んだ道だった。リィルには、道を選ぶ手助けはして上げられるが、道を実際に選ぶのは本人だ。本人が決めた以上、リィルにはもう口出しが出来ない。
 イオは、ラーグランツのコクピットに乗り込むと、『INPUT PASSWORD』と映し出された画面に、パスワードを入力していった。
 父親から教えられたそのパスワードを入力し終わると、ラーグランツは再起動を始めた。


「‥‥‥行こうか」
 リィルは、泣いているニーナの手を引いて、再起動を始めたラーグランツを背にした。
 これだけの事をしでかしたのだ、もうこの街にはいられないだろう。リィルはすぐに荷物をまとめ、レイングの街から出て行くつもりだった。ニーナを連れて。
 だが、そのリィルを呼び止める声があった。
「リィル! ニーナ!」
 イオだった。再起動を始めたラーグランツから、降りてきたのだ。
「リィル、ラーグランツはあと一分で自爆する」
 きょとんとするリィル。だが、すぐにイオの言いたいことが判った。
 イオが決めた道だった。そして、リィルやニーナが求めた道だった。
「リィル、ニーナ、早く逃げよう!」
 いつのまにか、イオの顔には笑顔が浮かんでいた。
「‥‥よーし、はりきって逃げるわよ!」
 イオも、笑顔でそれに答えた。リィルが見た、初めての本当のイオの笑顔だった。


エピローグ

 あれから、三ヶ月が経った。

 レイングの街からの脱出は、問題なく成功した。アンダーバトルの試合場が爆発したことに関して、公の記事にはならなかったからだ。
 イオとニーナとは、レイングの街から遠く離れた街で別れた。別れたと言っても、さよならをしたわけではなく、ある日突然、イオとニーナはいなくなっていた。
 だが、リィルはもう心配していなかった。ニーナがいる限り、イオはけして無茶な事はしないだろう。そして、ニーナはずっとイオの後を追っていくに違いない。
 次第に、イオとニーナは、リィルの中で思い出へと変わっていった。
 新しい生活が、思い出を記憶の中へと流していった。


 やっと、新しい街にも慣れた。いくつかのトーナメントに参加し、そこそこの成績は上げられた。だが、三年半ものブランクは、なかなか埋められないことも思い知った。
 久しぶりの休日だった。定職に就いている人から見れば、毎日休日のようにも見えるが、実際には、丸一日休める日など少ない。日頃の疲れを取り、また明日からの日々のエネルギーとしなくてはならない。
 リィルは、絨毯の上でうつぶせになりながら、雑誌のページをめくっていた。マッチメーカージャーナルという雑誌で、すべての公式なマッチメーカー協会の大会等の結果、経過と、すべてのドーラーの近況が書かれている雑誌だ。
 リィルもドーラーとして復帰して、名前がこの雑誌に載るようになった。それがなんとなく嬉しくて、この雑誌を読んでいるようなものだった。
「‥‥‥!」
 雑誌の一点で、リィルの目が止まった。その瞬間、埋もれていた過去が鮮明な記憶となって、甦ってきた。
 リィルはその衝撃が覚めぬうちにと、慌てて起きあがり、アレクの所へ行く。
 アレクは、アスティと昼寝をしている真っ最中だった。
「アレク、これ見てっ!」
 リィルは、アレクをけっ飛ばして起こした。アレクは文句を言いながらも、リィルに言われたところを読んでみた。
 そこには、小さい文字で、だが、確かにそう書かれていた。

『新人 イオ・アルマーズ(オートモータース所属)』

「ほう、あいつ、ついにドーラーになったか」
 アレクは、目を細めてそう言った。アレクも嬉しいのだろう。
「いつか、試合できるといいねっ」
 リィルは、大きくなったイオとニーナの姿を想像しながら、そう言った。
 イオもまた、そう思っているに違いなかった。


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