陸の港、デニス。
貿易都市を自認するこの街も、中心地を離れれば、街は趣を変える。
学校が近いのだろうか。学生と思われるラフな格好をした二十歳前後の男女が、歩道を同じ方向に向かって歩いている。
地下鉄の駅へと繋がるこの道を、学生たちは親しみを込めて「アップロード」と呼んでいた。
「じゃあな」
そのアップロードを、地下鉄の駅に向かうことなく、男が一人外れていく。
友人と別れて角を曲がったとたん、その男は走りだした。
チェックのシャツにジーパンという飾り気のない格好の青年は、背中のリュックを揺らしながら、人混みの中をすり抜けていく。
男の名は、レオリック・カノン。総合ハードウェアメーカー「カノン」の御曹司であると言って間違いではないが、レオリックは自分が御曹司であるなどと意識したことは無い。
疾走する彼の背中のリュックには、今日、大学の研究室で完成したばかりの、小型の精密機械が入っている。この機械の性能を早く試してみたくて、彼は家路を急いでいるのだ。
スニーカーに悲鳴を上げさせつつ角を曲がると、目的地である建物が見える。
その建物こそ、レオリックの父親が経営する、カノンの本社である。
総合ハードウェアメーカー「カノン」。この業界では中堅どころの規模で、創業者は彼の祖父、レオニード・カノン。祖父の死後、父のアウェイン・カノンがその後を継いでいるが、祖父の財を減らさないのが精一杯という所が現状だった。従業員たちの中には、その息子であるレオリックに期待している者たちもいたが、彼は未だ社員ですらない。
徐々にスピードをゆるめながら、レオリックは二階建ての社屋の正面玄関から中に入る。社屋は事務所と工場と自宅を兼ねているので、彼はここで生活している。
「あ、レオリック様、お帰りなさいませ」
中に入ったレオリックを、一人の女性が迎えた。三つ編みのせいでやや若く見られがちだが、年の頃はレオリックと同じくらいな彼女の名は、セレスティア。彼女の表向きの仕事はレオリックの付き人、いわゆるメイドというやつだ。
「セレス、ただいま。ちょうどいいや」
レオリックはリュックから小さな四角い機械だけを取り出すと、リュックをセレスティアに向かって放り投げた。
「部屋に置いといて」
「きゃあっ」
いきなり投げられたリュックを、セレスティアは驚きながらも落とすまいと胸でうける。予想に反してリュックは軽い。機械の他には何も入っていなかったのだろう。
「もうっ、レオリック様ったらっ」
「ははは、じゃあ頼んだよ」
駆け去ろうとするレオリックに、セレスティアは慌てて声をかけた。
「どちらにいらっしゃいますか?」
「整備室!」
廊下の曲がった先から、元気なレオリックの声が聞こえてきた。
株式会社カノンの社屋は、他の総合ハードウェアメーカーと同じく、アーマード・ナイトの整備室と、小さいながらもマッチメーカー用スタジアムを有している。
レオリックは自分専用の整備室、第三整備室に入ると、手に持った機械を作業机の上に置いて、ロッカールームで作業用のツナギに着替えた。
「よし、やるぞ」
そう言って気合いを入れると、机の上の機械を手に取り、装甲板が取り外されて骨組みが露出しているアーマード・ナイトへと近寄る。
機械を取り付ける場所はすでに決まっている。肩の付け根の何本もコードが通っている場所のソケットを一旦外す。人間の身体に例えると、腕を動かす為の神経を切断したようなものだ。
そしてその切断した神経の間に、できたばかりの機械を取り付ける。
たったこれだけで、準備は完了だ。
レオリックは取り付けた機械から伸びたコードを、側に置いてあるヘルメットに接続すると、それを被ってからコクピットハッチに座る。
慣れた手つきで、システムを起動させる。ランプが点いて消えて、ディスプレイにはシステムの情報が流れる。
「さぁ、うまくいってくれよ‥‥‥」
レオリックは幾分か緊張した様子で、取り付けた機械に向かって命令した。
「動けっ」
‥‥‥
何秒経っても微動だにしないアーマード・ナイト。少し考えて、レオリックは自分のミスに気が付いた。
「そうそう、単に『動け』じゃダメだって。脳波を読みとるんだから、頭の中で腕を上げるイメージを持た‥‥」
レオリックがそうつぶやいた瞬間、アーマード・ナイトの右腕が、突然振り上げられる。
それは、ちょうど今レオリックが頭の中でイメージしたのと、同じ動作だった。
少し呆然としながらも、レオリックは今度は、頭の中で腕をゆっくりと下げてみる。
同じように、アーマード・ナイトの腕がゆっくりと下がった。
「やった、成功だ!」
誰も居ないのをいいことに、レオリックは大声で喜びを表した。
レオリックが大学で研究していたのは、脳波を感知してそれをアーマード・ナイトの制動に利用することだった。
研究室での実験は成功していたのだが、アーマード・ナイトに実際に装置を取り付けたのは今日が初めてだったので、レオリックは成功に喜びながら、何度も腕を動かした。だが、だんだんと表情が険しくなる。徐々に、改良すべき点が見えてきたのだ。
「レオリック様」
いつのまにか整備室内に入ってきたセレスティアが、レオリックに向かって呼びかける。だが、考え込んでいるレオリックはなかなかそれに気付かない。
三度目の呼びかけでやっと気付いたレオリックは、ヘルメットを外してセレスティアの方を向いた。
「セレスか、なんだ?」
「お茶をお持ちしましたが‥‥」
隅のテーブルの上では、いつのまにかコーヒーメーカーが音を立てている。
レオリックはアーマード・ナイトから降りると、難しい顔をしながらテーブルに向かった。
セレスティアが湯気の上がるカップに、いつものように砂糖をスプーン一杯入れて軽くかきまぜると、レオリックに差し出した。黙って受け取るレオリック。
煎れたてのコーヒーの香りが、レオリックの鼻孔をくすぐる。口の中に広がるほろ苦さが、ようやくレオリックの難しい表情をくずした。
「‥‥‥今日は、何をなさっていたのですか?」
クッキーの缶を差し出しながら、セレスティアは遠慮がちに訪ねた。彼女は、テーブルを挟んでレオリックと向かい合うような位置に立っている。
「そうだな、セレスには言っておくか」
レオリックはそう前置きすると、話を始めた。
「前に、脳波を電気信号に変換して命令を送る研究のこと話したよな?」
「はい、お聞きしました」
「そのシステムが一応、完成したんだよ。それで今日、実験してみたんだ」
そこで一旦区切ると、レオリックはコーヒーを口に含んだ。
「うまくいかなかったのですか?」
「いや、一応成功した。だが、問題点もいくつか見つかったんだ。まず、脳波を感知してそれを制動するのはうまくいったんだが、実際の制動速度が追いつかない。頭の中では腕は一瞬で上がるんだが、マニュピレーターはそうは動いてくれないからな」
なるほどというように頷くセレスティア。レオリックが詳しく説明するのは、彼女がそれを理解できるからだ。
「あと、割り込みがあまりうまくいっていない。これは調整次第でなんとかなるとは思うけどな。‥‥‥最後に、今のままじゃ実用は無理だ」
「どうしてですか?」
断言するレオリックに、思わずセレスティアは聞き返していた。
「銃を撃つのに、引き金を引くために指を動かすのをイメージしなきゃダメなんだ。完全な設計ミスだったよ」
あきれたようにそう言い、レオリックはクッキーの缶に手を伸ばした。
セレスティアはその態度に微笑みながら、安心したように言った。
「よかった、この様子だとまだ私は用済みじゃありませんね」
「何言ってんだ、システムが完成したって、補助がなきゃまともに戦えないことなんか、セレスにもわかってるだろ」
レオリックはコーヒーを飲み干すと、立ち上がって言った。
「よし、本格的にデータ収集したいんだが。セレス、端末に向かってくれないか」
「はい」
セレスティアは、アーマード・ナイトに向かうレオリックの後についていき、コンピューターの端末の前に座ると、キーボードをたたき始める。
キータイプに反応して脇から現れた何本ものコードを、彼女は自分の両腕と首筋に接続する。
アーマード・ナイトから送られてくるデータが、端末を通して彼女の中に送られる。彼女はそれを解析し、自分と端末のメモリ内に保存する。
意識を持った人形、AIドール、呼び方は様々だ。そう、彼女、‥‥セレスティアは、血の通った人間ではない。
彼女の表向きの仕事は、主人であるレオリックの付き人。そして本業は、アーマード・ナイトのコンピューターとして、ドーラーであるレオリックをサポートすることである。
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