10.


 試合は終わった。
 ガル・インダストリーの新型機、ヒート・エアは、この軽中量級では予想に反して予選で姿を消した。
 スタジアムサイドでそれを見ていたレオリックは、係員が止めるのも聞かずに、車椅子のまま試合場へと飛び出した。
 レオリックは横たわるレジストの所まで来て、ひしゃげてハッチが飛んでしまっているコクピット部を覗いた。
 そこには、居るべき者の姿はない。
「セレス?」
 あたりを見回すレオリック。ふと、視界の隅に、見覚えのあるピンクのパイロットスーツが見えた。
「セレス、セレスティア!」
 慌てて車椅子を移動させるレオリック。そこには、‥‥‥胴から上だけとなったセレスティアが倒れていた。
 セレスティアは、あちこちから火花を散らしている。これが、彼女が人ではない証拠だ。だがそれにはかまわずに、レオリックは車椅子から落ちるように降りると、セレスティアの脇にひざまづいて手を握った。
「あ‥‥レオリック‥‥様‥‥」
 上半身だけになっても、弱々しい声を上げながら、セレスティアが反応する。
「セレス、よくやってくれた」
「私‥‥勝ったのですか?」
 頷くレオリック。
「本当に‥‥‥良かった‥‥‥」
 心底嬉しそうな顔をするセレスティア。主人であるレオリックが喜ぶことこそが、彼女にとっての幸福なのだ。
「もういい、しゃべるんじゃない、早く帰って、治してやる」
 レオリックは、セレスティアを抱き抱える。
 だがセレスティアはわかっていた。もはや自分の記憶が失われていくであろう事を。
「私‥‥‥幸せです。大好きな、レオリック様の、お役に立つことが出来て‥‥‥」
「喋るなと言っているだろうっ!」
 いつのまにか、ボイスとリィルが側まで来ている。だが、レオリックにはそれに気付くゆとりはなかった。
「レオリック様‥‥‥大好きでした‥‥‥‥‥‥」
 セレスティアは、ゆっくりと瞼を閉じた。大好きな、レオリックに抱かれたまま。
「セレス‥‥‥今、解った。俺も‥‥‥」
 最後の方は、言葉がかすれて、誰の耳にも聞こえなかった。


 〜エピローグ

 深い暗闇の中、私は閉ざされている。
 光も温もりもないこの世界で、私の身体は凍っている。
 目覚めることのない、永遠の闇の中を。私は、たった一つの思い出だけを胸に、ただよう‥‥‥。


 私は、人間によってつくられた物のくせに、人間を好きになってしまった、愚かな機械人形です。
 でも私は、好きな人の役に立つことができた幸せな機械人形です。
 そんな私ですから、例えどんな暗闇の中に閉ざされても仕方有りません。寂しくもありません。
 ‥‥‥私の心の中には、あの人との思い出があるから‥‥‥。


 私はただの機械人形。人の手によって作られたモノ。
 この思い出だけで十分です‥‥‥。

「‥‥ティア、セレスティア」
 私を呼ぶ声‥‥‥誰、私を呼ぶのは?
 私をそっとしておいて。この思い出の中で私を生きさせて。
 もう私は、この幸福を逃したくないから‥‥‥‥‥。


 突然、視界が明るくなる。
「セレスティア、目覚めたかね」
 私を覗き込んでいる顔が、やさしく話しかけてくる。この人が、私のマスターなのだろうか。
「はい、マスター」
 試しに呼んでみる。
 私の返事に、目の前の男性は嬉しそうに頷いた。どうやら私‥‥‥私の名前はセレスティアと言うらしいけど、その私のマスターは、この人で間違いないみたいだ。
「私のこと、覚えているかね?」
 突然、マスターが変な質問をする。
 そんなことを言われても、私は今、目が覚めたばかり。覚えているも何も、知っているはずがない。
 私はぶんぶんと首を振った。
「ははは、そうだよな、いや、失敬失敬」
 マスターは、苦笑いをした。その時、私は急に胸が苦しくなった。この苦しさは何だろう。
「私の名は、レオリック・カノン」
 マスターが、やっと名前を教えてくれた。何とお呼びすれば良いだろう。私は慎重に、言葉を選んで返事をした。
「‥‥‥レオリック様とお呼びして良いでしょうか?」
 マスターは少し考えた素振りを見せると、こう言った。
「いや、レオンと呼んでくれ、セレスティア」
「はい、レオン様っ!」
 気が早すぎるかも知れないが、私は、このお方に一生付いていこうと、心に決めた。
 レオン様も、きっと、そう思って下さっているに違いないと解ったから。


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