『総合ハードウェアメーカーとして圧倒的なシェアを誇る「ガル・インダストリー」社が送る新製品! 熱風(ヒート・エア)!』
「‥‥‥で、これが何さ?」
レオリックは椅子に座りながら、手渡された雑誌を机の上に置くと、目の前に立つ男に向かってそう言った。
開かれたページには、ガル・インダストリー社の新製品の記事が載っている。
「もちろんレオンがこのくらいのことを気にしないのは知ってるさ。だから、俺が少しは気にさせてやろうと思ってな」
レオンとは、レオリックの事だ。レオリックは、自分が友人と認めた相手にだけは、自分のことをレオンと呼んでもらっている。
そのレオリックに友人と認められた男の名は、ボイス・レーダント。
丸眼鏡のサングラスをつねにかけ、黒っぽい服装を好む彼は、しばしば歳をかなり上に間違えられるが、れっきとした、レオリックと同じ大学の学生である。
「仮にもガル社はレオンの家の商売敵なわけだろ。ライバル会社の情報は知っていて損じゃないだろう」
レオリックの父親が経営するカノン社は、ガル社と同じく総合ハードウェアメーカーである。従って、当然シェア争いをすることになる。
だがここ数年、特にレオリックの祖父のレオニード・カノンが他界してからは、伸び率はガル社の方が目に見えて上だった。
ガル社がシェア率一位なのは昔と変わらないが、その内容は大きく変わっている。カノン社など、今ではその他の中の一社というのが現状である。
ボイスの言葉は、レオリックにも解っていることだった。だが、彼の若さが、常にそれを拒もうとする。
レオリックにとってボイスは、自分を知らさせてくれる数少ない友人の一人だった。
「この新製品、今年のグランプリで全クラス制覇を狙うとか書いてるぜ」
その言葉に、レオリックの眉がぴくんと動く。
毎年一度行われる、最高レベルのマッチメーカーの大会、グランプリ。開催場所の名前を冠に付けるので、今年はグランプリ・デニスと呼ばれる。
全クラス制覇とは、八つに分けられたグランプリのクラスを、すべてそのガル社の新製品で制覇するということだろう。
「‥‥‥たいした自信だな」
「それだけか?」
ボイスは、レオリックにカノン社の御曹司としての言葉を言ってほしかったのだが、レオリックはそれに気付いたのか、誘いにはのってこなかった。
「まぁ確かに、今はガル社の独占状態だからな、あながち無理でもないかもな」
そこまで言って、ワンテンポおいてから、レオリックは再び口を開く。
「俺も、今研究してるシステムが完成したら、一個人として、グランプリには出るつもりさ」
「出るだけか?」
「もちろん、出るからには優勝を目指すさ。ガル社みたいに複数のクラスに出るつもりはないけどな」
我関せずという姿勢を崩そうとしないレオリック。
ボイスはわずかに口元をほころばせる。
「俺が言いたかったのはそれだけさ。雑誌は置いていくから、処分しておいてくれ」
そう言って、ボイスは研究室から出ていった。
扉が閉まるのを確認すると、すぐさまレオリックは机の上に放り出された雑誌を手にして、ページをめくる。目的は先程のガル・インダストリーの新製品の記事。
記事を読むのに夢中になっているレオリックには、部屋の中をうかがう視線があることに気が付かない。
「まったく、素直じゃないな」
ボイスは笑いながらそうつぶやくと、今度こそ扉の前から離れていった。
マッチメーカー。
アーマード・ナイトと呼ばれる巨大なロボットに乗り、定められたレギュレーションの範囲内で、強さを競い合うモータースポーツ。
マッチメーカーの事は通常ドーリングと言い、それに合わせて、アーマード・ナイトに乗るパイロットの事をドーラーと言う。
勝負の結果は、ドーラーの腕だけでなく、アーマード・ナイトの性能にも大きく左右される。だが、いくら技術が進歩したとはいえ、個人での開発には限界がある。自然、既製品の性能が高いメーカーの製品は、よく売れることになる。
そんなメーカーが多く集まった街、デニス。
今日も、星の数ほど新製品の企画が発表され、ほぼ同数の企画が闇に埋もれていく。
デニスの北地区にある自宅を目指して、レオリックは帰路を急いでいた。
頭の中は、ガル・インダストリーの新製品のことでいっぱいだった。考える度に、情けない気持ちでいっぱいになる。祖父が創業し、父が後を継いでいる、カノン社の没落ぶりに。
だがそれが、レオリックのやる気に火を付けたのも事実だった。
早く、今自分が開発しているシステムを完成させなくては!
それで何とかなると決まっているわけではなかったが、レオリックはそう感じていた。
レオリックは、祖父であるレオニード・カノンの事が大好きだった。今でも、尊敬している人は誰かと聞かれれば、迷わず祖父と答える。
祖父が興した会社を、このままで終わらせたくない。販売力では、確かにガル・インダストリーに大きく水を空けられている。だが、技術力ではけして負けていない。
そんな思いが、レオリックの頭の中を駆けめぐる。
レオリックは家に着くと、すぐに父親の部屋に、社長室へと向かった。
今までは社員でもないのに好き勝手にやってきたが、カノン社の技術力と、自分の開発しているシステムを、組み合わせて使うように、直談判するために。
社長室の前まで来ると、ノックもせずにドアノブに手を掛ける。だがそれを回す前に、レオリックの動きが止まった。
扉の中から聞こえてきた話し声が、扉を開くのをためらわせたのだ。
「‥‥ガル・インダストリーの傘下に入れと言うのですか?」
レオリックの父親、アウェイン・カノンは、ソファに腰掛けながらそう言った。額には脂汗がにじみでている。
テーブルを挟んだソファには、スーツ姿の男二人が座っている。
最初、アウェインは出された名刺を見て驚いた。その名刺には、この二人が「ガル・インダストリー」の社員であることが明記されているからだった。
カノン社は、昔からガル社とは何の関わりを持ったこともない。ライバル会社同士と言うこともあり、お互いその名前は知っていたが、公式にも非公式にもこのような場を持ったことはない。
なのに、この突然の来訪だった。
「いえ、そうは言っていません。ただ、業務提携をして頂きたいということです。その際には、いくつか我が社の条件をのんでいただく事にはなりますが」
涼しい顔をして言う、ガル社の一人。
だが、それが傘下に入れと言う意味以外に、どんな意味を持つのだろうか。社長としての経営能力に欠けるアウェインにも、そのくらいのことはわかった。
黙り込むアウェイン。彼は彼なりに、カノン社をつぶさないように努力してきたつもりだった。そして、これからもその努力をしていきたい。
「‥‥‥わかりました。御社と、業務提携を結びましょう‥‥‥」
ぼそっと小さな声でつぶやくアウェイン。この瞬間、カノンは事実上、ガル・インダストリーに吸収された。
(親父、何喋ってるんだ? 聞こえないぞ)
レオリックは社長室の扉に耳を近づけて、必死で会話の内容を知ろうとした。
ガル・インダストリー。業務提携。そんな断片的に聞き取れる単語が、中で何を話しているのかをレオリックに想像させる。
嫌な予感が、レオリックの脳裏をかすめる。
中で、何人かの立ち上がる音が聞こえた。慌てて扉の前から離れるレオリック。
部屋の中からは、父親とスーツ姿の男二人が出てきた。
一瞬、スーツの男の一人と視線が合う。レオリックは盗み聞きした話の内容から、この男たちが、ガル・インダストリーの人間だと瞬時に理解した。
男たちを見送る父親の横まで歩いていく。男たちが玄関から出ていって、初めてレオリックは口を開いた。
「親父、奴ら、いったい何の話だったんだ?」
二人とも玄関の方を向いたまま、視線を合わせようとしない。
父親はしばし沈黙したが、やがてゆっくりと話し始めた。いずれ言わなければならない事だと観念したのだろう。
「‥‥あの人たちは、ガル・インダストリー社の人だ」
「そんな事はわかっている! 話の内容はなんだったんだ?!」
問いつめるレオリック。相手が父親でなかったら、胸ぐらをつかんでいるところだった。
「ガル・インダストリーは、カノンと、業務提携をしたいそうだ」
業務提携と言えば聞こえはいいが、ガル社とカノン社では、どうひいき目に見ても対等な取引相手とは言えない。
レオリックの予想通り、この取引はガル社からカノン社への一方的な勧告だった。
「まさか親父、その申し出、受けたんじゃないんだろうな」
祖父から受け継いだ会社を、いくらうだつの上がらない社長とはいえ、売り渡すわけはない。レオリックはそう信じたかった。だが、レオリックは知っていた。こういう雰囲気の時は、物事はえてして自分の思うようには進まないことを。
「レオン、お前にもわかる時が来る。カノン社にとっては、これが最善の方法なんだ‥‥‥」
予想以上でも以下でもない父親の答えだった。確かに、もしかしたらいつかレオリックにも理解できるときが来るのかも知れない。だが、今はわかりそうになかったし、わかりたくもなかった。
もはや言うことはない。そう思ったレオリックは、祖父の会社を売った男の側から立ち去ろうとした。そのレオリックの背中に、声がかかる。
「レオン‥‥‥」
呼ばれてレオリックは、一つだけ言うべき事を発見し、くるりと向きを変えた。
「‥‥‥二度と、俺のことをレオンとは呼ぶな。貴様には、爺ちゃんの名を呼び捨てにする権利はない」
祖父であり創業者でもあった、故レオニード・カノンは、彼が友人と認めた数少ない人物にだけ、自分のことをレオンと呼んでもらっていた。
そのレオニードが興したカノン社を、ライバル会社に売り渡すような男には、レオンという名を口にすることさえ許せなかった。
レオリックは、父親の返事も待たずに、今度こそ、その場から立ち去った。
このようなガル社の強引な取引は、カノン社に限ったことではなかった。
ガル社は、その資金力で流通ルートの大部分を押さえ、取引に応じないところには、まともな部品が手に入らないよう手配するという手段に出ていた。
仮に、カノン社がガル社との取引に応じなかったとしたら、カノン社は自社製品を作るための部品すら手に入らなくなり、生産ラインは止まり、会社は倒産するであろう。
アウェインの社長としての決断は、正解だったのだ。だが、それは他に選択の余地のない正解である。
「‥‥‥ふぅ」
アウェインはため息を一つつくと、それらの言葉をそっと心の内に閉まった。
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