総合ハードウェアメーカー、カノン。その第三整備室に、銀色のアーマード・ナイトが腰を下ろしている。
機体のほとんどが直線で構成されており、鋭角的でするどい印象を見た者に与えるそのアーマード・ナイトの名前は、「レジスト」と言う。昨日、システム面の最終テストを終え、今日外装を整えて、完成だった。
そして、このレジストを操るのは、レオリック・カノンである。
「なんとか、間にあったな」
完成したばかりのレジストを前に、レオリックはそうつぶやいた。このレジストという名前は、今は製造中止になっている、カノン社のかつての主力商品の名前だった。コンセプトは、固い防御。攻撃主体だった戦闘に対抗できるようにと、この名前が付けられたのだという。
カノン社の発展はレジストのおかげであると、レオニードがよく言っていたのをレオリックは覚えている。その当時では、それほどハイスペックな機体だったのだ。今受け継いでいるのは、その名前だけだが。
「はい、なんとか間に合いましたね、レオリック様」
傍らに立つセレスティアが、レオリックのつぶやきに応える。彼女もまた、レオリックのサポートコンピューターとして、レジストに意識を乗り込ませることになる。
ガル・インダストリーが、全クラス制覇を狙っているという噂が流れているグランプリまで、あと約一月。
レオリックは、なんとかしてグランプリの前に、レジストで実践を闘ってみたかったのだ。
明日から、月一で開催されている定期大会が始まる。これが、レオリック&レジストのデビュー戦になる。
ほんの、実践データを集めるための腕試しのはずだった。事実、来月のグランプリのために控えたのか、参加数は先月よりも二割ほど少ない。
だがこの腕試しがとんでもない結果を招こうとは、セレスティアもレオリックも、予想だにしていなかった。
『対するは、白銀の騎士、レジスト!』
アナウンサーの声が響きわたる。
一回戦第三試合、レオリックはレジストに乗って、颯爽と試合場に姿を現した。
すでに対戦相手は、試合場に出ている。見たことのないタイプの、赤いアーマード・ナイトだ。
『レオリック様、相手機、イシイコーポレーションの新型機のようです」
セレスティアが分析結果をレオリックに伝える。
イシイコーポレーションとは、カノン社と同じく総合ハードウェアメーカーの中堅どころの会社で、若者向けのアーマード・ナイトの開発で成功を収めている所だった。
「新型か、面白い。レジストの実践データばかりか、敵になりうる新型器のデータまで手に入るなんてな」
むろん、そのデータを活かすのは、一月後のグランプリである。
「セレス、勝敗はあまり考えるな。負けそうになったら、被害を少なくするように負けるぞ」
『はい、レオリック様』
大破して、グランプリまでに修理が間に合わないなんて事になったら、何のためにデータを取りに来たんだということになってしまう。
もっとも、それを恐れて今大会の参加を取りやめたチームも有るのも事実なのだ。仮に機体が爆発炎上しても、誰にも文句は言えない。
レオリックとセレスティアが話している間にも、アナウンサーの解説は続いている。それによると、相手機の名前は「ブリーズ」と言うらしい。微風という意味だろうかとレオリックは思った。
「それなら、せいぜい抵抗してやるさ」
軽い冗談をとばす。レオリックも、初めてのレジストの実践に、少しは緊張しているようだ。
『レオリック様、始まります』
「ああ」
セレスティアの言葉が合図であるかのように、アナウンサーが試合の開始を高らかに告げた。
猛然と距離を取ろうと後退をかけるレジスト。ブリーズも同じく距離を取ろうとしたため、加速度的に両者の相対距離は拡がる。
『レオリック様、相対距離、拡がります』
「それならっ」
ファランクスの使用可能距離まで離れたと感じた瞬間、レジストは右腕に仕込まれた速射砲を放つ。
脳波関知システムの効果で、通常のタイミングよりも一歩早いタイミングで飛んできたファランクスに、ブリーズの反応はわずかに遅れ、何発かが機体にとどく。だがその攻撃は、わずかに盾にへこみをつけたにすぎない。
だが、レオリックはその攻撃の成果よりも、レジストの反応が予想どうりだったことに満足していた。
「よしっ」
続けざまにファランスクを放つレジスト。だが今度は完全に読まれたのか、あっさりとかわされる。
ブリーズも同じく、腕に装備されたファランクスを放ってきた。
『敵ファランクス、拡散してきます!』
一度に十発の弾を放つファランクスは、まったくのランダム性で、弾が収束したり拡散したりする。
「前か‥‥いや違う、バックだっ!」
空を覆うファランクスの弾道に、レオリックが一瞬判断を迷った。
脳波関知システムはその能力をいかんなく発揮し、レオリックの迷いはそのままレジストの動きに反映された。結果、レジストは一度前進してから後退し、何発かのファランクスを機体に受け、よろめいた。
『左腕部に被弾しました。被害は微少』
セレスティアはすぐさま被害をチェックし、それをレオリックに伝える。
「くそっ、いくら反応が良くても、パイロット次第かっ」
レオリックはそう叫びながら、右手に装備したライフルをかまえようとした。
だがレジストはファランクスを受けたさいにくずれたバランスを、オートバランサーが回復しようとしている所だった。
命令に割り込みが入り、レジストは体勢を回復させようとしながら、同時にライフルをかまえようとする。
『あぶないっ!』
セレスティアが悲鳴を上げる。
レジストは無理な制動で、バランスを立て直せずに転倒した。
チャンスと見たか、ブリーズが手にした剣を構えながら突進する。
レオリックは自分の浅はかな行動を悔やみつつも、肉薄してきた相手に立ち向かうため、レジストを立ち上がらせる。
だが、レジストが体勢を立て直すより早く、ブリーズのバスタードソードが振り下ろされた。
鈍い音と共に、レジストの左手に装備された盾が吹き飛ぶ。
ブリーズはさらに攻撃を続けようとしたが、盾を犠牲にしてその隙に体勢を立て直したレジストは、慌ててバスタードソードの届かない距離まで移動した。
「くそっ、いったいどうしちまったんだっ」
レオリックは、激しく動くコクピットの中で毒づく。だが、その原因は分かっていた。調整不足なのが一番の原因だが、さらに言えば、オートバランサーの性能のせいである。
レオリックが開発した脳波を感知するシステムだが、機体が素早く動いてくれなければ、いくら脳波が感知できても意味はない。人間で言う、心はそう思っても、身体がついてこないというやつである。
何度となく行った実験で、少しでもそのタイムラグを無くそうと努力してきたのだが、バランス制御装置の制動スピードだけはレオリックにはどうにもならない。
バランスが崩れたときは、レーザージャイロを利用したオートバランサーが、バランスを自動的に立て直してくれるのを待つしかないのだ。
それも見越したつもりで、レオリックはシステムの設定をしたのだが、実戦で使うにはまだまだ甘かったらしい。
グランプリまであと一ヶ月。貴重な実戦データがもっと欲しいと、レオリックはアクセルを踏み込んだ。
『レジスト、またも踏みこたえたぁっ!』
アナウンサーの絶叫も、レオリックには聞こえていない。
すでに試合開始から、十五分以上経っている。なんとか実戦で新システムを使うコツをつかみ始めたレオリックだったが、序盤で盾を一枚失ったのが響き、勝敗の天秤は徐々にブリーズに傾きかけている。
『敵攻撃来ます。回避不能!』
「くっ、くそっ」
なんとか予備の小剣で受け流すレジスト。レオリックは、たとえ負けてもいいから、なんとか二十分の試合時間を耐えて、少しでも多くのデータを取るつもりになっていた。
そんなとき、ゲスト解説者の一言が、レオリックの耳に入ってきた。
『このイシイの「ブリーズ」は、ガル・インダストリーとの業務提携で生まれた新作だそうですね。とすると、ガルの新型機「ヒート・エア」は、この「ブリーズ」と同じか、それ以上のスペックを擁していると予想できるのではないでしょうか』
(な、なんだと?!)
それまでアナウンサーの言葉などまったく聞こえてこなかったのだが、ガル・インダストリーという名前が、レオリックの耳に突き刺さる。
その間にも、ブリーズの攻撃がレジストを襲う。
『レオリック様、右、マシンガン!』
レジストから見て右、ブリーズの左腕に装着されたマシンガンが火を吹く。
セレスティアの声で我に返ったレオリックは、慌ててブリーズに対して半身の体勢を取る。レジストを狙った弾は、右肩に装着された盾に当たり、その盾に穴を開ける。
『敵攻撃、盾を貫通しました。右腕、作動限界ギリギリです!』
だがレオリックは、それにはおかまいなしにショートソードを構えると、今までとはうって変わって、ブリーズに襲いかかった。
もはや、負けてもいいから二十分間耐えるなどという気持ちは、レオリックには残っていない。ブリーズの向こうに、ガル・インダストリーという山が見えてしまったから。
「はぁぁっ!」
レジストが気合いと共に、右手に構えたショートソードを振り下ろす。
ブリーズはそれを左手の盾で受け流すと、逆にバスタードソードを突き出す。
右にステップを踏んで、レジストはその攻撃を避けると、そのまま右回りに背後に回り込もうとする。
させじと、ブリーズは機体を前にダッシュさせて距離を取りながら、反転してレジストの方を向いた。
だがその時には、レジストはすでにブリーズに肉薄している。ショートソードを突き出すレジスト。狙いは武器を持った右腕。
ブリーズは、左手の盾でその攻撃を弾くと、軽くバックステップを踏んで、また少し距離を取る。
それを追って前に出るレジスト。ブリーズはかかったとばかりに、用意していたバスタードソードを振り下ろした。
「しまったっ!」
咄嗟にショートソードでその攻撃を受け止める。
ピシッと嫌な音が聞こえる。
『ショートソード限界ですっ!』
セレスティアの叫びと共に、ショートソードがぽきんと折れる。
『直撃しますっ、脱出をっ!』
「ちくしょうっ!」
セレスティアの悲鳴と同時に、レオリックは緊急脱出装置の作動スイッチを押した。
「‥‥‥動かない?」
『レオリック様っ!』
阻むものがなくなったブリーズのバスタードソードが、レジストの胴体部分を直撃する。
アナウンサーが、高らかにブリーズの勝利を宣言した。
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