「どうして売っていただけないんですか?」
店内に、女性の大声が響きわたった。
「お客さん、もうちょっと、トーンを落として下さい」
「いいから、どうして私には売れないのか、教えて下さい!」
ここは、アーマード・ナイトのパーツを取り扱う店。セレスティアが店内に入ると、一人の女性客が店員に文句を言っているのが聞こえた。
セレスティアはちらりとそちらのほうを見たが、すぐに自分の目指す物の場所へと向かう。
「あ、あった」
目的の物を見つけ、セレスティアはほっと一息つくと、あたりを見回す。
ちょうど、店員が回ってくるところだった。
「すいません」
「はい、何かご用でしょうか?」
呼び止められた店員が、接客してきた。
セレスティアは、探し求めていた物を指さす。
「これを、頂きたいのですが」
「はい、有り難うございます。カブラス工業社製の油圧式シリンダーですね」
復唱するまだ若い店員。
セレスティアは、その丁寧な対応に、好感を覚えた。だが、店員の次の一言は、セレスティアを驚かすのには十分だった。
「失礼ですがお客様、今日はカブラス工業の証明書はお持ちでしょうか?」
「証明書? ‥‥‥いえ、持っていませんけど」
セレスティアがそう答えると、店員は申し訳なさそうな表情になった。
「申し訳有りませんが、証明書をご持参されていないお客様には、この商品はお売りできないことになっているのですが」
「‥‥‥どういうことなのでしょうか?」
店員の言っていることが、セレスティアにはまるで理解できなかったのだ。
「お客様、今月から、ほとんどの製品に販売制限が定められたことは、ご存じでしょうか?」
首を振るセレスティア。
ほとんど一人では出歩かない彼女にとって、それは知らなくても当然の事だった。
「この度カブラス工業から、精度保持のために販売制限が設けられまして、証明書を持参していただけなかったお客様には、商品をお売りすることができなくなってしまったのです。これはカブラス工業に限ったことではなく、オリエント社やガル・インダストリーなど、多くの総合ハードウェアメーカーが始めたことでございます」
丁寧な説明をする店員。だがそれで、状況が変わるわけではない。
「ですので、申し訳ありませんが、証明書をご持参の上、もう一度ご来店いただけませんでしょうか」
「あの‥‥‥」
セレスティアが遠慮がちに口を開いた。
「その証明書というのは、どういった物なのでしょうか?」
「少々お待ち下さい」
そう言うと、店員はレジカウンターの中へと入って、紙切れを持ってきた。
「これはガル社のものですが、だいたいどこも同じような感じです。既製品のアーマード・ナイトを購入する際に、書類と一緒に同封されているはずですが」
見本と大きく印刷されている証明書を、店員はセレスティアに見せた。
説明されて、セレスティアは困った表情になった。
「あの‥‥、カノン社のものなら取りに戻れば有りますけど」
「申し訳有りませんが、このシリンダーは、カブラス工業のGシリーズ専用となっておりまして、カノン社の証明書ではお売りできない事になっています」
だが、セレスティアもわざわざこのカブラス工業の油圧式シリンダーを求めて、パーツショップまで足を運んだのだ。そう簡単には引き下がれない。
「お願いします、一つだけでいいので、売っていただけないでしょうか」
「‥‥‥申し訳ありませんが、お客様だけ特別扱いするわけにはまいりませんので‥‥‥」 だがそんなセレスティアの気持ちを知ってか知らずか、あくまで店員は店員らしい対応を見せた。
店側にとっても、販売規則を破れば、商品が納入できなくなってしまうかもしれないのだ、売るわけにはいかないのだろう。
それでも、セレスティアはどうしてもそれを手に入れる必要があったので、さらに食い下がろうとした。
そのセレスティアの肩に、突然手が置かれる。
「え?」
「無理にこの店で買う必用はないでしょ」
セレスティアが振り向くと、そこには白いシャツにジーンズという行動的な格好の女性が立っていた。名を、リィル・ウェルナーという。
彼女も、この店でパーツを買おうとして、証明書が無かったために断られたのである。
リィルは、振り向いたセレスティアの手をとって引いた。
「あ、あの」
「いいからいいから」
呆気にとられるセレスティアを後目に、女性はかまわず手を引いたまま外に出ようとする。
「他の店でも売って貰えないですよっ」
背後からの弁明するような店員の声を聞きながら、セレスティアは見知らぬ女性に手を引かれて外へ出た。
「まったく、証明書が無いと部品の一つも買えないなんて、馬鹿にしてるわよね」
「そ、そうですね」
セレスティアは、リィルも自分と同じように、販売制限が始まったのを知らずに、部品を買いにきて断られたのを理解した。
(だけど‥‥‥どこまで行くのかしら‥‥)
セレスティアの不安をよそに、リィルは店の駐車場まで来ると、自分の車のトランクを開け、中を漁りはじめた。
「あ、あの‥‥」
遠慮がちにセレスティアはリィルに声をかけてみた。
だが、リィルはその言葉には応えずに、トランクの中を漁り続けると、やがて一つの油圧式シリンダーを工具箱の中から取り出した。
「ちょっと汚れてるけど、これでしょ?」
それは、セレスティアが先程店員に売って欲しいと言っていたシリンダーだった。
「は、はいっ、これですっ」
咄嗟に声が出るセレスティア。
「良かったら持っていって。私はもういらないから」
コンビニのビニール袋にシリンダーを入れて巻くと、リィルはそれを渡そうとする。
セレスティアはあわてて鞄から財布を取り出した。
「お金ならいらないわよ」
こんな中古品で、リィルはお金を貰うつもりはない。
「で、でも‥‥」
「いいから。困ったときはお互い様よ」
セレスティアは困ったような様子を見せたが、やがて財布の口を開いた。
「ご厚意は有り難いのですが、無料で頂いてしまっては、私が叱られてしまいます」
そう言って、シリンダーの定価分のお金を差し出す。
今度は逆にリィルが困った顔になったが、リィルはそれを受け取ると、その中から一枚だけ抜いて、残りを再び彼女に差し出した。
「はい、おつり。中古品だから、安くしとくわ」
「‥‥‥はい、ありがとうございます」
今度はセレスティアの方も、リィルの言葉に素直に従った。
「只今戻りました」
セレスティアが第三整備室の扉を開けると、中からは機械の駆動音が聞こえてきた。
「遅かったな」
「は、はい、少しトラブルがあって‥‥」
そこまで言ってセレスティアは、シリンダーを貰った相手の名前を聞かなかったことを思い出した。
「まぁいい、早速、関節部に取り付けてくれ」
コンピューターの端末に向かったまま、車椅子に座った男はセレスティアに向かってそう言った。
レオリック・カノンである。
あの胴体部を破壊されて負けた試合から二週間。両足の複雑骨折という代償を払って、内蔵を傷つけつつも、レオリックは奇跡的に命はとりとめた。
その両足も、リハビリさえすれば自分の足で歩くようにはなれるという話だった。
家に戻ってきたレオリックは、家族や友人、親の会社の社員たちの心配をよそに、整備室にばかりこもるようになった。
レオリックは焦っていた。グランプリまであと三週間足らず、それまでに、ガル・インダストリーの新型器、「ヒート・エア」に勝てるアーマード・ナイトをつくらなければならないのだ。
セレスティアは、レオリックに言われるままに、先ほどの油圧式のシリンダーを骨格だけのアーマード・ナイトに取り付けた。
このアーマード・ナイトは、先の試合で胴体部を破壊されたレジストである。すでに破壊された箇所の修理は終わっていたが、全身を覆うはずの銀色の装甲は、いつまで経っても放置されたままである。
レオリックには、わかっていたからだった。多少の改良くらいでは、「ヒート・エア」に勝てないことを。
「レオリック様、取り付け終わりました」
待ちかねたようにレオリックはキーボードを叩く。
それに反応して、シリンダーが取り付けられた左脚が動き出した。
三十分ほど、色々な動きをさせて、データを取る。
そのデータの結果を見て、車椅子に座りながら、レオリックは深いため息をついた。
「やはり、ダメでしょうか‥‥‥」
セレスティアは、ためらいがちにレオリックに声をかけた。その質問の答えは、レオリックの表情を見ていればわかる。
「‥‥‥ああ、数値はアップはしたが、せいぜい数パーセントのアップでは、ほとんど意味はないな」
大幅な改良をするために、まずはレオリックは、苦々しい表情で何度も自分が負けたビデオを見直し、手に入れたデータをチェックした。
脳波を制動に利用するシステム自体には、レオリックは自信がある。
例えばアーマード・ナイトに右を向かせたい時、操縦桿を動かす前にそう考えることで、機体が右を向く準備をする。結果、素早い制動が出来ることになるのだ。簡単に言えば、つねに
「とっさの行動」ができると言える。
もちろん問題もある。例えばパイロットが優柔不断だった場合、右に避けるか左に避けるか判断が出来ないようなパイロットなら、システムはただの飾りとなる。また、パイロットがあまりに優秀でも意味がない事が、理論上判明した。考える前に体が動くようなパイロットにはこの装置は意味はなかった。
そして、これが一番の問題だった。パイロット云々の前に、機体がついてこれない場合があるのだ。
ある程度は、命令をメモリーに残し、体勢を立て直してから命令を実行するように設定はしてある。でなければ、急激なターンなどできないだろう。
だが、それにも限度がある。自分が体勢を崩して不利なときに、その体勢を立て直すのに時間がかかりすぎてしまっては、不利な状態を覆せないのだ。
これは、すでにレオリックの開発したシステムの問題ではない。機体のバランスを制御する、オートバランサーの性能の問題である。
レオリックはここまで考えて、それが自分の考えでは解決できない問題であることを知った。オートバランサーのシステムは、レオリックには未知のものだったのだ。
今使っているオートバランサーは、既製品のもので、レーザージャイロによる平行感知を利用したものだ。昔はいくつもの種類のオートバランサーがあったが、精度の面で特に秀でており、今ではオートバランサーと言えばレーザージャイロ方式を差す。
レオリックは機械工学は比較的不得手であり、そんな彼出来ることと言えば、今使っている物よりも性能の良いレーザージャイロを捜すことだけだった。
幸い、レオリックをレオンと呼ぶ数少ない友人の一人のボイスは、機械工学を専攻しており、レーザージャイロの技術にはレオリックよりは秀でていたし、なによりその方面に顔も広かったため、レオリックは彼に良いレーザージャイロを捜してくれないかと頼み込んだ。
車椅子で頼みに来たレオリックに、最初ボイスは驚いた様子を見せたが、友人の頼みを快く引き受けてくれた。
その間、レオリックは少しでも機体の反応速度が良くなるようにと、思いつくままに色々な部品をセレスティアに買いに行かせているのだった。
性能のいいレーザージャイロを捜すというレオリックの考えは、間違ってはいない。だが、レオリックは一つだけ忘れていることがあった。
セレスティアはそれには気付いていたが、それをレオリックに歌えることは、未だできていない。
それは、機体の性能が上がっても、パイロットの技量がついてこれなければ仕方がないということである。
正直、レオリックは、パイロットとしては特筆できるようなレベルにはいない。ましてや、彼は今両足を失っているに等しい。
両足を使わない操縦系統ももちろん可能だが、果たして今から開発が間にあうのだろうか。
ましてや、内臓も傷ついているレオリックがアーマード・ナイトに乗ることを、医者が許すはずがなかった。
「よしセレスティア、もう少しサスペンションを緩くして、もう一度データを取ってみよう」
第三整備室に、レオリックの声がこだまする。
セレスティアは、はいと返事をすると、再び骨格だけのアーマード・ナイトへと向かった。
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