5.

 次の日、レオリックが台所で遅い朝食を取っていると、パタパタとスリッパの音をたてながらセレスティアが入ってきた。
「レオリック様、お電話です」
 手にはコードレスホンを持っている。
 レオリックは口の中のものをミネラルウオーターで飲み込むと、コードレスホンを受け取って通話スイッチを入れた。
「もしもし」
『レオンか? 俺だ』
「ボイスか!」
 聞き慣れた声に、レオリックの期待が高まる。
 ボイスには、今よりも性能の良いレーザージャイロを捜してもらっている。その結果が出たのだろうか。
『まずは、悪い知らせだ。お前のアーマード・ナイトに使っているレーザージャイロ、現在それより性能の良い物はほとんど無い』
 神妙な顔つきになるレオリック。そのレオリックを、セレスティアが見つめている。
「‥‥‥ほとんど、とは?」
『例外は唯一、ガル・インダストリー社の最新の奴だけだ。これだけが、お前の物よりもわずかながらデータでは上だ。もっとも、コンマいくつの世界だがな』
 がっくりと肩を落とすレオリック。倒すべき相手の製品を使うわけにはいかない。
 例えそれを隠して使ったところで、コンマいくつの違いでは、使う意味がほとんどないのも事実だ。
 だが、今のよりも高性能のレーザージャイロが見つからなかった以上、そんなわずかな性能の向上を積み重ねていくしかないのだろうか。レオリックは受話器を持ちながら、そんな風に考えた。
 少しでも性能の良い部品を使い、少しでも機体を軽くし、少しでもコンピューターの反応速度を上げ、それで試合に挑むしかない。
 だが、それでガル・インダストリーの新型に勝てるのだろうか?
 レオリックはその言葉を飲み込むと、電話の向こうのボイスに返事をした。
「解った。悪いな、わざわざ調べてもらって」
『レオン、良い知らせの方は聞かなくていいのか?』
 そういえばボイスは、まずは悪い知らせと言っていたのをレオリックは思い出す。
『もっとも、本当に良い知らせかどうかは解らないんだがな』
 そんな前置きで、ボイスの話は始まった。
 それは、レオリックを驚かせるに十分な内容だった。


 街外れに連なる、巨大な建物群。
 小中学校の体育館をそのまま大きくしたような外観の建物の内部は、この街以外に住んでいるパイロットたちに、アーマード・ナイトの整備場として貸し出されている。
 グランプリを間近に控え、今は満席状態だった。
 レオリックは、その中の一つの訪れようとしている。
 車椅子を押すのは、セレスティアの役目である。砂利の地面の上を、なるべく車椅子を揺らさないように進む。
 目前に現れた降りているシャッターを見上げると、その脇にある通用口のインターホンをセレスティアは押した。
『はーい?』
 少しして、インターホンから返事がある。
 セレスティアはレオリックに変わって、インターホンに返事をした。初めて訪れる場所だが、ボイスが電話で話を通してくれているはずだった。
「ボイス・レーダント様の紹介で参った者ですが‥‥」
『あ、はい、話は聞いてるわ。今開けますね』
 がちゃりと鍵が開く音が聞こえる。
 セレスティアはほっとして、扉を開けた。
 車椅子を押して中にはいると、入り口の側の扉が開き、中から女性が一人現れた。
「お待ちしておりましたわ」
「初めまして、私は、レオリック・カノンと申します。車椅子で失礼」
 車椅子に座りながら、レオリックが会釈をする。
「こちらこそ‥‥あら」
 セレスティアと女性の目が合うと、女性は驚いた様子を見せた。同様に、セレスティアも驚いている。
 目の前にいる女性は、セレスティアに油圧式のシリンダーをくれた女性だった。
 慌てておじぎをするセレスティア。
「あ、あの、その節はありがとうございました」
「また会うなんて、奇遇ね」
 レオリックは二人が顔見知りらしいのに驚いた。
「セレス、知り合いか?」
「は、はい、一応」
 ふぅんという顔をするレオリック。
「レオリックさんにセレス‥‥さん?」
「セレスティアと申します」
「セレスティアさんね。私はリィル・ウェルナーと申します。リィルと呼んで下さって結構ですよ」
 そう言って、リィルは深々とおじぎをした。
 リィルが面をあげるのを待って、レオリックは早速ここを訪れた理由を口にする。
「早速ですがリィルさん、私はあなたが現在のレーザージャイロによるオートバランサーよりも優れたものをお使いになっていると聞いてやってきたのですが、本当なのでしょうか?」
 ボイスがレオリックに話してくれた内容が、この事だったのである。レーザージャイロを使ったオートバランサーは、レオリックが使っている物が最高レベルの物だ。だが、レーザージャイロ以外の物を使ったオートバランサーなら、その限りではないかもしれない、と。
「優れているかどうかはわかりませんが、私のアーマード・ナイトのオートバランサーは、レーザージャイロを使ったものではないことは確かです」
「で、では、どんな原理を使っているのでしょう?」
 レオリックの声が少し震える。求めている答えがここに有るかもしれないのだ。
「えと、こんな所ではなんですから、整備場へ向かいませんか?」
 言われてレオリックは、自分たちがまだ玄関先にいることに気がついた。
「そ、そうですね、失礼」
「こちらです」
 リィルは先導するように、通路の奥へと歩き出した。セレスティアが車椅子を押し、その後をついていく。
 建物は、中を何等分かにして、それぞれ生活空間が整っている。
 アーマード・ナイトの整備場はもちろんだが、寝室、リビング、バス、トイレとセットになっていて、寝泊まりもできるようになっている。大会の間中ここで寝泊まりする人も、けして少なくない。
 リィルも、グランプリに参加するためにこの街にやってきて、ここを拠点として活動しているのだった。
「あの、歩きながらよろしいですか?」
「ええ、何でしょう」
 歩調をゆるめるリィル。セレスティアがわずかに早足になって、車椅子をリィルの横につけた。
「もう一度お伺いしますが、リィルさんが使っているオートバランサーは、どのような原理の物なのでしょう?」
「簡単に言えば、重力を利用したものです」
「重力‥‥‥ですか?」
 さらりと言ってのけるリィルに、レオリックは困惑の表情を浮かべた。
「ええ、後は実物をご覧になって下さい」
 突き当たった扉をリィルが開け、中にはいる。車椅子のレオリックもそれに続く。
 その中は整備室になっており、メタルグリーンのアーマード・ナイトが、そこに鎮座していた。
「こちらへ」
 リィルはアーマード・ナイトの脇を通って、奥の作業机へ向かう。
 机の上にはコンピューターが置かれており、そのコンピューターから延びたコードの先には、小さな球形の装置のような物が繋がっている。
「そこのアーマード・ナイトの各部には、この装置が取り付けられています」
 そう言ってリィルは、その小さな球形の物体をつまむように持ち上げ、レオリックに差し出した。
「はぁ‥‥‥」
 繋がっているコードに気を付けながら、リオリックはそれを受け取った。小さくて、軽い。
「これが一体?」
「こちらの画面を見て下さい」
 コードが繋がったコンピューターのディスプレイを、リィルはレオリックに見えやすいように向きを変える。
 画面には、アルファベットと数字が並んでいた。
「その装置は、私はグラビティボールと呼んでいます。‥‥えっと、持ち上げて頂けますか?」
 レオリックは言われるままに、その小さな球形の装置、グラビティボールを持ち上げた。
 その瞬間、コンピューターのディスプレイに表示された数字が、大きく変動する。
「画面に表示されているのは、グラビティボールに今かかっている重力と重力の変動値です。これを利用して、現在アーマード・ナイトがどういった動きをしているかを判断し、それを制動に利用していいます」
「‥‥‥なるほど! 本来、レーザージャイロで調べているところを、このグラビティボールを使っているわけですか」
 大きく頷くレオリック。グラビティボールを持つ手が動き、ディスプレイの数字がまた変動する。
「ええ、そういうことです。これと、機体の動きを制御する装置が連動していて、オートバランサーとしての役割を果たしています」
 より具体的な構造はレオリックにはわからなかったが、原理は彼にも理解ができた。
 そして問題は、これがレーザージャイロ方式よりもどれだけ優れているかである。
「これが、各種データです」
 その考えを見越したのか、リィルは紙の束を机の引き出しから取り出して、レオリックに渡した。
 そこに書かれている数値は、レオリックを歓喜させるのに十分な値だった。


「あんなもので、お役に立てたのかしら?」
 コーヒーカップを手に、整備室に戻ってくるリィル。湯気が上がるカップを、テーブルの上に置く。
 だが、コンピューターに向かって何か打ち込んでいるレオリックの耳には、その声は聞こえない。
「ええ、こんなに性能の良いシステムが有るなんて、驚きました」
 代わりに、セレスティアが答えた。
「あなたも、アーマード・ナイトに乗ってるのよね?」
 リィルとセレスティアが初めて出会ったとき、二人ともアーマード・ナイトの部品を購入しようとしていたので、リィルはそう思ったのだろう。
「はい、レオリック様のアーマード・ナイトのコンピューターを務めさせてもらっています」
「え、じゃあ‥‥」
 リィルは、セレスティアが自分の前に置かれたコーヒーに手を付けていない理由が、やっとわかった。
 最近は、人間とほとんど見分けが付かないAIドールが、街を歩いている。だがリィルは、意志を持っているなら人間とどこが違うのだと思っているので、セレスティアがそうだと知っても、別に何とも思わなかったようだ。
「ごめんなさい、だましているつもりではなかったのですが‥‥」
「こちらこそごめん、気にしないで。それに、下手な人間よりも、あなたのほうがよっぽど気が合いそうだわ」
 そう言って、ちらりとレオリックの方を見るリィル。レオリックはまだコンピューターに向かっていて、置かれた紅茶には手も付けていない。
「こんなおみやげも、もらっちゃったし」
 テーブルの上のお皿には、クッキーが用意されている。レオリックたちがおみやげにと持ってきたものだ。
「お口に合うといいのですが‥‥」
 リィルはクッキーをつまむと、口に入れた。
「あらっ‥‥‥」
「あ‥‥‥、おいしくないですか?」
「違う違う、逆、これ、とってもおいしいっ」
 リィルの言葉に、セレスティアはほっとしたように笑顔を見せた。
「良かった‥‥。これ、実はレオリック様が好きなんです」
 だが肝心のレオリックは、さっきからずっとコンピューターに向かって考え込んでいるようだ。一体何を考えているのだろうか。
「このクッキーもしかして、ノースフォークの森林公園の売店で売っているやつかしら?」
「えっ、わかるんですか?」
 驚くセレスティア。
「かすかにラベンダーの香りがしたからそうかと思ったんだけど‥‥‥本当なの?」
 今度はリィルが驚く番だった。
「焼いたのは私なんですが、生地は同じ所から貰っているので、ほとんど味は違わないと思いますが‥‥‥それでも、わかった方は初めてです」
「あら、生地だけって買えるの?」
 レオリックに負けじとクッキーが好きなリィルは、その点に興味を持ったようだ。
「最初は駄目と言われたんですが、何度も頼み込んで、少しならばと分けてもらえるようになったんです」
「なんでまた」
 クッキーを頬張りながら、不思議そうな顔をするリィル。
「前にノースフォークに行ったときに、たまたま森林公園に寄って、その時にレオリック様がこのクッキーを気に入られたんです。でも、ここからではちょっと遠いし、焼き立てが一番美味しいという事なので」
 リィルは首を傾げると、セレスティアにだけ聞こえるように耳打ちしてきた。
「レオリックさんにやれって言われたの?」
「とんでもない、私が勝手にやったことです」
 大げさに首をぶんぶん振るセレスティア。
 その言葉の後に、レオリック様に喜んでもらいたくて、と続けようとしたのだが、すぐ側にレオリックがいるのを思い出して、セレスティアは言うのをやめた。
 彼女がそれを言うことによって、レオリックに迷惑がかかるかもしれないと思ったからだった。
 レオリックはそのセレスティアの想いをも知らずに、コンピューターの画面と睨み合いをしていた。


 コーヒーが冷たくなった頃、やっとレオリックが口を開いた。
 リィルとセレスティアは打ち解けたように、雑談をしていた。
「リィルさん、よろしいでしょうか?」
「は、はい」
 その口調が重苦しい物だったので、思わず身構えるリィル。
 レオリックにしても、考えた末での決断だったのだ。声も少しは重くなるだろう。
「リィルさんは、このグラビティボールを装備したアーマード・ナイトでグランプリに参加なさるんですよね?」
「ええ、そのつもりですけど」
 予想通りの答えに、レオリックの口調はさらに重くなる。
「失礼を承知で申し上げますが‥‥‥、私に、このグラビティボールを使わせてくれませんか?」
 セレスティアは、いつのまにか下を向いている。
 レオリックの言葉の真意がつかめなかったのか、リィルは聞き返してきた。
「使う‥‥と言いますと?」
「失礼、言葉が足りませんでした」
 レオリックは冷めたコーヒーを一口飲んだ。
「グランプリが終わるまで、私にグラビティボールを貸して下さい」
 その一言は、広いとは言えない整備室の中に響きわたった。


 グラビティボールの能力は、まさにレオリックが求めていた力だった。
 彼が開発した脳波感知システムと、このグラビティボールが組み合わされば、恐らく現時点で最高のシステムが完成するだろう。
 だが、グランプリまでにはあまりに日にちが無さすぎた。
 果たしてたった三週間で、グラビティボールのレプリカが造れるのだろうか?
 できるわけがないというのが、レオリックの答えだった。それどころか、三週間でグラビティボールと脳波感知システムとの調整が終わるかどうかも疑わしい。
 再びカップに注がれたコーヒーが、ゆらゆらと湯気を立てている。
 その湯気の向こうのリィルを見つめながら、レオリックは再び口を開いた。
「改めてお願いします、リィルさん」
 そういって頭を下げるレオリック。セレスティアも同様に頭を下げる。
「あの、レオリックさん、頭を上げてください‥‥‥」
 困ったようなリィルの口調に、レオリックはやっと頭を上げた。
「貸す貸さないはともかく、そこまでされるからには、理由がおありなんですよね。‥‥‥よろしければ、教えていただけませんか?」
 グラビティボールを貸すと言うことは、リィルのアーマード・ナイトを解体すると言うことと同義である。断るのは簡単だし、すぐにそうすべきだったのかもしれないが、レオリックの瞳を真正面から捕らえると、どうしてもリィルには簡単に断ることはできなかった。
 レオリックは言葉を選びながら、自分の考えを話していった。
「‥‥‥今度のグランプリで、恐ろしいことが為されようとしています。恐らく、すべてのクラスで、ガル・インダストリーの新型機が上位を、下手をすれば一位を独占するでしょう」
 リィルもその話は、雑誌か何かで読んだような覚えがある。
「それは聞いたことがありますが‥‥‥いくらなんでもデマなのでは?」
 レオリックはかぶりをふった。
「いえ、残念ながら真実です。今の時点で、アーマード・ナイトのパーツを作っている会社は、そのほとんどがガル・インダストリーの傘下に吸収されました。吸収合併されたわけではないので、社名はそのままですが、これからは型番などでガル社の傘下であるという事が解るようになるでしょう」
 本当なのだろうかと勘ぐるリィル。だが、レオリックはそう確信していた。
「この業界を、ガル社に独占させるわけにはいきません。その為に私にできることと言えば、グランプリでガル社の新型を倒すこと」
 少々、短絡的すぎるのではないかとリィルは感じた。英雄気取りの青年は、何時の世にもいる。レオリックがそうでないとは、リィルには言い切れない。
「しかし、ガル・インダストリーがそこまで独占できるようになったのは、それだけ性能が良かったからなのでしょう? 弱肉強食は世の常じゃないのかしら。それとも、ガル・インダストリーは、何か違法なことをやっているの?」
 答えに詰まるレオリック。
 確かに、ガル社は法に触れるようなことは何もしていない。
「‥‥‥いえ、今の所違法なことは何も。強者が弱者を駆逐する、それも当たり前のことだと思います」
 リィルはその答えに、少しだけほっとした。レオリックが理想のみを追い求めて、回りが見えていないわけではないと、わかったからだ。
「だけど‥‥‥、弱者は駆逐されるのをじっと待っていなければならないのでしょうか? いや、そんな事は有るはずありません。弱者が強者に対して行う、挑戦。それが結果的に、その業界をさらに発展させる物だと、私は思っています」
 リィルは今度は黙って、レオリックの話を聞いている。
「だから、私は、ガル・インダストリーに勝ちたいんです。‥‥‥独占は、停滞を呼びます。停滞しきったこの業界を、私は見たくないんです」
 いつのまにか、レオリックのカップは空になっていた。
「だから、私には、このグラビティボールが必用なんです。少しでも、勝つ確率を上げるために‥‥‥」
 レオリックは、言いたいことはすべて言ったつもりだった。後はリィルがどう受けてくれるかだ。
 しばし考えた素振りを見せて、リィルは口を開いた。
「レオリックさん、質問させてもらえるかしら」
 頷くレオリック。
「私情は‥‥入っていないの?」
「‥‥‥入って無いと言えば、嘘になります。私の祖父が興した会社は、先日、ガル・インダストリーに吸収されました」
 レオリックは正直に答えた。もしこのまま事が上手く運べば、カノン社がガル・インダストリーの傘下から抜け出す良い手段になるだろう事は承知している。
「もう一つ、仮にこのグラビティボールをレオリックさんに貸したとして、これを装備したアーマード・ナイトには、誰が乗るの?」
 それはレオリックには、答えが一つしかない質問だった。
「もちろん、私が‥‥」
「ふざけないで」
 レオリックの言葉を遮って言うリィル。
「そんな身体で、どうやってアーマード・ナイトを操作する気なんですか?」
「そ、それは、フットペダルは配線を交換して、両足を使わなくても操作できるようにします。こう見えても、そういう改造は得意なんです」
 すでに構想は頭にはある。その内容を、レオリックは話そうとした。
 ため息を付くリィル。
「レオリックさん、あなたね、さっき私に何て言いました? 少しでも勝つ確率を上げる、そう言いましたよね?」
 その言葉にぎこちなく頷くレオリック。
「なら、あなたが操縦するのは、勝つ確率を下げているんじゃないんですか?」 確かに、正論である。だが、レオリックにとって、まず自分が操縦することが前提だったのだ、今更それをどうこう言われても困るというのが本心だった。
「あなたの代わりの、あなたよりも上手なパイロットを連れてきなさい。そうしたら、グラビティボールを貸してあげてもいいわ」
「‥‥‥」
 言葉に詰まるレオリック。
 今までそのやりとりを黙って見ていたセレスティアが、ゆっくりと口を開いた。
「あの‥‥‥私では、私が操縦するのでは駄目でしょうか?」
 同時にセレスティアの方を向くリィルとレオリック。すでにレオリックを見つめていたセレスティアとレオリックの視線が合う。
 確かに、セレスティアが適任かもしれないと、レオリックは考えた。アーマード・ナイトのコンピューターをやっている以上、情報伝達速度は誰よりも速い。本来パイロットとコンピューターが別々に行う処理を一人でやることになるのが問題と言えば問題だが、それよりも今から新しいパイロットとセレスティアの息を合わせる事のほうが問題だと思われる。
 本来レオリック自身が乗るのが一番良かったのだが、リィルが先程言ったことも正論であることは、レオリックにも理解できていた。
「セレスティア、‥‥‥本当にいいんだな?」
 こくんと頷くセレスティア。
 レオリックは再びリィルの方を向いた。
「リィルさん、それでは、私ではなくセレスティアが乗ります。‥‥‥これなら、いかがでしょうか」
「‥‥‥わかりました、レオリックさん、お貸しいたしますわ」
 リィルは笑顔で、そう答えた。
 仮に、ガル・インダストリーの独占を防ぐためだけだったら、リィルがそのまま自前のアーマード・ナイトでグランプリに出た方が、確率は高かったかもしれない。だが、リィルはあえてそうはしなかった。
 結果だけじゃない。課程も大事だと言うことを、リィルは信じていたから。
 深々と頭を下げるレオリックを前に、リィルはそれらの言葉を、そっと心の内に飲み込んだ。


 セレスティアとリィルが、ダンボール箱を運んでいる。唯一の男手であるレオリックは、車椅子のため邪魔にならないようにと見ているだけである。
 運んでいるのは、グラビティボールの入った箱だった。そのデータを利用する制動装置は、レオリックが使っている物で代用が効きそうだと言うことと、取り外しにさらに時間がかかると言うことで、とりあえずグラビティボールだけ借りることにした。
「リィルさん、今日はどうも有り難うございました」
 荷物を積み終えて、レオリックは礼を言った。自分は何もしていないのが、少々むずがゆいところである。
 だがそんな事は気にせずに、リィルは笑顔で答えた。
「いえ、どういたしまして。レオリックさん、私もグランプリには観戦に行かせてもらいますね」
 その言葉で、レオリックは大事なことに気が付いた。
「あ、そういえば、リィルさんはグランプリはどうするのでしょう?」
「あ、私は‥‥‥観戦に回ります」
 リィルはしまったというような表情を一瞬見せると、申し訳なさそうにそう言った。
 レオリックは、リィルが自分のためにグランプリへの参加をやめたことを理解した。
「それじゃレオリックさんセレスティアさん、頑張って下さいね」
「‥‥‥リィルさん」
 レオリックは一呼吸置いてから、言葉を続けた。
「本当に今日は有り難うございました」
 車椅子に座ったまま頭を下げるレオリック。セレスティアも同じように頭を下げる。
「それでは、グラビティボール、確かにお借りいたします。あ、あと、これからは私のことは、良かったらレオンと呼んで下さい」
 セレスティアが、じっとレオリックの横顔を見ている。
「わかりましたわ、レオンさん」
 その言葉は、リィルにはわからない、レオリックの最大限の友好表現であった。


NEXT

BACK
玄関に戻る MMの部屋に戻る MMショートショートの部屋に戻る