6.

 パンパン パン
 朝早くから、何発もの花火が打ち上げられる。
《Grand Prix in DENNITH》
 八つのクラスに分けられた今回のグランプリは、全十日で行われる。まず、四つのクラスが予選トーナメントをそれぞれ一日づつ使って行い、五日目にその四つのクラスの決勝トーナメントを行う。同様に、残りの四つのクラスも五日かけて行われる。
 レオリックが参加するのは、後半の日程で行われる軽中量クラスである。グラビティボールを新たに装備したレジストが、一番効果的に戦えると判断されたクラスがここだった。エンジンパワーに上限があり、その他にいくつか武器の条件が設けられているクラスである。
 グラビティボールを装備させたレジストの行動性能は、飛躍的に上がったと言っていい。今までのデータがほとんど役に立たなくなってしまったくらいで、セッティングに三週間をそのまま使ってしまった。それでも、最良のセッティングになったとは言いがたいというのが現実である。
 セレスティアが一人で操作するという形態に対応させるのも、かなり骨の折れる作業だった。元々パイロットとコンピューターの二人に分けられるはずの情報を、セレスティア一人に送っても仕方がないので、情報の細分化を今まで以上に徹底させた。幸い、グラビティボールの素晴らしい性能によって、機体バランスに関してはパイロットの手をまったく入れなくても良いレベルにまでなった。
 残る大きな問題は、セレスティアのパイロットとしての能力だったが、それが十分なレベルにあることは、一週間前にようやく行われた最初のテストで、すぐさま証明された。セレスティアが毎晩リィルの元を訊ね、パイロットとしての訓練を必死で受けていたのは、レオリックの知らない話である。
 三者三様の想いの中、こうして、すべての準備は整った。
 そして、ついにグランプリは開催された。
 最初の五日間は、まさにレオリックの最悪の予想通りとなった。決勝には各クラスから四チームずつが進出する。合計十六チームのうちで、アーマード・ナイトがガル・インダストリー社製の物が八チーム。ガル・インダストリーの傘下の会社の物が五チーム。それ以外は、わずかに三チームだけであった。
 そしてこの大会で鳴り物入りでデビューした、ガル・インダストリーの新作「ヒート・エア」。各クラスに一チームづつしか参加していないに関わらず、そのすべてが決勝へと駒を進めた。
 そして圧巻は、五日目に行われた各クラスの決勝。なんと前半の四つのクラスのすべてを、ヒート・エアが制してしまったのである。
 雑誌の予言は、まずは半分、本当の物となった。
 そして、レオリックたちも参加する、後半戦が開始された。
 六日目、超軽量級。ヒート・エアは危なげなく決勝進出を決める。
 七日目、十五歳以下限定。天才と呼ばれていた少年は、ヒート・エアに乗っていた。
 そして八日目、ついにレオリックたちの参加する、軽中量級である。


 セレスティアは一人、化粧室にいた。鏡の前で、じっと自分の姿を見つめている。
 身を包む淡いピンクのパイロットスーツは、この日のためにレオリックが用意してくれた物だった。
 レオリックはとても似合っていると言ってくれ、セレスティアは自分でもそう思った。だがなにより嬉しかったことは、これがレオリックから貰った物だと言うことである。
「‥‥‥‥‥‥」
 セレスティアは、不安を感じつつも、逆に喜びも心の中で感じていた。
 レオリックの代わりのパイロットとして、レジストに乗るのだ。何もできずに負けてしまったりしたらどうしよう、という考えが浮かぶ。だがそれ以上に、レオリックの手助けをできる事が嬉しかったのだ。
 セレスティアは、レオリックが好きだった。
 そうプログラムされていたのか、そう命令されていたのか、セレスティアは知らない。知っているのは、自分の気持ちだけ。それすらも、あまりよくわからないのだ。
 だが同時に、セレスティアは、その思いを表に出してはいけないことも知っていた。
「機械人形のくせに、仕えるお方を好きになるなんてとんでもない!」
 そう自分を卑下し、好きだという言葉を心の奥底に沈めてきた。そしてその想いを、主人であるレオリックに精一杯仕えるという形で表してきたのだ。
 自己満足だというのは、セレスティアにもわかっている。だが、見返りはまったく求めていないのだ。誰にそれを止める権利が有るだろうか。
 だから、パイロットスーツをレオリックから貰ったとき、セレスティアは余計に嬉しかったのだ。そして同時に、レオリックの期待を裏切れないとも思った。
「‥‥‥うんっ」
 セレスティアは最後にもう一度だけ、鏡の中の自分と向き合うと、その場を後にする。
(負けられない‥‥‥)
 伝えられない想いを胸に、セレスティアは控え室へと戻っていった。


 控え室内は、大きくざわついていた。
 何チームもが同時に使う大きな控え室の中は、チーム数と同じだけのアーマード・ナイトが鎮座しており、そのまわりをチームの関係者たちが囲んでいる。
 その中の一角に、他のアーマード・ナイトと同じように鎮座しているレジスト。結局レオリックは、外装と名前は変えることなく、このグランプリに参戦した。
 鋭角的な銀色の外装は、それ単体だと、あたりの風景との調和を無視したような印象を受けるが、他にもアーマード・ナイトがいるこの場では、それほどまでには浮いた印象は受けない。だがそれでもまだ目立っているのも事実だ。
 室内がざわついている原因は、今さっき、トーナメント表が発表されたからだ。
 大会当日まで対戦相手が解らないこのシステムは、安心感と不安感の両方を参加者に与える。
 もちろん車椅子に座っているレオリックの元にも、トーナメント表のコピーが届いていた。
「リィルさん‥‥‥これ」
「そうね、このトーナメント表だと、準々決勝で当たるわね」
 返事をしたのは、グラビティボールの所有者、リィル・ウェルナーである。一応、レオリックのチームの一員と言うことでここにいる。
 二人がトーナメント表を見て話しているのは、もちろん、ガル・インダストリー社製の「ヒート・エア」の事である。
 軽中量級の参加チーム数は五十余り。トーナメント表作成時の運で、レジストが三勝すると、四勝したヒート・エアと当たることになる。
「お互いが勝ち進めば、今日の最後に当たる‥‥‥わけですね」
 準決勝と決勝は、今日は行われない事を思い出して、レオリックはそう口にした。
「そういえば、セレスティアは?」
 いつもならすぐ側にいるはずの彼女のことを思いだして、あたりを見回すレオリック。
「さっき、着替えてくるって更衣室に向かったけど」
「ああ、そうでした」
 そういえばセレスティアが先程、用意したパイロットスーツを手に、更衣室へ向かったのだ。レオリックは、自分も緊張しているのだろうかと苦笑した。
 そのセレスティアは、恥ずかしそうにパイロットスーツに身を包み、ちょうど控え室に戻ってきた所だった。
 体の線が浮き出るパイロットスーツは、見る者をどきりとさせるのに十分だった。それは、彼女が造られた体で有ることを知っていたレオリックも同様だ。
 待ちかねていたようなレオリックを見て、セレスティアは駆け寄った。
「申し訳有りません、遅くなってしまって‥‥」
「試合まで時間はまだある。それより、トーナメント表が発表されたぞ」
 そう言ってレオリックは、トーナメント表をセレスティアに手渡した。
「はい‥‥‥あっ」
 驚きの声を上げるセレスティア。
「そうだ、ヒート・エアは準々決勝であたるぞ」
 セレスティアが驚いたのを見て、その事が解ったのだろうと、レオリックは口を開いた。
 なにしろ、トーナメント上位四チームが決勝に行くと言うことは、単純計算で、レジストとヒ−ト・エアが戦う確率は、二割五分。今日は当たらない確率の方が圧倒的に高かったのだ。
「え、本当ですか」
 だがレオリックの予想とは違い、セレスティアはレオリックの言葉で再び驚きの声を上げた。
「? その事に驚いたんじゃないのか?」
 気勢をそがれるレオリック。
「あ、いえ、そうではなくて、二回戦の相手‥‥‥」
 レオリックのチームは一回戦の相手がいない為、二回戦からのスタートになる。ヒート・エアは一回戦からのスタートなので、一戦分自分たちの方が少ないのだ。
「それがどうかしたのか?」
「ここのチームのアーマード・ナイト、イシイコーポレーションの新型機ですよ」
 その言葉に、レオリックの眉がぴくんと動く。
「イシイの新型? まさかブリーズ‥‥‥か?」
 こくんと頷くセレスティア。
 一月前のトーナメントで、レオリックに車椅子の生活を余儀なくさせられた原因のアーマード・ナイトであり、ガル・インダストリーを倒すために超えなければいけない壁。それが、イシイコーポレーションの新型機、ブリーズだ。
「ちょうどいいじゃない、腕慣らしにはもってこいよ」
 リィルが、気楽そうにそう言う。
 レオリックは一瞬、そんな相手を甘く見ていいのかと反論しようとしたが、すぐに思い直した。
「セレス、機体の性能を信じるんだ。ガルのヒート・エアにだって劣るものじゃない」
 そして、セレスティアの技術は、飛躍的に上がっていた。才能があったとも言えるが、何より必死の努力が実を結んだと言える。
 もちろんセレスティアは信じていた。レオリックがそう言うのだから、レジストの性能に関しては間違いないだろう。さらに、前日までの色々なバリエーションのヒート・エアを見て、この軽中量級に出てくるであろうヒート・エアのスペックは、予想できている。
 準備は全て整っている。後は、試合に臨み、そして勝つだけだ。
「よし、少し早いかも知れないが、システムを立ちあげよう」
「そうね、その方がいいと思うわ」
 リィルもレオリックに賛成する。
 セレスティアはこくんと頷くと、ゆっくりとレジストに乗り込んだ。
 まだ電気の入っていないコクピットハッチの内部は、出入口を閉めると、すべてが暗闇に閉ざされる。
 だがセレスティアは、慣れた手つきで電源のスイッチを入れた。一瞬すべてのスイッチ類の明かりが灯り、消える。そして各部のスシテムが立ち上がり始める。
 セレスティアは、脇から延びてきた何本ものコードを手に取ると、それを自分の両腕と首筋に接続する。これが、レジストがレオリックがパイロットだった一月前から一番大きく変わった点である。
 レオリックではなくセレスティアが乗ることになって、その操縦形態は大きく変更された。単にレオリックの役目をセレスティアがこなすだけでもよかったのかもしれないが、もともとセレスティアは、レジストのコンピューターなのである。ならば、それを最大限活用した方が良いに決まっているだろう。
 もちろん、コンピューターが操縦すれば必ず強くなるというのであれば、人間の立場など無くなってしまう。現在でもそうなっていないということは、そうではないと言う良い証拠である。
 だが、たった一月しかなかったのだ。処理を分散させた方が、結果的に速い処理を行えるという理屈くらい、レオリックにもわかっている。だが、今はセレスティアに貯えられた情報を活用する方がいいと判断しての結果だった。
 そして、今回の機体はよくできたと、レオリックは自負している。セレスティアにかける負担は大きくなってしまったが、それでも少しでも負担は減らしたのだ。
 また、機体の基本性能も、大幅にアップしている。
 レオリックの生み出した脳波感知システムの理論と、リィルの提供した重力感知型オートバランサーの組み合わせは、素晴らしい効果を生みだした。
 こちらも、少ない時間でやれるだけのことはやった。これ以上を求めるというのは、少々酷と言っても差し支えないほどに。
 そうした、レオリックたちの努力の結晶は、セレスティアの意志に答え、ゆっくりと面を上げた。


 いくつかの準備動作を終えて、システムを立ち上げたまま、セレスティアはレジストから降り立つ。
 それを待っていたレオリックは、車椅子に座った姿勢のままで、セレスティアの前まで来た。
「セレス‥‥‥行くぞ」
 レオリックはセレスティアに向けて右手を伸ばす。
 驚きつつも、その手を握り返すセレスティア。
「は、はいっ」
 レオリックの後ろには、車椅子を支えるようにリィルが立っている。
 それは、この広い控え室の中の、小さい、しかし確かな決意の握手だった。
 ガル・インダストリーに勝つための。そして、レオリックの期待に応えるための。


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