7.

 足元のローラーダッシュがうなりをあげ、レジストはその機体を一気にブリーズに接近させる。
 セレスティアはそのレジストのコクピットで、ブリーズと戦うと同時に、襲ってくる不安とも戦っていた。
「セレス、もっと冷静になるんだっ!」
 レジストと直接回線がつながっているマイクに向かって、レオリックが叫ぶ。
「は、はいっ‥‥」
 そう返事はするものの、セレスティアには落ちつくことなど出来なかった。
 試合が開始してから、すでに十分以上が経っている。レジストは何度か攻撃を当ててはいるのだが、致命傷になりうるものは、ただの一撃も無い。
 倒さねばならない敵、ブリーズは、セレスティアの目の前に大きく立ちはだかったままだった。
「くっ!」
 フェイントを使ってタイミングをずらし、右手に握られた剣をなぎ払う。
 フリーズブレイドと呼ばれる冷却効果を持つその剣は、当たった場所を瞬間的に凍らせ、駆動系に大きなダメージを与えることが出来る。だがそれも、当たれば、の話である。
 決まった、とセレスティアは思った。
 今までの一撃は相手の持つ盾によって弾かれていてしまい、わずかに盾の表面を凍らせるだけにとどまっていたのだが、この一撃のタイミングは今までと違う。
 そしてセレスティアの思い通り、その一撃は、ブリーズの左手に持つ丸形の盾に食い込んだ。
 ブリーズは咄嗟に盾を手放す。
 刀身が盾に食い込んでいたせいもあり、レジストのこん身の一撃は、そのまま盾をまっぷたつにし、地面に食い込んだ。
 そのままもんどりうって倒れるレジストのコクピットで、セレスティアは涙目になっている。
「どうして‥‥‥倒れてくれないんですか?」
 こんなところで負けるわけにはいかない。ヒート・エアに‥‥‥会うことすらできずに。
 セレスティアのつぶやきは、もちろん相手パイロットには聞こえない。体勢を崩したレジストに、盾が無くなって身軽になったブリーズが襲いかかろうとする。
 だが、驚くべき早さで体勢を立て直すレジストに、ブリーズは付け入る隙を見つけることができなかった。
 じりじりとにらみ合いが続く。
「もう、時間が‥‥」
 試合は、二十分間ので行われ、それでどちらかが勝利条件を満たさない場合、判定となる。判定がさらに引き分けの場合は、両者敗退だ。
 このままではらちがあかないと思ったのか、レジストが一歩、前に出る。それにつられるように、ブリーズも動き出す。
 ブリーズは大剣を上段に構え、レジストに突進する。セレスティアは、その突進がどんな意味を持っているか理解できていない。
 気合いと共に、ブリーズが大剣を振り下ろす。決められなければ、大きな隙が出来ることになる。それは、まさに最後の一撃と呼べるものだったのかもしれなかった。
 半身の体勢になって、レジストはそれを避けると、フリーズブレイドでブリーズの足元をすくう。
 空気を切る音とともに片足を失ったブリーズは、バランスを失ってその場に倒れた。


 セレスティア以外は皆気付いていたのだが、結局この試合は、レジストの圧勝だった。ブリーズはついに自分では、レジストの傷一つ与えられなかったのである。
 状況を把握できていなかったのは、セレスティア一人であったといえよう。
 レジストがふらふらとした足どりで、出入口ゲートに向かう。
 その出入口ゲートの上の観客席に、ブリーズに圧勝したレジストを、他人とは違う視線で見つめる二人組がいた。
 一見、ごく普通のサラリーマンに見える格好をした二人の男は、その試合が終わってしばらく話し合った後、観客席から出ていった。


 レジストが降着の姿勢をとり、コクピットハッチがスッと開く。
「セレス、よくやったな」
「まずは一回戦突破、おめでとう」
 控え室にセレスティアを迎えたのは、満面に笑みを浮かべたレオリックとリィルだった。
 一瞬嬉しそうな顔をするセレスティアだったが、すぐに申し訳なさそうな顔になる。
「レオリック様、こんな試合をしてしまって、申し訳有りません」
 レジストの機体性能を一番良く知っているのは、それに乗って試合をしているセレスティアだ。
 試合が終わった今こそ、レジストの基本性能がブリーズのそれをかなり凌駕していたことがわかる。と同時に、もっと効果的に勝てたであろう事もわかってしまう。
 ヒート・エアと当たるには、今日一日で三回勝たなければならないのだ。その為には、少しでも被害を押さえつつ勝たねばならない。いかに効率よく、被害を少なく勝つかも、大きな問題なのだ。
 もちろんレオリックにもそれはわかっている。だから、こう返事をした。
「まずは、勝つことさ。セレス、この調子で頼むぞ」
「そうね、幸いこの程度の消耗なら、次の試合までには簡単に修理できるわ」
 傷付いた箇所を調べながら、リィルがそう言う。
 試合と試合の合間に、破損したりしている箇所は、各チームで修理が可能となっている。また、武器弾薬は試合毎に補給される。逆に、破壊された盾や被弾して壊れた武器などは、壊れたままで続く試合には使用できなくなる。
 つまり、もっとも良い勝ち方は、武器や盾を破壊されることなく勝つことであり、今回の試合は、その条件を満たしているとリィルは言っているのだ。
 レオリックとリィルの優しい言葉を聞き、セレスティアは幾分かほっとしたようだった。
「はい、有り難うございます。次の試合も、精一杯頑張ります」
「ああ、少し休んでていいぞ。その後、次の試合の打ち合わせをしよう」
 レオリックはそう言うと、車椅子に座ったまま、レジストを整備しているリィルの方へ移動しようとした。
「あ、レオリック様、私が‥‥」
 慌ててセレスティアは、車椅子を押そうとする。
「セレス、休んでていいんだぞ」
「いえ、大丈夫です。私に、やらせて下さい」
 レオリックに優しい言葉をかけてもらい、且つレオリックの役に立つことが出来る。セレスティアにとって、こんな幸せなことはない。
 セレスティアは不謹慎と思いながらも、心の中で、レオリックが怪我をしたことに感謝していた。


「いい機体ですね」
 レジストの整備を続けるリィルに、一人の男が話しかけてきた。
「有り難うございます」
 手を休めずに、リィルはそう答えた。
 この控え室には、関係者以外入ってこれないはずなので、他のチームの人間だろうと思ってリィルは返事をした。それでも、やはり自分が整備している機体を誉められて嫌な気はしない。
「君が、このチームの責任者かね?」
「いいえ、違いますわ」
 リィルは整備をする手をゆるめようとしない。
「では、責任者の方は‥‥」
 最後まで男の方を見ずに、リィルは手に持ったスパナで、控え室の奥の方を差した。
 その先には、次の試合の打ち合わせをしているレオリックとセレスティアの姿がある。
「どうも」
 男はリィルに向かって軽く会釈をすると、レオリックたちの方へ向かった。
 リィルは知らなかったが、先程観客席でレジストを見ていた二人組のうちの一人である。
 近づいてくる男に気付いて、レオリックは面を上げた。
「失礼ですが、あなたがあの機体のチームの責任者さんですか?」
「そうですが‥‥‥」
 レオリックは車椅子に座ったまま、そう答えた。
「先程の試合、見せていただきました。レジストと言いましたか、いやぁ、素晴らしい性能ですね」
 男は、三十歳くらいに見えた。スーツを着て、いかにもサラリーマン風のいでたちである。
「はぁ、ありがとうございます」
 リィルと同じく、レオリックも誉められて悪い気はしない。
 どこかで見たこと有ると思いつつも、レオリックはそう返事をした。
「あの機体、どこのメーカーのものをベースにしているのでしょう?」
 男はレジストの方を見ながら、レオリックにそう質問した。
 レジストは、どこのメーカーの機体もベースにしていない、一からの手作り品である。部品はカノン社製のものを多く使っているが、けして機体のベースをそのまま使っているわけではない。
 レオリックはその事を正直に伝えた。
「いえ、一応オリジナルですが」
「ほぅ」
 男は驚いたような顔をした。
「では、あの機体はどこかのメーカーに所属しているわけではないと」
「まぁ、そう言うことになりますね」
 男が何を言いたいのかわからなくなって、レオリックは少しいらつき始めていた。
 それに気付いたのか、男は懐から何かを取り出す。
「失礼、私、こういう者です」
 男が差し出してきたのは、名刺だった。それを受け取るレオリック。
 その名刺に書かれた文字を見たとき、レオリックは目の前の男の事を思い出した。
「先程の試合を見て、あなたを、ガル・インダストリーの技術者としてスカウトしに来ました」
 名刺には、男が、レオリックが倒すべき相手、ガル・インダストリーの社員であると書かれていたのだ。
 レオリックがこの男に会ったのは、今日で二度目だ。一度目は、カノン社の社内で会っている。そう、カノン社にガル・インダストリーの傘下になれと言ってきた二人組の男の片方である。
 レオリックの目が険しくなったのに気付かずに、男は話を続けた。
「どうでしょう、業界最大手のガル・インダストリーで、あなたの能力を最大限に発揮してみては」
 何人もの技術者をスカウトした一言だった。
 だが、レオリックはその言葉を、いとも簡単に拒否した。
「結構です」
 そう言うとレオリックはセレスティアの方に向きなおり、男を無視して次の試合の打ち合わせを再開しようとした。
 あまりにそっけないレオリックの返事に、男はあわてて、言葉を変えてもう一度話しかけてきた。
「ガル・インダストリーには、一流の部品から一流のメカニック、そして一流のパイロットまで全てが揃っています。あなたの能力を存分に発揮するのに、適した環境だと思いますが‥‥‥」
「しつこい!」
「‥‥‥」
 それきり男は沈黙した。今まで何人も説得してきた経験が、レオリックを説得するのは無理だと感じたのだろう。
「わかりました、失礼なことを言って、申し訳有りませんでした」
 レオリックは今度こそ何も返事をしない。怒りを抑えるのに精一杯だったのだ。
「‥‥‥失礼します」
 男はそれ以上は何も言わずに、出入口へと向かった。
 男が控え室を出ていったのを確認してから、レオリックは名刺を握りつぶして、ゴミ箱へ放り投げた。
「レオリック様‥‥‥」
 怒っているように見えるレオリックに、セレスティアは恐る恐る声を掛ける。
 だがレオリック自分の考えに集中していて、セレスティアの声は聞こえていないようだった。
 レオリックが考えているのは、今いた男の事だ。
 実は、今の男は、レジストの試合を見て、ヒート・エアが決勝に出るための障害になりうると判断し、事前にレジストを買収しに来たのだった。
 もちろんレオリックはそこまではわからなかったが、だいたいの所はつかんでいた。
(俺を買収しに来たという事は、奴等も少しはレジストの事を認めたという事か)
 ちらりとレジストの方を見るレオリック。そこでは、何も知らずにリィルが整備を続けている。
「セレス‥‥‥絶対に、勝つぞ」
「は、はいっ」
 レオリックのいきなりの言葉に、セレスティアは反射的に返事をする。
 セレスティアは、レオリックが自分で戦いたいのに戦えないもどかしさを持っているのに気付いていた。
「絶対に‥‥‥勝ちます」
 そう、主人の意に応えることが、仕える者にとっての幸せなのだから。


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