『大変長らくお待たせいたしました、それでは只今より、準々決勝第三試合を行いますっ!』
スタジアムアナウンサーの声が、高らかに響きわたった。
それを待ちかねていたように、客席から大歓声が上がる。すでに四クラスで優勝、二クラスで決勝トーナメント進出を決めているアーマード・ナイトが、姿を現すのだ。
だが、そんな大歓声も、セレスティアの耳には入ってこない。
レジストのコクピットに一人いるセレスティアに聞こえるのは、聞き慣れた機械の駆動音だけである。
その間にも、アナウンサーの声は続く。
『‥‥‥そしてアーマード・ナイトは、今日まで六度決勝トーナメント進出、七体目の進出なるか、ガル・インダストリーの最新機、ヒート・エア!』
またもどっと客席がわく。
スタジアムサイドで、レオリックたちはそれを苦々しく思いながら聞いていた。
アナウンサーの声には耳を貸さず、機体の最終チェックを進めるセレスティア。慣れた手つきに反応して、機体の各部から情報が流れてくる。
「すべて問題無し‥‥‥ん?」
ほんのささいな一ヶ所に、セレスティアの視線が止まる。
ごくわずかだが、左半身、細かく言えば、左腕の重量が増加しているように見える。
「‥‥‥」
セレスティアは逡巡した後、レオリックたちへの回線を開いた。
「レオリック様、聞こえますか?」
『‥‥‥セレスか、どうした?』
回線の向こうから、幾分か不安げなレオリックの声が聞こえる。セレスティアがいきなり回線を開いてきたので、驚いたのだろう。
「リィル様はいらっしゃいますか?」
機体の事は、機体を整備してくれている人に聞くのが一番だろうと思い、セレスティアはリィルを呼んだ。
すぐに、リィルが回線に出る。
『どうかしたかしら?』
「前の試合の後、何か問題‥‥というか、おかしなこと有りませんでしたか?」
『おかしな‥‥こと?』
セレスティアの言いたいことが、リィルには理解できないらしい。
「申し訳ありません、えーと、左腕の重量が増加しているようなのですが、何か特別なことはされたでしょうか?」
『左腕‥‥コーティングがはげていたから、散布はしたけど、その程度よ』
コーティングの応急処置剤の分の重量増加なのだろうか。いや、そんなことはないとセレスティアは思う。それならば、前の試合の終了時にも重量変化が見られたはずだ。
「‥‥‥わかりました、有り難うございます」
だが、リィルがそう言う以上、本当に何もやっていないのだろう。セレスティアは回線を切ろうとした。
『セレス‥‥‥』
再び声がレオリックに切り替わる。だが、その後の言葉が続かない。
『何度も言うようだが、‥‥‥勝ってきてくれ』
「‥‥はい、レオリック様」
セレスティアは後ろ髪を引かれる思いで、回線を切断した。
突然、アナウンサーの声がセレスティアに聞こえる。いや、正確にはずっと聞こえてはいたのだが、認識される。
『それでは準々決勝第三試合、開始っ!』
各々の気持ちを乗せながら、レジストはついにその一歩を踏み出した。
「まずは、距離を‥‥‥」
足元のローラーダッシュを回転させ、レジストは後退する。目前の真っ赤なアーマード・ナイト、ヒート・エアは、同じ程度の速度で前進してきた。
レジストの装備は、主武装のフリーズブレイドを右手に持ち、長方形の盾を左手に持っている。両肩にはエネルギーフィールド発生装置が取り付けられており、守りは万全である。あとサブウェポンとして、腕にはマシンガンが仕組まれている。
これまでの三戦で、壊してしまった武装は全く無く、万全でヒート・エアの所まで来れた。だから、余計に先程の重量増加が気にかかるのだ。
セレスティアはコンソールを操作して、コンピューターの一部を右腕のチェックに回すと、ヒート・エアを観察し始めた。
すでに四戦をこなしているにもかかわらず、ヒート・エアはレジストと同じように、何一つ武装を失っていない。
その装備はと言うと、レジストと同じように、剣を持ち盾で身を固めている。唯一特徴的な武器は、左手に装備されたチェインボムと呼ばれる小型の爆弾だろうか。小型の爆弾を一度に数多く投げる武器で、直接機体に当たればダメージは大きいだろうが、盾で受けてしまえばそれほど問題はないはずだ。
「‥‥来る?」
一瞬、ヒート・エアがそのチェインボムを投げようと身構えるのがわかった。その考えに呼応して、盾が身体の前面に展開される。
だが、ヒート・エアは攻撃することなく、一気に間合いをつめてきた。
「それならっ‥‥‥」
レジストも後退速度をゆるめ、さらに間合いはつまる。
この場合、イニシアチブを取った方が有利になるのはわかっている。基本的に受け手に回ってはいけないのだ。
ヒート・エアが剣を繰り出す。フレイムソードと呼ばれるその剣は、発熱機構を擁しており、熱感知系のセンサーなどを使い物にならなくすることができるのだ。
バチィッ!
ヒート・エアのフレイムソードと、レジストのフリーズブレイドが交錯し、嫌な音をたてる。
冷やす武器と熱する武器の勝負は、性能は互角のようだった。
二、三度剣を交えて、二体は再び間合いを開く。
そこに、レジストは通常のアーマード・ナイトにはできない反応速度で、マシンガンを乱射する。だが同じように、ヒート・エアは通常のアーマード・ナイトにはできない反応速度で身を翻した。
そう、レジストは脳波感知のシステムを利用したアーマード・ナイトであるように、ガル・インダストリーの新型機、ヒート・エアも、脳波を感知するシステムを実用化していたのである。
「‥‥‥どうやら、基本性能は互角なようですね」
そうつぶやくセレスティア。ヒート・エアのパイロットもまた、そう思っているに違いなかった。
一進一退の攻防が続く。ヒート・エアの剣がレジストの機体をかすめた時、レジストの剣はヒート・エアの盾を削り、逆にレジストのマシンガンの何発かがヒート・エアの機体にめり込めば、ヒート・エアのファランクスが、レジストのエネルギーフィールドに穴を開けた。
戦況を大声で伝えるアナウンサー以外、ほとんどの人がこの試合に見入っていた。
例外は唯一、観客席の最上段にいる、スーツ姿の二人組の男だけだった。
「‥‥‥やばいんじゃないのか?」
「うむ‥‥今の所は互角だ。だが、フリーズブレイドを直撃されるようなことがあるとまずいな」
「その前に、なんとかするか」
この二人組も、やはり試合には集中しているらしい。だが、単なる観客と比べて、集中の仕方が違う。
二人組の片方は、先程、レオリックとレジストを、ガル・インダストリーにスカウトした男だった。
その男は、懐から小さなスイッチの付いた箱を取り出した。アンテナがたっており、遠隔操作でなにかをするものらしい。
もう一人の男は小さなマイクを取り出すと、スイッチを入れて話し出した。
「‥‥‥聞こえるか? アレを使う、用意しろ」
わずかな時間の後、返事がある。
『‥‥‥この試合だけは自分でやらしてほしい‥‥って言っても無理っすよね』
「当たり前だ、負けて貴様、責任が持てるのか?」
この会話の間も、レジストとヒート・エアの戦いは白熱した展開を見せている。
『‥‥‥了解』
通信が切れる。
「よし、タイミングを計れ、しくじるなよ‥‥‥」
男たちは、今までにないほど、試合に神経を集中させていった。
ヒート・エアのパイロットと、スーツの男たちが通信を取っているちょうどその時、レジストのコクピット内にいるセレスティアのもとにも、異変が訪れていた。
『マスター、右腕肘関節部に異物発見しました』
「!」
セレスティアは、自分の勘が外れていなかったことを知る。外れていればいいのにとも思ったが、その考えはすぐに頭の隅に追いやる。
「一体何? 除去はできるの?」
戦闘を継続させつつ、セレスティアは神経をその異物へと向ける。その為次第に防戦へと追い込まれているが、ちょうどヒート・エアもスーツの男と通信を取っていたので、決定的にはなりえない。
コンピューターからのメッセージとともに、その異物の拡大画面が現れる。
そこに映っていたものは、セレスティアの予想の範疇を超えていた。
「ばく‥‥‥だん?」
けして大きい物ではないが、アーマード・ナイトの腕を吹きとばすくらいの火力は十分あるだろう。
そして試合は、腕が吹き飛べば終わりなのだ。
セレスティアは、言葉では言い表せない何かを感じて、観客席の一点を見た。
そこには、爆弾の起爆スイッチを手にした男たちの姿があった。
突然、レジストの動きが変わったのは、スタジアムサイドにいたレオリックたちにもわかった。
『レオリック様、聞こえますか?』
「こんな時に、どうしたんだ!」
試合場では、レジストとヒート・エアの攻防が続いている。その隙間を縫って、セレスティアは通信回線を開いてきたのだ。
『レジストの腕関節に、爆弾が仕込まれています』
そのセレスティアの一言は、レオリックたちに正常な判断能力を無くさせるに十分な威力があった。
「爆弾‥‥‥だと?」
『はい、グラビティボールからの情報がどうもおかしかったので調べていたんですが、右腕関節部に隠されていました』
「そんな、整備したときは爆弾なんて無かったわよ!」
リィルが声を張り上げる。レジストの整備をしたのは彼女なのだ。
その声は、回線の向こうのセレスティアにまで届く。
『ええ、恐らく、取り付けられたのはその後』
「レジストの回りをうろついていた奴がいたと言っていたが、そいつか」
休憩所で四人が話しているとき、レジストの回りには誰もいなかった。その時のことを言っているのだ。
だが、今はそんなことを言っていても仕方がない。
「爆弾は爆発しそうなのか?」
ボイスが後ろから口を挟む。
『いえ、時限式ではないようなので、いつ爆発するかは‥‥』
「そうだな、突然爆発したら怪しまれる。とすると、衝撃型か、遠隔操作型のどちらか‥‥」
遠隔操作という言葉を聞いて、セレスティアは先程見つけた男たちのことを思い出した。
『そういえば、西側観客席の最上段に、控え室でレオリック様に話しかけてきたスーツの男がいます』
「スーツの男? さっきの奴か?!」
レオリックは、頭の隅からその男の事を思い出した。
『はい、そうです!』
「さっきの男ね。怪しいけど‥‥‥レオン、どうするの?」
リィルも整備をしながら、レオリックが男と話していたのは知っている。そして、レオリックが男に向かって怒鳴っていたのも。
決断を出しかねていたレオリックは、リィルにせかされて覚悟を決めた。
いずれにせよ、ただ黙って手をこまねいているわけにはいかない。
「リィルさんとボイスは、観客席に向かって下さい。遠隔操作ならば、起爆スイッチ等が有るはずです。それをなんとか奪って下さい」
「ああ」
「わかったわ」
ボイスとリィルは身を翻して、スタジアムサイドを飛び出していった。
レオリックは一呼吸おくと、回線の向こうのセレスティアに話しかける。
「セレス、今、起爆スイッチを奪いに行ってもらった。それまで、なんとか耐えてくれ」
『は、はい、わかりました』
そこまで言って、突然回線が途切れた。ヒート・エアの一撃が、通信装置を破壊したのだ。
「セレスティア‥‥‥」
動くことも出来ず、回線も繋がらなくなってしまった今、レオリックにできることは、ただただセレスティアの勝利を祈ることだけだった。
通信装置を破壊された一撃を受けて、レジストは大きくよろめいた。
そしてその隙を逃さず、ヒート・エアはチェインボムを放とうとする。
「チャンスだぞ」
スーツの男が小声で話す。起爆スイッチを持った手が、汗でにじむ。
体勢を崩しながら、レジストがフリーズブレイドを変な風に振るう。だが、そんな体勢から繰り出された攻撃が当たるはずはない。
そして、ヒート・エアからチェインボムが放たれる。体勢を直せていないレジストにこれを避ける術はない。
「あなたたちっ、何をしているのっ!」
そこにやっとリィルとボイスがたどり着く。だが遅い。
「今だっ!」
かけ声とともに、スーツの男は起爆スイッチを押した。
連続する爆発音が、レジストのまわりで響きわたる。
「貴様らっ‥‥」
レジストを爆煙が包んだのを見て、ボイスとリィルは男たちに詰め寄る。
「あなた達、そんな事をして勝って、それで満足なの?!」
満足さ、と、男は心の中でつぶやいた。彼にとって、この試合にも勝つ事が彼の人生の栄光へと繋がり、たった一つの負けは。すべてを無に返すことになるのだ。だがもちろん、それを口にすることはない。
「これは先ほどのメカニックのお嬢さん。私に何かご用でも?」
男は平静を装って返事をしたつもりだったが、声がうわずっているのが自分でも解る。実際に手を下したのが初めてで、さらにその現場を見られたからだろう。
「冗談言わないで。レジストの間接部に爆弾を仕掛けたのはあなた達の仲間でしょっ!」
「‥‥‥証拠が有るのですか?」
その口調こそが証拠だったのだが、それを指摘できないほど、リィルは頭に血が昇っていた。
だが、その男たちの余裕の口調も、長くは続かなかった。
試合場では、もうもうとチェインボムの白煙が上がる中、体勢を立て直したレジストが立ち上がる。その左腕は‥‥‥ついている。だらんと垂れ下がってはいるが、これならまだ負けたわけではない。
「そ、そんなバカな!」
男は再び起爆スイッチを取り出すと、それをカチカチと何度も押す。しかし、何もおこらない。
「‥‥‥形勢逆転だな」
ボイスは二人に躍りかかった。すぐさま後ろ手に押さえつけ、起爆スイッチを奪う。
「持っていてくれ」
「ええ」
放り投げられた起爆スイッチを両手で持ち、リィルは試合場の方を見た。
「でも、どうして爆発しなかったのかしら‥‥‥」
試合場では、左腕をだらんとさせたレジストとヒート・エアが向かい合っていた。
「やはり、無理があったのかしら」
セレスティアは一人、レジストのコクピットでつぶやいた。
レジストの左腕は、ほとんど動かない。‥‥‥凍り付いているのだ、動かなくても当然であろう。
そう、セレスティアは、自らのフリーズブレイドで爆弾が取り付けられた左腕を凍り付かせることで、爆発を阻止したのだった。
「あと、一撃がいいところね‥‥」
すでにレジストは満身創痍だった。だが、勝ち目がないわけではない。ヒート・エアも同じように消耗しているし、レジストの右手に握られたフリーズブレイドは健在だ。
セレスティアは、レジストをヒート・エアに対して半身の体勢にさせる。右半身を正面に向け、フェンシングのような構えになる。さしずめフリーズブレイドはレイピアの変わりか。
最後の一撃というセレスティアの意気込みが伝わったのかどうか、ヒート・エアもフレイムソードを斜に構える。両者の間に緊張が走る。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
先に動いたのはヒート・エアだった。フレイムソードをかまえながら、間合いをゆっくりと詰めてくる。レジストは動かない。
ヒート・エアがフレイムソードを構えたまま、どんどんと間合いを詰める。その時、レジストがゆらりと動いた。
「‥‥‥やぁっ!」
レジストの足元のローラーダッシュを猛回転させる。一瞬の瞬発力を得、一気にヒート・エアとの相対距離を詰める‥‥‥誰もが予想できない早さで。
一気に詰め寄ってきたレジストに、ヒート・エアは慌てたように剣を振り下ろした。それと同時に、レジストはフリーズブレイドを一気に突き出した。
ガキィン!
ヒート・エアのフレイムソードがレジストの胴体に届く直前、ヒート・エアの頭部が宙に舞った。
その光景は、まるでスローモーションのように見えた。
ヒート・エアの首が飛び、そしてレジストの胴体がフレイムソードによって潰される。
「セレスティアーっ!」
レオリックの悲痛な叫びが、スタジアム内にこだました。
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