岩肌がむき出しになった荒れた山道を、二人の旅人は静かな足取りで歩いていた。
男は擦り切れたローブをまとい、若いのに似合わず杖をつきつつ道を歩いている。
連れの女性もまた、目深にローブのフードを降ろしていた。こちらは杖を持たず、また、女性ゆえに、男よりはよっほど身綺麗な服装をしていた。
「少し、休むとしましょうか」
男はポソリと言った。
連れの女性がうなづくのを確認すると、どっこいしょっといった感じで手近な岩に腰を降ろした。その姿に、連れの女性がくすりと笑う。
それを見て、男は、いい笑顔だと思う。
数年の間、その笑顔を取り戻すことに尽くした男にとって、それは至福の宝でもあった。
思わず不器用な笑みを返す男の横に腰を降ろすと、女性は、そっと男の手に自分の手を重ねた。とたんに、男の身体に活力が流れ込んでくる。瞬間、男は、妻が力を使ったのかと思ったが、そのようなきざしは微塵もなかった。つくづく愛は偉大な魔法だと再認識するも、そんな気恥ずかしい台詞は自分には似合わないと気づいて、ちょっと苦笑いするだけにとどめておいた。
「このあたりも、戦争の傷跡が根深いようね」
女は、まわりを見回すと、軽く眉間に皺をよせて言った。
魔法の炎の洗礼をうけたのだろう、大地は赤茶け、近くには緑のかけらさえ見られなかった。
「ええ。再び命が根付くまで、まだ、数年はかかるでしょうね」
男は、口惜しそうに同意した。
「さてと、そろそろ行くとしますか。日暮れまでには、ふもとの宿に……おっと」
立ち上がりざま、男は大事な杖を取り落としてしまい、軽く狼狽してみせた。妻は再びくすりと笑うと、なれた手つきで杖を拾うために身をかがめた。
「見て」
大地にかがみこんだ姿勢のまま、女が小さく叫んだ。
「どうかしましたか」
男が、何事かと横からのぞき込んだ。
「花ですね。しかし、枯れかけている」
男は、妻が両の手で包み込むようにして見ているものを見て、残念そうに言った。
やはり、この荒れた大地に命が根づくには、まだ時間が必要なのだ。
「いいえ、大丈夫」
女は、枯れかけた花を包み込むようにして呪文を唱えた。すると、じょじょに花に生気がよみがえり、生き生きと美しく花弁を広げた。それは、何かを予感させるものをはらんでいた。
「困った人だ。あなたは旅人を悩ませるつもりですか」
予想外の男の言葉に、妻は怪訝そうに振り返った。
「この花は、ここに根づきますよ。そして、増えていく。私はそう確信できます。そして、数年後には、この道は花々で被い尽くされるでしょう。すると、心優しい旅人は、どうやって花を踏まずに道を歩こうかと、ここで悩むことになります」
男は、いかにも、まじめに困ったようなポーズをとった。
「贅沢な悩みですね」
「ええ。そして幸せな悩みです」
男は、荷物の中から、水の入った皮袋を取り出した。
「荒れた大地に咲いた、一輪の微笑みに祝福を」
言いながら、花の回りに水を振りかける。妻も男から水筒を受け取ると、同じように祝福の言葉とともに水を振りかけた。
「さて、では行くとしましょう」
男が言い、二人は、また静かに歩きだした。その後ろ姿を、一輪の花が微かにゆれながらいつまでも見送っていた。
たぶん、1989年作。
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