2008/09/11 (c)Sami Shinosaki


お隣の魔法使い

Page 8 お隣クライアー

 チリンチリン!
「お茶が入ったよー。お隣でお茶が入ったよー」
  けたたましい鐘の音とともに、よく通るおじさんの声が聞こえてきた。
  いったい何? 何が起こったの?
  チリンチリン!
「だから、お茶が入ったんだよー。早くしないと、逃げちゃうよー」
  それは大変。逃げたら追いかけなくっちゃいけないじゃない。すぐにお隣にいかなくっちゃ。
  まあ、冷静に考えたらお茶に足が生えて逃げるなんてことはないわけだけれど、ツクツクさんのことじゃない、何が起きたって不思議じゃないわ。
  それにしても、これって誰が叫んでいるの。
「それが、何気なく出した懸賞ハガキがあたってしまいまして……」
  あたふたとあたし用のお茶を淹れてくれながら、ツクツクさんがちょっと困ったようにあたしを出迎えてくれた。
  それは、あれだけ大声で宣伝されたら、嫌でもあたしがやってくると分かるわよねえ、
「で、その懸賞と、このおじさんと、なんの関係があるのよ」
  あたしは、ツクツクさんの庭に直立不動で立っているおじさんをさして言った。
「あたったのがですねえ……」
  チリンチリン!
「トゥックトゥ……、あれ、トゥックトゥイ……、あれあれ」
  あ、この人もツクツクさんの名前で困ってる。
「ツクツクさんでいいのよ」
  チリンチリン!
「ありがとうございます」
  おじさんが、ぺこりとあたしにおじぎした。なんか、必要以上に礼儀正しいんだけれど、いったいこの人は誰?
  チリンチリン!
「ツクツクさんは、懸賞でタウンクライアーのレンタルに当選したよー。ツクツクさんが、当選したよー」
「トゥックトゥイックです」
  不満気なツクツクさんは放っておいて、分かりやすい説明をありがとう。
  でも、タウンクライアーって何?
「知りませんか?」
  ツクツクさんが、心なしニッコリした。
  知らないから聞いているのに。ああ、もしかして、あたし、ツクツクさんに口実を与えちゃったのかしら。
「昔、テレビとか新聞とかなかった時代には、町角にタウンクライアーという職業の人が立っていたんだそうです。彼らの仕事は、ニュースを伝えることなんですよ。鐘を鳴らして、町で起こったことを住人たちに伝えるんです」
「へえー」
  でも、なんで、それが懸賞の賞品になるのよ。だいたいにして、どんな懸賞だったの。
  チリンチリン!
「それは、詮索してほしくないとツクツク氏は思っているよー」
「ああ、私よりも先に言わないでください」
  考えていたことをタウンクライアーのおじさんに先に言われて、ツクツクさんがあわてた。「そんなことよりも、おいしい……」
  チリンチリン!
「クッキーだよ。おいしいクッキーが、買ってあるよー。でも、二種類あるのは、ほんとは内緒だったんだよー」
「ああー」
  へえ、内緒だったんだ。それは、いいことを聞いたわ。
「いえ、出しますよ。ちゃんと二種類出しますから。嫌ですねえ、ミス・メアリーに隠すわけないじゃないですか」
  ツクツクさんが、ひきつりながら笑った。
「今取ってきますからね」
  チラリとリビングの時計に目を走らせてから、ツクツクさんがキッチンへとクッキーを取りにいった。
  これは使えるわ。
  今のツクツクさんに、秘密なんか存在しないわ。チャンスよ。
「お待たせしました。とっておきのクッキーです」
  本当に、とっておきの甘い香りがウッドデッキに満ちる。これは、おいしそうだわ。
  チリンチリン!
「ツクツクさんは、ちょっと心の中で泣いているよー」
  それは、自業自得。こんな特上のクッキーをあたしに内緒にしようとするからよ。
「それで、ツクツクさん」
「はい、なんでしょうか」
  そわそわしながら、ツクツクさんが答えた。
「まだ、あたしに、隠していることとかありませんこと」
「嫌ですよ、ミス・メアリー。そんなことがあるわけ……」
  チリンチリン!
  きたわ!
  わくわく。
「ああ、ちょっと」
「ツクツクさんは、実はメアリー……」
「ストーップ!」
  ツクツクさんがおじさんの声をさえぎろうと叫んだとき、ジリリリリと時計のベルの音が鳴り響いた。おじさんが、ベルを掲げた腕を下ろして、懐中時計をポケットから取り出して見た。
「時間ですか」
  ほっとしたように、ツクツクさんがおじさんに訊ねた。
「レンタル時間は終了だよー」
  ちょっとそれは、ないじゃない。続きは? ツクツクさんの隠し事ってなんなのよ。
「残念ですね。それはまた今度ということで。では、お引き取りください」
「では、失礼いたします」
  一礼して、おじさんが逃げるように走りだす。
「ちょっと、最後まで言いなさいよ。気になるじゃない!」
  あたしが叫ぶと、通りを走り去ろうとするおじさんが鐘を持った手を振り上げた。
  チリンチリン!
「メアリー・フィールズ嬢は、ちょっと怒っているよー」


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