大小の浮遊群島からなる王国プレーリー。五万人の犬ヒトと二千人の猫ヒトが住む僕たちのふるさとです。
プレーリーは、古代文明の遺産である発掘部品というものを地中から掘り出し、それを交易品として栄えてきました。
でも、先日、その発掘部品に関係する、とんでもない事件が起こったのでした。各地に散らばる鉄巨神の遺跡にあるパーツが集まって、伝説の鉄巨神が蘇ってしまったのです。
その恐ろしい力は凄まじく、プレーリーを滅ぼしてしまうかに思われました。けれども、なんとかなりました。これは、みんなが一つになって頑張ったからだと思います。きっとそうです。
そして、五つの結晶石を僕たちの手元に残して、バラバラになった鉄巨神は海の底深くへと沈んでいきました。
それですべては終わって、平和な日々が戻ってきました。
そう、そのときはそう思っていたのです……。
『ワッフルの日記』より
「お呼びでございますでありますでしょうかであります」
シアンはプレーリー国王ハウンド三世の前に進み出ると、深々と頭を下げた。王宮の謁見の間には、玉座に座って厳めしい顔をした国王とその横に立つテリア姫の前でシアンがうやうやしくひざまずいている。壁際にならんだ犬ヒトの近衛兵たちは無言で、室内にはシアンの声が覇気をともなって響いた。。
「ここ数日の異変、そなたも知っておるな」
「ははっ。あの新浮遊大陸のことでこざいますな」
国王の言葉に、シアンは即座に答えた。
それは、彼が近衛騎士団の隊長だったからということではない。プレーリーの西方に突如現れた巨大な浮遊大陸は、今や国中の話題となっていたからだ。
浮遊大陸。それは古代文明が何らかの技術をもって地上の大地を空に浮かべたものだ。その原理ははっきりとはわかっていないが、人々が空に浮かぶ島々を住むべき大地としてからすでに何世代も経っている。その間に何度か地上への移住も試みられたようだが、ガブガブなどの危険な生き物が多く住んでいるため実現には至っていない。
大陸の位置は比較的安定しており、ごくごくまれに小さな岩塊にも近い浮島が気流に乗って流れて着くことがある程度だった。だが、今回のような巨大な浮遊大陸が突然接近してきたのは初めてのできごとだ。その大きさは、数万の人々が住む王都がある浮島の、ゆうに十倍以上もあったのだ。まさに大陸と呼ぶにふさわしい大きさだ。
「そうだ。そこで、貴殿ら近衛騎士団に、あの新大陸の調査を命じたいのだが」
国王が言葉を続けた。
「ご命令とあれば。喜んでこのシアン、勅命に命をかける所存でございます」
ちらりとテリア姫の方に視線を走らせながら、シアンは雄々しく答えてみせた。
「うむ。まだ鉄巨神に受けた国土の傷も癒えぬゆえ、もし新たな脅威があるのであれば、未然にそれを防いでもらいたい。さらに、もしも危険のない土地であるのなら、移住が可能かどうかもあわせて調査してほしいのだ」
「と申されますと……」
移住という言葉に、シアンはすぐには意味をはかりかねて小首をかしげた。
「あの事件で、わが国土はいくつもの浮遊島を失った。住むべき土地を失った人々のために、新たなる土地が必要なのだ」
国王が、厳めしい顔でシアンの問いに答えた。
鉄巨神のパーツは、遺跡という形でいくつもの浮遊島の地下に埋まっていた。それは、古代文明の人々が、分割した鉄巨人のパーツを封印という形で浮遊大陸に分散させて管理していたらしい。だが、数千年と言われる年月のうちに記録は風化し、物だけが残されてしまったのだ。そのため、鉄巨神が復活するときにそれぞれのパーツは埋まっていた大地を引き裂いた。そして、五つの特別な結晶石を埋め込んだたまご岩、すなわち鉄巨神の心臓のある場所に集まったのだ。このときに、いくつもの浮遊島が衝撃で砕かれて崩壊している。さらに、復活した鉄巨神の攻撃で砕かれた浮遊島も少なくはない。これによって、プレーリーは一時的に住む場所を失った人々をかかえ込むことになってしまっていた。
「わかりました。すべてはこの私めにおまかせあれ。きっとや、吉報を持ち帰りましょうぞ。ですが……」
「うむ、頼もしい限りだが、何かあるのか」
語尾を濁したシアンに、王が聞き返した。
「我々がいない間に、王宮の警護はどうなるのでありましょうか」
きりっとした顔で壁際にならぶ部下の騎士たちを横目で見てから、シアンは王に訊ねた。
「心配せずとも、黒猫団は既に解散しておる。すぐに近衛騎士団が必要になるような事態は起こるまい」
「いえ、それはなりませんぞ。備えは、常にあるからこそ備えと呼べるもの。ここは、この私一人がいってまいりましょう。近衛騎士団には、今のまま王宮の警護を続けさせます」
胸を張ってシアンは答えた。またもちらりとテリア姫の方を見る。
「でも、あの広い大陸をそなた一人で調べるのは無理でしょう」
自信過剰も困りものだと、姫がシアンをさとした。その可憐な口許からふうと小さくため息がもれる。
「でしたら、近衛騎士団見習いの少年騎士団をつれていきましょう。彼らは未来のプレーリーをしょって立つ存在です。ここで私の下で貴重な経験をつむことは、彼らにとっても重要でございましょう」
「ふむ、確かにそれも一つの方法ではあるな。よろしい、許可しよう」
シアンの提案にうなずいた国王が、テリア姫が止める間もなく、それを許可してしまった。
「見習い騎士団では、危なくはないのですか。まだ安全な場所と決まったわけではないのでありましょう」
テリア姫が心配するのも無理はない。見習い騎士といえば、まだ子犬たちもいいところだ。
「お言葉ですが、テリア姫、彼らと手見習いといえど騎士は騎士。この私が今まで鍛えてきたのです。危険の一つや二つ、なんということはありませんですよ。はっはははははは」
あらためて疑問を口にするテリア姫の不安を、シアンはわざとらしく笑い飛ばした。
「では、さっそく準備を整えて出発いたします」
シアンは一礼すると、テリア姫の心配をよそに、自信たっぷりの足取りで謁見の間を出ていった。
翌日、シアン率いる飛行船団が、新大陸にむかって旅立っていった。
そして、数日後、彼らの消息はぷっつりと途絶えてしまったのであった……。
「ワッフルお兄ちゃん、ご飯だよ!」
階段を駆け上がってきた末っ子のフレアが、元気いっぱいの声でワッフルを呼んだ。
黒猫団の移動要塞の砲撃でガタがきたワッフルの家は、補強されて二階建てに改築されていた。一階は、警察官であるワッフルのポリスロボのガレージと、みんなの居間になっている。二階は、ワッフルとアリシアたち三姉妹の部屋がそれぞれに一つずつあてがわれていた。さらに階段を上ると屋根裏部屋の倉庫に上がれ、天窓から屋根の上に出られるようになっている。
黒猫団として世間を騒がせた猫ヒトの三姉妹は、ワッフルの懸命の弁護もあって重い罪に問われることはなかった。本当の黒幕はフールと呼ばれる武器商人の猫ヒトで、すべての事件は彼が鉄巨神を蘇らせて世界を支配しようとしたことから起きたものだったからだ。三姉妹と配下の子猫たちが結成した黒猫団という盗賊団も、結局はフールにだまされた被害者なのであった。
けれども、いくらだまされていたからといって、彼女たちが悪いことをしたのには変わりがない。まったくのお咎めなしということは、できない相談だった。結果、黒猫団は破壊した町の復旧作業を手伝うという約束をさせられたとともに、ワッフルによる保護監察処分という決定がなされた。
もちろん、三姉妹がワッフルと暮らすことに異議を唱えなかったのは言うまでもない。ワッフルとしても、嫌だと言えば三姉妹の罪が重くなってしまう可能性があるため、無下に断るわけにはいかなかった。
こうして、ワッフルはなし崩しに三姉妹との同居を余儀なくされたのだ。犬ヒトの男の子一人と、猫ヒトの女の子三人の、奇妙な共同生活の始まりだった。
とはいえ、ワッフルとしてもまんざらではないとも言えた。まだまだ少し気恥ずかしいとはいえ、長い間一人で暮らしてきた彼にとって、突然降ってわいた家族というものは、暖かくはあれ、嫌なものでは決してなかったのだ。
「早くぅ。さめちゃうよ」
部屋に入ってきたフレアが、机で報告書を書いていたワッフルの腕をとって言った。後ろで一つに束ねた栗色の髪が、勢いで左右に大きくゆれる。
「はいはい、今いくよ」
書きかけのペンを置くと、ワッフルは照れくさそうに椅子から立ち上がった。
「いこう。ワッフルお兄ちゃん」
そのままフレアが腕を引っ張る。
慣れないぎこちなさから少し顔を赤らめたワッフルは、引かれるままに階段を下りていった。いきなりの妹にも、そろそろ慣れてあげなければとは思う。
「きたきた。遅いぞ、ワッフルぅ」
スープの入った鍋を両手でかかえた長女のアリシアが、ニコニコしながらワッフルを叱った。ココア色の健康的な肌に、銀鼠色のメッシュが入った黒のショートカットがよく似合っている。こちらは、そのう、まるで押し掛け女房気取りだ。これはこれで、ワッフルにとってはやっぱり気恥ずかしい。
「さあ、席に着いた着いた」
ごちそうのならべられたテーブルの上にドンと鍋を置きながらアリシアがワッフルを急かした。
「ねえさん。スープがこぼれてるわよ」
テーブルの上に飛び散ったスープを台拭きでふきふきしながら、次女のステアが淡々と言った。銀青色と菫色の長いストレートヘアーは微動だにしない。
「いーじゃんかよ、そんくらい。けちけちするなって」
「それ、違うと思う」
あくまでも豪快なアリシアが、ステアがもったいないと思って言ったのだと勝手に解釈して答えた。アリシアのおおざっぱな態度自体のことをさしたつもりのステアは、ぽそりと訂正を入れる。もちろん、アリシアはそんなステアの言葉を、きれいさっぱりと聞き流した。
「今日は、ずいぶんと豪華な食事だね。何かいいことでもあったのかい」
椅子に座ると、ワッフルはご機嫌なアリシアに訊ねてみた。
「へへへっへー。実は、ラッセルじいちゃんがやってきて、いろんなもん買ってくれたんだ」
「ラッセルじいちゃんが?」
予想外に飛び出した祖父の名前に、ワッフルは思わず聞き返した。鉄巨神の研究を行っていた祖父のラッセルは、そのまま古代文明についての研究が認められて、あちらこちらの島で公演などをしながら相変わらずの放浪生活を行っているはずだ。
「なんでもよ、臨時の仕事を依頼されてお金が入ったからって。そうそう、ワッフルにもよろしく頼むって言ってたぜ」
「よろしくって……」
物凄く嫌な予感に、ワッフルはぶるんと一回身体をふるわせた。
「でさあ、ラッセルじいちゃんも話せるよなあ。おみやげにって、レーサーカーからこいつをもってきてくれたんだ」
まるで自分の祖父のようになれなれしくラッセルの名を呼びながら、アリシアがドンとテーブルの上に小さな樽を置いた。
「ちょっと、これって……」
「堅いこと言うなよん。さあ、ぐっといこうぜ」
ジョッキに生ビールをなみなみとつぎながら、アリシアがにんまりと顔をほころばせた。
「姉さん、床にこぼれてる……」
勢い余ってジョッキからこぼれるビールを見て、またステアがアリシアを注意した。
「気にするなよ、ステア」
「だって……」
やれやれと頭をかかえるステアを後目に、アリシアは泡だらけのジョッキをワッフルに押しつけた。
「あ、ありがと」
一瞬ステアと目線をあわせて苦笑いしながら、ワッフルはそれを受け取った。突然の目配せに、驚いたステアが急に顔を赤らめて軽くうつむく。
「あー、あたしもー」
「だめだめ、おまえはまだこっち」
テーブルの上に身を乗り出して手を伸ばすフレアに、アリシアがラッセルからもらったブドウジュースを突きつけた。レーサーカー特産の、ワインになる前のお子さま用ブドウジュースだ。
「あたしだけ仲間外れなんてずるいぃ」
自分だけ子供扱いされたフレアが、思いっきり頬を膨らませる。
「まあまあ、警察官の僕の目の前で、未成年がお酒を飲む気かい?」
「だってぇ……」
慌ててなだめるワッフルにむかって、フレアがお願いするような顔をむけた。
「だめよ、フレア、ワッフルの言うことはききなさい」
さっさと自分でついだビールをこくこくと飲みながら、ステアが妹を止める。
「あー、自分だけもう飲んでる。ずるーい」
目ざとくそれを見つけたフレアが、指をさして叫んだ。
「こら、ステア、一番の味見は、この俺様だって決めてたのに」
つられて、アリシアも叫ぶ。
「だって、みんなぐずぐずしているんですもの」
言いつつ、ステアはまたこくこくこくとビールを飲んだ。
「ああ、またー」
アリシアとフレアが声を揃える。
「まあまあ、今からでいいから、みんなで乾杯しようよ。そうしないと料理が冷めてしまうよ」
ワッフルはみんなをなだめると、ジョッキを掲げた。ステアが、すかさずそれに応える。遅れじと、アリシアとフレアがそれに続いた。
「かんぱーい!」
こくこくこくこく。
やれやれ食事一つにも毎回毎回疲れることだと、ワッフルは心の中で苦笑いした。でも、それもまた悪くない気分だった。少なくとも、アリシアとフレアも、そう考えていた。
こくこくこくこくこく……。
ステアは、ジョッキの中のビールを飲み干すと、ほうとため息をつくように息を吐き出した。
夜の空には、月と星がよく似合う。そして、灰白色の雲をゆらす風が、ゆうるりと時の流れを運ぶ。時の流れは、涼しげな歌となって、人々の間をゆきすぎていく。
そして、歌は、人の心を映して、夜をふるわせる。
頬の火照りを冷ましに屋根の上に上ったステアは、軽く膝をかかえながら独りで欠けた月を見上げていた。
食事の時の喧噪が嘘のように、屋根の上はしんと静まりかえっている。ほうというため息さえ、耳に大きく響くほどだ。夜の風と、自分の心臓の鼓動が、吐き出す息に不思議なリズムを与えていく。知らず知らずのうちに、ステアはささやくように歌を歌っていた。
「空に浮かぶ、雲に乗って。終わることのない、旅へゆこう……」
遙か昔、ずっと古い記憶の中にある歌。
歌ってくれたのは誰だろうか。
自分をおいてどこかにいってしまった両親だっただろうか。それとも、長い間に、自分自身で織り上げたものなのだろうか。ところどころ自分でも意味のわからないその歌が、それでも今の自分には一番似つかわしいような気がした。
そんなステアの歌声に誘われるかのように、ワッフルが天窓からひょっこりと首をのぞかせた。酔いを醒ましにいくと言ったきり姿の見えなくなったステアを心配して、捜しにきたのだ。
こんなところにいたのかと、ほっとして声をかけようとしたワッフルは、思わず耳をくるりと前後に動かした。
いつも物静かなステアが歌を歌っている姿を見るのは、ワッフルにとっては初めてのことだった。思わず、彼は声をかける前に、彼女の歌声に聞き入ってしまう。
いい声だなと思いながらも、ワッフルは伝わってくる寂しさのようなものを感じて少し髭をふるわせた。それは、歌のメロディが持つ寂しさなのだろうか。それとも、ステアの歌い方がそう感じさせるのだろうか。
透き通るハミングに、ワッフルは両手で頬を支えながら静かに聞きいっていた。後ろからやってきた風が、彼の首筋の毛をふるわせて音にならない音を立てる。風はそのまま、ステアの髪をゆらした。ピクンと耳をふるわせると、ステアは何かに気づいたように振り返った。
意図したわけではなく、二人の目が合った。
「や、やあ……」
思わず、ワッフルが照れ隠しに声を出した。
「いつからそこにいたのですか」
その声に、ぴくっとステアは腰を引いた。すでに、顔は真っ赤になっている。
「ええっと、歌を歌い始めた頃かな……」
ワッフルが頬を掻きながらなんとか答えようとしたとき、恥ずかしさからかステアがいきなり立ち上がろうと腰を浮かした。
「そんな。……あっ!?」
とたんにバランスが崩れ、屋根の上で転んだステアが、そのまま下にむかって滑り出す。
「ステア!」
ワッフルは慌てて天窓から飛び出すと、屋根の上を走って彼女の身体をつかんだ。そのまま思いっきり足と身体を使って、屋根から滑り落ちるのをくい止める。大きく広げたワッフルの身体が、屋根の瓦にこすれて熱く痛んだ。ステアの片足が屋根からはみ出したところで落下は止まり、彼女の腕をつかんだままワッフルはほっと安堵の溜息をついた。
「そっと、戻って。そう、ゆっくりと」
ワッフルはステアをうながすと、ゆっくりと彼女を引き上げてだきしめた。早鐘のように鳴る鼓動を二人して落ち着かせると、屋根の上を這ってゆっくりと天窓のところまで戻っていく。
「やれやれ、大丈夫だったかい。いくら猫ヒトだからといって、屋根の上じゃ気をつけなきゃ」
額の汗を拭いながら、ワッフルは軽くステアを叱った。
「ごめんなさい……」
うつむきながら、ステアが謝った。
「私……、あ、血が出てます」
顔を上げて話し出そうとしたステアは、ワッフルの腕に血がにじんでいるのを見て小さく叫んだ。さっき屋根の上を滑り落ちたときに、少しすりむいたのだろう。
「ああ、これくらい大丈夫……」
「だめです」
笑い飛ばそうとするワッフルを後目に、ステアは身をかがめると彼の傷をぺろりとなめた。
「後でちゃんと消毒してくださいね」
「あ、ありがとう……」
からかっているのか、本気で心配しているのだかわからないステアの行動に、ワッフルは真っ赤になってお礼を述べた。
「でも、なんでこんなところに一人でいたんだい」
話を変えようと、ワッフルは訊ねた。
「空を見るのが好きなんです。月も、星も、風も、水平線も」
言われて、ワッフルは屋根から望める風景をぐるりと見回してみた。青白い半月が浮かぶ夜空には、星々が白い帯となって空のかなたへとのびている。その先には、先日から見えるようになった新しい浮遊大陸が、遠く行手を塞ぐ地平線であるかのように広がっていた。
「一人だと、それらが身近になるような気がするんです」
月を見上げながら、ステアは続けた。零れた髪が、ゆらゆらと風にゆれる。
「みんなと一緒にいるのって、苦手なのかな?」
そんなステアを見て、ワッフルはずっといだいていた懸念を口にしてみた。
「前に言ったことありますよね。私って、アリシアやフレアのように騒ぐのって苦手だって。どちらかって言うと、一人の方が気が楽なんです」
空を見上げながら、ステアは語りだした。
「でも、みんなでいるって楽しいことじゃないのかな。僕としては、いっぺんに義妹ができたようで、ちょっぴり大変だけれどもね」
照れ笑いを隠しながら、ワッフルはステアに言ってみせた。
「義妹なのですか、私も……」
「もちろんさ」
屈託なく答えるワッフルに、ステアはほっと小さくため息をついた。
「私たち姉妹が、本当の姉妹じゃないということは知っていますよね。アリシアの両親は病気で死んでしまって、フレアも似たようなもので。でも、私は違うんです。私は、必要なかったんです」
いきなり何を言い出すのだろうかと、ワッフルは真面目な顔で彼女の顔を見た。
「発掘部品の中でも大きなものを調べる仕事をしていた私の両親は、私がまだ小さいときに突然姿を消してしまったんです。ずいぶん借金をして、発掘した飛行機械を修理していたということでしたが、そのまま借金と私を残して、その飛行機械でどこかへいってしまいました。あの人たちにとっては、私はいらないものだったんです」
「そんなことないよ。子供がいらないなんて親がいるわけないじゃないか」
ワッフルは、力を込めてステアの言葉を否定した。
「いいんです。事実ですから。だって、借金のために家も全部取られてしまった私が引き取られた施設では、そういう猫ヒトの子供たちがたくさんいましたから。だから、それはそれでいいんです」
「いいわけないじゃないか……」
ワッフルはつぶやいた。
「だから、一人は慣れているし、好きなんです」
ワッフルの言葉を半ば無視するように、あるいは自分自身に語りかけるように、ステアは言葉を続けていった。
「でも、今は一人じゃないじゃないか。僕もいるし、アリシアも、ステアも、みんないる」
「そうですね。今は、あなたがいますから。義姉を、アリシアを心配して一緒に黒猫団をやっていましたけれど、もうその必要もないと思います。だから、ここを出ようと思っています」
「なぜ!」
思いがけないステアの言葉に、ワッフルは叫んだ。そのまま理由を問いただそうとするところに、突然天窓からひょっこりと頭が飛び出してきた。
「いたいたいた。ああ、こんなところで、二人っきりで何してるんだよ」
天窓から身を乗り出したアリシアは、大声で叫びながらワッフルに詰めよってきた。顔は上気していて、かなり酔っているのがよく分かる。
「ちょ、ちよっとアリシア。これはねえ……」
気圧されたワッフルは、両手をアリシアの方にかざしながら後ずさった。
「これはも何もねえ、説明してもらおうじゃねえか、ワッフル!」
酒の勢いもあって、アリシアはワッフルに突っかかっていった。もつれた二人が、屋根の上を滑り落ちていく。
「わあ、アリシア、場所をよく見ろって。やめ、やめい!」
「ワッフルの、馬鹿ー!!」
ワッフルの必死の叫びも、アリシアには届いていない。
「姉さん、落ち着いて、落ちちゃうわよ。フレア、どこにいるの。手伝って、フレア!」
かろうじて二人の服の裾をつかんだステアは、大声で義妹を呼んだ。
その夜のどたばた騒ぎで、ワッフルはそれ以上ステアに訊ねるチャンスを失ってしまった。
「後で、またゆっくり話そう」
ワッフルは、そうステアの耳にささやくのが精一杯だった。
「こんな朝早くから緊急事態って、いったいなんなんですか。僕は休暇中のはずなんですけど」
翌日、いきなり警察署から呼び出されたワッフルは、電話のむこうの署長にむかってムッとした声で訊ねた。ステアの件もあるというのに、警察官という職業はプライベートも何もないのだろうか。もっとも、それはこの署長だけのことなのかもしれないが。
『馬鹿者。市民の平和を守る警察官たる者、事件が起こったときに休暇だなんだと言っていられる場合か。すぐに、出てこい。場所は王都プレリアだ』
プレリアと聞いたとたん、ワッフルの胸に嫌な予感がよぎる。
「いったい、何があったんですか」
『重大事件だ。詳しくはむこうで話すから早くこい』
一方的に言い切ると、署長が電話を切った。
「やれやれ、しようがない。ちょっと出かけてくるから、留守は頼むよ」
受話器をおくと、ワッフルはアリシアに言った。
「そんなの、無視してさぼっちまえばいいじゃないか。どうせ、あのおてんば王女のところにいくんだろ」
ライバル視しているテリア姫のことを思って、アリシアがそそのかした。
「そうもいかないさ。さっさと片づけて夜までには戻るよ。それまでは、みんなちゃんと家にいるんだよ。いいね」
言い聞かせるように、ワッフルは言った。その言葉は、一つの約束であったはずだ。
「はーい。ワッフルお兄ちゃん」
「おう。まかせときって」
フレアとアリシアの元気な声が返ってくる。だが、ステアは無言だった。
微かな不安をいだきながらも、ワッフルはポリスロボと呼ばれる発掘されたロボットに乗って家を出た。人型ではあるが、頭の部分はなく、そこに人が乗り込んで操縦するようになっている。ワッフルのものは、転送装置やバブル弾などを装備した特製品だった。
桟橋には、真新しい飛行船が停泊している。前に使っていた飛行船は鉄巨神とともに壊れてしまったため、国王からご褒美としてもらった新型の飛行船だ。外見は警察の標準タイプと同じにしてあるが、性能ははるかに前のものよりも良くなっている。
ワッフルはポリスロボを飛行船に合体させると、ふわりと桟橋から離れた。風が、飛行船を空へと押し上げる。風に乗ったのだ。
浮遊群島からなるプレーリーは、飛行船が重要な交通手段になっている。個人所有の一人乗りの小さなものから、何十人も乗れる巨大なものまで、様々な形と大きさのものがプレーリーの領空を飛び回っている。
やがて、王都がワッフルの視界に入ってきた。まるで品評会のように、色とりどりの飛行船が往来している。活気のある風景だ。
王宮専用の桟橋に誘導されたワッフルは、真新しい巨大な飛行船の横に自分の飛行船をつけた。
「凄いなあ。どこの船だろう」
かつての黒猫団の飛行要塞ほどもある飛行船を見上げながら、ワッフルは思わずつぶやいていた。
通された部屋には、思いがけない人たちが揃っていた。署長と後輩警官のパンタくん、そして予想通りじいやを従えたテリア姫がいるのはいいとして、なぜか発明家のダムドと、古代魚の研究家のグレイ、そしてワッフルの祖父であるラッセルという年寄りトリオが顔を揃えていた。
「よくきたな、ワッフル」
「なんでじいちゃんがこんなとこにいるんだよ」
場所柄も忘れて、思わずワッフルはラッセルにむかって叫び返してしまった。
「わしがいちゃ悪いのか?」
憮然と、ラッセルが孫にむかって言い返した。
「いや、そういうわけじゃ……。だいたい、大事件って言われてきたのに……」
「それは、わしが説明しよう」
戸惑うワッフルにむかって、署長が代表して話し始めた。
「最近見えるようになった新大陸のことは知っているな」
はいと、ワッフルは署長に答えた。
「先日、シアン隊長の率いる調査隊が、その大陸を調べにいったのだ。そして、そのまま消息を絶った」
「シアンさんが……」
「そこで、警察に捜索願いが提出されたというわけだ。パンタくんとともに、これからすぐに新大陸にむかってほしい」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それって管轄外じゃないんですか? だいいち、そんな大事件なら、警察じゃなくて王宮騎士団の仕事でしょう。僕なんかの出る幕じゃないですよ」
相変わらずのいきなりな命令に、ワッフルは慌てて辞退しようとした。
「どうしてですか。ワッフル様なら、適任ではないですか」
それまで黙っていたテリア姫が、すいと前に進み出て言う。ワッフルを推挙したのが彼女であることは疑いようもなかった。
「適任って言われても……」
「人々の安全を守る。それが警察官の務めではないのでしょうか」
「それはそうですが……。でも、それだったら、もっとちゃんとした救出隊を組織するべきです」
正論を突きつけられて、ワッフルは口ごもりながらもなんとか反論を試み続けた。なし崩しに、テリア姫の理想の騎士や英雄にされては困ってしまう。
「ところが、そうもいかんのでな」
その程度のことはわかっていると、署長がワッフルの提案を退けた。
「どういうことですか」
「それは、わしが説明する晩だな」
グレイが、前に進み出た。
「ちょっと待たんか。説明なら、わしの方が適任じゃろう」
ラッセルが、慌ててグレイをさえぎった。
「ふん、何を言うか。そもそもの古文書を見つけたのはわしじや。だから、貴様なんぞよりも、このわしに説明する権利がある」
「なんじゃと……」
「まあまあ、じいちゃんもグレイさんも、落ち着いて……」
慌てて、ワッフルは二人の間に割って入った。もともと似たような研究をしていたせいもあって、ラッセルとグレイはあまり仲が良くない。もっとも、口げんかの類なので、別段放っておいても大事はないのだが。けれども、今ここで喧嘩を始められては話がややこしくなってしまう。
「とにかくだ、わしの手元にこの間まであった古文書には、こんな言葉が記されていたんじゃ」
そう言って、グレイは古代詩を翻訳したものらしい言葉をそらんじ始めた。
「古の巨人蘇りしとき、大いなる大地も蘇りぬ。歌に目覚めし塔に導かれ、大いなる封印は悪しき力の門を閉ざす」
「予言とも取れる四行詩じゃな」
ラッセルが、グレイの言葉に続ける。
「それって……」
思わず、ワッフルは言葉を失った。
「気がつかれましたか。そうです、古の巨人とはおそらく鉄巨神のこと。そして、大いなる大地は突然現れた浮遊大陸のことだと思います」
テリア姫が、真剣な瞳でワッフルを見つけながら言った。
「つまり、予言にしろなんにしろ、前半二行はすでに実際に起きていることなのじゃよ。ということは、残りの二行にあるできごとも、遠からずなんらかの形で実現するのではないかと考えるのが普通じゃろう」
「でも、鉄巨神は、今はバラバラになって海の底に沈んでるんだよ」
ワッフルは、ラッセルに言い返した。
「だからこそだ。浮遊大陸が何らかの脅威なのか、あるいは鉄巨神が再び蘇ることが起きるのか、また、塔とは、門とはなんなのか、それを調べねばならんのだ」
「それなら、なおさら僕やパンタくんだけじゃなくて、もっとちゃんとした調査団を派遣する必要があるんじゃないですか。それに、結晶石がなければ鉄巨神は動けないはずでしょう」
ワッフルは、鉄巨神のエネルギー源である五つの特別な結晶石を思い出して言った。今は、青い結晶石はアリシア、紫の結晶石はステア、赤い結晶石はフレア、黄色の結晶石はテリア姫、そして、緑の結晶石はワッフルが持っている。これら五つの結晶石が鉄巨神の心臓であるたまご岩に填め込まれて、初めて鉄巨神は力を発することができるのだった。
「逆じゃよ、それだからこそ、警察や騎士団は動かせないんじゃ。もし鉄巨神が蘇ったり、あるいは、それに匹敵するようなことが起きるとしたら、誰が人々を守ると言うんじゃ。少数精鋭で調査し、その結果をすぐに知らせて、警察と騎士団で対応させるのが賢い対処と言うものじゃよ」
そんなこともわからないのかと、ラッセルが言った。
「でも、僕とパンタくんだけじゃ無理ですよ」
「大丈夫ッス、先輩。不肖このパンタ、先輩のためなら十人分の働きをする予定でありますッス」
「パンタくん……」
状況を把握しているのかと、ワッフルは思わず後輩の肩をポンと叩いた。そんなワッフルの心情を知ってか知らずか、パンタくんは目をキラキラさせてすでに任務に燃えている。
「それに、大陸にいくのは、僕たちだけじゃないッスよ」
「どういうことだい、それって」
思わず、ワッフルは聞き返した。
「なんのために、わしらがここにいると思っているんじゃ」
いい加減に気づけと、ラッセルが言った。
「わしら精鋭が、新大陸の調査にいくんじゃよ。いわば、お前はわしらを無事に新大陸まで送り届けるボディーガードというところじゃな」
「そのついでに、シアンたちも見つけろということだわい」
ラッセルとグレイが、ぞんざいにワッフルに言ってみせた。
「つまり、あれもこれも、全部やれというわけなんだね」
いい加減にしてくれと、ワッフルは軽くラッセルを睨みつけた。
「僕は、絶対に……」
「引き受けてくださいますわよね」
断ろうとしたワッフルの手を突然握りしめて、テリア姫が言葉を続けた。
「あ、あの……」
「それでこそワッフル様ですわ」
なし崩しに、テリア姫がすでにワッフルが引き受けてしまったことにする。にこやかな笑みには、悪意はないと信じたい。
「これでまた伝説が生まれますわ」
「伝説……」
そんなものは生みたくないと思いつつも、ワッフルはずぶずぶと深みに沈み込んでいった。どこまで沈めば、底が見えるというのだろうか。そして、底からはい上がることができるのだろうか。
「テリア姫……」
やっぱり断ろうと思ったワッフルは、自分の目をのぞき込むテリア姫の瞳を見て口ごもった。
「そして、シアンのことを頼みます。彼と、騎士団の少年たちのことをお願いいたします」
言うなり、王族であるテリア姫が、市井の人であるワッフルに対して深々と頭を下げた。
「今の私には、あなたにお願いすることぐらいしかできません。身勝手なお願いかもしれませんが、私は……」
「そんな、もう頭を上げてください。大丈夫ですよ、もう断ったりなんかしませんから」
ワッフルは身をかがめると、慌ててテリア姫をまっすぐに立たせた。姫君にそこまで頼まれて嫌だと言い続けることは難しかったし、シアンの消息が心配でないはずもなかった。
「本当ですか」
テリア姫が目を輝かせる。
「ですが、どうやって浮遊大陸までいくんですか。僕の飛行船は一人乗りだし、そんなに遠くまで飛べませんよ」
「ふっふっふっ、なんのために、このわしがここにいると思っとるんだ」
現実的な問題を口にしたワッフルに、ダムドが不敵な笑みを浮かべて答えた。
「ここに着いたときに見ただろう、わしの傑作を」
「傑作って、ああ、あの大きな飛行船」
「そうじゃよ。凄いぞ、あいつは。新型エンジンの出力は従来型の三倍、スピードは軽く二倍はでるんじゃ。もちろん、警察用の飛行船なら、二隻収容できる優れものじゃ」
ダムドが胸を張った。ワッフルのポリスロボのオプション装置であるジェットエンジンを発明しただけのことはあって、少しは世間でも認められたらしい。
「本来は新しい王室専用飛行船として建造したものなのですが、こういうときに使ってこそ、真に国のための船と言えると思ったのです。あの船は、ワッフル様、あなたにお預けいたしますわ」
テリア姫が、さも最初からそう決まっていたかのようににこやかに言った。
「さあ、話が決まったのなら、さっそく出発せんか」
もういいだろうと、署長がワッフルたちを急かした。
「出発って……」
「すぐにに決まってるだろうが」
相変わらずの強引さで、署長がワッフルに命令した。
「ちょっと待ってくださいよ、まだ準備が……」
「準備なら、とっくにできてるッス。先輩がくるのが、最後の準備だったんッス」
「ちょっとパンタくん……」
罠だ、絶対みんなで僕を罠にはめようとしているとワッフルは心の中で叫んだ。彼の自由とはいったいどこにあるのだろうか。
「四の五の言わずに、さっさと出発せんか」
署長がずかずかと近づくと、ワッフルの腕をつかんだ。
「でも、アリシアたちに一言……」
「それなら、私から伝えておきますわ。しばらくの間ワッフル様をお借りしますので、ご心配なさらないようにと」
テリア姫が、二心ありそうな笑みを浮かべながら答えた。しばらくとは、いったいいつまでのことなのだろうか。
理不尽なことではあるが、アリシアたちがワッフルと暮らすようになって、テリア姫が寂しくなかったと言えば嘘になるだろう。割り切ったつもりでも、人の心というものはそんな簡単にできているものではない。
「そんな、僕は今日は一度帰るって約束したんですよ」
「ええい、ぐだぐだと相変わらずしゃきっとせん奴じゃの。さっさと出発じゃ」
ワッフルの泣き言にはもう誰も耳を貸してはくれなかった。じいさまトリオと署長につかまれたワッフルは、そのまま飛行船まで引きずるようにして連れていかれた。
「さあ、先輩。先輩がこの船の船長なんですから、ここは格好良く出港の号令を一発決めて欲しいッス」
むりやり飛行船のコックピットにたたされたワッフルにむかって、パンタくんが期待で胸をわくわくさせながら言った。
大型飛行機アーキオーニスのコックピットほどもある広い空間で、ワッフルはやれやれと外の風景を見つめた。
「それで、この船の名前は何て言うんだい」
半ばあきらめ気味に、ワッフルはパンタくんに訊ねた。
「スター・プレーリー号じゃよ。いい名前だろう」
エンジン関係の計器板を操作しながらダムドが答えた。
「そうですね。少なくとも、悪い名前じゃないですね」
少し機嫌を直したのか、ワッフルはつとめて明るく答えた。
「あまりのんびりしてもいられんぞ。出発しよう、ワッフル」
ラッセルが急かす。
「そうじゃ。じじいに似て、孫までぐずだとかなわん」
いらぬ手間がかかりすぎだと、グレイが言葉に刺を持たせて言った。
「なにい」
「まあまあ、二人とも……」
眉をつり上げるラッセルを見て、ワッフルは慌てて間に入った。これからずっとこんな調子だと、先が思いやられる。
「とにかく、出発しましょう」
これ以上何か起きないうちにと、ワッフルは出発を決意した。とにかく、みんなを分担の場所につかせる。
「それじゃあ、出発します」
「了解ッス、先輩!」
パンタくんが元気よく答える。
「エンジン、スタート」
ダムドか始動スイッチを押した。小気味いい振動とともに、飛行船のプロペラが勢いよく回り出す。
「進路はクリアだぞ」
レーダーを見ながら、グレイが伝えた。
「船体各部、異常なし」
ラッセルが確認する。
「スター・プレーリー号、発進!」
ワッフルが号令を発した。
「発進するッス」
パンタくんが舵を動かすと、飛行船がふわりと浮き上がった。
「進路、謎の浮遊大陸」
「進路、謎の浮遊大陸ッス!」
復唱しながら、パンタくんが舵を回す。行く手には、浮遊大陸が不気味に広がっていた。
「アリシアたち、許してくれないだろうなあ」
船長席に座ったワッフルは、小さくつぶやいてがっくりとうなだれた。