おもしろい言葉 フォン語聞きかじり


「そふらんにゃんにゃん」って本当 ?


夜、10時ころに停電したので、外に出て 座り込み、
うちわで足のまわりをパタパタたたいていたら、足の
近くに何かひかるものが落ちている。
おやっと思ってよくよく見ると、ぴかぴか点滅しながら
まだ動いている。
うちわで叩かれて ほたるのような虫が 落ちたようだ。

さっそく、足元の砂ごと うちわですくい、事務所前
の人のいるところまで持っていって見た。
「これなに?」と 夕涼みをしているお隣さんに聞い
たら、「そふらんにゃんにゃん」だと言う。
ええっ、「そふらんにゃんにゃん??」
どうもあやしいので、事務所の玄関先で涼んでい
た秘書のタマちゃんに英語で 虫をみせながらこれ
は何だと聞くと、「そふらんにゃんにゃん」と笑いなが
ら言う。
「ほんとう? True?」と念を押しても
「そふらんにゃんにゃん」と繰り返すだけだ。

なんだか、どこかの洗剤メーカーの宣伝文句みたい
で信用ならないが、フォン語でそういうのだからしょう
がない。

その蛍は、日本のほたるのイメージよりも、ひとまわ
りちいさく体長は1センチくらい、情緒のあるスタイル
でもなく 「屁ふり虫」のようなお尻の方が若干大き
くなっている格好をしている。
なにはともあれ、蛍の正体を見ることが出来て嬉し
い夜だ。

「そふらんにゃんにゃん」の意味を聞いてみると、
「そふらん」は「明かりをつける」、「にゃんにゃん」は
「きらきら」というような意味らしい。

「こうみょうば」は 「光明場」 ?


新年最初の日本語の授業中に 「門松」の話をしたと
ころ、学習者のひとりが、ベナンにも門松に似たもの
があると言う。
さっそく黒板に絵を描いてもらった。

パパイヤの木を二本 家の入り口の両側に立てる。
パパイヤの実は水平に半分に切られて、中身はくり
ぬき、そこに パームヤシの油を入れ 綿を芯にして
灯をともすのだと言う。
12月20日ころから1月いっぱい その「門パパイヤ」
を立てて、神様を迎えたり、正月を祝ったりするのだ
という。

その「門パパイヤ」のフォン語での名前は「コウミョウ
バ」(「バ」の発音は若干フランス風にこもる感じだ
が)と言うらしい。 漢字に置き換えると「光明場」
とも出来る。
実にその意味するところがぴったりである。

神様、あるいは霊を迎えるということは ブードゥー教
となんらかの関係があるのか、と尋ねたが、ブードゥ
ー教とはまったく関係が無いという。
神なり霊なりを迎えるということであれば、必ずそこに
はなんらかの宗教あるいは宗教的なものが背景にあ
るはずだ、と食い下がって聞いてみると、我々の若い
世代では特に都会ではまったくやらなくなった古い伝
統なので、田舎の年寄りに詳しいことを聞いてくると 
若い男が約束してくれた。 楽しみだ。

ブードゥー教と関係ないのなら、それよりももっと古い
原始的宗教なりなんなりがあるはずだ、 日本の門
松や お盆の灯籠などは、神道や仏教と関係があ
る、と説明した。

この話をしていたところ、そこに居合わせた ベナン
人4人の間で にわかに議論が起きた。
キリスト教が入ってきて、アフリカの地元の文化・慣
習・信仰は 悪いものだと排斥されて来たので、最
近のアフリカ人は地元の伝統文化などについて 
知識がないのだという結論だった。

夜のクラスでも 同じ話をしてみたところ、
この「光明場」は キリスト教とブードゥー教の人たち
には利用されているが、イスラム教の人たちは使わ
ないらしい。  この灯りは キリストを迎えるための
火でもあるという。

ちなみに、この「こうみょうば」という言葉自体は、
昔から使われている伝統的な「灯り」一般を呼ぶ
ものらしい。







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