武田式発声法
(故)武田哲宇先生             (故)アドゥリアノ・トッキォ 若きトッキォ

◆ 芸術歌唱はキューゾの発声
一般に行われている発声『開放唱(アペルト)』は、口を大きく開け喉を使う筋肉性発声ですから喉を傷めることが多いのです。武田式発声法は、口を大きく開けないで声帯が閉じられた神経性発声です。これを『キューゾ(閉じられた)の発声』といいます。イタリア語の場合は、ほとんど口を開く必要がありません。キューゾの発声は、喉を飛び越えて明るく顔面の空洞で共鳴し、絶対に喉を傷めることはありません。
 本来の芸術歌唱というものはキューゾの発声によらなければできません。「大口を開けて歌うというのは芸術歌唱には向きません。ですからそれはニセモノなんです」と、武田先生はおっしゃいます。

◆ 武田哲宇先生の略歴
 
武田先生は、大阪の徳庵で出生。大阪放出中学3年のとき、教頭先生から『放出中学校の北極星』と命名され、大阪で並ぶもの無しとして歌曲のコンクールで一等賞受賞金メダルに輝きました。
 20歳から10年間浅野慈仁氏に師事、また、この間小学校教員として奉職(10年間)、30歳で大阪音楽大学二部声楽専攻課修了。

◆ イタリア留学
 
武田先生は、1967年9月、イタリア国立サンタ・チェチーリア音楽学校外人特別コースの試験に合格、同校で最も優秀なペレア・ラッピア先生から歌唱指導を受けました。
 
校外では、Rai放送局専属で神技に近いピアニスト フェッラーリ(Ferrari)先生から、ベニアミーノ・ジーリ(1890〜1957・トスカニーニ氏から認められた優秀なオペラ歌手)の発声を学びました。
 サンタ・チェチーリア音楽学校を卒業してローマからミラノへ移り、トッキォ先生(当時78歳)との運命の出会いをしました。

◆ トッキォ先生に師事
 
トッキォ先生は、トスカニーニ氏やメトロポリタン歌劇場の支配人から若くして美声と素質を認められ、ベニアミーノ・ジーリの代役として11回連続トスカを公演し喉を傷めたためわずか数年で主役をおりる羽目となり、悲嘆のどん底に叩き落されます。
 その後、当時発声の神様と称されたアウレリアノ・ペルティレ氏からヒントを与えられ、それをよりどころに音声学・解剖学・生理学などを調べ、内外の文献を読みあさり、32年間にわたる研究の末、ついに喉を傷めた原因を究明し、ベルカント発声法を大成されました。

◆ベルカント研究所創設
 
武田先生は1970年5月帰国。翌年大阪の徳庵にベルカント研究所を開き後進を指導。1989年正月神戸へ移転。
 2000年2月、日本文化振興会から、社会文化功労賞を受ける。

◆ 著書発行
 アドリアーノ・トッキォ先生の教えこそ、声を使う職業のすべての人を発声障害から救える「奇跡の発声法」であることを知り、自ら奥義を究めた上でベルカント研究所28年間にわたる研究の結論として、2000年9月1日、『ベルカント発見の旅』を発行されました。
 
2008年1月、武田式発声法の完成を祝して『武田式発声法・誕生秘話』を発行しております。

◆武田先生ご逝去

 平成21(2001)年正月、肺炎で急逝されました。

 ★ 武田式発声学ぶ会

橋本東峰、2001年2月18日神戸のベルカント研究所に武田先生を訪ね、以来指導いただいておりました。2006年7月23日「私に万一のことがあったなら、あなたが武田式発声法を継いで下さい」と託され、トッキォ先生・武田先生の奇跡の発声法を世に伝えたいとの一念から、いまだ未熟でしたが先生のお許しをいただいて2007年2月から試験的に学ぶ会を発足させ、2008年正式に『ジェミト(声楽)』としてスタートしておりました。
 武田先生亡なき今日、重責を担いつつ先生のご遺志を継いで研鑽し、広く世に伝えるべく努めておリます。

ジェミトのページをご覧下さい

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