心の眼を開く

〜目に見えないものを観て大事にしよう〜

  このページでは健康長寿、豊かな文化・精神生活のために詩吟(音楽)がどうかかわっているのかご紹介しております。人さまにに詩吟をやろうと勧めると「忙しいから時間がない」「詩吟はどうせ趣味だから」と趣味を軽視るかのような言葉が多く聞かれます。

 生きるためには物質的なもの、衣食住は欠かせませんが、生命をつなぎ生活の向上をはかるためには精神的な支えがなければなりません。それは広い意味では文化といえると思います。働いて収益をあげること、つまり経済活動が私たちの生活の大半を占めているために、最も大事なことが見えていないことが多いものです。人生よほどの難関に出会ったとき、生きるということや生命の尊さを実感し、それまで見えなかったものが見えてくる。

 互いに人生とはそういうものかも知れませんが、私は「2本の道を歩みなさい、一本の道は仕事、そしてもう1本は生涯歩み続けることができる道」と、若年のころに道行く人から一言いわれました。その一言は、私の生涯の金言となって輝いております。つまり、一生涯人生の友とできる道とは、趣味であり、心の世界を開くことでした。

 さて、趣味と言うのは、こせこせ走って行って人より先に美味しいものを取ると言う意味合いですが、私たちの人生において何が最も大事なことなのか、ご紹介させていただきます。

人生は一枚の切符

昭和55年ころ、上智大学渡部昇一教授が、ある機関誌に要旨次のように述べていました。
 
「何かやりたいものをみつける。日本人の気質にあっているものは、道という名がつくものです。華道・茶道・書道など自分がやりたいこと、面白いこと、なんでもいい。その時間だけは全てを忘れて没頭できるものを」、「日本人は、自分を抑えるように躾(しつけ)られてきたから、自分が何を好むかわからない。仕事などは仕方なくやるからストレスがたまる。自分が好きなものをやる、笑われてもいい堂々と時間をかけてやる。自分がやりたいことは忙しいこととは関係がない。閑な人間は何もやらない。忙しい人はよく何でもやる」と。
さらに「人生は一枚の切である。この切符を何に使うかは自由だ。たった一度の人生を!」。

もっと大きな人生を!

アドウエイン・W・ダイアー著、渡部昇一訳の要旨

人生に喜びと美を。

◆ 自分の自由になるもを自由にするのが賢明である。自分の自由になるものは心であるから、心をコントロールすることこそ平安と幸福への道である。正しく考える人が正しい人間であり、自分を幸福と考えている人間は幸福である。何を考えるか、どう考えるかは自分で自由に選択できる。誰でも幸福と満足を勝ち取る力を持っている。

◆ 多くの人がこれを行おうとするとき、障害になるのは恐れだ。生まれつき他人より優れていると言う人はいないから、要するに自分がすすんでそれを選ぶかどうかの問題である。長期にわたる無理な努力は、年中何かを追い求め未来ばかり見ている結果、いつも仕事から仕事へと飛び回り絶えず次の目標を見ているので、決して現在を楽しむことが出来ず、人生の大部分を満たされない思いで過ごすことになる。

◆ そもそも、ここに生きている目的は、誰のことも犠牲にせず人生を最も大切に楽しみながら、今生きている人びと、また、我々より後に生きる人々全てのために、この地球をもっと良い場所にするという仕事をしつつ、人生を旅することだと考えよう。そこへ到る鍵は自分の人生に喜びを感じ始めることにある

◆ 何でも将来に伸ばすことは有害な障壁ともなり得る。本当の時間は現在にしかない。過去は人生の力ともなれば障害ともなる。どちらになるかは、あなたがいまそれをどう使おうと決めるかにかかっている。過去と未来を捨てて創造的に人生と取り組んでいる時、倦怠と言う病気に取り付かれる暇はない。忙しく積極的に現在を生きていると、時のたつのも忘れて不安や憂鬱にならない。人生には美と魅力があり、それを楽しめることがどんなに大事なことか判るだろう。

◆ 人間は世の中に対して肯定的になるというためにだけでなく、生活に美が必要である。健康で生きる喜びを見出すためには、音楽・絵画・本・花・をはじめ微笑みかける笑顔、新鮮な空気など絶対に必要である。そういう美を味わうことを学び、他の人を益々そうなるよう助けることによって、我々は更に無限界人間への歩みを進め、同時に自分自身の高い欲求をも満たしているのだと言うことを正しく認識しよう。

◆ 危ない橋だからこそ渡りがい、渡る価値がある。残念なことに多くの人びとはこの段階に足を踏み出したがらない。危ない橋を渡らない主義の人々は、「失敗するんじゃないか、心配だ」とか、「では家族への責任はどうなるんだ」とか、「もう今からでは変えられないよ、何しろ年だから」と行った逃げ口上を使うものだ。

人生で最も大事なものはこれです。

◆ 人生に目的意識が出来ればすべてはうまくいく。人間の命を誕生と死の2点間の距離が1000メートルあるものと考え、その生涯を心に描いてみよう。訓練や経験、目標や教育目的など全ては1000メートルの始めの999メートル99センチを助けるためのものだ。これが人生の大部分であり、この部分に当てはまる法則は決定的な最後の1センチメートルに対するものとは全く異なる。始めの999,99メートルにたいする法則は、ひたすら前進し、他人と競争し、金を作り、家族を養い、将来に備えて貯蓄し、仕事を覚えるなど、だいたい現在の外面志向の文化の中でうまく暮らしていく技術を体得することに終始している。残された極く僅かの1センチメートルは自分の人生の意義を象徴するもので非常に重要な部分であるのにもかかわらす、殆ど無視されている。

◆ この最後の1センチメートルは、一人の独自な人間としての目的意識や価値観・生命力・意義、さらに、この世に自分が生きた真の目的は何であったかを表しているのである。決定的1センチメートルを充実させるためには、他の部分に当てはまらない全く異なった指針や規則が必要となるであろう。人生に対する意義や目的意識は、この決定的な1センチメートルを完成することへつながるのに、他の大部分の時間は規則を学ぶために殆ど無視されている。

◆ 人生の目的を達成するためにすべきことは、まず第一に決定的1センチメートルと、はじめの999,99メートルの重要性を逆転させることだ。危うく死ぬようなことがあって初めてたいていの人は人生の意義や目的に重きをおくようになるのだ。
 
改めて目覚めたこれらの人びとは、しばしばそれまでのせかせか働く生活をやめ有意義に感じられることに人生をささげる。もっとくつろぐことを好み、生きている真の美しさ、楽しむことに時間を割く。死との遭遇がきっかけとなって目を覚まし、以前はすすんで安住していた生活以上の何かを求めるようになる。
 
しかし、生活における目的意識を養うために緊急事態を経験する必要はないそうすることが一層幸福な意義深い満ち足りた人間にしてくれるという、単純な理由から毎日を意義深く暮らそうと決心しさえすればよいのだ。

◆ 多くの人びとは変化の過程を恐れるから同じところに留まっている。変化こそ生命の本質そのものなのだ。好むと好まざるとにかかわらず変化は人間の一部なのだ。あなたは、このめまぐるしく変化する世界の一部なのだ。人間にとって変化は避けられない。自分が本当に好きなことは、とことんやれ!