以前、小説"炎立つ"を読み、前九年の役・後三年の役の舞台となった、岩手県を中心とした東北地方を訪ねてみたいと
ずっと思っていたが、今回まとまった休暇をとることができたため、長年の夢を実行に移すことにした。
2005年3月29日〜2005年4月2日までの4泊5日で、奥六郡の中心地を訪ねてきた。
この旅は、主に前九年の役の舞台となった、衣川地区と江刺地区を第一に、藤原清衡公以降の繁栄の地、平泉をゆっくりと
訪ねることを目的とした。

2005年3月29日

AM2時50分に自宅を出て、東北道を北上。
途中、ひどい濃霧に悩まされながらも順調に走り、今回お世話になった宿のある一関ICを通り過ぎ、
一路盛岡へ向かった。
ひどい吹雪の歓迎を受けながら、せっかく盛岡まで足を伸ばすが、収穫は"厨川柵"のみ。
"安倍館"を探すが見つからず、雪がひどくなる前にと南下を始めるが宿に直行するにはまだ早かった
ので、 江刺 に立ち寄り、豊田館と、五位塚へ行った。
五位塚が見つけられず、クルマで走りまわっていると、偶然にも豊田館を発見できた。
そこにあった周辺地図で五位塚も発見できたのは、幸運というべきか。
1日目としては当然だが、延べ10時間以上は運転していたことになる。
さすがに疲れたので、この日はココまでとして宿へ向かい、温泉へ飛び込んだ(笑)

2005年3月30日

金ケ崎・胆沢地区 では"鳥海柵"・"胆沢城跡"をまわり、 "江刺藤原の郷" へ向かった。
"鳥海柵"も"胆沢城跡"も風雪が強くて、寒さもさることながら、顔を叩く雪が痛くて参ったな。
"胆沢城跡"のそばのお店で、お茶を買ったのだが、おばちゃんが素敵で現地の人とのふれあいもまた
楽しかった。
"江刺藤原の郷"は、大河ドラマをはじめとする、時代劇のロケに使われるほどの館・城柵等の再現
には興味を覚えるが、所詮は作り物であり、諸遺跡に感じるような寂寥感というか、威厳に満ちた
気を感じることはなかった。

2005年3月31日

中尊寺等、 平泉 一帯をまわった。
"伽羅之御所"からの出土品や、"無量光院"の復元想像図などを見ると、当時の優雅な暮らしぶり
が想像できる。
そしてきわめつけはやはり、金色堂だろうか。
その優美さもあるが、未だ藤原四代のご遺体が眠るそのお堂は、何とも言えないオーラを発していた。
また、出土した埋葬品の荘厳さには、鳥肌が立つ思いだった。

この日、宿に無理を言って急遽もう一泊追加してもらった。
本当は3泊4日の日程だったが、時間がぜんぜん足りなかった。

2005年4月1日

3月31日にまわりきれなかった、平泉の一部と 衣川 一帯をまわった。
今回の旅では、この衣川地区はもっとも楽しみにしていた訪問地のひとつだった。
クルマではまわれないので、平泉の駅前でレンタルサイクルを借りて、走り回ることにした。
自転車での行動は、クルマでは出来なかった地元の人たちとの会話が気軽にできて、とても良かった。
おばちゃんたちは、とても親切であたたかく、話をしているだけで心が和んだ。
どこへ行ってもあまり人は見かけなかったからか、とても長閑でかつて大勢の兵がいたのだとは思えない、
そんな場所が多かったように思う。
衣川の関は、今は横を東北自動車道が走ってはいるが、かつての堅固な関所という趣も僅かにだが
残っていた。
館跡は、安倍氏の本拠地ということで、前九年の役の際には、このあたりに貞任をはじめ、宗任たち
兄弟や、藤原経清たちも集結したのだと思うと、感激もひとしおだった。
周囲には琵琶柵等の支城も点在する。
その場にひとり佇み、その時代に思いを馳せた。

2005年4月2日

この日で、今回の旅も終わる。
再度、江刺の五位塚へ挨拶のお参りをし、 仙台 地方の多賀城跡に立ち寄った。
多賀城は想像していたよりもずっと小規模だった。
小高いところにそれはあったが、今は周囲は整備された街並みがみえる。
かつては、山々がみえていたのだろうか?
ここでも多賀城跡の出土品を見てみようと、近くを歩いていたおばあちゃんに声をかけてみた。
この方も親切丁寧に教えてくれた。
"東北歴史博物館"
かなり立派な博物館で、旧石器時代から近現代までの東北の歴史を展示してある。
興味はやはり、"多賀城とその周辺"・"城柵とエミシ"・"奥州藤原氏の隆盛"などのコーナーだったが、
全体的に楽しめた

そして、15時頃にこの地を後にした。

余滴

今回の旅を振り返って思うことを徒然に。。。

春まだ遠い平日なのに、各地の資料館は必ず開館していて、しかもほとんどの場所に少人数ながら
観光客がいたのは驚いた。

天候には恵まれたのか、恵まれなかったのか?
風雪は激しかったものの積もることもなく、時折晴れ間を見せながらの降雪もあった。
しかし、ものは考えようで、雨だったらもっと苦労したと思うと、ラッキーだったのかもと思える。

本当に岩手を訪れて良かったと思う。
土地の人の温かさに触れることもできたし、温泉も素晴らしかったし、食事も美味しかった。
そして、何よりも安倍貞任・宗任達兄弟や、藤原経清・清衡・基衡・秀衡・泰衡に会えたと思える事。
また、平泉の黄金文化にも触れることが出来た事。
今回の旅の目的は達成できたと思う。

江刺・平泉はまだまだ自然が残っているが、架橋工事をしていたり、真新しい家の建設のためか、河原
やその周辺を削っていたりしているが、これ以上の人工物の建造を押しとどめ、せめて今の状態を保存
してもらえればと思う。
平泉文化だけでなく、衣川も江刺も大事にしてもらえたら嬉しい。
今回は一人旅だったが、次は家人と一緒にまた訪ねたい。
平泉・江刺・衣川には、その時も今回と同じ顔を見せて欲しいと切に願う。