verry berry Merry-go-round
---番外編 : 策士、悲喜こもごも
「ああ――っと…そうだ、。明日の夕飯は2人分頼むわ」
リビングで持ち帰ってきた仕事を整理していると、日付が変った頃に帰ってきたハボックは開口一番にそう言った。
「え?明日は早いの?」
「ん?あー…まあそう――だな」
歯切れの悪い返答をしつつ、私の方を決して見ない同居人に疑問符が浮かばないでもなかった。
けれど最近、東部の情勢が安定しないせいか、残業続きのハボックたってのお願い。
久しぶりに一緒に食事をしようということなら、と思って私はすぐにOKの返事をした。
「分った。何かリクエストある?久しぶりだし、ハボックの好きなものにするよ」
やっぱりお肉系かな?
私の明日の仕事の上がる時間にもよるけれど、ハンバーグ辺りが無難かもしれない。
既にあれこれと献立を考え始めた私に。
「いや…なんか、そう屈託なく言ってもらうと胸が痛いっつーかだなあ」
「え?何か言った?」
「いんや、何でもねえよ。とにかく頼んだ!俺ぁ、なんか疲れたから寝る!!」
逃げ込むように自室へと入っていったハボックの背中を見送ったのが昨晩のこと。
そして、今晩――。
「な――?」
呼び鈴が鳴ったから、なにか可笑しいとは思った。
ハボックなら鍵を持っているはずだし。けれど、時間的には丁度だったから。
テーブルに仕上げのフォークとナイフを並べ終わったところでの、チリリン。
躊躇いもなく、「おかえりなさい」と扉を開けた私の前に立っていたのは。
「ただいま、」
無気味なくらいにこやかな――。
「な、ど、どうしたんですか?大佐!」
東方司令部所属――ロイ=マスタング大佐だった。
呆然とする私に構わず、大佐は部屋の中へと入って来た。止めようとしたら、一本のワインを差し出されてそれも敵わずに終る。
「あの――ッ」
「おや?靴を脱ぐのかい?」
「え?あ、ああ、はい…リビングのカーペットにそのまま座れるよう、玄関でスリッパに履き替えることにしたんです。
私の世界――というか、国の文化なんですが」
「成る程。では、これをお借りしていいかな?」
おもむろに革靴を脱ぎながら、いつもはハボックが使っているスリッパを大佐が視線で示したので、思わず頷いてしまった。
「いい匂いがするな。ハンバーグか」
「え、ええ、そうですけど――って、大佐?」
キッチンを見回し、リビングのカーペットの素材を確かめ、バス・トイレルームに続く扉を片っ端から開けて覗いていく。
「なかなかいい部屋だな。これなら確かに2人くらいは優に住める」
言いながら、ある部屋のドアノブに大佐が手をかけたので慌てて背中で隠した。
「ダメです!ここだけは絶対に!!」
「ああ、君の部屋はここか」
「そうです!ってゆーか、本当にいったい何なんですか?!」
いきなり訪問されたかと思えば、家の中じゅうを手当たり次第みられるなんて。
「家庭訪問だよ」
「…嘘」
「ははは――ばれたか」
「ばれます!」
大きな声を出した私に、大佐は嬉しそうに笑った。
「ハボックから何も聞いてないか?」
「ハボックから――?いえ、食事を用意しておく以外には何も…」
そこでフラッシュバックしたのは、昨晩のハボックの不可解な様子。
煮えきれない受け答えに、
『いや…なんか、そう屈託なく言ってもらうと胸が痛いっつーかだなあ』
―――まさか。
「どういうことですか?」
「最近になって、少尉に女が出来たことは知っているだろう?」
「ああ、はい。付き合いたての…素朴で可愛い娘だとか」
「そう…そして男女の仲とは付き合い始めが肝心だ。実は、その2人にだね――」
私の家への宿泊を許可した。
「―――へ?」
「少尉に相談されたのだよ。なんでも彼女が少尉の家に行きたいと言っていたそうでね。
それが何でもない関係にせよ、女性と住んでいるなんて事が知れたら――」
「ちょ、ちょっと待って下さい!それってもっともなようで可笑し過ぎますよ!」
彼女が快く思わない――その論理は分る。
ハボックに彼女が出来たと分ってから、このままだと良くないと思って、密かに新居だって探していた途中だったわけだし。
けれど。
「それなら私が一晩だけでも、どこかにお世話になれば良かったんじゃないですか」
軍の寮に一晩お世話になるだけでもいいし、仮眠室でだって一晩くらいなら構わなかったのに。
どうして、そこで大佐の家に行きつくの?
「。君も知っての通り、男とは大概が見栄っ張りなものだよ」
ふふん、と鼻を鳴らして笑った大佐に、私はもう脱力するしかなかった。
それはつまり――
「少尉も階級で言えば士官だからな。彼女は相当な夢を持っているらしい」
「うわー…それって詐欺じゃないですか」
私はうめいた。
大佐くらいの階級は別として、一般的な軍人を見て羽振りがいいように思えるわけがない。
軍の内部の事を何も知らず、事件に隊を引き連れて駆けつけたことだけを見れば勘違いしてしまうのも無理はないのかもしれないけれど。
あれでいて、ハボックは見栄っ張り――むしろ、格好つけたがりな所があるから。
――大佐とは別の意味で。
「それで、まさかハボックの代わりに大佐がここに泊まるとかそういう話ではないですよね?」
「無論、そのつもりだが?」
「えぇっ?!」
「何を驚くことがある。立派な等価交換じゃないか」
ど こ が で す か !
「私へのメリットが何もありません。おかしいですよ、絶対」
「おや、これは心外だね。君は私と一晩過ごすことがそんなに嫌なのか?」
「――い、嫌とかじゃなくて…」
正当性は私にあるはずなのに口篭もってしまったのは、こんな場面で大佐が真剣な表情をするからだ。
まったくもって不可抗力なのに、どうしようもない。
「まぁいい。とりあえず、食事だけでも戴いていいかな?今日は昼から何も食べていなくてね」
打って変わって、お腹を押さえる大佐に、少しだけ迷ったけれど。
「……食事だけなら。2人分、作ってありますし」
***
「では、そろそろ失礼するよ」
食事の後、大佐はすんなりと帰宅の意思を示した。
実は初めから泊まる気などなく、ホテルの部屋もとってあるということだった。
「長期戦で行くと言っただろう?実際、君の手料理を食べられただけでも私にとっては立派な等価交換だからね」
「…そこまで言ってもらえるほど大したものじゃなかったと思いますけど」
スープにサラダにハンバーグと付け合せ。
本当にそんなものだった。
「ははは、充分なご馳走だ。ありがとう」
大佐が漏らした穏やかな微笑に、頬が熱くなるのを感じる。
どうしてここまで思ってくれるのか。
本当に分らない。
「それじゃぁ、また明日――」
靴を履き替えて、扉を開けた大佐が「おや?」と動きを止めた。脇から外を覗き込むと。
「――雨…」
ポツポツ、と雨が降り出していた。
「、すまないが傘を貸して貰えるか?」
「あ、はい。それはいいんですけど――」
降り出したばかりだというのに、強くなりだした雨脚にごろごろという音までが聞こえてくる。
「いいんですか?すごい雨ですけど…」
「構わないよ、すぐそこだ」
「でも――」
「……正直、このまま泊まっていって、君に何もしない自信が私にはないんだ」
困ったように微笑う大佐は、ふざけている様には見えなくて。
余計に心臓が鳴った。
外では、違う音も。
「―――?」
はしっと、出て行こうとしている大佐のコートの裾を掴む。
玄関にいる大佐は、私よりも一段くらい下にいるために私の方が見下ろす状態で。
「あ、あの……でも、ほら。大佐って雨の日は無能って――」
ピカリ――
自然の光が照らす中で、私は大佐にしがみ付いていた。
「ッ…?いや、その――だね。雨の日は無能と言っても不能と言うわけには…」
必死に理性と戦っている声も、その時の私には届いていなかった。
ちなみに私が「雨の日は無能」と言ったのは、雨が降ってきて火が出せないならもしもの時に危険なんじゃ――?ということを言いたかっただけで、断じて大佐が動転して口走ったことの意味じゃない。
それでも、私の本心は一つ。
「お願い、帰らないで――」
「―――ッ」
ぎゅうっと強く抱き締められたら、何故かはよく分らないけれど安心した。
大佐の背後で開きっ放しだった扉が、風で閉まる。
2人きりの空間にしんとした空気が流れ、また破られていく、その繰り返し。
容赦のない光と轟音の度に私は震えた。
「――もしかして…君は雷が怖いのか?」
「……っ、すみません、どうしてもダメで」
呆れられるだろうと思った私の耳に、ゆったりとした嘆息が聞こえたかと思うと優しく頭を撫でられた。
「君はいつも私を天国から地獄に――……いや、それは違うな」
私は君の新たな面を見る度に、いっそう君を愛しく思う。
大佐が何かを呟いたのは響きで分ったけれど、上手く聞き取れなかった。
ただ、「」と名前を呼ばれて顔を上げたら。
「キスをするが――いいね?」
「え――?」
意味を理解する前に、大佐の黒い双眸が近づいてきて。
一瞬だけ、軽いキスをされた。
「たい、さ…?」
「――よし。代わりに、今晩は雷が止むまで君の傍にいよう……これ以上何もせずに、ね」
さて、その夜。
ロイ=マスタング大佐の理性が最後までもったかのかどうかは
「はっはっは、ご想像にお任せするよ」
2人のみぞ知る秘密なのでありました。
リンサマに捧げます
2004/08/16