「ああ、お嬢さん。ハンカチを落としましたよ」
優雅な手つきで拾い上げると、軍服を着た女性は顔を真っ赤にして目をハート型に。
「宜しければお名前を――」
そう言いかけたところで近づく気配に気付いた。
だからその場は微笑して返すに留め、昇りかけていた階段から下を見やる。
「――ったく。お前さんはもうちょい見境ってもんを知った方がいいんじゃねぇか?」
案の定、ポケットに手を入れたまま昇ってくる旧友の姿があった。
「何を言う、ヒューズ。人付き合いは有効に使えといったのは、そもそもお前と――」
ああ、そうだ。
青春ラプソデー。@
「あ、あの・・・!マスタングさん!わ、私ずっと前からあなたのこと――」
校内の裏庭で。
顔を真っ赤に染め上げた可憐な少女は、小さな手をぎゅっと握り締める。
一方で。
「……悪い。そういうことに興味ないんだ」
放たれた無慈悲な一言に、すべては涙へと変った。
走り去る後姿――もう幾度となく見た、情景に。
ロイが心を痛めることは過去も現在も――万に一つだってない。
「あーあ、また泣かせたのか」
「…マース」
ひょっこりと顔を出した友人に、ロイは少しだけ厳しい視線を送った。
「おいおい、別に覗き見しようとしたわけじゃないぜ?飯に誘おうと思ってお前を探してたら偶然、今の場面に出くわしちまったんだよ」
「……立去ることもできたんじゃないか?」
問うたところ、「馬鹿言え。面倒臭いだろ、いちいち」とマースはあっけらかんとしていた。
「それにしてもお前よォ…断るにしてもだ。もう少しマシな言い方ってモンがあるだろ」
「何が?」
「学年首席、容姿端麗、クールと評判なロイ=マスタング士官候補生――お近づきになりたい人間なんてのは後万といるってことだ」
「そんなことは嫌と言うほど知っているさ。だからこその対応だ」
寄ってくる人間を選別するよりは、最初から斬り捨てている方が効率がいい。
それでなくとも、能力において相当の自信がある自分に上辺だけの関係などは必要ない。
自ら進んで疲弊する謂れもないだろう――信頼できる友は一人いれば十分だ。
それがロイの言い分だった。
「純粋だねー、お前は」
「どういう意味だ?」
「だから――」
「ロイ=マスタング!!」
マースの言葉は途中で掻き消された。
風に乗った――否、風を切って投げつけられた通る声によって。
「…おい、可愛いお嬢さんがお呼びだぞ。ロイ」
「いや、全く覚えのない顔――」
こそこそとロイとマースが耳打ちしている間にも、声の主はずんずんと近づいてくる。
マースが「可愛いお嬢さん」と言った通り、見目麗しい一人の女生徒が。
「ロイ=マスタング!」
彼女が2人の目の前に立ったとき、もう一度だけ、名前を呼んだ。
呼ばれたロイは首を傾げるが、少女の方も何やら考え込んでいるようだった。
「……名前を呼ばれたら返事するでしょう?普通」
小さく悪態づく少女に合わせて、ロイが「ああ、何か用か?」と言うと。
彼女は少しだけ驚いたように目を見張らせて、それから深く安堵。
「良かった…危うく違う人を巻き込む所だったわ」
と。
ロイの首はますます捻られるばかり。
「なあ、横から悪いが1個だけ質問いいか?」
見かねたマースが助け舟を出した。
「もしかして君――どっちがロイ=マスタングなのか分ってねーんじゃ?」
沈黙。
「そ――そんなわけないじゃない。分ってたわよ、ちゃんと。そ、それで、本当に貴方がロイ=マスタングなのよね?」
もう一度の問い返し。
マースの言葉が当を得ていたことは十二分にハッキリしていた。
ただ――。
「いや、違うが」
「え?」
「人違いだ。私はロイ=マスタングではない」
しれっと、ロイは言い残して先を歩く。
「行こう、マース。昼食をとる時間がなくなる」
「え、あ、ああ」
そして、呆然とする少女を一人残したまま2人は去った。
――それが、昨日のこと。
そして今日。
「ロイ=マスタング!!」
勢いよく開かれた扉。
大勢の生徒達は、それに驚愕の目を向けていた。
そんなことも気にせずに、音源はやはりずかずかと、目的の机まで進む。
――ダアン!
響くような強さで、その机に両手をつくと、やっとのことでロイは読みふけっていた蔵書から顔を上げた。
「……昨日はよくも嘘吐いてくれたわね」
「何のことだ?」
「惚けないでッ!あなた有名人だったらしくて、もうはっきりネタは上がってんのよ」
刑事のような口調で迫る彼女に、ロイは本をぱたんと閉じた。
そしてすっと立ち上がり、彼女の腕を強い力で掴む。
「――痛ッ…」
抗議の声は無視して、そのまま歩を進めた。
とある部屋まで。
「ちょ、ちょっと、いい加減に離し――」
少々、乱暴に部屋の中へと押し出して扉を閉めた。
バランスを崩した少女が、よろめくのを横目で見て。
「ネタだか何だか知らないが、非常識にも程があるんじゃないか?」
「…」
「まさか図書館が私語厳禁だということを知らないわけじゃないだろ」
ロイが今までいたのは、校内にある図書館の閲覧室だった。
そして彼女を連れてきたのは、グループ学習などに使うための一室。
館内で発語が認められる唯一の場所。
「迷惑にも程がある」
「ごめんなさい…」
小さく謝り、肩を落とす姿にロイが拍子抜けしたのは無理もない。
先ほどの勢いはまったく失われてしまっていた。
「……謝るくらいなら最初から考えて行動するべきだと思うが」
「仰る通りです」
冷たく言い放った所で、逆上してくる様子もない。
「……それで?人の名前を連呼する限りは、余程の用事があるんだろ?」
「――そう!それなのよ!」
今ロイが尋ねさえしなければ、もしかするとこの少女は忘れていたままだったかもしれない。
そう思うと、失策だったと今更ながらに後悔した。
「昨日のお昼に告白してきた子、無残に振ったでしょう?」
「は…?―――ああ、彼女か。それがどうした?」
「友達なの」
「それで?」
「一発殴らせて」
「…………は?」
生まれて初めて、思考が停止するという経験だった。
「だからね、殴らせて」
「……大人しく殴らせる意味が分からないんだが」
「あたしとしても、そのキレーな顔に拳入れるのは何だか気が引けるし…この際、ボディーでいいからボディーで!」
「断るッ!しかも平手じゃなく拳で殴るつもりか、君は?!」
「え?平手ならいいの?」
「そうじゃない!」
「わかった!綺 麗 な モ ミ ジ 咲 か せ て あ げ る か ら !」
「違う!」
こんなに声を張り上げることも、初めてだった。
下らない内容であるのに。
ムキになる必要もないのに。
「……とりあえず、落ち着いてくれないか」
もみ合いになる寸前に、ロイは彼女の肩を正面から掴んで嘆息した。
「訳を聞こう。君の友人を俺が振ったことは事実だ。認める。だが、それでどうして君に殴られなければならない?」
「あ。それは、ただの八つ当たりかな」
「は?」
「貴方も自分の大事な人が傷つけられたら怒るでしょう?家族でも友人でも恋人でも、何でもいいけれど。理不尽でも何であっても、この怒りをぶつけたかったの」
なんて――
な ん て 自 分 勝 手 な ! !
「呆れて物も言えないな。そんな理屈をいちいち受け入れていたら私の顔は今頃、見るも無残なものになっているだろう」
「……それって遠まわしに自慢してる?」
「馬鹿か、君は!呆れてるんだ、無駄な時間を過ごしてしまった自分自身に!!」
思わず叫ぶと、少女は笑った。
「人生に無駄なんてものはないわよ」
「……詭弁だな」
「真理よ。貴方が無駄だと思った事柄も時間も、人でさえも必ずどこかで繋がってくるわ」
笑みはますます深みを増す。
「時に、ロイ=マスタングは将来有望で野心を密かに持ってるという噂だけれど」
「それが何だ。君には関係のないことだろ」
「例えばね。昨日、貴方が振った子が――」
有力貴族・ダリス将軍の一人娘だって知ってた?
一陣の風に、窓が耐え切れずに開いた。
「……それこそ関係のない話だな」
「そうかしら?」
「そんなものを利用しなくとも、私は上に行く」
きりっとした眼光を向けると、彼女は嘆息して天を仰いだ。
「やーめた!なんだか怒りが殺げちゃった。あの子を振ったのも、本当に興味がないからみたいだし。ロイ=マスタングはロイ=マスタングで――」
甘いこと言ってるし。
「……なんだと?」
「別に何でもないわ。それじゃーね」
後ろ手をひらひらして去る後姿。
――呼び止めたのは初めてだった。
「そこまで好き勝手なことを言っておいて、名乗らないのは非常識じゃないか?」
問い掛けには、微笑。
「心配ご無用。どうせ――」
一週間後には忘れられない名前になるから。
同じ人物との会話でも、今日――
立ち尽くしたのは、ロイのほうだ。
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150000HITでみお様へ。
・お相手が大佐で、士官学校時代。
・ほのぼの日常か、何かの事件
・ギャグテイストで微甘
若い頃の大佐は、まだ青いといいなあ。
女泣かせでも女タラシでないといいなあ。
俺と私を使い分けてるといいなあ。
――そんな個人的イメージを込めて。
2004/09/15