「一週間後には忘れられない名前になるから」
今日が、その7日目。
青春ラプソデー。A
ざわざわ――
薄っぺらな紙一枚に群がる学生達。
<2回生定期考査 総合成績優秀者>
第一位 ロイ=マスタング(総合981)
「凄ぇな、マスタング…入学以来首位じゃねえか」
「相変わらず素敵だわ、マスタングさん…」
口々に噂する中で、それは既に当人にも周囲にも慣れたものだった。
それでも、ざわめきは普段よりも一層、大きなもので。
第一位 ロイ=マスタング(総合 981)
・
・
・
同――
同―― =(総合 981)
「――」
ロイの眉間に皺が寄る。
実際、今回の試験は実技も含めて今までで最も難度が高かった。
これだけの成績を修めることが出来たのも、日頃の積み重ね――並ならぬ努力の賜物だ。
無論、今回も首位の座を他に譲ることなどありはしないと確信していた。それは、いい。予想通りだ。
だが、一つだけ誤算があった。
まさか――
「きゃー!すごいじゃない、!!」
「やればできるじゃねえか、おい!」
多くの人間に囲まれた中心にいる人物。
「あはは、マグレマグレ〜。山が悉く当たっただけだし?」
「はは、それにしたってすげー運だよなあ」
「今回の考査はインターンの選抜がかかってたもんなあ」
本当に、まさか――
「実績だとマスタング君だけど、もしかしたら行けるかもよ」
「インターン先の中央司令部ってダリス将軍の管轄じゃない?親しいんでしょ??」
「同点だもんな!可能性あるって!!」
「さぁ、どうだろーね?―――!…」
にこり。
「―――ッ」
――この地位を脅かされるとは思ってもいなかった。
気付かないうちに、忍び寄っていた足音。
まったく気付くこともなく――。
「おーおー。こりゃ驚いた」
「――ッ」
ロイは反射的に身を震わせた。
他人の気配にすら気付かないほど、動揺していたことをはじめて自覚する。
「お前と張れるヤツがまさかいたとはなあ。しかもか」
「……?お前、いつから彼女と知り合いになったんだ?」
――と確かに呼び捨てにしたマースを訝しがる。
出逢いは同じだったはずだ。
「ん?ああ、あの後<ロイ=マスタング>について俺のところに聞きに来たんだよ。何でもいいから教えろってな」
その答えに、「……情報源はお前だったのか」とロイはうめいた。「はっはっは!まあ、悪く思うなよ。俺は可愛い子の味方だからな!」とマースは笑っていたけれど。
「そーゆーわけで、意気投合しちまってな。すでにマブダチの域だ!」
胸を張るマースには最早嘆息すら出なかった。
問題は、もう動き出している。
「ああ、此処にいたのか。マスタング君、君――学院長がお呼びだ」
しかも、嵐のように。
「――納得いきません!」
控えめにもしない声は、明らかな怒声だった。
「彼女の急激な飛躍は認めますが、入学以来の総合成績では私の方が格別に優っている筈です!」
「しかしだね、マスタング君。インターンの選考基準は今回の考査に限ると明記してあったはずだ。現在までの成績とは関係ない」
「ならば尚更です!私と彼女の得点は同点だった!と言うことは、二次的な選考基準を設けるのが妥当であり、そうなれば最も有効なのが――」
「彼女は、ダリス将軍の推薦でね」
「――!」
「将軍の判断だ。=君の方がインターンとして受け入れるに望ましいと」
「その、根拠は…ッ?」
「それは将軍に聞く他はないな。とにかく、これはもう決定事項なのだよ」
顔色一つ変えない学院長に、ロイは苦虫を噛殺したような表情を浮かべる。
すべてが不条理だ。
すべてが納得いかない。
「私は――ッ」
「マスタング君」
一段と低い声。
「上官に意見する事は叶わん。それに、考えてもみたまえ――他の生徒にとってもどちらが有効で意味あることなのか」
「有効…?」
「君と彼女――インターンに選ばれたと聞いて励みになるのはどちらの方かね?」
孤高の天才と言われ、常に一目置かれていたロイの当然な抜擢か。
友人関係も広く、上下問わず親しみやすい彼女の異例の大抜擢か。
「考えるまでもなかろう?」
「――ッ、失礼します!」
最短の礼儀でもって、ロイは息苦しい室内から脱出した。
腐っている…!
腐っている、こんなことは!!
すべての柵から自由になりたくて、自然と屋上へと足が向いた。
フェンスに指をかけ、そこに複雑な感情をぶつける。
いくら揺らそうが、耳につく金属音しか生み出すものはなかったけれど。
「――ローイ=マースターング!」
「――ッ」
背後からの陽気な声に、我に返る。
今日何度目だろう?
近づく人の気配に気付かなかったのは。
「や。それ以上やると壊れちゃうよー?」
「…満足か?」
「……なにが?」
「――ッ!これが君の八つ当たりなんだろう?!俺を蹴落として満足かって聞いてるんだ!!」
「うん、満足よ」
あっさりとした肯定。ロイの背筋に冷たいものが走った。
これほどに、誰かに対して何かに対して悔しいと思ったことはない。
「だって、どれだけ自分が甘いかってことが分ったでしょう?」
「…何を言っているんだ?」
「わからない?」
はくすりと笑った。
「真面目な優等生ってだけじゃ、上にいくことはできないってこと」
「――ッ」
「利用できるものは利用するの。家柄も能力も容姿も周囲の人間も、全部。利用されてる振りをしても、最後は逆に利用するの。時には道化を演じ、油断させて――牙は隠しておく」
人知れず、ギラギラと磨きながら。
「綺麗事なんて言ってる暇はないのよ、この世界で高みを目指すのならネ」
「――君は…いったい」
空は澄み切っている。
夜になれば輝き出す星を幾千も隠して。
「いったい、何を狙っているんだ?そんなに出世を目指すのは――」
「あはは、バカ言わないで。そこまで無謀じゃないわよ。あたしは、どう足掻いたって女である以上、限界があるわ。大総統どころか、将軍にだってなれないでしょうね。両親とも一般市民だし」
「大総統――」
思わず、反芻してしまう。軽く出た、その言葉に。
あまりの――無謀さに。
「だからね。自分の出世なんて本当はどうだっていいの。あたしは、ただ懸けられる未来を探しているだけ」
「未来?」
「そう――あたしは、その希望の道標になることしかできない」
悲壮感の漂う台詞も、今だけは柔らかかった。
夕陽に変わる黄昏時の曖昧な優しさ。
惹き付けられる、淡さ。
どれもこれも。
「……その、希望はもう見つかったのか?」
手に入れたいと願った。
「ええ――とっくの昔にね。だって――」
一目惚れだったから。
橙色に染まった背中を、ロイはただ黙って見送った。
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2004/09/17