verry berry Merry-go-round
---番外編 : 心臓に悪い人。
「許せんな、まったく」
会議室にて、最近になって山ほど寄せられる、ある被害報告書にロイはうめいた。
「市内ばかり今月だけでもう38件やられてますね」
ハボックが調書の統計データを見て報告する。その面持ちにはロイほどの緊張感は見られない。
「盗まれるものはいずれも白のものとは――コレクターの線が濃厚か」
「あのー…」
考え込む様子のロイとは別に手を上げたのは、すでに東方司令部の一員となって久しい異世界からの来訪者。
「いったい何の話ですか?」
「……聞かない方がいいわよ、。下らないことだから」
ホークアイはほとほと呆れ果てたように嘆息した。
しかしロイは拳を握り締める。
「下らなくないなどないぞ!市民の平穏な生活を護るのが我々の務めなのだからな!」
「そう仰るなら、もっと他に優先すべき問題が山積みだと思いますが」
冷静なホークアイの言葉に、ロイは挫けそうになりつつ何とか態勢を立て直した。
「君も立派な被害者だろう?中尉。私の大事な部下にまで手を出すとは……。消し炭にしてやらねば気が治まらん!」
「いえ、結構ですので」
「君が良くても私の気が――」
いつもよりも確かに気合の入っているロイだが、の質問に答えてくれる気配がない。
仕方なく、は傍にいたハボックの裾を引っ張った。
「中尉も被害者の一人って…何があったの?盗むとか、白とかコレクターとか…」
「あー…」
ハボックの咥えた煙草が微かに振動する。返答に躊躇しているようだ。
「中尉の言ってた通り、そんなに大した事件じゃねぇんだがな。まぁ、大佐にしてみたら面白くないだろーけど。あの人、アレでいて気に入ってる人間にちょっかい出されるの相当嫌うからな」
「あぁ、それは確かに。変に焼餅やくよね――って、そうじゃなくて。いいじゃない、教えてくれても」
誤魔化されてくれないにハボックは諦めて頭を掻いた。
「下着泥棒」
「え?」
「干してある下着を盗むんだよ。極めつけは白だけをな。最近になって多発し始めて、被害届って名目の逮捕請求が押しよせてきてる」
そして今朝、その山を見たホークアイが静かに一言。
『確かに最近、多発してるようですね。私も昨日やられましたから』
それが大佐に火を点けてしまったらしい。
「な?大したことじゃないだろ?」
「え?う、うん…」
が考え込むように顎に右手をつく。
ハボックがそれを覗き込むと、考え込むというよりは困っているような様子だった。
「おい、どうした?」
「え?あのね…そういえば今日、1組なくなってたなーと思っ、て」
「はぁっ?なくなってたって下着がか?!」
ハボックが思わず大声を出してしまったために、全員の関心がへと向けられた。
「風にでも飛ばされたんだと思ってたんですけど、よくよく考えてみれば下着類は奥の方に干すようにしてるし、風もそんなに強くなかったし…それに……」
言い難そうにしているに対してハボックはいともあっさりとその続きを言った。
「白だったのか?もしかして、あのヒラヒラした?」
ハボックの問いかけに「う゛……」と一度はつまっただったが。
「――ってゆーか、ヒラヒラとか言わないでよ!スケベ!!」
「……スケベも何もしょーがねぇだろ。ベランダで煙草吸ってんだからよ」
「たば…っ?ひ、人のパンツ見ながら吸わないで下さい〜!」
このノロケとも聞こえないやり取りも、いつもだったら激しいツッコミが上司から入るはずだ。
でも今日は何もない。
それよりも下着泥棒への怒りが上回っている証だった。
焔の錬金術師は今、更に燃え上がっていた。
「現場検証だ!」
「えぇっ?」
「君の家に行くぞ!」
ロイからの信じられない言葉に、は一瞬固まった。けれど、すぐに反撃する。
「ちょ、ちょっと待って下さい!なんでそうなるんですか!」
「君が被害にあったのは昨晩から今朝の内だろう?手元にあるどの件よりも新しい。それに、こう多くの被害があるとなると全員の家を検証して歩くことは不可能だろう。ならば、一般人よりも軍の人間である君の方が何かと理由がつけやすい」
「それなら検証には中尉を――」
「残念ながら彼女は今日、ニューオプティン支部から護衛を依頼され忙しい。そうだったね?中尉」
「はい、確かに」
「で、でも大佐自らが出向くほどのことじゃ…」
「さぁ、行こうか」
他の意見などもう聞いていない。既に鑑識係と車の手配を指示している大佐に、はがっくりと肩を落とした。
(ハボックは「いや、俺の家でもあるんすけど…」と呟いていたのだけれど)
***
「ほぅ…なかなかいいところに住んでいるな」
結局は数人の部下を引き連れて、大佐は私の部屋(居候だけれど)まで同行した。仕事が続いて、私も同居人も最近はあんまり家にいる時間がない分、散らかってはいない。
それがありがたかった。
「それで――ベランダは?」
「あ、ここです」
私は開いていた寝室のドアを閉じながら、一行をベランダへと連れ出す。ここが犯行現場なわけだが。ここは3階建てのアパートの2階に位置する。地面からは結構な高さがあるのだ。
となると、最初の問題は――。
「どうやって取ったかだな」
辺りに木や登れるようなものは何もない。大佐がベランダに出て、周囲を見回した。私は窓を出かけたところに立っていたのだけれど、はっとする。
(きゃー!他のものはまだ干したままじゃない!)
慌てて取り込もうとするが、大佐に腕を掴まれ阻止された。室内から背伸びするように思い切り腕を伸ばしたので、バランスはただでさえ危うかったのに。
「……ふぅ、危ないところだったね」
「……」
「受け止めてもらったら何て言うんだろうな??」
「どうして――」
「ん?」
「どーして引っ張るんですか!」
まだ検証中だから止めるのは分かるりますけど…!でも、明らかに大佐は、私の腕もって引っ張ったし!
うーっとうめいていると、大佐がふっと笑ったのが分かった。未だに背中に回されてる大きい手が心臓に悪い。中尉がいないといつもこうだ。
「…そろそろ離してもらえません?」
「まだ聞いてないぞ?」
「だから――ッ」
き、っと顔を上げる。やっぱり、大佐は微笑っていた。でも、私はそれよりもむしろ――
「あ」
大佐の後方、つまりは更に上に妙な影を発見した。それをよく見たくて背伸びする。急に縮まった距離に大佐が虚をつかれ、周りの関係者達が「えっ?」と赤面したのには、全然気づかなかった。
「ッ、――」
触れそうになる寸前に、私の軌道は大佐の顔の横にずれた。大佐の肩に腕をかけて更に仰ぎ見る。
「やっぱり…!」
ひとり納得していると、がくんと突然に目線が低くなる。またバランスを崩しそうになるものの、すとんと、うまく着地した。鑑識員の人にも検証してもらおうと、真っ先にベランダから部屋へと入りながら告げた。
「この真上に傷が――って、大佐?」
そんな私に対して、大佐から何の反応もなかったので振り返ってみると。ベランダで、大佐が肩を落として項垂れていた。周囲はそれを少し同情の視線で見ている。気のせいか、がっくりしている割に大佐の顔が赤いような?
「不覚だった…」
何やら呟いている大佐は更に、「いや、これくらいでへこたれてなるものか…!」と一人気合を入れ直している。
一方で。
「ああ、本当ですね。ここに引っ掛けたような跡が…」
鑑識員は、丁寧に指紋を搾取しながら傷の直径などを計っていた。
大佐も何やら立ち直って、現場検証に集中してる。
(これ以上、私の出番はなさそうだな)
せめてキッチンでお茶を入れようと思って下がる。もしかするとコップが足りないかもしれないなあと、多少心配しながら。
(でも、あそこに傷がついていたってことは…)
下からではなく、上からの侵入ということだろうか。さっき鑑識員とは別に、憲兵が2人ほど出て行った。もしかしたら、この上の部屋の住人に話を聞きに行ったのかもしれない。
沸いたお湯を、インスタントコーヒー豆が入ったコップに注ぐ。じゅわわわ、という音がとても不安げだ。
(もしも、そんな近くに犯人がいたとしたら――)
一人暮らしではないけれど、いつもハボックがいるわけではない。
現に、男も一緒だと分っていながら下着はなくなった。
「――私はいつもくらい濃い方がいいんだがね、?」
「――ッ」
ビクッ、と身体が震えた。
振り返るまでもなく、間近に聞こえた声に、私は注いだお湯がいつの間にか溢れそうになっていることを認識した。
「あ、す、すみません!ぼーっとしちゃって…」
慌てて手を止めると、
「――」
後から優しい腕に抱きしめられた。
「たい、さ……?」
「……心配しなくていい。いざという時には私が護る」
この人は、ほんとに心臓に悪い人だ。
どうして見透かされてしまうんだろう。だって、たかが。
「下着泥棒ですよ…?大げさすぎます」
「たかが?…確かに、君自身には危害を加えないかもしれん。だが、少なからず不安にはさせているだろう?」
「それは……」
「それだけで十分だよ」
――私が憤るには。
「――ッ」
だから、本当にこの人は……。
「あの、離してもらえませんか?お茶の続きが…」
「駄目だ。いつ下着泥棒が襲ってくるか分らんだろう」
「いえ、襲ってこないですから」
「そんなこと分らないじゃないか。むしろ、私が襲いたいくらい――」
「…………」
ジュッ!
腰に回されていた大佐の腕に、やかんの先をちょっと押し付けてみた。
「熱ッッッつ!な、何をするんだ君は!!」
「何って自己防衛です」
下着泥棒なんかよりも、もっと危険な人が傍にいたので。
さらりと笑顔で言ってのけると、大佐はまた何か言葉を足そうとした。だから、その前に。
「――あ、そんなことよりコップ取ってもらえません?」
「コップ?」
「そこの戸棚に入ってるので」
心配していた通り、客人用のコップは2個ほど足りなかった。
「ないですか?――って、大佐?」
遅い反応を不思議に思って背後を見やれば、大佐は2つのマグカップを持ったまま固まっていた。
どこにでも売っているような安物のマグカップを持って。
「……これは?」
「え?いつだったか、何かのオマケで貰ったものですけど…?」
「こっちが君ので、こっちはまさか――」
「赤いのが私で青いのはハボックが使ってますよ。えっと、カップ足りないのでそれ出させて貰いますね」
大佐からカップを受け取って、準備を再開する。
しばらくすると、突然「冗談じゃない!」と大佐が叫んだ。
「え?心配しなくてもちゃんと洗ってあるんで、別に、ハボックと間接キスとかになるわけじゃ――」
「そういうことではない!なぜ、君はそうやっていつもいつも――」
何度か聞いたことのある台詞を大佐が言い出したのも束の間。
「マスタング大佐!犯人確保しました!!」
入ってきた憲兵2人に腕を捕らえられていたのは、やはり上の階に住む大人しそうな感じの中年男性だった。
***
「まっさかあのオッサンがねぇ…」
仕事から帰ってきたハボックに事の次第を話したら、やれやれといった感じで頭を掻いた。
「どこもかしこも物騒だなー。お前、俺が遅くなる時はきっちり戸締りしとけよ?」
「はいはい、分ってます」
「どーだか」
すっかり軽い調子の私に、ハボックは盛大に嘆息して、キッチンに立った。
キョロキョロと辺りを見回してから。
「っかしーなあ…おい、」
「んー?なに?」
「俺のカップ知らねぇか?ほら、前パスタのオマケで付いてきたヤツ……」
「え?そこにあるでしょー?」
私も立ち上がって見に行く。しっかり戻したはずなのに、どこにも見当たらない。
そんなはずない――と思っていたら、発見。
「これじゃない?」
「おーそーそー。でも何だってこんな奥にあるんだ?」
首を傾げながら取り出したハボックと、それを何とはなしに見送っていた私は同時に声を上げた。
「「あ。」」
青いマグカップ。青い青い、無地の。
「…………………………取っ手が溶けてるんスけど、さん?」
「うん、溶けてるね」
「まさかとは思うが、大佐にお揃いのマグカップなんざ見せてねーよな?」
「うん、どうだろうね」
「………………………………見せたのか」
「………………………………ごめん」
ハボックと私の間に流れる長い長い沈黙。
「溶けてんだぞ」
「うん」
「燃やしてんだぞ」
「うん」
「……これで、カップの底に錬金陣とか書いてたら笑えるよな」
間。
「あはははは、―――ま さ か 」
「よし、。お前ちょっと見てみろ」
「い、いやよ!」
「いーから見てみろって!元はといえば誰の責任だ、誰の!!」
結局、私もハボックも底を確かめることはできなくて、また戸棚の奥の方に隠しておくことで一応、決着した。
「そう言えば盗まれた下着はどうなったんだ?」
「……あ。」
一周年企画LOG--09