verry berry Merry-go-round

---番外編 : 心の扉。





東方司令部・資料室――。
司令部内で、最も人が少なく、最も端に位置している部屋。
ここの一番の利用者は間違いなく私だろう。
一応の仕事上、資料室だけではなく、そのまた奥の書庫も良く利用させて貰っている。
膨大な書籍量は圧巻だけれど、セントラルにある国立図書館にはまったく及ばないとエドから聞いて驚いた。ここにも、古くて貴重らしい本がたくさんあるのに。



(まあ地方の図書館なんて、どこも同じようなものなのかも――あ、あった)
例に漏れず、今日も書庫のお世話になっていた私は、探していた本をようやく見つける。
きゅうきゅうに並べられているそれを引っ張り出して、表紙を叩いた。
舞った埃に、その年季の度合いを知る。中身、平気かな。掠れてる箇所あるかも。



「えっと、あとは――」
指で背表紙を確認しながら、もう一冊目当ての文献を探していた――
その時。





「熱心だね」





背後から聞こえた声が、木霊して響き渡った。
自然と声のしたほうを振り返ると、「やあ」と片手をあげて東方司令部のロイ=マスタング大佐が立っていた。(何でこんな所にいるんですか…!)(仕事は…?)



一瞬のうちに駆け巡った疑問は数え切れないけれど、
それよりも今は。







「あ!」







大佐の背後で、今にも閉まろうとしている鉄の扉の方が重大。










「た、大佐!」
「ん?なんだい、?私に会えたことがそんなに嬉――」
「ちが…ッ、そうじゃなくて後ろ…、あの、扉――!」



バターン…ッ
振動が空気を介して部屋中に広がる。
思わず手が出て、落としてしまった本が虚しくページを捲りあげていた。














***





「いや、参った」
「……参ったじゃありませんよ、もう」



2人で鉄扉の前に並んで、見上げながら嘆息する。
書庫利用者なら誰もが知っているはずのことだ。この扉は重たい上に古いものだから、滅多なことでは開閉してはいけない。
書庫を利用する際は、開けたままにしておかなければ書庫へと閉じ込められてしまう。少なくとも、閉館前夕方5時前の見回りまで。





「そう言えばそうだったな。ここ最近、書庫を利用する間もないから忘れていたよ」
「忘れてたって……何か用事があったんじゃないんですか?」
「ああ、ちょっと時間があったからね。君に会いに来たんだ」
「それでこれですか」



大佐の歯の浮くような台詞には、今更いちいち反応してなんていられない。
私の冷たい返答に大佐は「ははは……決してわざとなわけでは…」と目を泳がせた。
ちょっと時間があったからっていうのは、きっとホークアイ中尉が席を外したということなんだろう。



(まったく、この人って…)
呆れるがままに肩を落としたのも束の間、目に入った腕時計にだんだんと思考回路が動き出す。
今がだいたい午後の2時過ぎということは、このままでは実質3時間大佐と2人きりで――



(ここに閉じ込められるという計算になるよ、ね…)



正直、困った。
2人きりって状況は仕方ないとして(や、警戒しないでもないけど)夕方までに整理しておきたい書類があったのに。



それに大佐だっていくらなんでも3時間も席を空けておけないだろう(中尉のためにもそれは絶対だ)







「・・・・・・って、何してるんですか」



こっちは、なんとか打開策がないものかと思案しているというのに。大佐は壁にもたれる姿勢で腰をおろしていた。
どうして、そんなに余裕なんだろう――。
そう不思議に思っていると、「君も座りたまえ」と手招きされる。



「そのうち開くさ。それまでは、こうして待っているほか仕方ないだろう?」
「それは…そうかもしれませんけど……」
「君がどうしてもと言うのなら、私の炎で扉を吹っ飛ばしてしまってもいいが……?」
ごんごん、と扉を軽く叩きながら言う大佐に「それはダメです!」と思わず声を張り上げた。



確かに大佐の炎ならば、扉は開くかもしれない。
けれどそれは<破壊する>と同義だ。扉の外は資料室で、本棚が羅列している。
もし焼失してしまったら、被害は甚大――考えるだけでおそろしい。



八方塞になってしまった私は、「そういうことだから、ほら」と促す通りに大佐の横へぺたんと座り込んだ。
すると、



「ただこうして待っているだけというのもつまらないな」
「え?」


「何か話をしてくれないか?何でも構わないよ、……そうだな。君の国の言語や文化…いや君自身の持つ思い出でも」
「思い出…?」





言われて、しばらく考えてみる。
思い出。
それは、積み重なって記憶になるもの。私になるもの。



改めて「思い出を話してほしい」と言われると、すべての記憶が、なんだか大事におもえてきて、どこからどう話していいのか分からなくなる。
大佐が、ことのほか優しい眼差しを向けてくるから。







そのまましばらく真面目に考え込んでいると、大佐は私がさっきまで抱えていた本を手に取り、パラパラとめくった。



「…君は仕事以外でも本はよく読むのかい?」
「えっ・・・?あ、はい。昔から読書するのは割と好きでした」
しどろもどろに答えると、大佐はちょっとだけ頷いた。



「私もだよ。一度読みだすと止まらない。……それこそ寝食も忘れてね」
「あはは、なんだかそれって研究者みたいですね…って、そっか。大佐も国家錬金術師でしたね、そう言えば」
「失礼な。私だってれっきとした――」



――ふと、その反論は途中で止まった。
代わりに、なぜか小さい頃の夢について触れてくる。





訝しげな私を笑顔で誤魔化して。



「え…なんだろ。うーん、色々ありますよ。ケーキ屋さんとかお花屋さんとか…、保育園の先生にも憧れたことあったし……あとは……、………」
「あとは?」



先をうながす大佐から視線を外す。
別に躊躇することでもないんだけど。
でも、私が言い澱んでいる答えを引き出そうとしているのが分かってしまって。口にするのに少しだけ勇気がいた。
それはそう、女の子なら誰もが一度は夢見る――







「………お嫁さん、とか」
根負けした回答に満足したのか、「やはりそれは女の子の夢だろうな」と大佐は満面の笑みを浮かべる(何がそんなに嬉しいんだろ…)



「そうとなればやはり、優しく頼もしい旦那様にかわいい子供は必須だな。ああ、庭つきの家も欲しいところか。他に望むことは?」
「うーん…お庭があるならガーデニングいいなあなんて思いますね」
「ガーデニングか…確かにそれもいいが、せっかく庭があるんだ。豪華な噴水くらいはつけよう」
「え、噴水…?!庭にですか?」
「おや、気に入らないかい?しかし大総統邸ともなればそれくらいの家でないとな」
「そ…っ、それはそうかもしれないですけど…!でも私なら、そんなに豪邸じゃなくて、多少小さくてもあったかい家の方がいいな…」



あんまり広いと、なんだか寂しい気がするし…。





「なるほど・・・。それは一理あるな――よし!」
「へ?(よし?)」
「君がそう言うのなら善処しよう。私に任せたまえ。きっと素敵な家をプレゼントする!」
「あ、ありがとうござい…ま、す……?」



……って、うん?
これ、なんだかおかしくない――?





私がようやく、不自然な会話の流れに首を傾げると、
大佐はにっこり笑って、私の両手をぎゅっと握った。





「式はいつにしようか、
「――な…っ」










や っ ぱ り お か し い 会 話 に な っ て た !










「な、何言ってるんですか大佐!式とか、だって…!」
「ああ、順番が前後してしまったな。結婚しよう、
「それもう順番の問題以前に色々とすっ飛ばしすぎですから!!」



いきなりのプロポーズ発言には(大佐の甘言には慣れてきたとはいえ)、さすがに気が動転してしまう。
でも、逃げようにも掴まれてしまった手は解放してもらえなくて。
それ以前に、ここは密室で。



ただ、



私の体温だけが上昇していく。










「色々か…たとえば?」
「たっ…たとえば?」



「私の気持ちはとっくに伝えてある。君も、私のことが嫌いなわけではない」
「……っ」



「それどころか――」





ぐいっと。
強い力で引っ張られたことだけは分かった。
ただそれに抗う間なんてなく、すっぽりと腕の中に収まってしまう。隠し切れない心臓の鼓動。
動けない私の背に腕を回しながら、大佐は耳元で囁いた。










「――この音は、期待するに十分だと思うがね」










一際大きく、心臓が跳ねたのが自分でもわかった。















「……ッ、は、離してください」
「いやだ……と、言ったら?」
「ッ」



「私は言うよ」



耳にかかる吐息に、無意識に身体が強張る。
その様子に「ほら、振り解かないだろう?君は」と意地悪い声が降る。





このペースに乗ってはいけない。
こんな宙ぶらりんなまま。







「大佐…、お願いですから離してくださ」




胸を押しのけようとした手も、名前を呼ばれただけで。
それだけで。







「あ……」










――合わせてしまった視線を後悔した。










本当は。
もう随分と前から逃げられないような気はしてる。
この黒い双眸を見る度に、私は――。



















それでも逃げるなら、ぎゅっと目を瞑るしかない。
もう一度だけ、いたわるように名前を呼ばれて、私は硬く目を閉じた。
優しく頬を撫でる手のひらが、ゆっくりと逡巡し、更にゆっくりと離れていく。
そして――。










「……今日のところは、この辺りにしておくとしよう」
「え――?」



おでこへの軽い感触を余韻に、すべての熱が離れていった。目を開けて見ると、大佐はただ微笑んでいて。



――こういう笑顔の真意は知れない。いつも。





だから、ただじっと見つめ返すしか私にはできない。そうしたところで何も探れないことは百も承知で。
そんな私の視線を受け止めたまま、大佐はやはり笑った。










「――時に、?何か硬いもの――そうだな。ピンか何か持ってないか?」



唐突に転換された話題に、おでこの熱も引いていく。





「ピン……ですか?えっと…、ヘアピンなら、ここに……」
自分の髪を触りながら告げると、「ああ、十分だ」と言って大佐の手が伸びる。
私の髪を止めていたヘアピンに。
不意打ちに驚いて顔を上げると、間近に迫っていた大佐の咽喉元が見えて、慌てて俯く。おかしいな。これ以上、意識しないようにしたいのに。





未だに、心臓の音が鳴り止まない。










一方の大佐は、綺麗に抜き取ったピンを指で針金状に伸ばす。とても器用に。
「今度、新しいものを贈るよ」
――なんて、1本いくらもしないピンに、そんなことを呟きながら。





「いいですよ、そんな。それより大佐?まさか、それで鍵を開けるつもりじゃ…?」
ピッキングの達人はどんな鍵でも針金1本で開けてしまうという(大佐がピッキングに長けてるかは知らないけど)
でも、この扉は頑丈なことに加えて、内側からでは鍵穴なんて見当たらない。穴がないんじゃどうしようもないのに。



(どうするつもりなんだろう・・・)
なにやら扉に集中している大佐の背中を眺めながら考える。
だけど、思い当たる答えはどこにもなくて、首を捻っているうちに――



「――え…っ」



扉の向こう、今までは見えるはずのなかった景色が一気に広がった。
今となってはもう見慣れた、理路整然とした本棚の波が。







「ど、どうやったんですか?」







鍵穴もなかったのに――。
扉の傍らに、まるで門番のように誇らしげに立った大佐は「鍵穴など必要ないさ」と肩をすくめる。



「いや、むしろ作ってしまえばいい」
「作…?…………あ。」







私の目の前には開かれた扉がある。
内側と外側とを繋ぐ媒介。



けれど、外の景色は視界を支配するまでには及ばないもので。
細長い楕円形の、それこそ人が通れるくらいの穴が開いているだけ。
盛り出た鉄扉の中央には――










「錬金、陣――?だ、だって大佐、……ッ」



唖然とする私に、大佐は「はっはっは」と笑って、










「私もそう無能ではないさ」

















これでもれっきとした国家錬金術師なんでね。

















ピンを指で弾いて片目を瞑った。
そこで、脳裏に大佐が言いかけた言葉がフラッシュバックする。






『失礼な。私だってれっきとした――』











(やられた…!)
本当は、いつだって開けることができたんだ。
きっと、ピンがなかったとしても他にいくらでも開ける方法を持っていたはずだ。この人なら、絶対。










「……それにしても、こんなに溶かしちゃって大丈夫なんですか。中尉に叱られたりとか」
「ああ、溶かしたわけではないからね。形状を変えてやっただけだ。すぐに元に戻せる」
「へー」





「……」
「……」





「……あー…と……、?」
「……なんですか」



「……いや、その…だね。もしかして…怒ってる、かな?」
「別に」



「お、怒ってるじゃないか…!」
「いいえ、怒ってません」





大佐の方を見やりもせずに、ずんずんと私は目当ての本を両手に抱えたまま、細長い穴を潜り抜ける。







「ま、待ちたまえ――うぉっ」
慌てて後を追ってきたらしい大佐が、間抜けにも穴に足を引っ掛けてよろめく。
盛大な音に振り向いた時にはもう、資料室の床とご対面中だった。



「・・・・・・人のこと騙したりするからですよ?」
溜息混じりに呟くと、「そのことについては謝るが――」。







「最近ゆっくりと話をする時間がなかっただろう?扉が閉まった時、これはなんて嬉しいハプニングなんだと思ったんだよ」
「・・・・・・」


「それから、君に結婚しようと言ったのは嘘じゃない。君が言うとおり、まだ先の話ではあるがね」
「・・・・・・」





「だが、私は近い将来、きっと君を振り向かせて――」
「――大佐」



起き上がったものの、未だ床に座り込んだままの大佐に視線を合わせるためにしゃがみこむ。
年齢よりもずっと幼く見える表情で見上げた双眸に、私はにっこりと微笑んで、

きっぱりと告げた。








「残念ですけど私、噴水より鹿威の方が好きなんです」



「し、ししおどし・・・?」
「そう。鹿威」

もう一度だけ繰り返して、今度こそ踵を返す。
後ろから「待ちたまえ!まだ話は終――」という声が追いかけて来ようとしたのだけれど。





「扉、しっかり直してからにしてください」

やっぱり私は笑顔で額に青筋を浮かべたまま、呆然とする大佐を置いてその場を去った。










怒ってません。
――大佐にそう答えたのは嘘じゃない。



少なくとも、この怒りは別に大佐に<してやられた>ことに対してのものじゃないから。
これは、そう。







(――なんで、あんなに動揺しちゃうかなあ…!悔しい!)





真正直な、自分の心臓に対しての怒りだった。
本当は、こんな風に怒りじゃなくて、冷静に正直に向き合ってみたら、もう何歩か先に進めるんだって思っても、いつも私はその扉に鍵を掛けてしまう。



(鍵・・・か)



鍵穴さえないかもしれないと思っていた心の扉。
でも最近、ほんとにそんな<扉>があるんだろうか疑問に思うこともある。
鍵穴がないなら作ってしまえばいいなんて。
そんなことを言われたら、もしかしたら私――。










『ほら、振り解かないだろう?君は』










(――ッ、だ、だめだめ!…考えないッ考えないー!)





ぶんぶんと頭を振って、深呼吸して整える。
午後15:23――
ようやく私は自分の職務室へと向った。




















―――翌日。
書庫室から 『世界文化百科事典』 が数年ぶりに貸し出されたらしい(まさか――)(まさかね!)




















一周年企画LOG--15