闇 ムーンティア・エクセリオンこと、ティアは、このまま一人で
部屋でふさぎこんでいるよりも、窓の外にある広場に目がいった。
徐々に活気付く人々が、今の自分のうやむやな気持ちを晴れさ
せてくれるかもしれないとおもったのだ。
ストークの中心には噴水のある広場がある。
その広場は商いの広場と呼ばれ、旅の商人や店のかまえるこ
とのない人々が露店を開いている。
一般に、このような公共の広場に露店をだすには、街を治める
領主に税金を納める事で、出店の許可を得ているのが通例では
ある。
そのはずなのだが、全員が全員許可を貰っているかというとそ
うでもない。
蛇の道は蛇。さまざまな法や規制の抜け道はある。
それは、このストークの商業を牛耳るポールという商人によるも
のである。
ポールは、ここストークの領主を、政治よりも、遊びにうつつを抜
かすように、賄賂しむけ、賄賂と、領主にさまざまな借金をさせる
ことで、ストークの商業的な利権を掌握することで儲けている。
つまり、ポールは、実質的なストークの支配者であるということ
だ。
もちろん、そんなストークの裏事情など、一般市民が知る術もな
く、それがポールは、ストーク一番の富豪なのだという認識である。
それ故に、昨日、ストークに訪れたばかりのティアが知る由もな
い。
そのティアは、何の気なしに、その広場をキョロキョロしていると、
黒曜石のブローチが目についた。
その露店は、黒曜石のブローチ以外は、安物のアクセサリーを
乱雑に置かれており、あまりにも場違いだった。
なにより、ティアが黒曜石のブローチが気になったのは、そのブ
ローチは間違いなくティアの知り合いの作風だったのである。
ジャール・デミナス。
流浪の名匠と呼ばれ、数々の芸術的な工芸品を造りだしてきた
匠であり、人魚であるティアが人間に興味を持ち始めたのは、目
の前の黒曜石の工芸品の作者との出会いがきっかけでもある。
ティアは、ふとジャールとの出会いのことを思い出す。
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ティアがまだ海に何人かの兄と一緒にすんでいたころの話だっ
た。
そんなある日、ティアは、地上から、小さな宝石がちりばめられ
た色とりどりアクセサリーが落ちてくることに気がついた。
はじめは、誰かが地上から落としたのだろうと思ったが、何日か
後に、また同じ作風のアクセサリーが落ちてきたのだ。
ティアの好奇心は、いったいだれがこの二つのアクセサリーを
落とすのだろうと気になり、落ちてくる場所を見張っていた。
すると、一人の男性がまたアクセサリーを海に投げ込んでいる。
人魚は、積極的に人間とはコンタクトを取りたがらず、また、可
能な限り人間を避けるようにと、父と兄たちから口をすっぱくして
注意されていたのにもかかわらず、声をかけたい衝動に駆られた。
「あなた! 何をしているの!」
ティアは大声で奇妙な行動をとる男に声をかけた。
「これは、驚いた! ルナそっくりの人魚とは」
男は、ティアの声にそう応えると、懐からもうひとつのペンダント
をティアに向かって投げた。
ティアはそれを受け取るが、何がなんだかわからず呆然として
いた。
「俺の名前は、ジャール・デミナス。
詰まらん、工芸品を造っている。先日、年甲斐もなく一目ぼれ
した娘がいたんだが、これが嵐で海の藻屑になってしまった。
それは、その供養で造ったものだ。
まぁ、受け取ってくれ」
ジャールはそういうと、その場から立ち去ろうとした。
「まって、僕、うけとれないよ」
「気に入らなかったら捨ててくれ」
ジャールは振り向きもせずそう応えた。
「僕の名前は、ムーンティア・エクセリオン」
「月つながりか。憶えておくよ」
それがジャールの出会いでもあり、すぐ訪れた別れでもあった。
そして、このような行動をとる人間に強い好奇心を抱いた、始ま
りの日でもあった。
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ティアは、あわててジャールの工芸品を手に取る。自由奔放な
のだが、それでいて繊細な仕上がりは、他の宝飾の職人には真
似の出来ない芸当である。それであるが故に流浪の名匠の名を
馳せたのだろう。
「なんだい? 君、勝手に僕の店の商品に手を出さないでくれな
いか、一応言って置くけど、それは、あの流浪の名匠ジャール・デ
ミアスの『夜のやすらぎ』と言う名前の本日の目玉商品なんだ
から・・・・」
店番の男の子の言葉でふと現実に引き戻されるティア。そして、
自分は宿屋から何も持たずに外に出てきたことを思い出した。
「ごめん。今はお金がないけど・・・・」
「お客じゃなければさっさと帰るんだ・・・・」
「いいえ帰るのはあなたですよ。パッセル」
突然、横槍を入れたのは女性の声だった。
「え? あ、君はシャウティー・・・・もうわかちゃったの?」
巻き毛の少年はシャウティーの姿を見るやいなや、ティアから黒
曜石のブローチをひったくり路地裏に走り出す。
「あ、パッセル。待って下さい。あ?」
シャウティーはかなりおっとりした感じでいうが、元々運動神経
は良い方ではないらしい。パッセルの後を追おうとするが、安物
が並べられた台に足を引っかけて、その場にアクセサリーの花火
を揚げた。
「大丈夫かい?」
ティアの聞き覚えのある声が聞こえる。シンだ。シンはアクセサ
リーに埋もれるシャウティーを壊れ物を扱うようにやさしく抱き起こ
す。
「シン!」
「ティア?」
お互いにこんな所で出くわすと思っていないだけにしばしの沈
黙が流れる。その事態が把握できないシャウティーは、パッセルも
見失い、ただただ2人を呆然と見ているだけであった。
呟き尾形 2005年4月3日 アップ
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