2011/10/12
親知らずを抜いてきました。
過去に3本抜き、残っていた最後の1本をとうとう抜きました。
実は3年ほど前に一度チャレンジしたのですが、断念していたのです。
というのも、ものすごく曲がって生えているらしく、根っこが手前の歯と接しているため、
無理に抜こうとすると、手前の歯まで抜けてしまう可能性があるとのこと。
性格だけじゃなく、歯までひん曲がっているとは…。
とても情けない気持ちになったことを覚えています。
結局しばらく様子を見ましょうということになったわけです。
なんだかんだで、気がつけばあの日から早3年。
舌先で触れる親知らずの面積が、少しずつ大きくなってきているような感じがしていま
した。素人の勝手な推測ですが、今なら抜けるかもしれない、そう思った俺は3年ぶり
に歯医者さんを訪れたのです。
3年越しの悲願達成へ、ゆっくりと椅子が倒されていきます。
先生にとっても3年前に諦めなければいけなかった因縁の相手、今度こそという想いは
強かったはずです。
しかし敵も然る者、ガッチリ歯茎に食い込んでびくともしません。
その足腰の強さはまるで横綱白鵬を思わせます。
あっちからこっちから、あの手この手で、この強敵を倒そうと先生の呼吸も次第に激し
くなっていきます。
「全然動かない。」
先生のつぶやきが聞こえるたび、今度もダメなのか、そんな想いが頭をよぎりました。
取り組み開始から何分経ったのでしょう。俺にはそれが1時間にも2時間にも感じられ
ました。
そのときメリメリと、大木が倒れるような音が頭蓋骨に響いてきたのです。
「動いた!!」
先生の声は暗闇に差し込む一筋の光のようでした。
そこからはあっという間の出来事。
「抜けましたよ」という先生の安堵の言葉を聞くまでに、それほど時間は必要ありませ
んでした。
「とても勉強になったよ。」
もうベテランの域に達していると思われる先生の、助手の方につぶやいた一言が、今
回がいかに珍しく、大変なケースだったのかを物語っていました。
この世に生を受けて36年。親になっていてもおかしくない年の俺が、ついに全ての親
知らずから開放されたのです。
本当の自由を手に入れた、そんな気持ちにさえなったのです。
今回初めて抜いた歯を持ち帰りました。
親知らず最後の1本にして、最強の相手。
このままお別れするのが忍びなく思えたのです。
今親知らずをしみじみと眺めながら、こんなものが歯茎に埋まっていたのかと、想像
以上の大きさに驚いています。
そして身も心もとても軽くなったような気がします。
もう俺を縛り付けるものは何もない。
ワンマンライブに向けて突き進むだけだ。
2011/6/21
ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドの“ビッグ・マン”クラレンス・クレモンズが亡くなりました。脳卒中で倒れた後、手術により一時は良い方向に向かっていると聞いていただけに、未だに信じられません。
69歳という年齢や、近年はあまり体調が良くないということも知っていたし、その時が来る事も覚悟していたつもりですが、やっぱりこの事実を受け入れる事ができません。
高校生の時「BORN TO RUN」というアルバムを聴いたとき、こんなにロマンチックで、無限の世界を感じる事ができる音楽があるのかと衝撃を受けました。それを感じさせてくれた要因の一つは、間違いなくクラレンスのサックスでした。
そして「BORN TO RUN」のアルバム・ジャケット。ブルースがクラレンスにもたれかかっている写真は、俺が知る限り一番かっこいいアルバム・ジャケットです。
約3年前、Eストリート・バンドのオルガン、ダニーが亡くなりました。年齢から考えて、次にいつメンバーの誰かが亡くなってもおかしくない、その前に一度Eストリートの音を生で聴きたいと思い、2年前初めて海外に行き、ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドのライブを観ました。
こんなに幸せな時間、空間があるのかと思いました。ブルースがコメントしているようにクラレンスは音楽以上のものを俺に見せてくれました。
ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドは単なるバンドの枠を超えて、一つの家族であり、血を分けた兄弟たちです。それを愛するファンたちもみんな同じ家族、兄弟のような気持ちで彼らと同じ時を過ごしていたと思います。
絆、楽しさ、成し遂げるための意思の強さ。40年以上ブルースたちと一緒に音楽を続けてきたからこその、音楽の無限の可能性を俺に示してくれました。
たかだか15年くらいしか音楽をやっていない俺が、こんなところで諦めるわけにはいかないと俺に思わせてくれました。
俺が行った2回のライブと、発売されているライブDVDの中で、クラレンスの素晴らしい瞬間をいくつも観てきました。でも本当は俺の知らない何千回にも及ぶライブの中で、毎夜たくさんのオーディエンスに幸せや喜びを与え続けてきたのです。
きっと死ぬまで自慢し続けると思います。「“マスター・オブ・ソウル、ビッグ・マン”クラレンス・クレモンズを知ってるか?俺はあの人のサックスを生で聴いたんだ」と。
一生かかっても、あなたには追いつかないかもしれないけれど、あなたの魂を忘れずに、俺は音楽を続けていきます。
でも、できるならもっともっと聴きたかったよ。もう一度あなたに会いたかった。あなたのサックスはもちろん、タンバリンやマラカスの音も、低音のコーラスも、ステージで仁王立ちしている姿も、ブルースと一緒に踊っている姿も一生忘れないよ。
ありがとうクラレンス。
2011/6/2
5月28日(土)
「ノー・ダメージのイメージ3」
今年で3回目です。
徳川幕府も三代将軍家光の時代までに、その後200年以上続く幕府権力の基礎を作り上げたと言われております。
という事で、3回目の「ノー・ダメージのイメージ」。
過去2回の反省を踏まえつつ、このワンマンライブがどんな内容になるのか、この後も長く続いていくのか、今年が勝負の年と思っておりました。
ライブ中のMCでも言ったように、あの震災の後にこのタイトルのままで、ワンマンライブを行って良いのかということも悩みました。
でもこのテーマで続ける事にも大切な意味があると思い至ったのです。
もちろん震災の後のワンマンライブということで、セットリストも今このタイミングで歌うべき歌は何なのか充分考えた上で、決めたつもりです。
新曲、何年も歌っていなかった曲、定番の曲と歌いましたが、いろんなタイプの曲が揃ったのではないかと思っています。
その時その時でどんなテーマの作品が必要なのか、悩みながら自分なりに一生懸命曲を作ってきた成果が、セットリストとしても少しずつ形になってきた思います。
セットリストに並んだ曲たちを見て、時間はかかったけれど、それぞれに特徴のある、ちゃんと芯のあるやつらが揃ったものだと、うれしくなりました。
自画自賛です。
いろいろな戦術に対応でき、どのメンバーが出ても力の差がない、選手層の厚いチームになってきたと言えるでしょう。
これは今のサッカー日本代表のザッケローに監督が目指しているチームとも言えます。
世界的な名将でも、就任してまだ1年しか経っていませんから、チーム作りにはもう少し時間がかかるでしょう。
その点、藤原監督が率いるチームは3年目。チームとしての完成度は現時点ではザック・ジャパンよりも遥かに上です。
過去2年間で築き上げてきたチームに、今回はベース、ドラムが新戦力として加わりました。
今回のワンマンライブで大切な要素を占めたのは、何と言っても第二部、Bar-Funからバンドへの流れでしょう。
一人から二人、そしてバンドで四人に。
俺の歌を愛してくれる、素晴らしいメンバーに出会えたと思っています。
何かを始めようとする時、第一歩を踏み出す時は、一人での旅立ちです。
初めはたった一人の想いだったとしても、その想いを持ち続けていくことで、そこに賛同する仲間たちが集ってくると思うのです。そこに絆や連帯が生まれるのです。
絆、連帯、つながり、今までいくつかの曲で取り上げてきたテーマでもあります。
このライブを通して、多くの人たちに支えられている事をあらためて実感しました。
それに応えきれていない、自分の力不足を反省もしています。
俺と一緒に鳴らしてくれたメンバーたち、歌う場所を与え続けてくれる新横浜ベルズ、写真を撮ってくれた浜野君、フライヤーを作ってくれた山ちゃん、そして何よりも俺の歌に耳を傾けてくれた皆さんに、心から感謝しています。
これからも日々精進しながら、歌い続けていきます。
セットリスト
第一部
Coid Rain
Days
Sound of LOVE
君のそばで
LOVE
僕はゾウ
夜明けの唄
蒼
MUSIC
第二部
Bar-Funのテーマ
宵待草
かりそめの夜
Drive my car
行きたいなハワイ
Working Life
BOXER
各駅停車に揺られて
未来
Another Night
君がいるだけで
アンコール
2011/05/01
ゴールデンウィークです。
時間とお金に余裕があれば、東北地方に旅行に行きたいと思ったりします。
が、売れないミュージシャンの悲しさ、残念ながらそんな余裕はありません。
東北とまではいかなくても、どこか近場にレジャーで出かける予定も・・・、ないです。
東北新幹線も全線復旧し、少しずつ復興に向かっているのも感じますが、東北地方の
ホテル・旅館などは、キャンセルが続いていて大変なようです。
東北地方は今が桜の見ごろです。遊びに行くことも復興支援の一つです。
時間とお金に少し余裕のある方は、ぜひ東北の方に足を運んでみてください。
時間とお金に余裕のない俺は、自分自身が這い上がるために曲作りをしたり、スタジ
オで練習したりします。
自己満足と言われればそうかもしれません。
そんな事をしているなら、ボランティアにでも行った方がいいのではないか、そんなこと
も頭をよぎります。
有名なミュージシャンたちの支援活動のニュースをテレビで見る度に、自分自身の無
力さを痛感します。
音楽に対する気持ち、復興のために何かしたいという気持ちに違いはないはずなの
に、自分の音楽が何の影響力もない現状に歯がゆさも感じます。
音楽を続けるために、自分の日常生活を維持する事を優先している自分の立場に、
後ろめたさも感じます。
でも俺は俺の人生のために、誰に頼まれもしないけど、音楽をやります。
俺のためにやっていることが、いつか誰かのためになる日が来ることを信じて、やり
続けます。
追伸
先日近所の焼き鳥屋さんで、俺のふるさと岩手「南部どり」の手羽先を食べました。
このゴールデンウィーク、みなさんもぜひ東北地方の肉・野菜・お酒を味わってください。
2011/3/14
3月11日の夜、家まで約1時間30分の道のりを歩いて帰りました。
多くの人たちが歩道に溢れかえっている様子を見て、関東を直撃した地震ではないのに、ここまで影響を受けてしまうものなのかと、初めて目にする異様な光景に少し驚きを覚えました。
でもその時にはまさか東北地方が、あれほどまでに壊滅的な被害を受けている事など、考えてもいませんでした。
岩手に住む両親の事が心配ではありましたが、「とりあえずは大丈夫」というメールが届いていたので、それほど深刻には考えていなかったのです。
ようやく家に着き、テレビを点けてはじめて、今この国で起きていることを知り、呆然としました。
寒い中を歩いてきましたが、俺にはまだちゃんと帰る部屋がありました。実家も内陸部なので、被害は大きくありませんでした。
でも沿岸部の人たちの多くは、自宅が津波に飲み込まれ、ずっと過ごしてきたふるさとが、全く別の姿となってしまいました。大切な家族や友人をなくしてしまいました。
目の前の現実を受け入れる事など出来なかったでしょう。深い恐怖と絶望に襲われた事でしょう。
それでも避難所の人たちの様子を伝える映像を見ると、励ましあい、いたわりあい、わずかな配給をわけあって、みんなでこの困難を乗り越えようとしていました。同じ日本人として、その姿は誇らしく思えましたし、胸が熱くなりました。
今こそ心を一つにして、支えあいながら、前に進んでいかなければいけないと思います。
日本人の強さや優しさを、世界に発信していけるはずです。
俺に何ができるのか、俺の音楽に何ができるのか、ずっと考えています。
とにかく行動を起こさなければと思っています。
それぞれの立場で、小さな事でも、できることをやっていく事が、復興への大きな力になると信じています。
2010/07/05
「ノー・ダメージのイメージ2」
こうして20曲にも及ぶ曲を並べてみると、我ながらいい曲ばかりだなあと思っ
てしまいます。いきなりの自画自賛、誠に恐縮です。
でも心からそう思うのです。妥協せずに、こだわって作ってきて良かったなと
しみじみ思うのです。
古い曲から新しい曲まで、幅広く選曲したなかで、いろいろなタイプの曲があ
りますが、芯はぶれていないのです。
どこかの国の前首相にもぜひ聞いてほしいものです。
ぶれないこと、自分の発言には責任を持つこと、大切な事です。
今回の選曲、曲順は、前回にも増してチームとして完成されてきたなと思うの
です。
泥臭い点取り屋から創造性に溢れるファンタジスタ、チームのバランスを取る
ボランチ、体を張るデフェンダーと、本当にいいチームになっています。
それらが適材適所に配置されることで、お互いの個性がさらに引き立つのです。
チームの方向性も全員がよく理解しています。
藤原ジャパンはこれからも進化を続けていくでしょう。
もちろん新戦力、新システムも試しつつ、さらに完成されたチームを目指して
いきます。
サポーターの皆さまの変わらぬご支援、よろしくお願い申し上げます。
セットリスト
第一部
1.Coid Rain
2.Wonderful World
3.幸せへの招待状
4.カーテン
5.BOXER
6.未来
7.僕はゾウ
8.夜明けの唄
9.道
第二部
1.馬糞のテーマ (馬糞:馬亮&糞K-C)
2.宵待ち草 (馬糞:馬亮&糞K-C)
3.行きたいなハワイ (馬糞:馬亮&糞K-C)
4.各駅停車に揺られて (馬糞:馬亮&糞K-C)
5.おんぼろドライブ (馬糞:馬亮&糞K-C)
6.beat it (馬糞:馬亮&糞K-C)
7.瓦礫の街
8.朝陽
9.Working Life
10.旅立ちの朝
アンコール
1.蒼
2.君がいるだけで
2010/3/11
連日盛り上がったバンクーバー・オリンピックついに終焉を迎えました。
今回一躍有名になったのは、腰パン騒動の国母くん。
皆さんはどう感じたでしょう。
やることが少し中途半端だったんじゃないか、国母くん。
あそこまでやるなら、はじめから決められた服なんて着なきゃいいのにと思ったのです。
「あんなダセー服なんか着てられないぜ、俺はいつもの自分の服装でいくぜ。」
くらい言ってくれればよかったのに。
いっそのこと「国を代表するとか、堅苦しいのは俺の性に合わないぜ。オリンピックなんて出てられるかよ。」ってことで、出場を辞退するくらいまでやってくれれば、自分の考えを貫いてるな、ブレてないなと思うのですが。
中途半端な感じが、ちょっとカッコ悪いなと思ったのです。
まあ今となってはどうでもいいことなのですが。
残念だったのは上村愛子さん。やっぱりメダル取らせてあげたかった。
取らせてあげたいなんて、えらそうなことを言ってしまいました。
ぜひとも取って欲しかった。
競技後の「どうして私は一段一段なんだろう。」と言う言葉がとても心に残りました。
3大会、12年に渡ってちゃんと一段一段登っていくのはすごい事です。
4年間努力し続けて、4年前の自分を超えるって並大抵の事じゃないのです。
そして今回の一番の注目だった、浅田真央さん。「さん」はやっぱり違和感があるので、なれなれしいけど「真央ちゃん」と呼んでもいいですか?
きっと真央ちゃんはおばさんになっても真央ちゃんと呼ばれると思います。
その頃は俺はおじいちゃんと呼ばれているでしょう。
真央ちゃんはものすごく高いところを目指している人なんだと感じました。
ただ金メダルを取ればいいというのではなく、技術的にも難易度の高い技をミスなく決めて勝つ、これを目標にしてきたからこその悔し涙だったのだと思うのです。
フィギアスケートの将来までも考えているのかもしれません。
スポーツとしても、芸術としてもより高めていこうという使命感を持っているのだと思うのです。
無理にトリプルアクセルを2回飛ばなくても、より確実な演技を目指した方が良かったのにと、勝手な事を言っている人たちの声も耳にしましたが、彼女の目指している理想は凡人の想像をはるかに越えているのです。
俺もその凡人の一人でありますが、俺は上村さんのように一段一段登っていこうと思います。もちろん上村さんの一段と俺の一段では、一段の高さが全く違うのですが、たとえ低くても俺が精一杯努力した結果の一段であればいいと思うのです。
とりあえずは次の一歩を踏み出すために、切れた靴紐を取り替えることから始めようと思います。
靴紐ってとても大事なんだなあ、それがこのオリンピックで一番強く感じた事です。
2009/10/21
日本時間10月7日、午前11時。
ANA「NH-010」便の機内で、俺は緊張のピークをむかえていました。
なぜならこれが俺にとって人生初フライト。
これまた初海外となるニュー・ヨークをめざして、飛行機が飛び立とうとしていたのであります。
修学旅行が海外なんてことも珍しくないこのご時世に、男34歳うれしはずかし初体験です。
今回の旅行の2週間ほど前、知り合いのアメリカ人ジェームスに、「初めて飛行機にのるんだ」ってことを話したところ、このジェームス、過去に経験した飛行機での怖かった話を、うれしそうにたっぷり聞かせてくれました。
隣では泣いている人がいて、後ろでは叫んでいる人がいて、墜落すると思って死ぬほど怖かったなんて話をさんざんしてくれたのです。
そして最後に「楽しんできてね。」だって。
「そんな話を聞かされて、楽しめるわけねーだろ!!」と突っ込みたい気持ちをぐっとこらえて、大人の俺はさわやかな笑顔で「ありがとう」と答えたのであります。
とはいえ、高所恐怖症、絶叫マシーンなんて大嫌いのこの俺。
あんな鉄の塊が空を飛ぶなんてずっと信じられないでいるこの俺。
あんな話を聞いてしまって、冷静でいられるのか、不安だったわけですが、拍子抜けするくらい飛行機は快適でした。
はじめて見る雲の上からの景色に大興奮。
ジェームスが「まずくて食えたもんじゃない」と言っていた機内食もおいしくいただき、お酒まで飲めて、映画だって見ることが出来るし、飛行機ってこんなに楽しかったのね。到着するまでほとんど揺れなかったし。
普段使っている電車の方がよっぽど揺れるなと思うくらいでした。
やっぱりなんでも経験してみないとわからないものです。食わず嫌いはいけないということです。
その後快適な空の旅から一転、ついに降り立った初の海外、ニューヨークの地で、自分の英語力のなさを痛感するわけでありますが…。
その話はまた気が向いた時にでも…。
とりあえず無事に帰国できてほっとしている今日この頃の俺であります。
2009/5/4
忌野清志郎さんが亡くなった。
いや、あえてこう言わせて欲しい。「清志郎が死んだ。」
スタジオから帰り、何気なくテレビを点けたその瞬間、清志郎さんの訃報を伝えるアナウンサーの言葉が僕の耳に飛び込んできた。
その時、頭の中でつぶやいた言葉が「キヨシローガシンダ…」だった。
僕は清志郎やRCサクセションの熱心なファンというわけではない。彼の曲は代表的なものを何曲か知っているくらいだ。
それでも彼が素晴らしいボーカリストであり、ソング・ライターであり、日本の音楽界にとってとても大きな存在だということは感じていた。
時折テレビで見る映像は、メイクをして、派手な衣装を身に着け、シャウトしてる姿がほとんどだった。いつ見ても年齢というものを全く感じさせなかった。
寿命や病気で死を迎えるとう、人間としてごく普通の事からはとても遠い場所にいる人のように思えた。
癌で闘病生活を送っているということは知っていたけれど、やはり僕の中で清志郎と死はすぐには結びつかなかった。
数年前、癌が見つかった時の彼のコメントは、その事実を受け入れ、楽しんでしまおう、新しい人生を生きて行こうという決意のようなものを感じさせるものだったと記憶してしる。
それが本心なのか、一流のプロ意識がそうさせたのかは、僕にはわからない。
ただ一つ言えることは、彼は常に「忌野清志郎」としての姿を見せ続けてくれたと言う事だ。
2007年12月8日、「ジョン・レノン/スーパーコンサート」は、僕にとって最初で最後の忌野清志郎の生のステージを観る機会となった。
たった一回だったけれど、ほんの数曲だったけれど、2階席であまりはっきりとは見えなかったけれど、生の歌声に、そして生のパフォーマンスに触れる事ができたのは、僕にとってとても大きな財産だと思っている。
2009/3/27
日本がWBC二連覇を達成しました。
決勝戦は幸運にも自宅でリアルタイムで観る事ができたのですが、本当に心臓に悪い試合でした。
イニングの合い間に何度トイレに行った事でしょう。
ただ観ているだけの俺でこの有り様ですから、選手たちのプレッシャーたるやとんでもないものでしょう。
もともとプレッシャーに弱い俺と、超一流の選手達では精神的な強さは比べるのも失礼ですが…。
今回の大会を通じて感じたことは、やっぱり野球っておもしろいなということです。
一流の選手達が、高校球児のように一球にくらいつく姿、ベンチに帰って来る選手を全員が向かえる姿、必死に声を出す姿が感動的であり、本当に格好良かったのです。
そして一戦一戦チームとしてまとまって行く姿に、「絆」というもを目の当たりにすることができたのでした。
個人的には我が横浜ベイスターズの村田選手、内川選手が活躍したこともとてもうれしく思いましたし、親心にも似たホッとしたような気持ちもありました。
立派な日本代表の選手になったなあと、自分のことのように誇らしく思うのであります。
もちろん村田選手の怪我は残念ですし、できれば決勝トーナメントでの活躍も観てみたかったという気持ちもあります。
でも彼の気持ちは強く伝わってきましたし、本当に「漢(おとこ)・村田」だと、日本の多くの人たちが認めてくれたのではないでしょうか。
そしていよいよ始まる日本のペナントレース。世界一に輝いた選手達がどんな活躍をしてくれるのか、とても楽しみです。
2009/1/30
人に会うたびに条件反射のように「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。」というフレーズを繰り返していた日々から、早いもので一ヶ月になろうとしています。
大変遅くなりましたが、あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。
年明け早々ライブが続きましたが、順調にスタートを切る事ができました。
去年記録した自己ベストタイムを上回るペースで、今年も日々が過ぎております。
海の向こうでは、新大統領の就任で大変盛り上がった様子。
実際のところどうなのかっていうのはまだまだこれからでしょうが、ちょっとうらやましいなと思ってしまうわけです。
自分の国のリーダーを応援しようとする気持ちや、そのリーダーの言葉に感動している姿、なによりこれから良い方向に変わっていくんじゃないかと希望を抱く事ができるというのが、素敵だなと思うわけです。
反面、我が国ときたら、ちゃんと漢字読めるかなとか、変なこと言わないかなとかそんな事を心配しなければいけない始末。
おかげで漢字の本が売れているそうです。
みんなが漢字に興味を持つようにわざと間違えたのでしょう。
未曾有(みぞう)の大不況をどうやって乗り切っていくか、どういう政策が有効かなんてことは俺にはわかりません。残念ながら、お金に困っている人を援助できるほどの蓄えもありません。
俺にあるものといえば、とても良い音がするギターと、心を込めて作った唄たちくらいです。
今だからこそ、愛や希望のうたを誠実に真っ直ぐに届けていかなければいけないと強く思っています。
※我が家にある新明解国語辞典第四版で「みぞう」を調べてみたところ、「みぞゆう」は誤りと書いてありました。
2008/12/20
「自己ベスト」
今年も残りわずかとなりまして、ここ数年恒例となった、つぶやきが漏れるわ
けです。「一年あっという間だな。」
今年も見事に、自己べストを更新しました。
今年はうるう年、いつもより1日多かったにもかかわらずこの早さ。
あくまで自分の感覚ですが、本当に早かった。
このスピードなら、オリンピック男子100m金メダルのボルトともいい勝負ができそうです。
でもいつも不思議なわけです。当たり前の事ですが一年という時間は子供の頃から変わらないわけです。
でもそれがこんなにも早く思えてしまうのか。
たとえば一日を比べても、子供の頃は一日中いろんな遊びをして、それでもまだ夜があるって感じだったけど、今ではちょっと油断していると、何もしないうちに夜になっているわけです。
子供の頃、一週間後に楽しみなことがあるとして、それを待っているのは気が遠くなるほど長い時間のように感じたものです。
最近では一週間後なんて頼みもしないのに、すぐにやってきてしまいます。
去年と比べたって全然違うのですから困ったものです。
生活はほとんど変わっていないのです。悲しいけれど、全くといっていいほど変わっていないのです。
あえてあげるとすれば、体重が少し減ったことと、お酒の量が少し増えたくらいです。
このままどこまで記録が更新されていくのやら、ちょっとだけ不安だったりもしますが、だからこそ一日一日を大切に生きていこう、この頃はより強くそう思うわけです。
あっという間の一年でしたが、今年も素晴らしい出会いがありました。
一年を生きてきた俺の証であります。人は繋がりを作っていく生き物だとつくづく思うのです。
そして今年も広い心で俺とかかわってくれた全てのみなさまに、心からの感謝を申しあげます。
2008/10/10
清原和博が引退した。
特別好きな選手というわけではなかったけど、あの引退セレモニーや、テレビ新聞等での取り上げられ方を見ると、多くのファンから愛された選手だったなと思うのです。
野茂、桑田に続いて、一時代を築いた選手がまた一人引退したという寂しさを感じてしまうわけです。
清原という選手は良くも悪くも、子供のような無邪気さをもった、自分に正直
な人なのだろうと思うのです。
自分を指名しなかった巨人を倒しての日本一になる瞬間が近づいた時、まだ試合中なのに、泣き出してみたり、その数年後には巨人に移籍してみたり。
より大きなホームランを打つために、肉体改造をして、必要以上に(と俺は思う)マッチョになってみたり。
憧れのメジャーリーガーにあやかって、ピアスをしてみたり。
インタビューの時でも露骨に不機嫌な態度を取ってみたり。
魅力的なキャラクターではあるけれど、そのぶんマスコミやファンからのバッシングも人一倍大きかったのです。
ホームラン王や打点王といったタイトルは最後まで取れなかったけど、清原という選手の凄さを表す数字として、デットボール歴代1位、サヨナラホームラン歴代1位という数字があります。
やっぱりそれだけピッチャーが厳しいボールを投げてきたということだし、最後に決めて欲しいところで、決めてくれる選手だったということです。
デットボールに関していえば、避けるのが下手だって言う批判もあるし、あえて避けなかったと思うような時もありましたが、それだけ必死にボールに向かっていった結果でしょう。
「男・清原」とか「番長」とか一時期は「夜の三冠王」などと言われたりもしたけど、俺は引退試合を見ていて、本当に野球が好きで、野球を純粋に愛した人なんだろうと感じたのです。
それだけにたくさんもがいて、たくさん傷ついたのではないのでしょうか。
特別好きではないと言っておきながら、やっぱり俺にとって忘れられない選手なのです。
2008/7/18
野茂英雄が引退を表明した。桑田に続いて、また一人俺の好きな選手の引退。
続く時には続く野茂ですね、いや続くものですね(失礼)。
あのトルネード投法をもう見られないと思うと寂しいわけですよ。野球やったことのある人なら、きっと一度は真似したでしょ。俺も中学の時に「俺の方が似てるよ」とか「足の上げ方はこうだよ」とか言いながら、チームメートと一緒に真似してたな。
野茂はなんと言っても、日本人が大リーグで活躍する先駆けとなった人なわけで、当時は移籍のルールみたいなものもちゃんと決まってなかったから、マスコミからもけっこう叩かれてたよね。
どの世界でも最初に思い切った行動をする人はいろいろと言われるからね。昔から言われてますよ、「出る杭は打たれる」ってヤツです。でもちゃんと結果を残して、認めさせたわけです。これも昔から言われてますね、「有言実行」ってヤツです。
いや野茂の場合はむしろ「不言実行」だね。インタビュー聞いてても、こっちが不安になるくらいほとんど話さない。話し方もぼそぼそと、無表情だしね。
プロなんだから嘘でももう少し愛想良くすればいいのにって思うんだけど、不器用な人なのかね。
それとも、あのフォームを誰に言われても変えなかったくらいだから、自分のスタイルを貫く頑固な男なのでしょうか?きっと両方でしょう。
俺も話すのはあまり得意じゃないんだけど、こう見えて結構気を使うタイプでありまして、なんとか場を盛り上げようとして、無理して話して、空回りして、結局変な空気になって、とても恥ずかしい感じになることがあるわけです。だからなおさらあの潔さに惚れてしまうわけです。
その辺が、一時代を築いた男と凡人の違いなのかね。
話すのが苦手だからなのか、インタビューが嫌いなのかはわからないけど、黙って俺のプレーを見てくれみたいな潔さ。一番「サムライ」という言葉が当てはまる選手だと思うのです。
あんな独特の投げ方で、あれだけの成績を残すような選手は、きっとこの先出てこないと思うけど、それだけにリアルタイムで活躍を見ることが出来たのは、とても幸せな事です。
できることなら一度対戦したかったな。もちろん冗談だけど、バッターボックスから見るトルネード、どんな感じなんだろう。想像しただけでちょっと興奮してしまう俺。
ちなみに俺も中学の時はフォークボール投げてた。中学生のわりには結構よく落ちたんだよね。俺の伝家の宝刀フォークボール。死ぬまでにもう一度フォークボールで三振とるのが、俺のささやかな夢です。
2008/03/30
桑田真澄が引退した。このニュースを初めて聞いた時は、なんとも言えない複雑な気持ちだったな。
2年位前からこの日が来る事はそう遠くはないと思っていたし、むしろもう引退してもいいんじゃないかなんて偉そうにも思っていたんだけど、それが現実になると、やっぱり残念。
桑田がメジャーに挑戦すると発表した時、今さら無理だろうって、きっとみんな思ったよね。だけど俺は心のどこかで、そんな予想を覆してほしいと淡い期待も抱いていたんだ。それが叶う事はないいて言うのがね、悔しいのよ。
いやわかってたよ、もう限界だろうって、わかってたけどね、メジャーでばりばり活躍する桑田を、それもできることなら先発で投げて、勝つ桑田を見たかった。
やっぱり俺の中の背番号18は桑田なんですよ。
ちなみに中学の時、俺は野球部だったんだけど、桑田が使っている「ワールドペガサス」っていうメーカーのグローブを使ってた。ミズノとかローリングスと比べて、マイナーなメーカーだったから、スポーツ用品店をいくつか周っても置いてなくてね、取り寄せてもらった。それぐらい桑田が好きだったと。実は他の部員が誰も使ってないのが欲しかったっていう理由もあるんだけどね。
と言う事で、俺にとっての桑田の魅力を箇条書きにしてみます。
その1、身長が俺より低いのに、プロのピッチャーとして活躍
プロ野球選手はみんな体でかいし、その中でも特にピッチャーは背の高い人が多いけど、桑田は174cm。俺は178cm。俺はプロで1勝もしてないけど、桑田は173勝。
その2、高校1年の時から甲子園で活躍
高校の時にあまり活躍しすぎると、プロに入る前に、ひじや肩をいためてだめになってしまうケースってあるんだけど、桑田は高校1年の時から5季連続で甲子園に出場していて、優勝2回、準優勝2回。そしてプロでも活躍。
その3、バッティングもすごい
甲子園でもホームラン6本打ってるし、プロに入る時も、コーチにバッターとして2000本安打を目指すか、ピッチャーとして200勝を目指すか聞かれたらしい。もしバッターに転向していたら2000本達成してたんじゃないかな。それぐらいセンスがあるんだよね。
その4、けっこうヒール。
巨人に入団が決まった時は、巨人との密約があったんじゃないのみたいな言われかたしたしね。巨人から指名されずに涙を流した清原に対して、桑田は悪者みたいになっちゃった。
その後は不動産に投資して、「投げる不動産王」と言われ、バブルがはじけたら「投げる借金王」と言われ、しょっちゅう週刊誌のいいネタになってた。
その5、けっこうツイてない
去年のオープン戦で審判とぶつかって開幕前に怪我。あんなのはきっと後にも先にも桑田だけだと思うんだけど、そんな有り得ないことが、あの大事な時期に起こっちゃった。
その6、そんな紆余曲折を経て、悟りを開いたかのような、今の桑田
今の桑田は「心の野球」なるものをテーマに掲げて、インタビューの時の話なんか、まるでお坊さんの説法のように感じる時があるんだよね。インチキ臭い宗教の教祖さまやスピリチュアルなんとかの人のお言葉よりずっと重みがあると思うのは俺だけか?
まだまだか書きたいことあるけど、とりあえずこのへんにしておこうかな。
野球知らない人にしてみたら、何言ってるのか全然わからないかもしれないけど、どうしても桑田について書きたかった。
それでもいいのです。わかってはもらえないと思っていても、言葉にせずにはいられない時というのが、人にはあるのです。
2008/01/30
横浜にこの冬初めての雪が振った。朝起きて窓の外を見たら、隣の家の屋根が白くて、朝が苦手でしばらくはボーっとしている俺も、一瞬で目が覚めた。というより、一気にテンションが上がった。
「このまま積もったら、雪だるまをつくろう!」
だけどそんな俺の想いはすぐに打ち砕かれるのだった。あっという間に、雪がみぞれに変わり、雨に変わり、うっすらと積もっていた雪も溶けて消えてしまった。
積もったら積もったで、電車が止まったり、いろいろ大変なんだけどさ、それ以上に、雪国に生まれ育った人間の血が騒いでしまうわけよ。横浜に住むようになって、すっかり寒さに弱くなったとはいえ、雪となればまた話は別でね、どうしようもなく子供に戻ってしまうのであります。
正直この冬一番興奮した朝だったな。冬が嫌いで、早く春にならないかなって思っている俺だけど、やっぱり一年に一回は雪を見ないと、冬になったって気がしないよね。
また雪を見るために、俺はがんばるぞ。近所のスーパーに買い物に行く時にはマイエコバック持参するぞ。寒いのは苦手だけど、暖房も控えめにするぞ。北極の氷もこれ以上溶けないように、白くまさんたちが、元気に暮らせるように。そして今度こそ、横浜で雪だるまを作るのだ!
2007/11/30
朝晩だいぶ寒くなって来ました。寒くなるとやっぱり温かいもが、恋しくなるものです。僕の場合それは、コンビニのおでんだったり、お風呂だったり、布団だったりします。
今日はコンビニでおでんを買って帰ろう、そう考えただけでなんだか、うれしくなって思わず顔がニヤケちゃいそうになるのです。そして実際に熱々の大根なんかを口にいれた瞬間には、心まで温かくなった気がするのです。
お風呂も冬はついつい長風呂になってしまうわけです。芯まであったまるーっていう感じが欲しいわけでして、半身浴などと顔に似合わず、ちょっとシャレた入り方をして、鼻歌なんかを歌いながら、汗をたくさんかいていると生き返るなーと思うわけです。
そしていよいよ一日のクライマックス。布団へともぐりこむわけなんですが、この時のために、今日も一日頑張ったんだと思えるような、幸せの絶頂を向かえるのです。
朝には案の定、一分一秒でもこの幸せを噛みしめていたいと、なかなか布団から離れられずに、寝過ごしてしまったりするダメな僕であります。
元来寒いのが苦手で、冬の間はずっと早く春にならないかなーと考えている僕ではありますが、実は冬にしか味わえない喜びというのがありまして、これからますます寒くなるのが、実は楽しみだったりもしているのです。
それはひょっとしたら、つらいことに耐えている自分が好きみたいな、少し危ない自分の性癖も原因かもしれません。
嫌いな冬を前向きに、力強く、乗り越えていこうと思う今日この頃であります。
2007/08/11
毎日暑い。本当に暑い。夏だから暑いのは当たり前だけど、この暑さは尋常じゃない。俺は寒いより暑いほうが好きだけど、それにしても暑すぎだよ。今年から猛暑日っていうのができたらしいけど、それっていうのは35℃を超えるのがそんなに珍しいことじゃなくなったってことだよね。
暑い方が女性の露出が多くなって、男としてはうれしい気持ちもあるんだけどね。最近は水着とほとんど変わらないくらいの格好で街の中を歩いている人とかいるからね。さすがにあそこまでいくと、あんな格好大丈夫なのかなって、少し心配にもなるけどね。俺としては見えそうで見えない感じとか、さりげなく見せる感じのほうが、女性らしい色気を感じて好きだな。
そんなことより、今日は環境の話。少しは大人になった俺としては、女性の露出のことより、まずは環境のことを心配しなきゃね。
やっぱり温暖化が進んでいるんだろうなって思う。もう温暖化って聞いても何も驚かないくらいに、簡単に耳にする言葉になっちゃったけれど。でもこの暑さは、本当に大変な事になっているって実感できる暑さだ。もうそう遠くない未来に、人類は滅んでしまうんじゃないかって想像できる暑さだと思う。
みんなはどうだろう?俺と同じように感じているだろうか?
普通に生活しているだけで電力を消費するし、ごみは出てしまうし、そう考えたら、存在自体が地球にどれだけ悪影響を与えているんだって思うと、ちょっとつらくなってしまうけど、みんなが少し気にかけるだけで、だいぶ違うと思うんだよね。
俺がやってることは、こまめに電気を消したり、コンセントを抜くくらいのだけどね。(ちなみに「コンセントを抜く」というのは間違った言い方だって、この前テレビ番組で誰かが言っていたけど、もう一般的に使われている表現だから、俺は別にいいんじゃないかって思っている。)
まずは小さな事からこつこつと。大人の俺としては、子供達に住みやすい環境を残すためにも、少しは頑張らないといけないなって思う今日この頃です。
2007/06/01
「親知らず」
親知らずを抜いた。右の下の奥。曲がって生えているせいで、一部分だけが顔を出していた。いつかは抜かなきゃと思っていたけど、ついにその日がやってきた。
それにしても、いくつになっても歯医者さんという場所は、居心地が良くない。どんなに明るい雰囲気にしようとしても、受付の女性がかわいくても、和むような音楽を流していても、奥からあのキュィーンという音が聞こえてくると、どうしようもない絶望感に襲われる。ましてや診察台にすわり、背もたれが倒されると、地獄に突き落とされたような感じだ。
麻酔を2本打たれた。歯茎に針をさすなんて、普段の生活の中ではありえないことだ。痛くないわけがない。
「痛かったら手を挙げてください。」これは歯医者の決まり文句。でも俺は今まで、一度も手を挙げた事がない。歯を治療するんだから、多少痛いのは仕方がないと思うし、ある程度は我慢しなきゃいけないと思っている。だからどこからが、手を挙げて教えなきゃいけない痛みなのか、これ以上は我慢しなくてもいい痛みなのかが分からない。結局痛い、痛いと思いながら、手を挙げずに我慢してしまう。
麻酔で感覚がなくなっているとはいえ、グリグリ、ギリギリやられているのは伝わってくる。相当手ごわい奴らしく、医者の息があがってくるのが分かる。
もう少し耐えなきゃいけないんだろうな、そう思っていた矢先、「はい、抜けました。」痛みも、抜けた感覚も全くなく終わった。
抜いた歯を見せられたけど、こんなでかいのが埋まってたのかと驚いた。今まで見えていたのはほんの一部だけ。まさに氷山の一角。「歯を持って帰りますか?」医者は必ず聞くけど、本当に持って帰る人っているのかな?俺は今回も丁寧にお断りした。
その日の晩御飯、やっぱり食べやすいものがいいだろうと思って、俺が選んだのは春雨ヌードル。今まで1度だけ食べた事があるけど、食べやすそうだしヘルシーな感じ。ところが今回久し振りに食べてみて気がついた。春雨って以外に弾力があって、噛むのが大変なんだね。もちろん歯を抜いた後じゃなきゃ、どうってことないんだろうけど。噛めるって素晴らしい事だね。
そして今の俺はだいぶ普通に食べられるようになってきた。歯を抜いた場所を鏡でのぞいてみた。縫った糸の端が見える。でもここにあのでっかい歯が埋まっていたなんて、今では想像もつかない。だけどもう一本、左の下にも親知らずが、曲がって生えているんだ。いつ抜こうか悩んでいる。
2007/4/07
「球春到来」
3月30日、いよいよ今年のプロ野球ペナントレース開幕。その開幕ゲームを横浜スタジアムで観戦してきた。毎年横浜スタジアムには足を運んでいるけど開幕ゲームは初めて。やっぱり独特の雰囲気があるね。みんな冬の間この日を待っていたんだろうな。監督が変わり、新戦力も加わり、プレイオフも導入されたし、今年こそっていう期待感が漂っている。外野自由席だったんだけど、席がなくて立ち見。普段の横浜スタジアムでは考えられないよ。
試合前、ミスター・長嶋茂雄の来場が伝えられると、さらに特別な雰囲気が高まった。開幕セレモニーの司会はみのもんた。この人は朝から晩まで、本当によく働くなあ。始球式は北京オリンピック日本代表監督でもある、燃える男星野仙一。こういった人たちがそろうのも、開幕ゲームならではだろうね。
そしていよいよプレイボール。緊張と喜びが込み上げる中、なんとその第1球目にホームランを打たれてしまった。まさかって感じ。今の本番?もう一回やり直してくれねーかなって思ったよ。
結局試合は負けてしまったけど、この試合俺が一番うれしかったのは、鈴木尚典の2本のヒット。98年の優勝を知る数少ない現役選手だけど、ここ数年はずっと不調だった。それが久し振りの開幕スタメンでの活躍。このまま引退してしまうんじゃないかって思ったこともあったけど、あきらめずに努力を続けて、こうして復活してくれた事に涙が出そうだったよ。
やっぱり生で観る野球はいいね。ビールはうまいし、点が入ったときには、知らない人でも関係なく一緒に喜びを分かち合える。もちろん横浜が勝ってたら、もっと良かったんだけどね。
2007/3/7
この前、映画「ドリーム ガールズ」を観てきた。一言でいってすごく良かった。今までにも楽しい気持ちになる作品、切ない気持ちになる作品、幸せな気持ちになる作品、好きな作品はいろいろあったけど、この映画を観終わった後の感覚は、これまでとは少し違っていた。60年代、70年代のR&B、ソウル・ミュ−ジックの世界を描いたミュージカルを映画化した作品ということで、素晴らしいコンサートを見た後の興奮と、素晴らしい映画を見た後の感動が入り混じって、しばらく放心状態に近かったよ。
ステージのシーンはものすごい迫力で、本当に格好良かった。一曲終わる度に立ち上がって拍手したい気持ちだった。もちろん、もともとがミュージカルだからステージのシーン以外でも、重要な場面では、登場人物の気持ちが歌で表現されていた。それがまた胸に突き刺さるんだよ。出演者の歌の表現力が素晴らしいんだ。あらためて歌が持っている力の大きさを感じたな。俺もあんなふうに表現したいと思ったし、聴く人の人生に寄り添うような、共に生きていくような、そんな歌を歌いたいと思った。
やっぱり黒人の喉ってすごいよな。あのパワフルさは日本人にはちょっと出せないよな。前にブルース誕生100年の記念のコンサートのビデオを観たんだけど、その時もつくづくそう思ったんだ。80歳くらいのおばあちゃんのブルース・シンガーがいて、その人の歌がまたすごいんだよ。和田あき子なんかよりもずっとパワフルだったな。流れている血から、肉体から俺達とは全然違うんだなって思った。もちろん日本人には日本人にしか歌えない歌があるし、単純にどっちが良い、悪いっていうことではないけどね。
とにかく「ドリーム ガールズ」機会があったらぜひ観て欲しいな。それもできるだけ、映画館で。やっぱりあの迫力は映画館で味わって欲しいと思う。
そういえば昨日、爆笑問題の太田がこの映画について話をしてた。彼によるとこの映画でアカデミー賞助演女優賞を受賞した、ジェニファー・ハドソンより、オリジナルのミュージカルで歌ってた女優さん(名前も言ってたけど忘れた)のほうが、ずっと歌がすごいらしい。あんなもんじゃないって。俺はジェニファー・ハドソンの歌も、ものすごいと思ったけどね。こうなったら両方のサントラ盤を聴きいてみたいな。
2007/01/04
「ドキュメント 2007年 元日」
2007年を俺はテディさんの家で迎えた。テディさんはビートルズやストーンズをこよなく愛する広島出身のミュージシャンだ。去年12月のイベントに呼んでもらって以来、この年末はよく一緒に飲んでいる。ビートルズ、ストーンズ以外にも、いろんな音楽に詳しいし、飲んでいても楽しい。俺にしてみれば、心優しい兄貴分的な存在だ、と勝手に思っている。恥ずかしながら、クリスマス・イヴも一緒だった。
去年の初めには、まさかテディさんとクリスマス・イヴも、年越しも一緒に過ごすとは、全く考えられなかった。つくづく人の縁とは不思議なものだ。そして新しい年の始まりを誰かと一緒に祝う事ができるということは、やっぱりうれしいものだ。
午前1時過ぎ、テディさんの家から帰る途中、俺は星を見ていた。星空には神秘的な魅力がある。今年の元日は、今年一番の寒さだったらしいけど、確かに寒かった。でもその寒空に光る星明りが、たまらなくいい。俺の田舎の空には負けるけど、それでも横浜の空にしては、星がよく見えた。
家に帰る前に、俺のアパートのすぐ近くの、神社に立ち寄った。初詣だ。お賽銭は10円。特に理由はない。そして家族の健康を祈った。家族が健康であってこその俺だと、このごろ強く思う。俺は別に神も仏も信じていないけど、こういうことはちゃんとした方がいいんだろうなって思う。そういうところは意外に几帳面だったりする。1年に一度くらい、こういう神聖な場所で家族の事を考えるのも悪くはないと思う。
神社では思いがけず、焼いもを頂いた。賽銭10円で、焼いも。一瞬これはかなり得したなと思ったけど、そんなことを考える自分の卑しさに、少し恥ずかしくもなった。
その焼いもは正直そんなに甘くはなかったけど、神社で焼いたいもだから、何かご利益があるかもしれないなんて、またしても浅はかなことを思った。やっぱり心のどこかで神様を信じている俺がいたりする。
新年を迎えたからといって、生まれ変わるわけじゃない。目の前には、去年と何も変わらない現実が横たわっている。俺は俺の人生を、一歩づつ、精一杯生きていこうと思う。
2007年がみんなにとって、良い1年でありますように。
2006/11/02
いじめによる自殺が毎日のように報道されている。一つの自殺報道をきっかけに自殺の連鎖のようなものが起こっている気がしてならない。
俺が今言いたい事は、「頼むから死なないでくれ、とにかく生きていてくれ」ということだ。
自殺をした生徒が、どれほどひどいいじめを受けていたのか、報道されている範囲の事しか俺にはわからない。どれほどつらかったのか、苦しかったのか彼らの本当の気持ちなんてわからない。もちろんいじめるやつが一番悪いし、それに気付かない、あるいは気付いていても何もしない学校にだって問題はある。家庭がもっと何かできなかったのかとも思う。でも本当に死ななければいけなかったのかとも考えてしまう。
自殺した生徒の遺書を読むと、親や友だちに対して、学校にうまく馴染めなかった自分を、申し訳なく思っているような感じさえ受けてしまう。生真面目すぎたんだろうな。学校に行くのがつらいのなら行かなければいいし、家に居場所がないのなら、家出でもすればいい。小学生や中学生にしてみたら、学校と家庭が生活の大半を占めているから、それ以外の世界というのは考えられないかもしれないけれど、それは本当に人生の一部分でしかないんだ。
俺は生きるのも、死ぬのも自由だし、それも一つの選択肢じゃないかって少し乱暴なことも考えたりするけど、やっぱり生きるということを考えて欲しい。それは生きていなければ経験できない素晴らしいことがたくさんあるからだ。30年以上生きて来た俺にだってまだ知らない事がたくさんある。経験していないことがたくさんある。俺はせっかく生まれてきたんだから、死ぬまでにできるだけ多くの事を、知りたいし、経験してみたいと思っている。せっかく生まれてきたのに、知らないまま、経験しないまま死んでしまうのはもったいないと思うんだ。
俺は幸いにも、今までの人生でいじめをうけた事はない。そんな俺に偉そうな事を言う資格はないのかもしれない。だけど世の中には生きたくても、病気や事故で生きられなかった人がたくさんいる。それを考えたら、たかだか10数年で生きることをあきらめたらいけないと思う。
人間は誰でもいつかは必ず死ぬんだ。だからどんな方法でも先ずは生きるということを考えて欲しい。決して一人だなんて思わないで欲しい。生きていても仕方ないなんて思わないで欲しい。
もしそんなふうに思ってしまうときは、誰かのために何かをしてあげる事を考えたらいい。どんなに些細な事でも、誰かのためにしてあげられる事はあるはずだから。そうすれば、小さくても一つ、生きる意味を見つけられると思うんだ。必要のない命なんて一つもないんだから。
2006/08/18
今夜はどこからか太鼓の音が聞こえる。きっと近くでお祭りがあるんだろう。
俺の田舎でもお盆の終わりの日にお祭りがあって、その日は花火も上がるんだ。俺は家の屋根に座って見る花火が好きだった。家の庭からでも、よく見えるんだけど、屋根の上から見ると、花火が目の前で上がっている感じがして、本当に大きくてきれいだった。
花火大会が終わると家族でその夏最後の花火をやるんだ。最後の最後は決まって線香花火。誰の線香花火が一番長く続くか競争もしたな。全部終わると「また来年だね」って言って後片付けをする。その時になってふと気付くともう秋の風が吹いているんだ。
俺の田舎ではお盆が終わると一気に秋の気配が強まる。風も涼しくなるし、鈴虫やこおろぎの鳴き声も大きくなる。
俺には夏真っ盛りの時より、そんな夏の終わりの何とも言えないもの寂しさの方が強く印象に残っている。それはきっと横浜では感じられないものだと思う。まだまだ夏だと思っていたのに、本当に急に秋がやって来るんだ。楽しい時間があっという間に過ぎてしまって、現実に引き戻されてしまったような感覚。何かやり残しているような、後悔や焦りにも似た感じで、胸が締め付けられそうになる。
それは人生そのものにも言える事かもしれない。俺たちはいつか終わりがあることを知りながら、普段はそんなこと忘れている。多くの人たちに支えられて生きていることも、いつからか当たり前のことのように感じてしまって、感謝する事を忘れてしまう。失って初めて、それがどんなにかけがえのないものだったのか気付かされるんだ。
もっともっと今を大切に生きていきたい。夏の終わりは、忘れっぽい俺に大切な事を思い出させてくれる。
2006/06/10
自分の気持ちを言葉にするのって、本当に難しい。俺は自分でもバカなんじゃないかって思うくらい、とっさに言葉が出てこなかったり、本当の気持ちと裏腹のことを言ってしまうことがしょっちゅうある。
後になってから、「俺は本当はこういうことが言いたかったんだよな」とか「こういう言い方した方がもっと気持ちが伝わったよな」なんて後悔ばかりしている。
中学生くらいの時はそんな伝えきれないもどかしさを毎日のように感じていた。いつも胸の中がもやもやしていたんだ。今にして思えばいわゆる思春期ってやつだったのかな。きっと誰にでもそんな時期はあるよね。
俺はそんなもやもやをいつもノートに書きなぐってた。先生とか周りの大人たちへの不満や、少しずつわかってきた世の中の理不尽さとか、仲が良かった友だちとケンカしたこととか、今読んだらきっと恥ずかしくなるような事ばかり書いていたと思う。そんなことがいつの頃からか詩を書く、曲を作るっていう事に変わっていったんだけどね。
今は何気ない自分の一言が相手を傷付けてしまうんじゃないかって、そんなこともすごく考える。朝日新聞のCMで「言葉は勇気、言葉は暴力…、それでも言葉の力を信じている」っていうのがあるけど、本当にそうだと思う。良くも悪くも人間はコミュニケーションの大半を言葉に頼っているわけだけど、それで救われる人もいれば、時には自殺にまで追い込まれてしまう人もいる。だからって臆病になったり、考えすぎるのも良くないけど、自分の発言には責任を持てる自分でいたいよな。
俺も言葉の力を信じている人間の一人だし、自分の書く詞には、多くの人たちの心を突き動かす力を持っていて欲しいと思っている。だからこそ自分の心と何度も会話をして、本当に自分の心から出てきた言葉なのかを確かめる。
歌を作り始めてもうかなりの年月が経つ。伝える事の難しさを実感することはどんどん増えている気がする。それでも俺はみんなと心の深いところで繋がっていたいから、これからも伝え続けたいと思うし、自分の言葉で表現し続けたいと思う。
2006/05/24
5月は俺にとってたくさんの思い出が残る特別な月だ。
5月5日の子供の日。小さい頃は毎年こいのぼりを揚げていた。家の庭に柱を立てて、黒、赤、青三匹の鯉を揚げた。二階の屋根より少し低いこいのぼり。小さい俺はそれをずっと見上げているのが好きだった。あれは家族の象徴だ。お父さん、お母さん、子供、みんなが同じ方向を向いて、元気に泳いでいる。家族の強さと、優しさの象徴だったんだ。今になってあらためて、しみじみとそう思う。青い空とこいのぼり、忘れられない。
岩手の田植えは5月だ。4月の間ビニルハウスで育てた苗を植える。それまでは水が張られていただけの、土色の田んぼに少しずつ緑が増えていく。まだ背の低い緑の苗が風に揺れている。秋にはそれを収穫する。そのおかげでまた一年食べていく事が出来る。自分達で育てて、自分達で食べる。そんな当たり前の事が、今はとても貴重な事になった。小さい頃俺も一緒に田んぼに行って手伝いをした。おやつの時間に家族や親戚達と畦道に座って飲んだ、ファンタグレープやつぶつぶみかんの味。本当においしかった。
5月10日は俺の誕生日。5月に俺の大切な友達が二人病気で亡くなっている。5月が来るたびに俺は生と死について考える。時間に追われ、当たり前のように過ごしている日々の中で、一年に一度くらいそんなことを考えてみるのも悪くない。どうにかまた一年生き延びる事ができた、いや一年生きさせてもらった、この頃はそんな風に感じる。俺の作る歌たちが、みんなの心の中で生きていくこと、その中で俺とみんなとの間に結ばれた絆が俺の生きた証だ。
今年は初めてのワンマンライブを行った。また一つ5月に忘れられない思い出ができた。会場に来てくれたみんなの気持ちが本当にうれしかった。また新しいスタートだ。これまでの人生を振り返るとき、たくさんの後悔と、反省が頭に浮かんでくる。だけどもう引き返せないところまで来てしまった。後はもう貫くしか、走り続けるしかないよな。それが今まで迷惑をかけてきた人たちへのせめてもの、恩返しだと思っている。俺がどこまで行けるのか、見ていてほしいんだ。
2006/04/09 WBCで日本が世界一になった。本当にうれしかったし、興奮した。こんなに興奮したのは久しぶりかもしれない。何でこんなにうれしいのか、自分でも少し不思議だったけど、日本中で盛り上がってたみたいで、それもまた驚きだね。
誤審があったり、まさかの韓国戦2連敗があったり、もう駄目かと思ったところから準決勝進出が決まったり、勝ち進み方が劇的だった事もあるんだろうけど、何よりチームとして一戦一戦まとまっていく様子に、俺は心打たれたんだと思う。それぞれのチームでは主力として活躍している選手たちが、自分を犠牲にしたり、裏方に回ったり、ミスをカバーしあったり、一流の選手達のああいう姿を見られたのは、すごく新鮮だった。イチローを始めとしてインタビューでの発言や、得点した時の喜び方も、感情がすごく出ていて良かったな。
日本代表としてのプレッシャーの中で苦悩している様子、そして優勝が決まった瞬間の緊張から解き放たれた、まるで子供のような笑顔、素敵だった。
何かを背負った人間が、それを受け止めて、乗り越えた時の姿は本当に美しいし、男として憧れるよ。大人になればなるほど、みんなで何か一つの事に向かっていくって事が少なくなる。学生の頃は、文化祭の時なんか遅くまで学校に残って、みんなでわいわい言いながら、作業したりしてたけど、今はそんなことないもんな。
特に俺なんかは一人で弾き語りのライブをやってるから、何かを一緒に作り上げていくと言う喜びを感じる事は少ないかもしれないね。特にここ何年かは「俺は一人でやっていくんだ、一人でなんとかするんだ」っていう気持ちが強くて、意地を張っていた気がするんだ。でもそんな時でも、俺の事を心配してくれる人たちがいて、手を差し伸べてくれた人たちがいた。俺にはそれを素直に受け入れられるだけの心の余裕がなかったのかもしれない。でも今はもっとみんなとの繋がりを大切にしたいと思っている。そういう心境の変化がどこからきたのか俺にもわからないけど、自分自身をもう一度見つめ直した時、いつだって俺は一人じゃなかったと、あらためて気付いたんだ。今は前よりも素直にいろんな事を受け入れられる気がしているんだ。
5月にはワンマンライブがある。感動や喜びをみんなと一緒に作っていきたい。
2006.4.9 藤原 亮
2006/03/12
風邪をひいて2日間寝込んでしまった。寝込むなんて約1年ぶりだ。1年前はインフルエンザだったから、それに比べたら、今回はまだ楽だったけど。人間こんなに眠れるんだっていうくらい、寝てたよ。
風邪をひくとあらためて、健康の大切さを実感するよね。健康でなければ頑張らなきゃいけない時に頑張れないもの。俺が不規則な生活を続けながらも、こうして音楽活動を続けていられるのは、丈夫に育ててくれた、両親や祖父母のおかげだよね。
俺は小さい頃本当に体が弱くて、しょっちゅう学校を休む子供だった。ぜんそくだったから、一回発作が起きると、1週間近くは寝込んだりしてた。だから両親はこれが体にいいていうのをどこかで聞いてくると、それを食べさせてくれたり、俺の健康の事をいつも気にかけてくれていたんだ。じいちゃんや、ばあちゃんは俺を畑に連れていって、畑仕事を手伝わせていたけど、それも俺を丈夫にしたい一心からだったらしい。その頃は見たいテレビ番組がある時間に手伝いさせられて嫌だなって思ったこともあったけど、今は心から感謝している。今の俺が人並みに健康でいられるのは、家族の愛情があったからだ思う。
俺が丈夫になったもう一つの大きな理由は、小学校3年生からはじめた相撲だね。俺が通っていた小学校は相撲が盛んで、とにかく相撲が強い事が、勉強が出来る事よりも、足が速いことよりも、目立つ一番の要素だった。俺は今よりももっと痩せていたけど、身長は学年で一番高かったから、相撲部の顧問の先生に薦められてやることにした。
親は俺が体弱いの知ってるから、心配だった見たいだけど。俺も恥ずかしがりやのくせに、目立つのも嫌いじゃなところがあってさ、相撲が強くなって目立ちたいってところがどこかにあったんだろうね。卒業までの4年間、股関節脱臼したり、足の指にひびが入ったりと怪我もしたけど、おかげで本当に丈夫になったね。
風邪をひく度にもう2度と風邪はひかないぞって思うんだけど、たまにはこうやって健康のありがたみや、いろんな人たちの愛情に感謝するのも悪くないかな。でもやっぱりもうこんなつらい思いするのは嫌だな。風邪をひかなくても感謝の気持ちは忘れずにいないとね。2006.3.12 藤原 亮
2006/02/08
ばあちゃんが亡くなった。俺は約10ヶ月振りに、新幹線で岩手に帰った。そういえばこの前岩手に帰った時も、友達が亡くなった時だった。窓の外を流れていく景色を眺めながら、俺はばあちゃんと過ごした時間をどれくらい大切にできたのだろうか、そんな事を思った。
ばあちゃんが亡くなる2日前、ばあちゃんと電話で話をした。その時はこんなに早くいなくなるとは思っていなくて、近いうちに一度お見舞いに行こうと考えていたんだ。「もう少ししたら帰るからね、早く元気になってね。」そう言う俺に、ばあちゃんは「元気でやっているか? 風邪ひいてないか? 気を付けて帰っておいで」ってそう言ってた。自分が入院しているのに、俺の事ばかり心配しているんだ。いくつになってもばあちゃんにとって俺は孫なんだよな。きっとばあちゃんは最後まで、子供達の事や、孫達の事、家族の事を心配していたんだろうな。
葬式には遠いところからも、たくさんの親戚が集まった。身内に何かあればこうやって、みんな集まって来るんだ。血の繋がりってすごいよな。俺は一時期そんな繋がりが少し煩わしいと思ったこともあった。俺は横浜で一人で生きていくんだからって。だけど今は帰る場所があるということが、ふるさとがあるということが、本当にありがたいことだと思う。
人は遅かれ早かれ必ず死ぬ。それはとても儚いものだし、どうすることもできない事実だ。人の一生は死んでしまったらそれで終わりなんだろうって、そう思ってきた。だけどこの頃は、少し違う考えも持っている。人と人との繋がりの中で、ずっと生きていくんじゃないかって、そんなことも考えるんだ。俺の体の中には、それまで脈々と受け継がれてきた、たくさんの人たちの血が流れていて、そしてそれはまた新しい命に受け継がれていくんじゃないかって。そんな繋がりのなかで、人はある意味永遠に生き続けていくんじゃないかって。
だから俺は家族の繋がりを大切にしなきゃいけないし、出会った人たちとの繋がりを大切にしなきゃいけないなって、この頃そう思うんだ。
そんなふうに俺と誰かが繋がって、その誰かがまた別の誰かと繋がって、それがずっと続いていって、地球をぐるっと一周しちゃったら、争いなんかなくなるのかもなあ。
2006.2.8 藤原 亮
2006/01/22
雪が降った。俺は岩手出身だからあれぐらいの雪は小さい頃から見慣れているんだけど、横浜であんなに積もると、少し驚くよね。
小さい頃部屋の窓から、降り積もる雪を見ていた。あっという間に、真っ白に染まっていく世界。静寂の中に雪が積もるかすかな音だけが聞こえてくる。それは自分の心の奥のまだ知らない場所から聞こえてくるような気がした。
雪が止んで夜になると、月明かりに照らされて、世界は青白く輝きだす。そんな景色を見ていると少し恐い気持ちになったのを覚えている。
晴れた日には積もったばかりの雪の上を歩くのが好きだった。なんともいえない透き通った空気を吸い込みながら、まだ誰も歩いていない雪の上に、足を落とすと、「キュッ、キュッ」と雪が鳴くんだ。
これが俺の雪のイメージ。昨日横浜に降り積もる雪を見ながら、そんな事を思い出した。
昨日友達が「匂いはいろんなこと思い出させるよね」って言ってた。彼は香水の匂いで、昔の彼女の事を思い出したり、ベビーパウダーの匂いで母親を思い出すんだって。
それと同じように音楽もいろんな思い出を運んでくる。その曲を聴いていた時の自分、一緒に聴いていた友達や、彼女。それぞれの人生と共に生きていく音楽。俺の歌も誰かの人生の一瞬に刻まれたら、本当に幸せな事だと思う。もし俺が死んだ後も、誰かの心に響いてくれたら、なんて素晴らしいんだろう。
2006.1.22 藤原 亮
2005/12/19
元オリックス監督の仰木彬氏が亡くなった。もちろん俺は現役時代のプレーは知らないし、監督になってからも独特の采配が「仰木マジック」と呼ばれていても、それほどすごい人という印象はなかった。ただ仰木氏の野球殿堂入りのパーティーに野茂やイチロー、田口といったメジャーリーガーが出席し、彼らが「自分を育ててくれた恩師」と語るのを見て、初めてすごい人なんだと感じた事を覚えているな。やぱり優れた指導者だったんだろうね。
野茂もイチローも、偉大な野球選手であり、どちらも独特のフォームをしている。野茂もイチローも野球始めた頃はきっと、普通のフォームを教わったと思う。でも他のやつと同じフォームじゃうまくいかなくて、試行錯誤の中であのフォームを見につけたんだと思うんだよ。生物の進化に似ているところがある気がするんだ。野球界で生き延びるために自分を進化させていったんだ。キリンが高いところの葉っぱを食べるために、首が伸びたように(本当かどうかは知らないけど)。
背が低いバレーボール選手ならひたすらレシーブを磨くとか、バスケットならパスやドリブルを磨くとか。NBAに挑戦してる田臥なんかもそうだよね。背が低い日本人選手が2メートルを超える人ばかりの中でどうやって生き延びていくかって事なんだ。
それは何もスポーツに限った事じゃない。誰だって、多かれ少なかれコンプレックスはあると思うし、それを認めた上で、それでもどうやって自分の存在を確立していくかって所から、個性は生まれるんだろう。例えばたいていの男なら女の子にもてたいっていう気持ちがあると思うけど(もちろん男にもてたい男もいるよ)、見た目じゃあいつには敵わないってなった時に、面白さに磨きをかけるとかね。
結局自分にないものを羨んでばかりいてもしょうがないわけで、他のやつが持っていないものを身につけるとか、劣っているものを逆に武器にしてしまうくらいの強さがないと、きっと生き残っていけなんだよ。人間も動物だからね、これは自然界の摂理なのよ。世界で活躍している人たちって言うのは、そうやって自分の存在を確立していったんだろうな。
キリンはそんなこと考えてなかったと思うけど、結果的にあんな個性的な姿になったし、地上にいながら高いところの葉っぱを食べる事が出来ると言う武器を手に入れたわけだよ。
じゃあ俺の武器は?って言うと、今の俺に必要なのは、俺にしか歌えない歌であり、俺にしか出来ないライブなんだ。もっともっと磨いていかなきゃいけないよな。
ちなみに俺は動物の中ではゾウが一番好きだな。でかくて、見た目に愛嬌があって、力持ちで。怒るとスゲー恐いのに(トラやライオンもびびるに違いない)、普段とてものんびりしていて、優しい感じがする。俺はゾウのような男になりたい。ところでゾウの鼻はどうしてあんなに長くなったのだろう…。
2005/11/29
「あぶない刑事(デカ)」という刑事ドラマを知っているだろうか?俺は小学生の頃から大好きでね、今回も最新作を映画館に観に行っちゃたよ。わざわざ映画館まで行かなくても、後でビデオ借りて観ればいいかって思ったんだけど、やっぱり気になっちゃてね、我慢できずに行ってしまった。でも正直今回の作品はあまり面白くなかったな。俺も大人になったってことかもしれないけど、ちょっと期待はずれな感じ。
映画が物足りなかったせいか、その後昔のテレビシリーズをレンタルで借りて来てたんだけど、約20年前の横浜が映っていて、それだけでもなかなか面白い。もちろん当時の俺は岩手のど田舎の小学生で、横浜って都会だなとか思いながら、このドラマを観てたんだけどさ。
あぶない刑事の主人公の2人を、当時の俺は格好いいと思って見ていたんだけど、今見てもあのキャラクターは好きだな。普段結構いいかげんなんだけど、いざと言うところではしっかり格好良くきめるし、自分勝手なくせにふとした瞬間に見せる優しさだったり、人間臭いところがある。ピンチの時でも、ユーモアだったり軽やかさを忘れないしね。そんなところが魅力的なんだな。やっぱり人間自分にないものに惹かれてしまうんだよ。
俺はいつも肝心なところで失敗するし、切羽詰ると無口になったり、顔に出たりするからね。あんなふうになりたいなって思うわけ。
俺よりも少し上の世代になると「傷だらけの天使」のショーケンとか、「探偵物語」の松田優作に憧れてたって人の話をたまに聞くけど、最近はそういうキャラクターってあんまりいないよね。ドラマの中の主人公に憧れて、あんな男になりたいって思って、いろいろ真似しちゃうみたいな。
俺もそろそろ年齢的には、憧れているばっかりじゃなくて、逆に10代の連中に憧れられるような存在にならないといけないのかもしれないけど、まだまだ磨き方が足りないよな。まあ俺みたいな人間は死ぬまで、少しでも自分の理想とする人間像に近づけるように、あがき続けるしかないんだろうな。
毎日落ち込んだり、自分が嫌になったりしながらも、昨日よりは今日、今日よりは明日、ほんの少しでも人間として成長したいよね。
2005/10/24
この前枕を買い換えた。それまで使っていた枕は、横浜に出てきた時に買ったものだから、10年以上使っていたことになるな。2年くらい前から、この枕合ってないんじゃないかなって思ってはいたんだけど。厚すぎると言うか、高いと言うか、あんまり良くない気がしてさ。でもお金に余裕のない俺には、生活費が枕にまわる事はなく、ずっと使ってたわけ。
そうこうしてたら最近なかなか眠れなくなってね。生活が不規則なのが一番の原因なんだろうけど、ついに枕を買い換えるに至ったと言うわけ。生活が不規則なのはもうしょうがないからさ。俺は曲作りは夜中にするから、3時くらいまで起きてるのは普通だし。特に詞を考える時は、基本的に夜中なんだ。周りが寝静まった頃に、自分だけが起きていると言う気分になると、すっと自分の心の中に入っていける気がするんだよね。
だからしばらくは早寝早起きなんてできそうにないから、せめて枕だけでも変えようと思ったんだ。俺が買った枕は低反発枕って言うやつ。しかもゲルマニウム入り。血行も良くなると言う優れものだ。その枕が本当に効き目があるのか分からないけど、とりあえずなかなか眠れないってことはなくなったから、良かったかな。みんなは夢は良く見るんだろうか?俺はほとんど見ないんだ。だから最近記憶に残ってる夢ってほとんどないんだけど、小学生くらいの時によく見てたのは、自分が仮面ライダーになる夢。悪者を倒そうと、格好良く登場して変身するんだけど、最後はいつも敵に追いかけられて、必死に逃げ回る羽目になる。しかも仮面ライダーのくせに、バイクじゃなくて、走って逃げるんだよな。そしてもう駄目だ、追いつかれるって時に目が覚めて、ほっとするっていうのがお決まりのパターン。自分の夢なのにちっとも強くない自分に、いつも情けない気持ちになってた。中学になっても同じ夢を見たときは、さすがに心配になったよね。中学生で仮面ライダーの夢だよ。将来まともな大人になれるんだろうかって思ってたら、案の定こんな大人になりましたとさ。
どんな人間でも、人生の4分の1くらいは寝てるわけだから、気持ち良く眠りたいよね。死ぬまでに一度くらいは、強い仮面ライダーになった夢を見てみたいと願う今日この頃の俺です。
2005/10/10
みんなはレイザーラモンHGというお笑い芸人を知っているだろうか?「フォー!!」と叫んでは、ひたすら腰を振り続けている、マッチョな男だ。初めて見た時は衝撃的だったよね。こんなんでもテレビに出られるんだなと思ったよ。こんな芸風は深夜番組でしか通用しないだろうと思っていたら、普通に昼の時間帯や、ゴールデンと言われる時間帯にも出ているんだよな。教育上良くないなんてくだらない事は言わないけど、小さい子は何だと思って見ているのか、少し気にはなるよね。
この前知り合いが、友達の結婚式の余興で、レイザーラモンの格好をして登場したらしいんだけど(衣装は東急ハンズに売っているそうです。)、年配の人にも相当うけたらしい。今やかなり多くの人たちに認知されていると言うことなんだろう。恐るべしレイザーラモン!
確かに一度見たら忘れないだけのインパクトはあるけど、腰を振る以外におもしろい事なんか何もしてないのに、不思議だよな。
俺はお笑いを志している人間じゃないから、別にどうでもいいんだけど、売れてない芸人にしてみたら、何であんなのがうけるんだって気持ちになるかもしれないよな。俺達はちゃんとネタを作って、打ち合わせしてやってるのに、ただ腰振ってるだけで、売れるなんていいよななんて思ってる奴がいるかもしれない。
彼(本名知らないけど)はレイザーラモンになろうと思ったんだろうか?お笑いで生きていこうと決めて、いろいろと試行錯誤して、売れなかった時期もきっとあったんだと思う。そして最終的に自分はこれで行こうと決断するのは相当の覚悟だと思うんだよね。だって普通に考えて、あれで売れるなんてほとんどの人は思わないでしょ。でも彼はそれをあえてやることで、あそこまで辿り着いたんだから、それは認めざるを得ないよね。
きっと売れてない時には、「そんなんじゃ売れるわけがない」とかいろいろ言う奴もいたと思うけど、彼はあれを貫いたから今があるんだよな。中途半端に面白くもない事を言うくらいなら、腰を振り続けるという潔さの勝利だと俺は思う。あの腰振りを身につけるために相当努力したんだろうし。
これは何もお笑いに限った事じゃない。周りがどう言おうと、俺はこれでいくんだと覚悟を決めた奴、そしてそれを貫いた奴は強いんだよ。
2005/09/16
昨日テレビで言ってたけど、100歳以上の人が2万人を超えるんだって。そのうち8割が女性らしいけど。これからますます少子高齢化っていうのが進んでいくんだろうね。俺達にはどんな老後が待っているんだろうか?
でも2万人のうちの何人かは、実際に今も生きているのか怪しい人もいるらしい。死亡届がないと役所としては生きてることとして、扱うんだろうけど、そういう人たちは身寄りもないまま、誰にも知られず、死んで行ったんだろうか?
核家族化が進んで、老人の一人暮らしも増えているし、何十年も生きてきて最後に一人ぼっちで死んでいくとしたら、それは本当に寂しいよね。これからはどう生きていくかと言う事と同じくらい、どう死んで行くかということも考えなきゃいけないんだろうな。寿命は自分では決められないけど、いつか必ず訪れるものだからね。
俺は今のところ、あんまり長生きには興味がないけど、理想はいつまでもライブを続けていたいって気持ちはあるよね。ストーンズにしても、60歳を超えてるとは思えないライブをしてるからね。ミック・ジャガーは毎朝のジョギングを欠かさないらしいし。いつまでも若くいようとか、スタイルを維持しようという努力は死ぬまで欠かしちゃいけないんだなって思うよ。そういう人たちは本当に格好いいと思うし、俺もそんな風に歳を取りたいよね。
100歳まで生きられる人もいれば、もっと短い時間で一生が終わってしまう人もいる。それはもう運命としか言いようがないのかも知れないけど、どうしてなんだろうって考えてしまうよ。何も悪い事していないのに、自分ではどうしようもないことで、死んでしまう人がいる。だからこそ今日まで生き延びてこられた俺達は、死ぬまで精一杯生きなくちゃいけないんだと思う。
海援隊の「母に捧げるバラード」って歌の中で、武田鉄矢のお母さんが「少しでも楽したいとか思ったら、死ね、鉄矢」って言ってるフレーズがあった気がする。どんなに体が衰えても、人間として少しでも成長しようとする気持ちは持ち続けなきゃいけないと思し、それにはいろんな苦しみが伴うんだろうけど、そこから逃げちゃいけないんだろうなって思うよ。
もし俺も100歳まで生きられるとしたら、まだ3分1も生きてないことになる。そう考えると、途方もない時間のように思えるけど、せっかく生まれてきたから、出来る限りいろんな事を経験してみたいよな。
2005/08/15
今日8月15日は終戦記念日だ。「記念日」って言い方も少し変な気がするけど、とにかく太平洋戦争が終わって今日で60年になる。ジョン・レノンが「HAPPY X’MAS(戦争は終わった)」という今でもクリスマスの時期には
必ず耳にするこの曲を発表したのは1971年。だけどいまだにこの地球上から戦争はなくなっていない。今はテロリスト対国家という形に変わったけど、たくさんの人たちが犠牲になっていることに変わりはない。
2001年9月11日の事件があった後、俺は「夜明けの唄」を作った。それは人生観が変わるほどのあれだけの事件があって、何も表現しないなんて音楽やってる意味がないと思ったからだ。だけど俺が知る限り、いわゆるメジャーと言われるミュージシャンでなんらかの表現をした人はほとんどいなかった。俺なんかよりずっと影響力を持っているのになぜなんだろうと、憤りを感じた。軽いノリのラブソング、上っ面だけの応援歌。需要があるわけだから、聞く側
にも問題があるのかもしれないけど、アーティストがそれに甘えてちゃいけないよな。
もちろん俺にだって葛藤はある。「理想と現実は違う」っていう意見もわかる。政治・経済・宗教いろんなものが複雑に絡みあってるわけだから、簡単じゃないって事も少しは理解しているつもりだ。だけど俺は音楽が持っている力や可能性を信じたから、歌を作ろうと思ったし、それは今だって変わってない。
俺は戦争を体験した事はないけど、人が死ぬのは見たくないし、悲しんでいるよりは、笑っていて欲しい。俺が表現したいのはそういう当たり前の感情なんだ。それが理想だといわれてもやっぱり俺は理想を掲げたい。60年経っても戦争がなくなっていないと言う現実をみると、この先も戦争はなくならないんだろうって思ったりもするけど、それを許しちゃいけないよな。
8月15日みんなはどんな事を考えただろう。
2005/06/26
コンフェデ杯、日本惜しかったね。ブラジル相手に引き分けるとは。俺は試合開始時間が4時近かったから、最初からあきらめて観なかったけど。スポーツニュースで結果を知って、後悔したよ。あと一点取れるか、取れないかが世界の上位の国との差かもしれないけど、1年後のW杯に期待をもたせる内容だったことは確かだよね。
昨日サッカー番組で、ブラジル戦の舞台裏って言うのをやってて、その中でサントス選手の家族の様子を放送してた。ブラジルにいる家族が、試合の放送をテレビで観戦している時の映像。サントスは日本に帰化したけど、家族はみんなブラジル人だからね、どっちを応援するか複雑な気持ちのかなって思ってたら、全然違ってた。家族全員日本代表のユニフォームを着て、日本を応援してたよ。お父さんなんか日本が得点した時には、立ち上がって大喜びして、試
合が終わって、日本の予選敗退が決まると、涙ぐんでた。
ブラジルの人にとってサッカーは特別なものだろうし、代表チームは国の誇りでしょ。でも息子がいる日本とどっちを応援するかって言う事になると、息子のいるチームを応援するんだね。当たり前の事かもしれないけど、あらためて血の繋がりってすごいなって思ったよ。最近15歳の少年が両親を殺した事件や、兄弟を殺した事件があったから余計そう感じたのかもしれない。
その少年達が取調べの時に話してたとされる内容を聞いても、すごく冷ややかな感じがする。肉親を殺してしまったという、後悔や悲しみが伝わって来ないんだよね。インターネットやメールでどんどん知らない人とも繋がっていけるのに、一番身近にいる人と心が繋がっていかないというのは、本当に寂しい気がする。家族、友達、近所の人たち、そういった生身の人間との直接的なつながりというものを俺達はもう一度考えなければいけないのかもね。
2005/05/15
先日無事に30歳になりました。未だに実感はないんだけどね。まあ30歳になったからといって、急に何かが変わるわけではないし。ただ事実として、もう30年も生きたのかという事は思うよね。
30歳って世間的にも、俺のイメージとしてもいい大人だと思うんだけど、中身がともなってないからな。まだまだ一人で生きていくので精一杯なんだけど、普通なら、結婚もして、子供の一人や二人いてもおかしくないもんね。そういえばこの前、大学の時に一緒にバンドやってた友達から、奥さんが二人目を妊娠したってメールが来たけど、そういう歳なのよ。
実際最近はライブの対バンの人も年下の人が多くなってきてはいるからね、俺の場合はとりあえずは音楽で、そろそろ下の世代を引っ張って行かなきゃなって思ってる。それは何も音楽をやってる人に対してってことだけじゃなく聴いてくれる人に対しても、30になった俺が何を表現するのか、何を表現できるのかという事をしっかり見せていきたいよね。
この前カオルさんという人のライブを見に行ったら、「27歳で死ねなかったミュージシャンは50歳、60歳まで音楽を続ける義務がある」って言ってた。カオルさんは確か43歳って言ってたけど(違ってたらカオルさん、ごめんなさい)、まだまだちゃんととんがってるっていうのかな、自分に対しても、世の中に対しても噛み付いている感じがかっこ良かったな。俺も本当に50歳になっても、60歳になっても歌っていたいと思うんだけど、そのためには、この1、2年が大事だと感じてる。そういう意味では一つのいい区切りなのかもね。ここからまた気持ちを新たに頑張ろうって思うよ。
20代前半は根拠のない自信だけで、何もわからずやってきて、少しづつ、現実は甘くなってこととか、自分に足りないものが見えてきて、20代半ばは迷っていた時期もあった。でもここ1年くらいでようやく、自分がどうなりたいのか、どこに向かって進んで行けばいいのかわかったような気がする。今さらだけど、やっとスタートラインに立てた気がしてるんだ。あとはただ駆け抜けて行くだけだよ。
2005/05/02
プロ野球の2005年シーズンが始まって、約一ヶ月が過ぎた。我が横浜ベイスターズは、まずまずのスタートが切れたんじゃないかな。牛島新監督がいい感じだよ。気持ちが伝わってくるし、選手起用も信念もってやってる気がするし。大魔人佐々木の調子が上がらないのが少し心配だけど、今年はとりあえず、最下位脱出、出来ればAクラス入りして欲しいよね。今年はスタジアムの内野席のフェンスがなくなったから、俺もグローブもって見に行こうと思ってるよ。多分去年よりは勝ちゲームが見られると思うし。
生で観る野球はお勧めだよ。俺は横浜スタジアムしか行った事ないから、他の球場とかどうなのかわからないけど、通路を通って、グラウンド全体が視界に入ってきた瞬間、それだけでちょっと感激するよ。
今年のシーズンの話題としては新規参入の「東北楽天」があったけど、案の定、厳しい感じだね。チームが決まるまでに時間がかかったり、選手層からいっても仕方ないところはあるけど、オープン戦の感じだともう少しやれるかなって思ってたよ。俺も岩手出身だからね、頑張って欲しいな。
巨人も今のところ苦しい戦いが続いてるね。視聴率もどんどん下がってるみたいだし。でもこれも仕方ない事だと思うよ。昔は田舎の人間は巨人戦しか観られなかったけど、今は札幌にも、仙台にもチームが出来て、きっと中継もしてるんだろうし、そうしたら地元のチーム応援しちゃうよね。新しい選手も出てこないしさ。他のチームから取ってきた選手が活躍しても、それは当たり前って気がするし。若手で2軍から上がってきたような人が活躍すると、盛り上がるんだろうけど。ちょっと活躍しても、また他から入ってきちゃうから、頑張りようがないよね。2軍で埋もれてる選手いっぱいいると思うから、横浜
とか、楽天にわけて欲しいよな。
それと野球のほかのスポーツとの楽しみ方の違いの一つに、観てる人みんなが監督気分になれるって言うのがあると思うんだけど、巨人にはそういう楽しさってあまりないんだよね。野球って一球ごとに間があるからさ、その間に、自分なりの采配を考える楽しみがあるんだけど、巨人の特に攻撃に関しては、ほとんどそれがない。4番バッターばっかり並べてるからね。選手やカウントによって、ここで走らせたら面白いなとか、エンドランはどうだろうとか考える余地があれば面白いんだけど、巨人にはほとんどそれがない。試合としてもつまらないよね。
まあ俺としては横浜が勝ってくれれば、それで十分うれしいんだけど、野球ファンとしていい試合、いいプレーをたくさん観たいよね。
2005/03/02
この前初めてインフルエンザにかかってしまった。今年の冬は風邪もひかずに、順調に来てたのに、最後の最後にでかいのが待ってたよ。
最初はただの風邪だと思って、一日寝てれば平気かなと思ったんだけど、2日たっても全く良くなる気配がない。3日目にとうとう医者に行ったよ。去年久し振りに歯医者に行ったけど、体調が悪くて、医者に行くのは10年振りくらい。しかもその時点では風邪だと思ってたからさ、なんか情けない気持ちだったよね。俺風邪は気合で治せると思ってたから、もう気合じゃどうにもならない歳になったのかなって。
ところが医者行ってインフルエンザって言われて、驚いた反面、ちょっとうれしかったね。インフルエンザじゃ気合で治せなくてもしょうがないかって。別に歳とって俺の体が弱ったとか、そういうことじゃないんだなって。病院で体温測ったら38度5分。家では体温測ったりしないからわからないけど、前の日の方がもっと調子悪かったから、39度以上あったかもね。
その日は薬もらって帰ったんだけど。それから良くなるまでにさらに2日寝てたよ。だから合計4日間寝てた事になる。俺にとっては4日も何もしないで
家にいるなんて初めてのことなんだけど、ほとんど寝てたから、感覚としては1日くらいの感覚だった。
2月27日にはツーマンライブも控えていたから、少し焦ったけど、考えようによっては、1週間前でよかったよね。1週間ずれてたら、ライブできなかったからね。そういう意味では俺は運がいい男かも。
ライブ来てくれたみんなどうもありがとう。病み上がりで体力も落ちてたし、不安もあったけど、熱心に聴いてくれるみんなのおかげで、1時間のステージをやりきる事ができたよ。
それとまだまだインフルエンザ流行ってるみたいだから、みんなも気をつけてよ。やっぱり手洗いとか、うがいとかそういう昔から言われてる事が、なんだかんだいっても予防には一番みたいだから、外から帰ってきたら忘れずに。
2005/01/31
今夜はいつもよりたくさん星が見える。その分すごく寒いんだけど。考えてみれば、最近夜空を見ることって少なくなった気がする。時間に追われているせいなのか、横浜ではあまり星が見えないからなのかわからないけど。
俺の実家は岩手なんだけど、岩手にいた頃は、けっこう星を見るのが好きだった。別に星座とか詳しくなかったし、望遠鏡とかで見るわけじゃないんだけど、ただ満天の星を見てるのが好きだったな。横浜に来たばかりの頃、本当に都会の方では星が見られないんだって思った。そしてあの星空は都会の奴らに自慢できるなって思った。特に冬の星空は素晴らしいんだ。
俺の実家の周りは田んぼばかりで、こっちと違って高いビルなんかないからさ、見渡す限り空が広がっていて、そこに無数の星が広がっているんだよね。外に出て空を見上げてると、自分の立っている場所が世界の中心のようで少しうれしいような気もしたし、逆に空に吸い込まれてしまいそうで怖い気もした。この広い宇宙から見れば、俺の存在なんて本当にちっぽけなんだろうなって思ったし、だからこそ俺が今ここに生きてる証みたいなものを見つけたいとも思った。
俺が横浜に来てから、かれこれ10年近くになる。高校生の時から一人暮らしをしてたから、家族と住んでいた年月と、家を出てからの年月がもうすぐ同じ長さになる。家から遠く離れれば離れるほど、逆にふるさとへの思いは強くなった気がする。結局俺の原点はあそこなんだなって。
別に田舎が恋しいって言うんじゃなくてね。俺は誰なんだ、俺は何がしたいんだって考える時に、最終的に辿り着くのは、幼い時に見た風景だったり、その時感じた気持ちだったりすることってあるんだよ。自分が生まれ育った環境からは逃れられないなって思うし、それをなくしてしまったら俺が俺じゃなくなるような気がするし。
俺が今まで見たもの、聞いもの、感じたもの全てが、今の俺につながっていて、その一番最初の場所が俺にとっては岩手なんだよね。良かった事も、悪かった事も全部ひっくるめて俺だから、それを認めたうえで、これからどう生きていくかってことなんだよ。
2004/12/29
今年も残りわずか。ほんとあっという間だよね。こんな事言うとオッサンみたいだけど、どんどん一年が早くなっていくんだよね。一日も早く感じるしね。子供の頃の日曜日なんか、午前中遊んで、昼ごはん食べて、午後も遊んで、それでもまだ夜があるって感じだったけど、今はちょっとボーっとしてると何もしないまま一日終わっちゃっうこともあるからな。この感覚の違いって何なんだろう。子供の頃は30分のアニメを観ても、大満足って思ったけど、今は別に見たくもない番組をダラダラ見てるうちに、1時間2時間あっという間に過ぎちゃうんだよね。
今年一年振り替えってみると、やっぱり悲しいニュースの方が多かった気がするね。オリンピックもあったし、イチローの新記録とかそれなりに感動的な出来事もあったんだけどさ。地震や台風もあったし、拉致やイラクの問題は解決の兆しは見えないし。強盗や、殺人事件のニュースは聞かない日がないほどだったし。少しぐらいの事件じゃ驚かなくなってる自分がいたりするんだよね。でも子供が安心して外で遊べない社会とか、何でも疑ってしまわなければいけない世の中とか、やっぱりおかしいよな。来年はもっと明るい話題が増える事を祈るよ。
俺個人としての一年は、まあまあ充実していたかな。今年はいろいろと新しい場所でライブをやったし、本数も去年よりずっと多かったし。そんな中で出会いもたくさんあったしね。来年もこのペースを維持しつつ、より多くの人に聴いてもらえたらいいなって思ってる。もちろん曲も、ライブの内容も今年以上のものなるように頑張らなきゃいけないけどね。
俺のライブに足を運んでくれた人、このホームページを見てくれた人、本当に感謝してます。来年もよろしく。
2004/12/12 この前久しぶりに野球をしてきた。大学の時の友達が、草野球チームに入っていて、前から誘われていたんだけど、なかなか予定が合わなくてね。悪いなと思ってたんだけど、ようやく俺が空いている日と重なったから、参加させても
らった。
俺は中学の時野球部で、大学の時も野球サークルに少しだけ顔出してたんだけどね。その後も実家の草野球大会に参加した事もあったけど、それにしても、野球するのってたぶん5、6年振りだと思うんだよ。押入れからグローブとスパイクを引っ張り出してきたよ。
場所は多摩川の河川敷。その日はチームの中での紅白戦だった。グローブするのも久しぶりだし、ボール握るのも久しぶりだからね、最初は不安だったけ
ど、意外に体が覚えてるもんだね。サードを守ったんだけど、予想以上に守備は無難にこなせたかな。でもサードからファーストがすごく遠く感じたな。中学の時の遠い記憶では、ボールを取ってから、一連の動作で楽に投げてた気がするんだけど、この前は、「取った、投げなきゃ」って感じ。自分の動きがやたら遅く感じたよ。
打つ方もそこそこボールにはついていけたけど、やっぱり自分のイメージとはかけ離れてるんだよね。自分の中ではすごく打てそうな感じなのに、フライになったり、ボテボテのゴロだったり。
何を勘違いしたか、途中調子こいてピッチャーまでやったんだけど、これが最悪で。全然ストライクが入らない。どう投げたらどこに行くっていう感覚が全くわからない。俺のせいで試合ぶち壊し。初参加なのに、申し訳なくてね。
すぐ調子に乗っちゃうところあるからね、俺の悪い癖。反省したよ。
でも久しぶりの野球は楽しかった。俺やっぱり野球好きだなって、再認識したよ。ライブで流す汗とはまた違う気持ちよさがあるね。時間があったらまた参加させてもらうつもり。でもピッチャーはやめとこうかな。
2004/11/26
昨日久しぶりに「ラストワルツ」っていうバーに行ってきた。2年振りくらいになるのかな、70年代のアメリカンロックのレコードがたくさん置いてある店。その年代の音楽が好きな人なら店の名前聞いてピンときたと思うけど、「THE BAND」っていうバンドの最後のライブの「LAST WALT S」からとった名前。
もともとは友達に教えてもらって行くようになったんだ。その友達も音楽が大好きで、俺以上に音楽に詳しくてね、とにかく幅広い。洋楽も、邦楽も、ジャズもクラシックも聞く奴だったから、そいつのおかげで俺も少しは聴く音
楽の幅が広がったな。ギターも俺よりもずっとうまくて、一時期ギタリストになりたいって思ってたこともあったみたいだけど、断念して今は小説家を目指してる。去年田舎に帰っちゃったけど。
久しぶりに行ったのに、そこのマスターは俺の事も、友達の事も覚えていてくれてね、うれしかったな。10人くらい座れば、いっぱいになるような小さい店なんだけどね、雰囲気もいいからぜひみんなも飲みにいってみてはどうでしょうか?横浜駅の東口を出て、歩いて5分くらいかな。
ちょっと前に「ぶらり途中下車の旅」で相鉄線の時に、横浜駅東口の飲み屋がある辺りを、「裏横浜」と呼ばれてるって紹介してた。そんな呼ばれ方してるって初めて聞いたし、今でもそんな呼び方してるの聞いたことないんだけど、「ラストワルツ」もその辺りにあるお店。たくさんレコードがあるから、リクエストすればかけてくれるしね。
俺は初めて行ったときに、「トム ウェイツ」って人の曲をかけてもらった。高校の時から「トム ウェイツ」は聞いてたんだけど、この人の曲は薄暗い飲み屋で、酒を飲みながら聞いたら最高だろうなって、勝手に憧れていて、それが実現できてうれしかったな。ちょっと大人になった気分だったね。
でもああいうお店をやっている人っていうのは、人を覚える記憶力がすごいのかね。家の近所にあるバーもずいぶん行ってなかったんだけど、この前ボーっと歩いてたら、「久しぶり」なんて声をかけられたんだよね。俺なんかなかなか人の顔と名前を覚えられないからね、絶対向かない仕事だよね。
ウイスキー2杯飲んで帰ってきたんだけど、最近聞いてなかった昔のCDとか久しぶりに聴いてみようと思った夜でした。
2004/10/27 毎週のように台風が来たり、地震が起きたり、なんか大変なことになってる。ちょっと前に「デイ・アフター・トゥモロー」っていう映画を観たけど、異常気象で地球が氷河期みたいになっちゃうっていうような話だったと思うんだけど(映像としては面白かったけど、ストーリーはいまいちだったかな。)、それに近い感じがするよ。日本だけじゃなく、世界中で毎年異常気象って話を聞くし、地球全体にガタが来てる気がする。
恐竜が絶滅したように、やっぱり人間もいつかは滅んでしまうのかね。そうなったらどうなるんだろう。別の生き物がの時代になるんだろうか。ゴキブリとか生命力強そうだから、生き残って、進化してなんてことになるのかな?ゴキブリは人間にすごく気持ち悪がられているけど、ゴキブリにも気持ち悪いと思う生き物がいたりして、進化したゴキブリが、殺虫剤でその生き物を追い掛け回してたりして。
地球そのものもいつかはなくなるんだろうし。そう考えると、きっと大昔には地球と同じように、生き物がいて、滅んだ星とかありそうだね。古い壁画の中には宇宙人みたいな絵があるって言うのも、テレビでみたことあるし。今だってどこかには、生命のいる星は絶対あると思うんだよね。
小学校の時とか考えた事があるんだけど、宇宙って実は水槽みたいなもんで、俺らがメダカとか飼って、観察するみたいに、外から眺めている奴がいる
んじゃないかって。顕微鏡とかでそいつがいろんな星を見てるわけ。そんで「この星にもやっと生命が誕生したか」とか、「こいつらまた戦争してるよ、ばかだね。」とか言ってるの。そんなこと考えてると、俺の存在ってって何なんだろうとか考え出して夜眠れなくなったりした。
宇宙のレベルで考えると、人間なんてほんとちっぽけなもんでさ、その中で悩んだり、怒ったり、好きになったり、嫌いになったりしてるんだよね。でもちっぽけだからこそ、目の前の毎日を精一杯生きていかなくちゃいけないのかなって思ったりもするんだ。
俺があとどれくらい生きられるのかわからないけど、曲を書いている人間としては、100年経っても歌い継がれるような作品を残したいよね。そうすれば俺が死んでも、俺の伝えようとした精神は生き残るわけだから。実際に曲を書いているときは、そんなこと意識したりはしないんだけど、結果としてそうなるような、素晴らしい曲が生まれたら、幸せな事だよね。もちろん人類が100年後も生き残っていればの話だけど。
2004/10/06
情けない事に、虫歯になってしまった。10月1日のライブの前ぐらいから何か痛いなって思ってたんだけど、次の日になったらどんどん痛みが増してきて、ごはん食べるのも大変になってきて。でも歯が痛いと言うより、もっと内側の歯茎とか骨が痛いって感じだったんだよね。まさか虫歯とは思ってなかったけど、痛みに耐えられず、歯医者さんに行ったら右上の親知らずが虫歯だって。けっこう気をつけて磨いていたつもりだったんだけどね。歯の治療なんてたぶん小学生の時以来だから、なんか落ち込んじゃったよ。
4日の月曜日に抜くって事になって、その日は家に帰ったんだけど、そこからまた痛みが増してきて、顔まではれてきてさ、口が開かなくなって。しょうがないから、レトルトのおかゆ買って来て、少しずつ流し込む感じで食べたてたよ。
月曜日になって、歯医者行ったら、はれてるから抜けませんって言われてさ。結局今日抜いてきた。今日もまだはれが完全にはひいてなかったから、口が全開には開かなくて、抜くの大変だったみたい。麻酔効いてたから痛みとか全然なかったんだけど、頑張って口開けてるのがつらかったな。あと痛みはなくて も、音は聞こえてくるし、なんとなく感触は伝わってくるから、ミシミシいって る感じとか、グリグリやられてる感じがわかるんだよね。今俺の歯はすげい力で ひっぱられてるんだなって想像してたら、ちょっと気持ち悪くなってきてさ。
抜けた歯を見せられたんだけど、表面が真っ黒で、なんかすごく恥ずかしい ものを他人に見られてしまった気になって、また落ち込んだ。しかもなぜかよ くわからないけど、看護婦さんに「これ洗ってきますね」なんて言われて、抜
けた歯をわざわざ洗ってもってきてくれたりして。早く捨てちゃってくれって 感じだったんだけど、しまいには「持って帰りますか」って聞かれてさ。こん な物もらってもしょうがないだろって思ったんだけど、中には持って帰る人も
いるんだろうね。一応俺のものではあるから、勝手に捨てちゃいけないとかあ るのかもしれないけど。
抜くときは全然痛くなかったんだけど、後からどんどん痛くなってね、帰り がつらかった。歩くのもやっとって感じで。でも1時間くらいで痛みもなく なって、今はもうすっきりしたね。やっぱり悪いものが口の中にあるって考え
ただけで気力が萎える感覚があったけど、身も心もさっぱりした感じ。はれも ひいてきたし、口も開くようになってきたし。
明日くらいからは、もう少しまともなものが食えそうだよ。何が一番つらい かって、普通のごはんが食べられない事だよね。毎日のように食べてる納豆ご はんが恋しくて恋しくて。あと焼き魚とか食べたくてたまらなかったもんね。 普通に口をあけてものを噛むことができるありがたみが身に染みたよ。
みんなも歯には気をつけようね。磨いているつもりでも、奥の方とか磨き残しがあるってCMとかで言ってたのは嘘じゃないね。これを機に定期的に歯医者さんに通おうかと考えている今日この頃の俺であります。
2004/09/18
ついにプロ野球のストが決まったね。俺は難しい経営の話とかよくわからないけど、今回の報道とかを見ていて一番感じたのは、オーナーとか球団代表とかいう人たちが本当に野球好きなのかなってこと。記者会見でも腑抜けた顔して、熱意が感じられない話し方でさ。選手とのテンションの違いがありすぎて見ていてなんかイライラしてくるよね。やる気が全く感じられないよ。
言ってる内容も突っ込み入れたくなるような話ばかりだし。来年からの新規参入は時間的に難しいとか言ってたけど、それは新規参入する側が言うならわかるんだよ。でもライブドアの社長とかは来年からでも出来るって言ってるんだから、お前らが無理って言うのおかしくねーか?常識的に考えて5チームでやるより6チームでやる方が言いに決まってるんだし。今回の選手会の要求だって出来ないって言う前に、やれるだけのことはしてくれよって事でしょ。
だいたい時間なくなったのは自分らが何もしなかったからだろう。合併の話が出てから何ヶ月も経っていて、その間選手会の話し合いには応じないで、今さら時間がないはおかしいよな。
ファンや選手の方に全く気持ちが向いてないって感じだな。経営のことに選手が口出すな、俺達が雇ってやってんだって事なのかもしれないどさ、「事件は会議室で起こってるんじゃない」って事なのよ。現場である選手や、ファンを無視して良い方に向かうわけないだろう。それなのに今回のストに関してはファンのことを考えてストはするべきではないとか言ってるし。いろんな報道からも今回のストに対しては指示する人が圧倒的に多いのは明らかだから、戯言にしか聞こえないけどね。
選手だってこんなことしたくないと思うよ。古田とか見ていて辛そうだもの。昼は会議して、夜は試合に出て。それでちゃんと試合で結果残してるからすごいよな。経営者側にまかせてていい方向に向かうんなら任せてるはずなんだけど、それじゃどうにもなりそうもないから自分達がやらなきゃって事でしょう。
昨日の夜その古田が某局のスポーツ番組に出演していたんだけど、その中で視聴者からのFAXが紹介されてた。内容は古田を応援するものが多かったんだけど、それを聞いて古田が体を震わせて、声を詰まらせて泣いてたんだよね。
俺はスポーツ選手のああいう涙は初めてだったから、すごく衝撃的だった。勝ってうれし泣きとか、負けて悔し泣きとかはあるけど。40歳近い男が、もう何試合もプロで試合をしてきて、何億も稼いでる男が、テレビに出てこらえきれずに泣いていた。それは励ましの言葉をもらったうれしさだけじゃないと思う。それよりはむしろ悔しさや、怒りや、もどかしさや、自分達も望んではいないとはいえ、ストをすることになった申し訳なさや、そういった気持ちの方が強いのかなって俺は思った。いままで古田って、見たからもプレーからもクールで賢い選手ってイメージだったんだけど、印象が変わったな。
もちろん選手側にも全く問題がないともいえないけどさ。いい選手はどんどんメジャーに行ってしまって、魅力的な選手が少なくなっていると俺も思うし。その割には年俸高いんじゃないのとかね。それこそ現場の人間はいいプレー見せてなんぼだからさ。
野球ファンとしてはいいプレー、いい試合を多く見られれば満足なわけだから、そのためにどうしたらいいのかってことを、真剣に考えてほしいよね。目先の自分達の利益のことだけじゃなくてね。サッカーのワールドカップやチャンピオンズリーグのようなものがあってもいいと思うし。あの頭の古い、気の抜けたオーナー連中じゃどうにもならなのか。
俺も金さえあれば新球団作って、あいつらに説教の一つでもしてやるんだけどな。
2004/08/31
ついにオリンピックも終わったね。とにかく今回は日本人選手の活躍がすごかった。毎日誰かがメダルを取っていてハイライトとか見るのが毎日楽しみだったよ。
でも、前にも書いたかもしれないけど、ふと冷静になると、俺はなぜ日本人選手を応援するんだろうとか、日本人が勝つとうれしいんだろうって考えてしまう。別に知り合いでもないからさ、日本人だろうが外国人だろうが素晴らしいプレーを見せてくれればそれでいいはずなのにね。やっぱり日本人と言うだけで少しは身近に感じるのかな?
陸上とか見てると特にそう思うんだけど、筋肉の付き方とか明らかに違うし、バレーやバスケでは身長の違いを感じるし。体格では負けている日本人が頑張っている姿に応援したくなるのかな?でもアメリカ人はやっぱりアメリカ人応援するよな。俺もアメリカ人だったらアメリカの応援してると思うし。
じゃあなんだ?自分と同じ国籍を持ち、自分と同じ言語を話して、見た目もまあ外国人よりは自分に近いと言う事が、親近感にもつながるし、同胞意識にもつながるんだろうか。俺の場合は同じ日本人でも、岩手出身の人により親近感を覚えるのも事実だし。甲子園の時とかは母校でなくても岩手の高校の結果気になるもんね。
「人はどこかに所属している事で安心感を得る生き物だ」みたいなことなんかで聞いたことあるけど、やっぱりそうなんだろうな。国籍もない、ふるさとも家族もないっていう人生は寂しいものなのかもね。オリンピックみたいな世界的な大会で自分の国を応援する事が出来るっていうのは幸せな事だよ。
でも今回もメダルを取った人の影で、誤審があったりね、男子のマラソンではわけわかんない奴が乱入してきたりしてたし、ああいうのってどう気持ちの整理をするんだろう?4年に一度だよ。実力で負けたなら仕方ないだろうけど、間違った判定や、他の人の邪魔で負けてしまうってやりきれないよな。そういうことも含めて勝負だと言ってしまうのは簡単だけど、1日や2日の話じゃないからね。4年間という時間は相当に重いと思うんだよ。
そんな状況でも明るく振舞ったり、文句一つ言わない姿を見ると、本当に偉いなって思っちゃうよ。心の中ではすごく悔しい一杯なんだろうにね。
個人的に今回一番悔しかったのは、野球だね。初めてオールプロのチームという事も会ったし、今野球界が合併問題で大変な時だからね、金メダル取って欲しかったな。長嶋監督のためにというのもあって、プレッシャー感じてたのかな。観てても緊張感伝わってきたもんね。逆に新庄みたいな明るいノリの選手がいたほうがバランス取れて良かったのかなって、今になっては思うけどね。俺としてはメジャーリーグに行ってるイチローや松井が加わった全日本の真剣勝負を早く見てみたいな。2004/08/02 この前2年数ヶ月ぶりに実家に帰ってきた。実家で法事があってね。ばあちゃんの7回忌だったんだけど。俺はばあちゃんにいろんな事を教わった。学校の勉強とかそういうんじゃなくて、硬く言っちゃえば道徳的なことだよね。
今思えば、俺の考え方の基本になってるのかもしれないな。嘘ついちゃいけないとか、家族の大切さとか、人の話をちゃんと聞くとか、そういう人としての基本みたいなもの。今それが100%出来てるかって言われたら、そうじゃないから、そんな時は、「ばあちゃんごめん」って思うこともある。
親は共働きだったから、小さい頃は親が帰ってくるまではじいちゃん、ばあちゃんと一緒にいる時間の方が多かった。じいちゃんはどっちかって言うと寡黙な人で、黙々と畑仕事をしている姿を思い出すな。手伝いもさせられたし。俺は小さい頃けっこう体が弱かったから、あれで丈夫になったって思ってる。
二人とももう死んじゃったけど、いまだに感謝してる。
だから久しぶりにお墓の前で手を合わせたとき、俺は横浜で頑張ってるって胸を張って言えるのかなって考えてしまった。今の生活に慣れきってないか、どっかでこんもんだろうって妥協してないかって。まだ何一つ成し遂げていない俺がそんなんじゃしょうがないもんな。そういう意味ではもう一度自分を見つめ直す事が出来た気がする。
正直言うと実家に帰るときは少し気が重かったんだよね。横浜に来て9年になるけど、いつまでそんな生活続けるんだって家族や親戚から言われるんじゃないかって。でも実際はそんなことなくて、やっぱり故郷はあったかかったよ。体に気をつけろって言ってくれたり、頑張れって言ってくれたり。自分で決めた事だし、いろんな人の批判も覚悟の上で始めた事だしね。今度はいつ帰るかわからないけど、いつ実家に帰っても俺は頑張ってるよって、胸張って言える自分でいたいよね。
余談だけど、実家に帰るといつも体調崩すんだよね。今回もやっぱり風邪をひいてしまった。ようやく治ったけど、どうしてなんだろう。
2004/07/08
昨日は七夕だった。七夕ってイベントとして地味だから俺は好きだな。クリスマスみたいにその日に予定入ってない奴は負け組み、みたいな脅迫的な感じがないでしょ。
でもそもそも織姫と彦星の話ってどんな話だったかよく覚えてないんだよね。なんで二人は別れ別れになって、一年に一回しか会えなくなったんだっけ?
まあ理由はどうであれ実はすごく悲しい物語だよね。そんな日に願い事をしようとする俺達って、なんかすごく卑しいかも。織姫と彦星が一年ぶりに再会するってだけで、感動的で素晴らしい事なのに、自分の願いもかなえたいって言うのはよく考えると欲張りすぎかもね。
家の近くの駅前にも七夕飾りがしてあって、短冊にいろんな願い事をしてるんだよね。小学生から高校生ぐらいの人達が書いてるんだけど、やっぱりそれぞれの年代で願い事が違うんだよ。
小学生だと「ゲームソフトが欲しい」とか、「逆上がりが出来ますように」とかだし、中学、高校ぐらいになると、「新人戦で勝てますように」とか、「志望校に進学できますように」とか、「○○君とずっと一緒にいられますように」とか、部活や、進路や、恋愛のことになるし。
中には「今年こそ家族が仲良くなりますように」とか、「お父さんが優しくなりますように」とか少しヘビーなものもあたっりして。
一番面白かったのは、「一度でいいからおぎやはぎに会いたい」っていうやつ。俺は「おぎやはぎ」の笑いって好きだから、そのセンス悪くないなって思ったけど、それを短冊に書くってどうなのよ?それに会うだけで良ければ、けっこう簡単に会えそうな気がするし。
俺の願い事は、いつも言ってることだけど、いい曲が書けて、いいライブができたらいいなって事。それと今まで出会ってきた人たちが、それぞれの幸せを感じながら毎日を過ごせたらいいなって事かな。
どうでもいいけど、俺はいまだにどっちが「おぎ」でどっちが「やはぎ」か分からないんだよね。二人ともメガネかけてるし。
2004/06/20
6月12日はHagin’s Bφ(ハギンズ ビー)でのライブでした。
このHagin’s Bφ(ハギンズ ビ−)というお店は、ベルズで何度も対バンをしてきた、秋元年行さんがオーナーとして新しく始めるお店で、そのプレオープンに出させていただいた次第です。
場所は大和駅(相鉄線・小田急線)から歩いて10分くらい(俺は少し迷ったから、実際はもっと近いかも。)のところ。マインマートというお酒とかが安いお店の近く。このマインマートというお店は地元の人には結構有名らしい。
Hagin’s Bφという名前の由来なんだけど、Haginって英語かなって思って久しぶりに辞書引いてみたんだけど、載ってない。それで秋元さんに聞いてみたところ、秋元さんが昔は「ぎちゃん」って呼ばれていて、最後に「ン」が付く名前がいいなって思って「ハギン」、「’s」で「ハギンの」って意味だよね。それで「B」は「Bar」の「B」なんだって。秋元さん曰く「俺にBarなんてできるのかな?」って気持ちが最初はあったらしく、とりあえず「Bar」の頭文字をとって「B」をつけたとか…。それから最後のφ(ファイと言う記号、お店の名前としては発音しない)は、マイナー・セブンス・フラット・ファイブというコードを表すときに使う記号。これは大和駅が5番目と7番目の駅になるからってこの記号をつけたらしい。でもこの話聞いた後、お酒が入ったりしたもので、あまり記憶が定かではないんだけど、確かそんな事言ってた。詳しいことは機会があったら本人に聞いてみて。
この日はSpirits、大久保裕平くん、阿部笑さんといういずれも、ベルズで何度も一緒にライブをしてきた、気心の知れたみんなと一緒のライブだった。俺としてはすごく仲間意識があって、みんなで秋元さんの新しい出発を応援したい、盛り上げたいって気持ちがあって集まった連中だからね、すごく楽しかったよ。
男秋元年行の一大決心だからね。自分の店を持つという事が俺には凄すぎてね、ただただ頑張って欲しい、どうにかうまく行って欲しいと願うばかりで、できることといったら、歌を歌うことくらいのもんだから。また歌わせてもらう機会があったら、精一杯のライブをするという事と、できるだけお酒を飲んで、売上に少しでも貢献できればとは思うんだけどね。
俺にとってはベルズと言うライブハウスで出会って、お互い志を持って音楽を続けている戦友みたいな気持ちでいるから、みんなも機会があったらぜひ足を運んで欲しいと思うんだ。
2004/06/09
6月5日は新代田の「空想旅行館」というところでライブでした。まずこの新代田という場所なんだけど、名前だけは聞いたことはあったけど、実際に行くのははじめて。渋谷から京王線で5つめの駅。下北沢の次。
そんでもって、「空想旅行館」というお店なんだけど、普段はカラオケスナックとでもいうのか、お酒を飲むところなんだけど、週末を中心にライブをやってるみたい。このホームページを作ってくれている山崎君の紹介で歌わせてもらうことになったのでありました。
店に入ってまず俺の目を引いたのは、壁にはってある写真。「マネーの虎」という番組に出演している社長達(故美空ひばりさんの息子さんなど)の来店時の写真、なつかしのフォークソングを語らせたら右に出る者はいないのではないかと言われている、アルフィーの坂崎幸之助氏の来店時の写真(この時もやはりギターを抱えている)なんかが貼ってある。
その中でも俺が一番うれしかったのは桑田真澄氏(読売巨人軍投手)の写真。これは球場で撮られたものみたいだけど、俺桑田が好きなんだよね。まずあの小さい体で甲子園に5大会連続出場し、プロでもいまだに投げ続けてるところがすごい。そして巨人に入団するいきさつにすっきりしないものがあったり、不動産で失敗して借金をつくったりと、陰を引きずってるところも俺から言わせ
ればある意味で魅力って感じ。俺は中学のとき野球部だったんだけど、桑田が使ってるメーカーのグローブ(ワールドペガサスっていうあまり有名じゃないメーカー)使ってたもん。
そんな写真に見とれている間に本番がスタート。2曲目で弦が切れたり、ハプニングもあったけど、俺としては精一杯のライブができたと思う。終電の時間があったから、終わってからお客さんやほかの出演者の人と話したりできなかったのは心残りだけど、楽しい時間をすごせたよ。7月17日にはマスターの熱い(?)要望で1時間のスペシャルライブをさせてもらうことになったので、今回来られなかった人もそのときはぜひ聴きに来て欲しいな。
そして今回来てくれたみなさんどうもありがとう。
2004/06/03
この前髪を切りに行って来た。ここ何年かは俺も色気づいて床屋さんじゃなくて、美容室に行ってる。別に行くところは決まってなくて、クーポンなんかで割引してもらえるところを探していってるんだけど。
そんなわけで大体がいつも初めてのところで、初めて切ってもらう人なわけ。そうするといつも同じようなことを聞かれるんだよね。それが毎回面倒でさ。「お仕事は何されてるんですか?」とか、「今おいくつですか?」とか。
それにいちいち答えるのが本当に面倒なんだよ。その人にとっては初めてかもしれないけど、俺は毎回聞かれてるから。俺の事はどうでも良いから、集中して髪を切ってくれって思うわけ。割引してもらうとはいえ、俺にしてみたら決して安くない金を払うんだし。魂を込めて切ってくれと思うんだよね。しまいには聞いてもいないのに自分のことを話し出したりして。通勤に時間がかかるとか、今住んでる部屋の日当たりが悪いとか、別にそんな事に興味はないんだよ俺は。
まあそうやって話すことでまた来てもらおうということなのかもしれないけど、ほかのみんなはどうなんだろう。結構あの会話楽しんでるのかな?話が面白いからまた切ってもらおうって思うものなの?結局は自分のイメージ近い状態に仕上げてくれたかどうかでしょ。それだったら黙々と真剣に切り続けてくれたほうが信頼できそうな気がするんだよね。
あと「前髪は何センチ切りますか?」とか細かく聞かれるのも困っちゃうよね。こっちは漠然としたイメージしかなくて、素人が伝える片言のイメージを形にするのが君の仕事じゃないのって思うんだ。何センチ切ったらいいかなんてわかるかって。
こっちはもうプロとしての君のセンスを信じるしかないんだから。君が俺にとってベストだと思うようにやってくれたら、俺はそれを受け入れるし、もともとの土台が悪いもんはどうしようもないわけだからね。
こんな事を考えるのは俺だけかな?「芸能人の○○みたいに」とかいって自分の顔を棚に上げて、「全然違う」とか文句いう人いるのかな、やっぱり。
ところで坂口厚生大臣の髪型には無理があるよね。
2004/05/14
非常に個人的な話なんだけど、5月10日は俺の誕生日だったわけで、俺も29歳になりました。
だからって特別生活が変わるわけではなく、律儀な友達からその日の朝に「誕生日おめでとう」っていうメールをもらわなければ、そんなこと忘れたまま一日が終わっていたんじゃないかってくらい、ありふれた一日を過ごしたわけで。誕生日も29回目になると、特別な日っていう感じが薄れてくるものらしい。
それから、歳もあまり気にならなくなってきたね。今さら変わりようがないっていうか、変えられないというか。俺はこの俺を生きていくしかないなって腹をくくってるところはあるんだよね。俺なりに理想としている人間像、生き様を追い求めながらどこまで行けるのかっていうのがこの頃の俺のテーマかな。そのために日々成長していかなくちゃいけないし、変わっていくことは必要なんだけど、基本的なスタンスはきっと変わらないね。
今まで偉そうな事も歌ってきたからさ、自分の歌ってきたことに対する責任もあるし。「お前あんなこと歌ってたくせに、30になったらそれかよ。」み
たいなの格好悪いでしょ。いくつになってもギター持って、ステージに立てる自分でいたいよね。やっぱりミック・ジャガーとかあんなおっさんになっても自分のスタイルを維持して頑張ってる姿を見ると、俺も負けらんね―って思うよ。
良くも悪くも29年生きてきたからね、それなりのプライドを持って少しでもそういうオーラみたいのがでたらいいなっていうのは、この歳になって考えるようになったかな。
俺の誕生日の事をこのホームページの掲示板に書き込みしてくれた方には本当に感謝してるし、両親や今まで俺を支えてくれた人たち、もっと言えば今まで出会った全ての人にね「ありがとう」って思ってる。仲良かった人も、あまり仲良くなかった人も、好きだった人も、あまり好きじゃなかった人も、全ての出会いがあって、今の俺があるわけだから。もうちょとだけ俺につきあってみて下さい。
2004/04/20
最近いくつか気になってることがある。これは全部本当の話。
其の一、「報道ステーション」での古館一郎の空回り具合。
まず「ニュースステーション」が終わって新しく始まった番組のタイトルが 「報道ステーション」って言うのもどうかと思うんだけどね。だったらタイト ル変えなくても良かったんじゃねーのって感じだし、どうせ変えるならもっと 違うのにすればいいのにね。
古館一郎に関してはスポーツの実況とか独特の言い回しは別に嫌いじゃ なかったんだけど、やっぱりニュースになるとちょっと違和感があるね。毎日 見てるわけじゃないけど、いつみても空回りしてる感じ。色々な事件に対して 怒りや憤りを伝えようとしてるのは分かるんだけど、そのコメントがどうも的 外れなんだよな。ずっとこのままの感じなのか、それともどこかで落ち着いて くるのか気になるところ。
其の二、横断歩道が青になった時の音。
これは最近気がついたことって言う方が正しいのかもしれないけど、青信号 のときの音変わったよね。前は「通りゃんせ」とか音楽が流れてたと思うんだ けど、最近「ピッポ、ピッポ」っていうのと、「ピヨ、ピヨ、ピヨ」っていう 鳥の鳴き声みたいなのと二通りあるよね。俺が気付いたのが最近って言うだけ で、実はずっと前からそうだったのかもしれないけど。
しかも縦と横って言ったらいいのか、東西と南北って言ったらいいのか、文 章で伝えるのが難しいけど、渡る方向でこの二種類の音が決まってるんだよね。 いつからなんだろう。
余談だけど、俺「通りゃんせ」が流れる信号を渡るのがすごく嫌だったんだ よね。青信号だから「通りゃんせ」って解るけど、「行きはよいよい、帰りは 恐い」だよ。何かすごく嫌な事が起こりそうな、もう帰って来られないような そんな気分になって、あれを渡るのは勇気がいったね。だから信号の音変わった のかな?気になるね。
其の三、横浜ベイスターズの勝敗
今年は期待してるよ。去年6勝しかしてない阪神にもう3勝してるし、一瞬 だけど他のチームと同率で首位にもなったし。まだまだ先は長いけどね。去年 よりは楽しめそう。
これも大魔神佐々木が復帰した効果かな。去年は勝ってる試合でもいつ逆転 されるか恐くて見てられなかったけど、今年は少しは安心して見られるように なったね。佐々木そのものは全盛期ほどのキレがないけど、やっぱり存在感な のかな。
秋にはファイターズとの日本シリーズで、「佐々木VS新庄」、「中華街 VSすすきの」っていうのも悪くないね。まあ優勝は無理でもせめてAクラス、 いや4位でも、とりあえず最下位じゃなきゃいいか。去年がダントツのビリだ から、高望みはしないけど。とにかく今はベイスターズの試合の結果が毎日気 になるんだよ。
でもこれは横浜に来て良かったと思うことの一つかな。やっぱり田舎の人間 には地元に応援できるってプロ野球チームがあるっていうのはうらやましい事 だよ。岩手にはないからさ。プロ野球の試合なんて地方遠征で年に一試合ある かないかって感じだったし。
だいぶ暖かくなってきたから、そろそろビール片手にナイター観戦にでも行 こうと思う今日この頃。
2004/04/01
みんなには隠してたけど、俺グラビアアイドルと付き合ってるんだ。それか ら歳も実は23歳。あと学歴も詐称してた。本当は東大医学部卒業。普段は外 資系の証券会社に勤めてる。
家は世田谷の高層マンション。ペルシャ猫とチワワを飼っている。どちらも 血統書付きだ。ガレージには車が3台。フェラーリとポルシェとベンツ。
週末には彼女と自家用ジェット機でカリフォルニアの別荘に出かける。庭の テニスコートで汗を流し、大理石の風呂につかった後は、浴衣で卓球。寝る前 は必ずモ−ツァルトを聴く。モーツァルトのギターソロは最高だ。
彼女とはよく買い物にも出かける。シャネルやグッチ、アルマーニ、ナイキ にプーマ。彼女が欲しいものは何でも買ってあげるんだ。買い物の後は行きつ けのイタリアンレストランで食事をする。そこのナポリタンがとにかくうまい。 アルデンテにゆでられた麺にからみつくカゴメトマトケチャップ。機会があった ら一度食べてみて欲しい。
明後日はデヴィ夫人のホームパーティ−に招待されている。ロールスロイス で迎えにくるらしい。そこにはたくさんの有名人が集まる。美川憲一に神田う の、叶姉妹。みんなマブダチだ。
こんな俺だけど老後のことだってしっかり考えている。国民年金は毎月欠か さず払ってるし、定期預金だってしてる。将来は野球チームのオーナーになる つもり。お金が貯まったらヤンキースでも買収しようか。俺が死んだら、藤原 亮ミュージアムが作られる事だろう…。
今日はエイプリルフールだから思い切って書いてみたんだけど、嘘ばっかり 書くのも意外に疲れるね。明日からは出来るだけ正直に生きていきます。
2004/03/12
「ロード・オブ・ザ・リング」という映画を観て来た。知ってる人も多いと思うけど、この映画は三部作で、一部、二部を見てかなりハマってしまったね。 今回は完結編にあたる三部目を観たんだけど、はじまる前は少し複雑な気持ちだった。早く結末を知りたいという期待感と、この物語が終わってしまう寂しさと。でも本当に素晴らしかった。しばらく余韻に浸ってた感じ。俺ひねくれ てるから、話題の映画って基本的にあまり興味がないんだけど、これは話題になってるとか関係なくいいんだよね。
たくさんの登場人物が出てくるんだけど、それぞれがすごく魅力的なんだよね。フィクションなんだけど嘘っぽくないんだな。強いところ、弱いところ、いいところ、悪いところ、ちゃんと描いてくれているから、どのキャラクター も大好きなんだ。それと作り手側がそれぞれのキャラクターに愛情をもって描 いているのが伝わってくるしね。これは俺が曲を作るときにも心がけている事 なんだけど、そうする事で作品に命が吹き込まれると思うんだよね。
映画でも音楽でも、作品の良し悪しの一つの基準にしているの事に、信頼で きるかどうかっていうのがあるんだけど、この作品は信頼できる作品だね。 そしてこの物語の中でも信頼というのが一つのテーマとして描かれていると 思う。今本当に信頼出来るものって少ないでしょ。あまりいい例えじゃないか もしれないけど、政治家も、警察も、教師も毎日のように不祥事が伝えられて いるし、食品の偽造表示、テレビのやらせ、おれおれ詐欺…、嘘ばっかりだも んね。携帯電話に知らない番号の着信があると何か怪しい電話のような気がす るし。だまされないようにびくびくしながら生きていかなきゃならない世の中 になっちゃったよな。
言葉だけで「信頼」なんていうと逆に嘘っぽく響くけど、それを素直に感じさせてくれるたくさんのエピソードがちりばめられている作品なんだ。
本当はもっと話したいことはあるけど、俺があまりごちゃごちゃ言うよりも観ていない人はとりあえず観て欲しいな。
2004/02/24
俺今年に入ってから毎日日記をつけてる。わかってると思うけど、このホームページの日記のことじゃないよ。(なかなか更新しなくてごめんなさい。)安い 日記帳を買ってきて、それに数行づつなんだけど欠かさず書いてるんだ。 歳を取るごとに一年一年が早くなっていく気がして、今年も気がついたら一年 が終わってましたみたいなのは嫌だなと思ってさ。個人的な出来事から、テレ ビのニュースで印象に残った事件とか、思い付くままに書いてるんだ。あきっぽ い俺にしてはめずらしく続いてるんだよね。
不思議な事に日記をつけるようになってから、今日は何もしないで寝ちゃおうって思っても日記に書くことないから何かしようみたいな気持ちになったり するんだよね。何か一つやってから寝ようって。することといってもCDを聞く とか、部屋を片付けるとかささいな事だったりして、ほとんど自己満足なんだ けどさ。
日記を書くために何かをするっていうのも変な話だけど、元来が怠け者の俺には良いことなのかもしれない。今さら日記つけてますって言うのも少し恥ず かしいんだけど、今日は何書こうかなって思うとちょっとわくわくしたりして。 怠け者の人にはお勧めです。
日記と言えば、夏休みの宿題に絵日記ってあったよね。俺は夏休みの最終日に慌てて何日分もまとめて書いてたな。今にして思えば、あの時から計画性が ないというか、切羽詰まらないと何もしないやつだったね。テストの時でも、前日 にはいつも「次のテストのときはもう少し早く準備しよう。」って毎回思うんだけど、毎回やらないんだよな。
追い詰められてすごい力を発揮するならまだいいけど、余裕がなくなって適当に終わらせちゃうタイプだから、どうしようもないようね。
そろそろ計画的に行動できる大人になろうかなと思ってる。
というわけで、ホームページの日記も今年はもう少し定期的に更新するつもり。期待はしないで、あたたかい目で見守ってやってください。
2004/02/13
ついに吉野家の牛丼が終わってしまったね。でも牛丼食えなくなるってそんなに大騒ぎすることか?ニュースで見たけど、行列まで作っちゃてさ。オイルショックの時のトイレットペ−パーじゃないんだから。だいたい「早い、うまい、安い」が売りでしょ。俺にとっても、あの値段でお腹を満足させてくれる牛丼の存在は有難かったけど、並んでまで食いたいとは思わないな。
今まで気にもとめてなかったものでも、なくなるとなると妙に恋しくなる気持ち、解らなくもないけどさ、世の中にはこんなに牛丼好きがいたのかって感じだよ。きっと中には、牛丼がないと生きていけないってくらい牛丼を愛して いる人もいるんだろうけど、どうせ大半はそうじゃないだろ。
インタビューとかされちゃって「寂しいですね。」とか「早く復活して欲しいですね。」とか言ってさ。まるで怪我したスポーツ選手に対するコメントみたいだよね。
そういえば去年の阪神ファンにも同じような事思ったな。横浜にこんなに阪神ファンがいたのかっていうくらい、阪神グッズを身に着けてるやつ見かけるようになったもんね。
日本人ってやっぱり流されやすいのかな。俺も一応日本人だけど、俺は逆なんだよね。みんなが騒いでると、引いちゃうって言うか、冷めちゃうっていうかさ。少なくとも俺だけは騒がないようにしようって思ってしまうんだよね。 最近の出来事で言えば自衛隊のイラク派遣の事とか、どうせ騒ぐならほかにもっと騒ぐべき事があるような気がするんだけど。
ちなみに俺はさっそく「豚丼」食べたけど、なぜか牛丼ほど気持ちが満たされなかったんだよね。豚肉より牛肉の方が上っていう感覚がどこかにあるのかな?俺も流されてる?
2004/02/10
ツーマンライブから10日が過ぎた。この10日間は飲みに行ったり、ビデオを見たり、本を読んだり、CD聞いたりしながら久しぶりに力を抜いた時間 を過ごしてた。カッコ良く言うと充電期間ってやつかな。とは言っても俺はまだまだそんな偉そうな立場じゃないから、そろそろ気合を入れ直さないとね。
ツーマンライブでは最後の方で弦が切れたりとハプニングもあったけど、俺自身すごく楽しめたよ。来てくれたみんなはどうだったかな?
昔の曲から最近の曲までバランスよく選曲したつもりなんだけど、それは俺なりに一区切りつけたかったからなんだ。また次の段階に進んで行きたいと 思っている。別に今までの自分を否定するわけじゃないし、今ある曲はこれからも大切に歌っていくつもりだし、今の時点で具体的に何をどうするってはっき り見えてるわけじゃないけどね。自分が本当にやりたい曲、やりたいライブっていうものをもう一度見つめなおして、より良いものを作っていけたらいい なって感じ。
ライブ中も言ったけど、久しぶりに昔の曲を歌うことで、その曲を作ったときの事を思い出したりして、この曲があってその間にもいろんな事があって、 今俺ここで歌ってるんだなってちょっと感傷的な気持ちになったりもした。全てが思い通りに来たわけじゃないし、むしろ思い通りに行かなかった事の 方が多かった気もするけど、でも今も俺の歌を聞いてくれる人がいるって、本当に幸せなことだなって。ずっと歌って行きたいって思ったし、もっともっと多く の人に聴いて欲しいって思ったんだ。
勝手な思い込みだけどこれからの俺はすごいよ。きっと。そんな予感がして るんだ。
2004/01/05
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
といっても、もう5日も過ぎてしまったんだよね。今年も残すところあと360 日となってしまいました。
年越しの瞬間は房陽舎っていうバーにいました。いろんなバンドが集まって ライブをやるっていうので、俺も唄わせてもらいました。初めての場所だったん だけど、予想以上に人がたくさんいて、人見知りの俺は店に入ったときは少し緊 張した。それとお客さんの年齢層が高くて、ちょっと不思議な空間だったね。
でもいろんなバンドが見れて楽しかったよ。
出演者も年齢層高かったんだけど、これがみんなかっこいいんだ。昔をなつか しんでやってるって言うんじゃなくて、みんな現役のミュージシャンなんだよ。 ギター持たなきゃ普通のおとうさんって感じの人も、すごいパワーでさ。俺も どんな形であれ一生現役でいたいと思っているから、すごく刺激を受けた。とて もいい出会いもあったしね。
そんなすごく素敵な夜だったんだけど、帰る途中で、松屋で一人寂しくご飯 を食べてる人見たり、ぼろぼろの服を着て、自販機のおつりをあさっている人 を見たりしたらなんか複雑な気持ちになったんだ。新年だっていっても、目の前 には普通の日常があって、年越しの瞬間だって浮かれている場合じゃない人も たくさんいるんだよね。俺だって年が変わったからって何が変わるわけじゃない し、クリアしなければならないたくさんの問題を抱えてるしさ。カレンダー上で は勝手に区切られてるけど結局は一日一日なんだよね。
でも気持ちをリセットしたり、決意を新たにすると言う点では必要なことなの かもしれないけどね。
というわけで俺も新年の誓いをたてようと思います。
今年は去年以上にいろんなところでライブをしようと思っているので楽しみ にしていてください。まずは2月1日のツーマンライブ、みなさん観に来てく ださい。
2003/12/29
4日前から風邪をひいてしまって、昨日23時ちょうどに完治しました。俺に とって風邪が治ったかどうかの基準はタバコ。風邪をひいてる時って、タバコが おいしくないんだよね。それでもなぜか吸ってしまうんだけど、これが普通に おいしくなると風邪が治ったなって思う。
一人暮らしが長いから、もう慣れてるはずなんだけど風邪をひくとやっぱり少 し心細くなるね。あと金がかかる。ごはん作るのが面倒だから買ってくるように なるし、普段は全然気にしないんだけど、野菜とか食べなきゃダメかなと思って サラダとか買っちゃうし、リポビダンDとかも飲むし。ほんといい事ないよね。
小さいときは風邪ひくと、ばあちゃんがプリンとか、ヨーグルトとか買ってき てくれて、学校行ってる時間には見られないテレビ見たりして少しうれしいこと もあったけど。プッチンプリン食べながら、教育テレビの「ばくさんのかばん」 とか「1・2の算数」とか見てた記憶がある。あとなぜかうちでは俺が風邪ひく とカレーを作ってくれてた。俺がカレー好きだから、好きなものを食べると元気 になると思ってたらしい。
中学・高校のときは風邪なんかひかなかったから、なおさら今の自分が不甲斐な いというか、情けないと言うか…。風邪っぽいなって思っても、一晩で良くなって たし。風邪は気合で治すもんだと思ってたのに、今じゃ普通に風邪薬飲んでるか らね。それでもなかなか治らないってどういうことよ。日頃の不摂生のせいなのか 年々体が弱っている気がするんだよな。
今年の冬の風邪はこれ一回きりにしようと固く心に誓うのでした。
2003/12/18
18:20分。約束の時間に新橋に着くにはぎりぎりの時間だ。俺は横浜駅を 足早に歩いていた。ちょうど帰宅ラッシュの時間でなかなか思うように進めな い。ホームへ続く階段を駆け登るとタイミングよく出発のベルが鳴った。俺は あわててその電車に飛び乗った。ゆっくりと扉が閉まる。
「俺にてはついてる、これなら約束の時間に間に合うかもしれない。」 そう思ったのも束の間、電車は俺の予想とは逆の方へと走り出したのだった。 これが俺の悲劇の始まりだったのだ…。今日は久しぶりに電車を乗り間違えてしまったよ。友達と約束してたんだけど 慌てて乗ったのが良くなかったね。しかも東海道線って一駅の間が長いから、 次の駅ですぐ降りてってわけに行かないし。でも人間ってどうしようもない状況 になると以外にあっさりあきらめられるもので、「今日はあいつと会う運命にな かったんだろうな」なんてわけのわからない理由で正当化してみたりして。 とりあえず次の戸塚駅で降りたんだけど、電車見たら熱海行きだった。さすが にそこからまた新橋に行く元気もなくて、さっそく友達に電話して、今日の約束 はキャンセルしてもらった。本当にごめんなさい。「俺たちいつでも会えるし、 こんなことで俺たちの友情は壊れないさ、これが男の友情なのさ。」とまた勝手 に正当化してみた。
たぶん俺の人生の中ではじめて戸塚駅で下りたと思うんだけど、このまま引き 返すのももったいなくて、でも改札出たらまた切符買わなくちゃいけないしと 思って、駅の立ち食いそば屋に入った。もしこれでここのそばがめちゃくちゃ うまかったら、「俺はこのそばをくいに戸塚に来たんだ。」って思えるでしょ。 そんな俺の淡い期待とはうらはらに出てきたそばはうまくなかった。立ち食い そばにうまさを求めるほうが間違っていたのかもしれないけど、ますます惨め な気持ちになったよ。
戸塚から横浜までは空いてたから座れたんだけど、東海道線の電車って向かい 合って4人が座れるようになってるでしょ。俺の田舎の電車も同じような感じで それが懐かしくて、少しほっとした。田舎だとたまたま隣に座った知らないおば ちゃんがみかんをくれたり、せんべいくれたりしてさ。そんなことを思い出せた だけでも今日はよかったかな、などと自分を慰めつつ、再び横浜駅へ到着。
何を言っても結局約束すっぽかしたことには変わりないからね。友よ許して おくれ。俺の愛読書「北斗の拳」では強敵と書いて「とも」と読む。お前はいつ だって俺の胸の中で生きている。だから本当に許してね。
迷わずにSAY YES。ごめんなさい。
2003/12/04
突然ですが、俺はオムライスが好きだ。というより正確にはトマトケチャップ が好きだ。だからオムライスに限らずフランクフルトやホットドック、それにナポリ タンも好きだ。ナポリタンは本格的なヤツじゃなくて、喫茶店なんかで出てくる ちゃんとケチャップ味がする安っぽい感じの方がいい。そして数あるケチャップ味 の食べ物の中でも、オムライスが一番好きだ。ケチャップご飯(チキンライスとい うのが正しいのかもしれないが)をオムレツで包んで、その上にさらにケチャップを かける。俺にとっては最高の料理だ。
オムライスにもホワイトソースのものやデミグラスソースのものもあるが俺に言わ せれば邪道だ。あれほどケチャップ味を楽しめる料理はないのに、なぜ別のもの をかけるのか俺には理解できない。
いきなりオムライスについて力説してしまったけど、なぜこんな話をしたかとい うと、この前作ったオムライスが最高においしく出来から。俺一人暮らし歴長いん だけど、今までなかなかおいしく作れなかったんだよ。本とかで作り方を勉強した わけでもないし、前の日の残りのごはんで適当にやってただけだから仕方ないんだ けど。
それがこの前は何の偶然かわからないけど、本当においしく出来たんだよね。生 まれて初めて自分が作ったものを人に食べさせたいと思ったよ。この喜びを誰かと 分かち合いたいと言うか、このおいしさを他の人にも味わわせたいと言うか、そんな 気持ちになったよ。今までは外で食べたり、買って食べるよりは安くつくから、ど うせ一人で食べるわけだし、食えればいいかぐらいにしか考えた事がなかったんだ けど、一人で食べるのがもったいなくてさ。いっしょに食べる人がいないことをあ れほど残念に思った事はないね。
一人の食事なんて当たり前になってたんだけど、こんなときに家族がいたらなどと 久しぶりにふるさとを思い出したのでした。
2003/11/20
この前掃除機が壊れた。全然吸い込まない。もう15年くらい使ってるやつだから寿命なんだろうけど。これからどんどん他の電化製品にも寿命が来て、買い換えなくちゃならなくなるかと思うと、落ち込むよね。掃除機の前はこたつが壊れたし。壊れてはじめて電化製品のありがたみが身に染みるよ。ごはんを炊くにしても、洗濯をするにしてもボタン一つだもんね。そう考えると電気のない時代に生きてた人たちは偉いよな。何でも自力だからね。この際そんな生活を送ってみるのも悪くないかなって考えてみたけど、やっぱ無理だよね。新しいの買わなきゃと思っている今日この頃。でも予定外の出費になるからつらいよ。
最近携帯も買い換えたんだけど、数年前まで携帯なんて持ってなかったのに今じゃ当たり前になってるもんね。この前テレビのインタビューで携帯のメールで孤独を紛らしてるとか、携帯がないと不安になるって言ってた女の人がいたけど、単に連絡を取るための道具だけじゃなくなってる感じだよね。
電車とかでも高校生が友達といるのにお互いひたすらメールを打ってるのをよく見かける。隣にいる知り合いよりも、メールの相手とのやり取りの方が大切なのかもね。メールの方が本音を言えるなんていう人も多いけど、俺なんか逆に言いたい事が本当に伝わってるのか不安になったりするから、できるだけ直接話すようにしてる。でも電話は電話で緊張するんだよね。仲のいい友達でもなぜか他人行儀になってしまうんだよな。だから電話するときは「よし電話かけるぞ!」って気合入れてからじゃないとだめなんだよね。基本的に人と話すのが苦手なのかも。
これから本格的な冬を迎えるけど、あったかいメールよりもコタツが欲しいと思う今日この頃です。
2003/10/30
この前何年かぶりにバッティングセンターに行って来た。その前の晩のスポーツ番組でバッティングについていろいろ解説をしてて、俺にとっては目から鱗が落ちるような発見だったわけ。中学のとき野球部だったんだけど、その時知ってたら俺の人生変わってたかもって思うくらいの。そんなこと考えもせずに野球やってたなーって思ってさ、これを知った今ならすごく打てるんじゃないか、今すぐ試したいって勝手に興奮してしまった。俺はわりと影響されやすいし、思い込みが激しいタイプだから。
そんなわけでさっそく横浜駅から徒歩10分、ハマボ−ルって言うところに行って来た。久しぶりだから今の俺に何キロの球が打てるのかすごく不安でさ、とりあえずこれなら絶対大丈夫だろうというところで、100キロからはじめた。まずは素振り。この時点で前の日さんざん繰り返したイメージトレーニングは全く役に立たない事に気付いてしまった。もう情けないくらいにバットが振れないわけ。「こんなはすじゃ」と思いながらも、素振りばかりしていてもしょうがないので、300円入れていざスタート。来た!と思ったらいきなり空振り。もう悲しかったよ。
でも徐々に感覚を取り戻したのか、いい当たりも出始めた。久々のジャストミートの感触。そのころには前の日に手に入れたはずのバッティングの極意なんかはすっかり忘れて、ただ夢中にバットを振ってただけなんだけど。そしてやっと調子が出てきたところで、一回目の24球が終了。再び300円投入。今度は空振りなんかしないぜ。気分は松井秀喜(俺は右打ちだけど)。
次はさらに調子に乗って120キロに挑戦。ところが始まってすぐにもうすっかりバテてる自分に気付いた。最後はバット振るのも大変で、早く終われよって思いながらやってたよ。あらためて日頃の運動不足を感じてしまった次第です。
それでも久しぶりに運動して汗流して気持ちよかったよ。120キロぐらいまでならまだどうにか打てることもわかったし。次の日少しだけ筋肉痛になったけど。ライブでも汗をかくけど、普段使わない筋肉を動かすと新鮮でいいね。死んでた部分が蘇る感じだね。感覚を忘れないうちにまた行こうかな。ちょっとはまりそうな予感。
2003/09/05 あっという間に夏も終わってしまった。海とか全然行かないんだけど、夏が 一番すきなんだ。もともとが体育会系だから、汗かくと「生きてるー!」って 気持ちになるんだよね。ただの自己満足だけど。だから今年の夏はちょっと物 足りない感じだな。8月にはツーマンライブがあったり、柄にもなくキャンプ に行ったりして、イベントとしては充実してたけどね。
この冷夏の影響で米が不足らしいけど、俺の田舎も田んぼが多いから、それ も心配だね。家ではもう米は作ってないけど、親戚や近所では米作ってる人が いるからやっぱり気になるな。
最近の一番の話題といえば、世界陸上の末續の銅メダル。日本人が短距離で メダルをとるなんて絶対無理だと言われてたから、すごい事だよ。瞬発系、パ ワー系の競技は日本人にはむかないというのが常識とされていたし、そういう 意味では日本人というだけでハンデを抱えているようなものだからね。ほんと 歴史を変えた瞬間だよね。
話は少し変わるけど、俺は以前からスポーツの印象に残るシーンには必ず名 実況があるなあって思っていて、そのシーンとその時の実況を結びつけて覚え ている事が多い。例えば、86年のサッカーワールドカップでマラドーナが5人 抜きのゴールを決めたとき、最初は普通に実況してたアナウンサーが、最後は 「マラドーナ!マラドーナ!マラドーナ!」ってそれだけ叫んでたのを覚えている。 長野オリンピックのジャンプで原田が飛んだ時の「立て、立て、立ってくれー!!」 っていうのも記憶に残っているし、今回は解説の人だったけど、ゴール直前で 「頑張れー!」って叫んだ後「3番!3番!3番!」って言ってたのがすごく 印象深いな。
本来の実況や解説と言う意味では全然役割を果たしていない事になるんだろ うけど、無意識のうちに感情がそのまま出てきた言葉だからこそ胸を打つと思 うんだ。逆にああいう場面で普通に冷静に実況とかされてたらあそこまで感動 的なシーンにはならなかったかもしれないよね。
なんでもそうだけど最後はテクニックなんかを越えたところで、人は心を揺 さぶられるんだよね。俺もその時その時の感情を表現できたらなって思う。も ちろんもっと技術も身につけなきゃいけないんだけど…。
それにしても織田裕二のあのみょーなハイテンションはどうにかなんないのか な。番組の雰囲気をかなり壊している気がするのは俺だけでしょうか?
2003/07/06 明日は七夕です。俺ガラにもなく、「今だったらどんな願い事するんだろう」 って考えた。個人的に欲しいものとかいっぱいあるけど、俺もけっこういい大人 なので、そういうのは置いといて、もう少し広い視点で考えてみたんだけど、 結局思い付いたのは「みんなが幸せでありますように」って事。
すごくチープな表現で申し訳ないけど、そこに行き着いてしまうんだよ。何が 幸せかって人によって全然違うもので、例えば俺だったら、良い曲を書いて、い いライブが出来たら幸せだし、おいしいものを食べてる時が幸せっていう人や、 汗水流して働いている時に幸せを感じる人もいると思う。全ての人がそれぞれの 幸せを感じながら生きていける世の中になったら素敵だよね。物質的な欲を言っ たらきりがないから、もっと精神的な部分で。
そんな事を考えるは、最近自分勝手な欲望のために、簡単に人を傷つけるヤツ が多すぎる気がするから。この前も書いたけど、毎日のように殺人事件が起きて いて、原因は本当にくだらないことだったりするし。人を殺すのに立派な理由な んかないんだけど、そんな簡単な理由で人を殺せるのかよって驚いてしまう。
今みたいな時代の空気に流されないように、真剣に受け止めなければいけない と思うんだ。「レイプするぐらいのほうが元気があっていい」なんて言ってる政 治かも最悪だし、もっと驚いたのはそれを聞いて笑ってた会場の人たち。隣にい て何も言わない政治かもどうかしてるよ。感覚が麻痺してきている証拠かもしれ ないな。
最近のテレビの楽しみといえば、大リーグでの松井の活躍と、ベイスターズが ほんとにたまーに勝ったというニュースを見るくらいかな。ドラマもあまり見な いし、バラエティーはやたら素人がでてくる番組多いしね。プロの芸人が素人を いじって笑い取るなよって思うんだよな。あとは毎週見てるわけじゃないけど、 TVKでやってる「巨人の星」。熱すぎるくらい熱くて、逆に新鮮でいいね。
話が少しそれてしまったけど、みんなで幸せになれたらいいなと思ってます。
2003/06/22 梅雨に入ってジメジメした日が続いてる。ニュースをつけてみればテレビの チャンネル争いが原因で猟銃もって立てこもるヤツがいたり、小学校に殺人予 告の手紙が届いたり、早稲田の学生が女の子に乱暴したりと嫌な事件ばかりだ しね。
この頃はそんな物騒な事件もまたかって、一瞬聞き流している自分が居たり して、俺ちょっと麻痺してるかもって思う事がある。かつてミスチルの桜井氏 は「何が起こっても変じゃない〜」て歌ってたけど、やっぱり起こったら変な んだよ。そういった事件に対しては憤りや、怒りや嫌悪感を持たなければいけ ないと思う。知らず知らずのうちに慣れてしまう事が一番恐い事で、世の中で 起こっている事に対して敏感でなければいけないと思うんだ。(別に桜井氏の 詩を批判しているわけではありません。彼もそういう意味で書いたわけではな いと思うし。)
あと最近のニュースで気になったのはベッカム来日を扱った報道。空港に集 まった人たちの映像を見たけど、その中に泣いてる女の子がいて、ある局では 「うれしさのあまり泣き出す人もいました」って伝えてたんだけど、別の局の ニュースではその娘にインタビューしてて、実はその娘は後ろから押されて転 んじゃって、ベッカム見られなくて泣いてたらしいんだよね。テレビって恐い なって思ったよ。伝え方によって同じ映像が180度違う内容になっちゃうか らね。
インターネットも普及して、いろんな情報が氾濫してるから、なおさら自分 なりの価値観とか、判断基準をちゃんともって、情報に振り回されないように 気をつけないといけないよな。俺は見た事ないけど2チャンネルだっけ、あれ とかもあることないこと書かれて迷惑してる人もいるらしいし。匿名性を利用 して好き勝手言うっていうは結構卑怯なやり方だよね。何かを発言するのには リスクとか責任が伴うものでしょ。時と場合にもよるけど、言いたい事あるな ら堂々と名を名乗れって思うよ。
便利な世の中になっても結局はそれを使う人間の中身が問題なんだよね。本 当に大切な事っていつの時代でも変わらないんだよ。
2003/05/26
今さらかもしれないけど、10日は俺の誕生日だったんだよね。ここ何年か はバイトして、ライブして、いつも新しい曲の事考えててって感じだから、特別誕生日を意識することもなくて、ライブとかでもそんなこと言ったことないんだけどさ。例えば中学生のとき俺野球部だったんだけど、1年のときは球拾 いばっかりだったのが2年の時は試合に出られるようになったり、3年の時は やっと自分たちの天下になったみたいな、明らかに去年と違う自分というのを 感じる事ができる要素が学生の頃とかはあったと思うけど、たいして変化のな い毎日だとあまり実感がないんだよね。とりあえず俺も28になりました。
自分の歳を普段あんまり意識する事はないけど、自分の好きなミュージシャ ンの曲を聴いていて、俺の歳にはもうこんなすごい曲書いてたんだなって思う 事はあるかな。最近はスポーツなんかでも活躍している選手は自分より年下 だったりするしね。そういう時に俺も負けてられねーなって思う。
逆にスポーツにしても音楽にしても自分より年上の人がいまだに自分を追い 込んで頑張ってる姿を見ると、俺ももっともっと頑張らなきゃっていう気持ち になる。
あとは、いい曲を書きたいとか、いいライブをしたいって言うのはずっと変 わらないから、いくつになったとかはあまり関係ないかな。焦りが全くないって いったら嘘になるけど、いくつになっても俺は俺でしかないからね。その中で より自分を研ぎ澄ましてしていきたいな。
意識するとすれば体型の事かな。腹が出てきたりしたらやだなって言うのは ある。ミュージシャンとしてステージに立つ以上はある程度見せられる体でい たい。顔はどうにもならないけど、体型は努力次第でどうにかなるでしょ。最 近あまりテレビとか出てないけど、郷ひろみとかあの歳で、あのスタイルはす ごいと思うよ。ミック・ジャガーもジョギング欠かさないって言うし。腹が出 てるのに「Satisfaction!」って歌われてもがっかりだしね。
誕生日が来て思うのは、また一年生きられたなって事。病気や事故で生きた くても生きられなかった人はたくさんいるわけだし、最近はどこで殺されるか もわからない。俺はたまたま28年生きてこれたけど、とっくに死んでたかも しれない。そう考えると一日一日を大切にしなきゃって思うんだけど、「明日 でいいか」って自分を甘やかしてる俺がいてさ、嫌になる事もある。明日なん かないかもしれないのに。何十年生きても心から満足する事はないのかもしれ ないけど、後悔は多いより少ないほうがいいからね。
甘い自分と戦いながら、負けっぱなしの28年だったけど、生きてるうちは 戦い続けようと思っているよ。
2003/05/2 気がつけば世間ではゴールデンウィークが始まっているらしい。俺のここ数年のゴールデンウィークはほとんどバイトして、あとはライブがあるくらいのもんで、ゴールデンとは程遠い感じだけど。
もともと人込みとか、行列とか嫌いだから別にいいけど、腹が立つのはただバイトして帰るだけなのに、電車が混んだりする時。何で関係ない俺が巻き込まれなきゃいけないいだって、ひがんでみたりする。俺のいないところで混雑しろよ、俺は普段通りの生活をしてるだけなんだから。
あと周りにたくさん人がいるのに完全に2人だけの世界に入ってるカップルとか、見るに耐えないよね。俺の経験から行くとああいうのってブサイク同士のカップルが多い気がする。別に他人の顔の事どうこう言えるような見てくれはしてないけどさ、よっぽど今まで誰にも相手にされなかったのかなって思ってしまう。やっと異性といちゃいちゃ出来る喜びを抑えきれませんって感じ。単に見た目だけじゃなくてその余裕のない感じが美しくないんだろうな。
ちょっと言い過ぎでしょうか。でも、一応世間との関わりの中でみんな生きてるわけだから、少しは人の目も気にして欲しいよね。なんでもそうだけど客観性を持つ事は大事だよ。
話は少しかわるけど、俺が格好いいなって思うのは月並みな言い方だけど、自分のスタイルを持っていて、それを貫いている人なんだよ。好き嫌いは別としてそこまでやられたら認めるしかないなっていう人いるでしょ。そういう人って
やっぱりちゃんと自分を客観的に見る事が出来てると思う。自分はこうなりたいという 憧れって多かれ少なかれ誰にでもあると思う。そしてその憧れと現実の自分に絶望を感じる瞬間っていうのもあると思うんだ。それをしっかりと受け止めた上で、自分はどうするんだってところからその人なりのスタイルみたいなものが生まれてくるんじゃないかな。
今回は全然まとまりのない話になっちゃたけど、これを読んでいるあなたはどんなゴールデンウィークをお過ごしでしょうか?
2003/03/22
ついに戦争がはじまった。ニュースではすでに一般市民にも犠牲者が出たと伝えている。戦争が起こるたびにそれぞれがそれぞれの正義を振りかざし、自分たちを正当化しようとする。けど俺から言わせれば、誰かの犠牲の上に成り立つ正義なんかあり得ない。そしていつも犠牲になるのは前線で戦う若い兵士や、一般の人々なんだ。戦争をする事を決めた奴らは一番安全な場所に隠れている。結局そんな奴らが勝手にいがみ合ってるだけだろう。
実際に生活している人々とは関係ないところで、その人たちの生活を脅かす問題が話し合われ、決められていく。普通に生活している人々にとっては自分や、自分の周りの人間がいつもと同じように毎日を過ごすことが出来ればそれでいいはずなのに。
こんな風に書くと、ただ理想を言ってるだけ、国際政治はそんな簡単なもんじゃないって言う人もいるかもしれない。俺だって今回戦争に至った経緯については少しはわかっているつもりだけど。でも現実に犠牲者が出ていると言う事実を前にして、それを賛成とは絶対に言えない。
今俺たちが戦争を止めるためにできることなんか本当に何もない。何もしなくても、とりあえずはいつも通りの生活が続くだろう(テロの標的になる可能性がないわけじゃないけど)。だけどやっぱり戦争や、平和という事について一人一人が考えなくちゃいけないと思う。自分には関係のない事って思う事が一番いけない事なんだ。
争いのない世界、武器のない世界、それはただの理想かもしれない。けれど誰もそれを口にしなくなったら、今より良くなる事はないんだから。俺は世界中の人々が民族や宗教、国というものを越えて一つになれる日が来る事を祈っている。
2003/03/20 最近インターネットで知り合った人が一緒に自殺を図る、いわゆるネット心中というのが続けておきている。俺は頭ごなしに自殺を否定するつもりはない。
残された人間にとっては、せめてその決断を尊重してあげる事しかできないだろうというのもあるし、その人がどんなことを考えて「死」という結論に至ったのか俺にはわからないから。もちろん俺の周りで自殺しようとしているやつがいたら、俺は絶対に止めるけど。
俺が生きている事だって正しいと言い切れる根拠はどこにもない。地球環境のこと考えたら、俺が死んだほうがごみも減るしいいのかもしれない。まあそれはちょっと極端な話だけどいろいろな選択肢の中で「死」も一つの選択肢かもしれない。でもそれによって悲しむ人がいるってことも事実なんだ。
以前ある番組で父親が自殺したと言う大学生を取り上げていたんだけど、その彼は父親の自殺を止められなかった自分を責め、自分が父親を殺してしまったのだと、ずっと悩んでいたと言っていた。自殺しようとする人はそういうことを考えられる精神状態じゃないのかもしれないし、そういうこともを考えた上での決断だったのかもしれないけど。でもやっぱり自分の大切な人を傷つけたり、苦しめたりしちゃいけないよ。
俺は別に長生きしたいとは思ってないけど、やっぱり生きられるうちは生きていたい。まだまだ歌いたいことがあるし、明日になったらすごくいい曲ができるかもしれないし。生きてたら何かやれるかもしれない(できないかもしれないけど)。死んだら可能性はゼロだからね。死ぬ度胸もないってうのもあるけど。
でも俺は最終的には人間なんて生きてなんぼだと思うんだよ。過去には死ぬことで何かを訴えようとした人もいるて、それが最後の手段だったのかもしれないけど、本当に最後かどうかなんて生きてなきゃわからないんだから。
やっぱり今生きている人は、死ぬまで生きなきゃいけないんだよ。自分の命を精一杯活かしてやることが生きている人間の義務だと思うんだ。
などと偉そうな事を言いながら、なんとなく毎日を過ごしている自分がいやになったりする今日この頃です。
2003/02/14
去年の年末から先月くらいまで何かと飲む機会が多くて、そのせいかちょっと太ったかなと思っている今日この頃。普段がちゃんとした食生活をおくってないから、居酒屋とかいくとすごい食っちゃうんだよね。もちろんガンガン酒も飲むし。正直酒好きだし。一人で家で飲んだりはめったにしないけど、その分飲みに行ったら、とことん飲む。そのせいでいろいろ失敗もしてるけど。
不思議なものでどんなに酔っ払ってもちゃんと家には帰ってるんだよね。どうやって帰ってきたのか覚えてなくても、布団で寝てるのはわれながら偉いと思うよ。もちろん二日酔いで頭痛いんだけど。
たいていの人がそうだと思うけど、俺も酒を飲むとおしゃべりになる。普段なら絶対言わないこととか言っちゃったりして。けっこう熱く語ったりするんだよね。その時はすごく楽しいし、気分いいんだけど、思い出すとすごくはずかしい。俺はおしゃべりな自分と言うのはあまり好きじゃないんだけど、調子に乗ってべらべら話していた自分を思い出して落ち込んでしまう。
楽しい時間を過ごした後の反動もあるんだろうけど、飲んだ次の日は一日悲しい気分になる。毎回反省するんだけど、なかなか治らない。前にある人が、酒は人生の悩みの半分を忘れさせてくれるけど、それと同じだけの悩みをつくるのも酒だって言ってたけど、本当にそうだと思う。
でも飲まなきゃやってられないこともあるし、飲んでるからこそ腹を割って言える事もあるからね。酒にすがるんじゃなくて、前向きな楽しい酒を飲もう。
下ネタばっかり言ったり、酔った勢いでやたら口説こうとするようなヤツいるけど、ああいうのは酒がまずくなるからやめなさい。あと愚痴ばっかりこぼしてるヤツとか。そうなったら立派なオヤジだからね。
俺も気をつけよう。
2003/1/19
気がつくと新しい年の正月もあっという間に終わってしまった。まあ俺の場合は正月と言ってもなにもかわらないんだけど。みんなはどうだったんだろう。
懲りもせず「今年こそは」と思ってみたり、新しい目標を立ててみたりしたのでしょうか?
いまさらそんなことしてみても、どうなるもんでもないしとかあきらめている人もいるかもしれない。生活自体かわるもんじゃないとしてもそういう区切りって俺は大事だと思う。特に俺はもともとがなまけものだから、頑張るためのきかっけみたいなものをむりやりでも作っていかないと、何もしないままダラダラ過ごしてしまいそうだから。月並みだけど向上心を持ち続けていたいと思う。幸か不幸かこうやってまた新しい一年を迎えることができたわけだから、やっぱり去年より少しでも人として成長したいと思う。もっといってしまえば一日一日をそんな風に過ごしたい。でもなかなか現実はそうはいかなくて、何もしないままただ時間だけが過ぎていってしまって、毎日反省の日々だったりするんだけど。
俺があとどのくらい生きられるのかわからないけど、死ぬ時に「俺頑張ったな」とか、「いい人生だったな」って思いたいし、「あの時もっと頑張っていれば」とか「なんて無駄な人生を過ごしてきたんだろう」って後悔したくない。どうなればいい人生と言えるのかっていうのは難しいけど、とりあえず今は音楽しかないかな。
いい曲をたくさん作って、いいライブをするっていうのはもうずっと変わらない目標なんだけど、今年は音源をたくさん出す。あと活動の幅も広げていこうと思ってる。それについてはこのホームページでお知らせしていくのでお楽しみに。
新年の一番最初と言うことで、ちょっとか堅苦しい文章になってしまったけど、今年もよろしくお願いします。
2002/11/18
久しぶりに書きます。生きるのをさぼってたわけじゃないんですが、なかなか書こうという気持ちにならなかったんだよね。俺、結構気分屋だから。
この何ヶ月かの間にも、世の中ではいろんなことが起こった。でもあまりいいニュースはなかったな。俺たちが本当に心から幸せを感じて、平和に暮らせる日は来るんだろうか。毎日北朝鮮の事が報道されているけど、近いうちに本当にミサイルが飛んで来るかもしれない。10代の若者が兵士として戦っているところもある。権力や金にしがみついて悪いことしてる奴らもいっぱいいる。30代、40代の自殺者が増えているらしいし、ここのところのニュースであらためて、人の世の醜さみたいなものを感じて、むなしい気持ちになったりもした。
確かに俺たちの手の届かないところで、俺たちの人生はある程度決められてしまう。だからといって、うまくいかないことや、思い通りにいかないことを時代や世の中のせいにはしたくないという気持ちもある。
日本はまだましなほうで、国によっては全くといっていいほど自由がない国だってあるわけだし。限られた自由の中で、どれだけ自分が納得のいく生き方ができるのかそれが俺にとって最大のテーマかもしれない。
明るいニュースといえば、ノーベル賞をとった田中さんの話題かな。ノーベル賞がどんなにすごいものなのかちょっとぴんとこないけど、あのキャラクターはなんかいいよね。
そういえば田中さんは癒し系とか言われてるらしいけど、俺は癒し系って言葉は好きじゃない。音楽でもよく使われてるけど。特に若い奴らが「すごく癒される」なんてことを言ってたりすると、お前はそんなに傷ついたり、苦労したりしてんのかって言いたくなるよ。それなりにつらいことはあるんだろうけど、そんなものを振り切って前に進んでいくのが若さってやつじゃないのか?俺にはまだまだ癒しなんか必要ないな。これからはあまり間をあけずに書いていくんで、ひとつよろしくお願いします。
2002/08/05
毎日暑いね。夏で一番好きなのは昼寝。夏の昼寝はすごく気持ちいい。特に実家の岩手にいた時は、こっちほど暑くなかったから、窓開けて畳の上に横になるとほどよく風が吹いてさ、ほんと最高だった。
でも、俺の夏のイメージってあんまりよくない。夏が始まるときは、すごくワクワクして、なんか楽しいことありそうな気分になるんだけどけっきょくたいして楽しいこともなく気付くと秋になって、今年も何もなかったって感じなんだよね。特に学校行ってた時は夏休みが終わる2、3日前とかってほんとブルーだったよ。宿題はたくさん残ってるし。あとみんなで花火やって最後の一本が終わったあとの寂しさとか、そういうことを思い出す。
毎日のように部活で汗まみれになってたこととか、まあそれなりにいい思い出
でもあるんだけど。
ここ何年か夏になるたびに思うのは、冷房効かせすぎじゃねーのってこと。夏なんだから、少し汗ばむぐらいでちょうどいいと思うんだけど。暑いからこそ冷えたビールがうまいわけで、居酒屋とか行ってもすごく寒くて、これじゃビール飲む気になんねーよっていう時があるんだよね。冷房使いすぎると逆に外の気温は上がるらしいし。もっと地球にやさしくなろうよ。
夏は暑く、冬は寒いのが普通なんだから。やっぱり最近の日本人は我慢強さが足りないよ。別に高校生とかに限らず、すぐキレる奴が多い。いい歳してくだらないことで文句ばっかり言ってる奴とか見ると、こいつは無駄に人生を過ごしてきたんだなって思ってしまう。別に俺も立派な人生を送ってるとは言えないけど・・・。
カルシウムが不足してると、すぐイライラするらしいから、もっと牛乳を飲みなさい。俺は中学の時は毎日2リットル近く飲んでた。おかげでこんなに我慢強くなりました。
2002/07/06
ワールドカップもとうとう終わってしまった。最近ワールドカップのことしか書いてないけど、4年に一回だから我慢しなさい。
今回は守りを固めてるチームが多く勝ち残ったという印象が強いけど、その中で攻撃的なブラジルが優勝したのは良かったと思うな。ドイツのカーンも渋くて良かったけど。最後にトロフィーを持ち上げてキスするシーンはいつ見ても感動的だし興奮する。俺も一回大観衆の中であれやってみたいんだよね。あと10番のユニフォーム着てキャプテンマークをまきたい。とりあえず一ヶ月楽しみました。
すっかり忘れられてた感じのプロ野球は、気がつけば調子の良かった阪神が、いつもの順位に戻りつつあるな。今年は俺の応援する横浜が弱すぎるから最下位にはならないかもしれないけど。最近阪神ファンの気持ちが少しわかってきたよ。横浜が勝っただけで優勝したみたいに感動する。弱いチームには弱いチームなりの楽しみ方があるということでしょうか。でもやっぱり弱いより強いほうがいいよな。
野球と言えばパンチョ伊藤さんが亡くなった。最近誰かが亡くなったというニュースを聞くたびにひとつの時代が終わったなっていうような寂しい気持ちになる。別にファンだったとかいうわけでもないのに。俺も年かな。そういう人たちはやっぱり他人とは違う何かを持っていて、人々の心に残る何かを時代に刻んだ人たちだと思う。パンチョ伊藤という人に関して言えば、当時あまり知られていなかったメジャーリーグを愛して、その魅力を人々に伝えたわけでしょ。今のように多くの日本人がアメリカで活躍するようになったのも彼の影響が大きいはずだし。別に死んでニュースになるような人が立派な人で、ニュースにならない人は立派じゃないというわけじゃないけど、多くの人に影響を与えるだけの力というのは尊敬に値すると思う。
俺もこうして生まれてきた以上は俺にしかできない何かを刻みたいと思っている。
2002/06/22
ワールドカップもいよいよ佳境に入ってきた。今回は波乱の連続で、ある意味 面白いけど、楽しみにしていたアルゼンチンや、ポルトガルの試合が3試合し か見られなくて、ちょっと物足りない感じもする。 日本は目標の決勝トーナメント進出を果たした。日本の過去の実績からすれば ものすごいことだと思う。
でもその後の韓国の頑張りを見ると、日本ももう少しやれたんじゃないかなっ て気もする。試合内容からしても、十分勝てた試合だと思うし。 共同開催国として、韓国の活躍は喜ぶべきことなんだろうけど、正直悔しいし、 ちょっと嫉妬してる。あの気迫はなんなんだろうな。サポーターとかも命かけて る感じだもんね。見ててちょっと恐い感じもするけど、あの迫力には圧倒されて しまう。あの赤一色のスタジアムはすごいよ。韓国の人がもしほかの色の服着 てたら、殺されそうだもん。
日本のサポーターも盛り上がってたみたいだけど、あの鬼気迫る感じにはかな わないな。日本が負けたのに大阪とか渋谷で馬鹿騒ぎしてた奴らいたでしょ。 あいつらは本当に日本を応援してたのか?ただなんでもいいから騒ぎたかった だけじゃないのかって思ってしまうよ。もっと悔しがれよ。しょせん日本の盛り上 がりなんてそんなもんかってちょっとがっかりだな。
あとベッカムの髪型まねてるやつとか。確かにベッカムかっこいいし、いい選手だけど、日本人なら戸田とか小野の髪型をまねしなさい。俺はいやだけど。
ところでチケット問題はどうなったんだろう。最近あまり話題にならなくなったね。どこかの市長がFIFAを訴えるとか言ってたけど。追加分を発売して少しはおさ
まったんだろうけど、このままうやむやにはしてほしくないな。
FIFAは実害は出てないとか馬鹿なこと言ってたし。地方自治体がFIFA と戦ってどうなるかっていうの興味あるしね。
そして俺は今ものすごく日韓戦をみたいと思っている。
2002/05/31
いよいよワールドカップが開幕する。小学校5年生の時はじめてワールドカ ップを見てから、毎回見てきてるけど今回は日本で開催されると言うことで、 今まで以上に楽しみだ。
この期に及んで「サッカー興味ない」とか言ってるやつがいたら怒る。ウソで もいいからワールドカップの間は盛り上がれ。そして日本代表を応援しろ。オ フサイドとかわからなくていいから。みんなが盛り上がってるときに、いっしょ になって騒げない奴とかいるでしょ。そういうやつは人生損してると思うよ。
今回の日本代表に関して言えば、中村俊輔が代表落ちしたのは残念だったけど 俺と同じ岩手出身の小笠原が選ばれたのはすごくうれしい。おそらく控えにま わると思うけど、出場機会があったら活躍して欲しいな。
別に愛国心があるわけじゃないし、普段「俺は日本人だ」って特別意識するこ ともない。でも日本を応援してしまう俺がいるわけで。そういう気持ちってど こからくるのかわからないけど、やっぱり俺は日本人なんだなって思う。
望んで日本人になったわけじゃないけど、日本語しか話せないし、日本にしか 住んだことないしね。俺が楽しく生きていけるのなら日本じゃなくてもいいの かもしれないけど、日本で生まれ育ったと言う事実は否定できない事だし。
話が少しそれてしまった。この一ヶ月はとにかくワールドカップ。日本の予選 突破と、大会の成功をみんなで祈ろう。
2002/04/20 俺はどんな状況でも、常に前向きでいたいなって思っている。でも一年のうち に何回か、すごく落ち込んでもうダメだーってなってしまうことがある。頭の 中がぐちゃぐちゃになって、どうしていいのかわからなくなることがある。こ こ一週間くらいがそうだった。落ち込んでもけっこうすぐに立ち直るタイプな んだけど、今回は長かった。
スタジオに入っても自分の歌が最後まで歌えなくて、途中でつらくなって。 4月16日にライブがあったんだけど、はじめてステージに立ちたくないって 本気で思った。俺のは前向きなうたが好きだし、そういう歌が多いけど、こん な状態でこのうたを歌っていいのかってすごく悩んだ。俺の歌を楽しみにして くれている人がいる、それだけが俺を支えていたような気がする。
ライブがはじまる前に考えたことは、そういう迷いや、悩みも含めて全部はき 出してしまおうと言うこと。ミュージシャンとして常に完璧なライブを勤め上 げるということも大事かもしれないけど、俺はライブの時こそ生身の自分でい たいと思うから。演奏という面では決していいライブとは言えなかったかもし れないけど、その時の俺を精一杯表現したつもり。まあすごく独りよがりな考 えかもしれないけど。
そしてライブが終わって、ステージに立って本当に良かったと思った。
ライブに来てくれたみんな、本当にありがとう。
2002/04/07 あっという間に桜も散ってしまった。花見には行いった?俺は今年も行って ない。夜の花見って寒くてビールもあんまりうまくないし、だんだんみじめな 気持ちになってくるからあんまり好きじゃないんだよね。
この前テレビでやってたけど、いい大人がばか騒ぎして、ごみなんかそのまま 散らかし放題みたいなの見るとこの国はどうなってんだ?って思っちゃうな。
俺も酒は好きだし、飲んで盛り上がるっていうのは悪いことじゃないけど、ご みぐらい捨てろよ。他人に偉そうなこと言える様な人間じゃないけど、最低限 のマナーはまもってるつもり。ちょっと時間にルーズなのと、いつも部屋がち らかってることを除けば・・・。反省してます。
この4月から新しい環境での生活が始まった人も多いと思う。俺はと言えば あいかわらず。何にも変わらない。俺もそろそろ引越しとかして、環境かえ たいなとか思うけど、何するにしても金かかるからね。
俺には音楽があるとか強がってみてもやっぱりもっと金欲しいと思うのも本 心で、たまには高級な店行ってうまいもの食ってみたいしな。不況だ不況だと 言ってもあるところにはあるわけだし。金あまっている人がいたら少し俺にわ けてくれないかな。ほんといいことに使うよ。募金したり。自分で使う分は少 しにするから。
2002/03/21 春らしくなってきた。俺は四季の中では春が一番好きだな。
岩手にいたときは特にそうだったけど、春が待ちどうしかった。
雪が解けて、土が顔をだしてさ、新しい土や草のにおいがまじった、まだ少し つめたいんだけど、確実にあたたかさが感じられる春の風。たまらなくいい。 なぜか走り出したくなる。横浜じゃ土のにおいとかってないけど、やっぱり春 はいい。
ワイドショーやニュースは最近鈴木宗男一色て感じで、もういいかげん飽きて きたな。でもまだ何も決着ついてないし、まだまだいっぱい疑惑がありそうだ から、この際全部はっきりさせて欲しいとは思う。それにしても、鈴木宗男一 人でこれだけいろいろ出てくるって事は、ほかにも陰で悪いことしてるヤツ いっぱいいるんだろうな。
別に俺政治のこととかそんなに詳しくはないけど、結局はプライドの問題だと 思う。一応俺もミュージシャンの端くれとして、こんな歌はうたっちゃいけな いなとか、今できる最高のライブやろうとか思うわけでしょ。俺のうたを楽し みにしてくれている人のためにって言うのもあるし、何より自分が1番好きな 音楽だからこそ、最低限のプライドみたいなものは自分の中で失わないように してるつもりなんだ。
それは政治家にしても、官僚にしても同じだと思う。自分の地位や仕事に対 するプライドがあれば、これだけはやっちゃいけない、みたいなこと考えるはず なのにな。きっとはじめは持っていたんだろうけど、悪いこともやらないと上 にいけないっていう構図や、いろんなしがらみがどんどん麻痺させていくんだ ろうか?
どんな立場の人間でも、なくしちゃいけないものや、譲れないものってあるは ずなんだ。毎日の生活の中で曖昧になってしまうことも多いけど、俺は本当に これでいいのか?って時々自分に問いただしてみることも必要だと思う。
月並みな言い方だけど「初心わするべからず」ってことかな。
2002/02/27
一回目はタイムリーなところで、オリンピックについて。
別に俺はそんなに熱心に見てたわけじゃないけど、今回は審判の判定(採点)の問題がいろいろあったよね。
俺が一流のスポーツ選手に期待するのは、凡人にはできない、生身の人間がみせる力や技、そういったものだし、そしてその陰に隠された計り知れない努力や、試合中の一生懸命な姿に対して勝者、敗者関係なく感動するし、拍手を贈りたくなるんだ。
オリンピックなんて4年に一回だよ。その間の努力がさ、本人たちと関係ない事のせいで、正しく評価されないとしたら、ふざけんなよっていいたくなるよ、きっと。そんなんで金メダルとった人だってつらいと思うし。
国同士の力関係や、金の問題や、政治的な要素から100%切り離すことはできないんだろうけど、もっと純粋に楽しみたいよな。
だって普段の生活の中でどろどろした醜い人間関係みたいなのいっぱいあるでしょ。せめてスポーツの世界だけはって思うよ。
もう国単位でメダルの数とか競うのやめたらどうかな。アメリカがメダル何個取ろうが、日本が何個取ろうがいいじゃん。そりゃやっぱり日本の選手が活躍するのはうれしいことだけど、すばらしいパフォーマンスはどこの国の人だろうがすばらしいんだから。