病院大部屋での雑感             2005. 3.15

 8泊8日 都内某大病院に検査入院をしてきました。6床の大部屋でした。
 何よりも驚いたのは、その回転の良さ入退院のめまぐるしさです。

 同室で 私の入院から退院までに なんと延べ11名の入退院者がありました。
 前からずーっと居られる長期入院の方が2人、それで正確には4床の出入りが
9名という訳、驚くべき効率の良さ、高率回転です。
 私の右隣窓際のベッドは なんと3名の入れ替わりがありました。
 予定されていた肺癌の手術で運ばれていって、次ぎ2泊3日(この病院の分院
から検査の為廻され)の方、即日シーツ交換ほか掃除をして次ぎの方が、、、
 実質4床で9名、1ベッドに 9日間で3人には驚きました。

 空きベッドがでると、即日 遅くとも翌日に埋まります。
 競争激甚のホテル業界とは大違いで、この部屋のケースでは客室?稼働率は
200%近く、常にウエイティングの患者ありなんでしょうね。

 さて入院患者の大半は昭和一桁〜二桁前半、、平均年齢は65歳といった所。
 入院者の内訳は心臓疾患6名
            肺癌患者1名(心臓手術後 引き続きの方)
            腎臓患者1名
            糖尿病から来る足指切断患者1名
            不明   2名(入院早々 また医者の問診もなしなので不明)
 (私の掛かった科は 循環器センターでした)

 同室患者の身の上話や 病歴を、上手に聞きだす 猛烈にお喋りきな人がいる
かと思えば、全く口数が少なく 殆どものを言わぬ人、他人の話に 喧しいと怒鳴
る人など。
 必要なことは喋り、多少話に加わる 「フツウの人」?が意外に少ないのは 患者
が不安を抱えているから?症状がつらいからなどでしょうか。

 室内での携帯電話は禁止されているのに、注意されても何度もかけるお行儀
の悪い人も、、、 ひとさまざま、いろいろです。

 次ぎの雑感には
 聞き上手のお喋り屋さんが話しかけ、話し好きの患者さんのなさった話がとても
面白く、退屈どころか興味深く勉強になったので、その お2人のことを記したいと
思います。

続き・・・同室の方の越し方、行く末  その1     2005. 3.16

 左隣は永年の糖尿病患者のYさんという方でした。 73歳 昭和6年生。
 永年の糖尿病からきた 脚の動脈硬化による壊疽で、去年左足中指を切断なさ
っておられる注文家具・建具製造業の方でした。
 今回はまたも同じ足の小指を傷め、膿んできて ことによれば足の甲からの切断
も、、、の症状で入院したが幸い、患部切開治療で1ヵ月 なんとか快癒し、私の
退院前に目出度く出所?されました。
 糖尿病治療の為には、毎日4回のインシュリン注射を自分で打ち、医師推薦の
靴屋に作らせた特製の靴を履いておられます。

 このSさんは 人あたりの極めて穏やか柔らかい そして洒脱で明るい方でした。
 都内の菓子屋に生まれたが、青年時代 親と合わず家をでて千葉の家具職に
住み込みで徒弟奉公を、、、かなりの悪で飲む・打つ・買うで遊び人だった様子。
  19歳で結婚、奥さんは当時18歳 今は ご長男がなんと53歳です。
 そのうち心を入れかえ、大工見習いから宮大工修行、欄間、神棚、仏壇なども
習い 建具・家具全般を専門に独立したそうです。

戦後の復興期、高度成長、豊な時代の到来での戸建住宅の全盛から2度に亘る
マンションブームの今日まで、夫婦で 家族で、職人も雇って 働き 稼ぎ 都内に
工場用ほか土地と建物を3ヶ所持つまでになりました。
 発注先との付き合いと 自分でも贅沢も出来る暮らしでの飲む、食うで身体を毀
したとのこと。

 奥様や長男さんが見舞にくるたび もう土地を、ビルを貸してのんびりの生活に
切り替えようよ と、相談をなさってました。
 建築業者や設計事務所の下で、孫受け的に仕事を貰うので、苦労も多く焦付き
も年々多くなって 旨みがなくなったし疲れたって仰ってました。
 (家内工業的な事業規模ですから、年に何億円もの仕事がくる訳ではないので
  しょうに、去年は2000万円の回収不能が出たと仰ってました)

 兎に角人付き合いのうまい人で そらしません。看護婦さんや先生達にも好かれ
話も面白く上手、人を惹きつける話法と また人の話も良く聞く方でした。

 腕が立つのでしょう、そして商売上手。
 丹波哲郎さんや、植木等さんなどなど 有名人のお宅にも出入りされていたよう
です。

 子供の頃から玩具を壊しては作るのが好きで、上手かったと仰ってましたが、
まさに 好きこそものの上手なれ。
 時計などよく壊したまでは一緒ですが、私の場合 壊しっぱなしで直せなかった
のと大違い。
 それと、あれこれ遊び心と おとなであって可愛気のある人柄 が印象的でした。


続き・・・同室の方の越し方、行く末  その2     2005. 3.17

 右隣窓際のベッドは 私の8泊8日の入院期間中に3人が入れ替わった大忙し
の超高率(効率)回転のベッドでした。
 2人目の方に至っては 空くや否や入院、心臓カテーテル検査を翌日やって翌
々日の朝 8時半退院、あわただしかったこと。 午後の入院 2泊3日、朝退院。
 正味は 48時間=まる2日じゃなく、2泊3日で 42時間程です。
 話がややこしいんですが、
心臓の具合が悪くって国立市の病院に入院していたら、手術が必要かも、、
ということで 当病院の分院を紹介され、そちらに行かれたようです。
 折角紹介を受けたその分院は 心臓カテーテル検査は出来ないので、当本院
にと廻され、検査が終ったら結果も説明しますから 戻ってきて分院に入院して
下さい。
 行き・帰りとも 本院〜分院間を定時運行させている巡回バスで っていう訳。

 この方がとっても楽しい 話好きの方でした。
 某大学法学部出、テレビ放送会社の大手に45年勤続 去年退職されたK さん
です。在職中は殆どを社会部で過された由。 昭和11年生、68歳。
 (NHK受信料はずーっと払ってなかったが、息子さんがNHKに入ったので払わ
ざるをえなくなったと、、、笑っちゃいました。)

 退職後すぐ某短期大学からお誘いがあり、講座を2つ持って欲しいとのこと、で
華麗?な転進をなさいました。 今回の事態で秋からに延ばしてもらったそうです
 なさる講座が振るってます。
 「昭和の漫画・アニメの変遷と発展」
 「自分の体験、取材から見た・・・戦後の社会史」

 子供の時から漫画大好き、アニメも古くからのファンだったとか、蔵書・資料も
いっぱい持っておられる由。
 「のらくろ」は勿論のこと 少年ダン吉、タンクタンクロウから 昨今まで 話しが
尽きません。 漫画音痴の私、驚くばかり。
 趣味・楽しみが役立って ご本人も嬉しい講義って訳。

 2番目の講座は 60年(昭和35年)安保闘争や、昭和43年の東大安田講堂
の攻防を中心に「大学の全国全共闘、そして昭和47年の連合赤軍「浅間山荘
事件」等々、仕事でかかわり 苦労し 蓄積したほぼ半世紀の激動を生々しく語
ればよいので楽だと仰ってました。
 こちらは 仕事でやってきたことを生かしてですから、ご立派です。

 更に、純潔「甲斐犬」を永年飼っており、その話を始めると幸せそのものに顔が
ほころびます。
 良く番はするし、ご主人様が返ってこないと おしっこもしないほど勤勉・緊張して
仕える健気な可愛い奴とのことでした。

 前回の方とは道は全く違いますが、精神的・物質的に豊な明日を元気になって
過して欲しいと声援したいお2人でした。


 初めて空を飛んだ頃のこと (YS−11、ヘリコプター) 2005.3.25

1969年(昭和44年)1月10日(金)晴れ、 戦後初の 国産機YSー11で羽田
〜小牧間を往復 私としては 初めて空を飛んだ記念すべき日なんです。
 国策としての中型輸送機国産化計画にもとづき、1959年日本航空機製造と
いう会社が設立され、創業10年でやっと累計100機の生産を達成したんです。

 その記念にと、協調融資銀行団が招かれ 羽田〜小牧の往復飛行と工場見学
等 接待を受けました。その一員に ○都銀取引店の営業係長だった私もが参加
させてもらったというわけです。

 YS−11はターボプロップエンジン搭載、62〜7人乗り、航空距離330km
 最大巡行速度474km 今の巨大ジェット機の性能、スケールと比べると隔世の
感を禁じえませんが 往時としては戦後20余年で わが国としてよく頑張ってた
といえるでしょう。
 幸い快晴、平均高度3000メートル、霊峰富士を眼下に 海 山 川.、 道路 鉄道
など 丁度眺めよい高度とスピードで、楽しく初のフライトを満喫致しました。
 (3年後 仕事で札幌丘珠空港から函館までのローカル線で フレンドシップと
  いう10数人乗りの小型機に乗りましたが、これまた のどかで良かったです)

 翌1970年(昭和45年)末 万博の年ですが、ヘリコプターに何度も搭乗する
機会がありました。
 時は都市化 それに伴う人口の大移動という時代の流れの中で、銀行は首都
圏・近畿圏を主に人工稠密地区に新店舗の出店を競っていました。
 (当時は 銀行は融資先には困らず、もっぱら預金集めが主要な業務でした)
  本店店舗企画課の責任者として、大蔵省(MOF)に出店の申請・認可を担当
しておりました。
 当然 人口・世帯分布、増加状態、民度調査や商業施設の進出状況、最寄駅
乗降客調査、バス路線、そして他行出店状況など諸々の資料を申請書に添付
するんですが、空からの俯瞰写真も付けての申請が要求されました。
 また、人は低きに流れる傾向があり 川のある場合等 人の流れを的確に把握
し、ここに用地を取得建築し、または建物を借りて店を構えるという出店ポイント
を決めるのに空からの実査は不可欠でした。

 操縦者を入れて3人乗り〜5人乗りくらいの小形ヘリに、 都合 首都圏で3回、
近畿圏で2回 乗りました。
 (中京圏での俯瞰にセスナ機にのった担当は 地上がとても見にくい、写真を
  撮りづらかったといっていました。)
 地上での 上部メインローター(回転翼) の風を薙ぐ強さと喧しさ、房総半島など
を高さ300mくらいで越す時 乱気流で上下動する際の気持ちの悪さ、市街地で
高度70mくらいまで機体を下げるときの怖さなど タップリと経験しましたが、意外
に辛かったのは、カメラを真下に構えての撮影が し易いようにと操縦者が機体を
90度傾けて、ローリングして固定、静止飛行させてくれるのに 地面の上での猛
者が 気分が悪くなって ゲーゲーと胃の中のものを あげ 戻すことでした。
 幸い私は 揺れ酔いに強く、あんがい平気でした。

 かくて 若かりし日の初フライトのことと、小形ヘリコプターでの仕事上での体験
を 記させてもらいました。

 なお日本航空機製造鰍ヘ 最終的に182機を製造、現在も世界で数機が現役
と聞いております。 1982.9解散 1983.3 清算完了となりました。
 また 昨今航空機の大事故は少なくなっているようで とても嬉しいことですが、
1971年7月3日 東亜国内航空 札幌→函館 YS11(ばんだい号)が 濃霧により
函館の横津岳に激突 乗員・乗客68名(全員)死亡 の事故があり、私が幼稚園、
小学生時代に 我が子のように格別可愛がってくださった 町内のご夫妻が遭難
されたニュースがテレビで流れた時は胸塞ぐ思いでした。



☆ 随想を書き始めて丸1年、お読みいただいた皆様 有り難うございます。
  温かいお言葉、励ましで続けさせて頂いております。
  ここに2004年10月 4日〜2005年 3月までの一覧を纏めました。

雑記帳 収録一覧(2004年10月 4日〜2005年 3月25日)

              題          名  年  月  日
私 どちらかというと時計人間なんです  時計人間の功罪            2004.10. 4
痒い痒いで悩まされながら 金木犀の馥郁たる香を楽しんでます 2004.10. 7
異常気象続き 台風上陸も 遂に9つ 酷い!         2004.10.12
シニア世代 昔の仲間との付き合い       2004.10.17
芸術、スポーツ、会話など 万能 対 一芸にも秀でず
   
2004.10.24
平等(公平) と 運、不運 について      2004.10.30
どんなによく出来ていても 造花は嫌い、、、
プラスチック製品について考えて見ました
          
2004.11. 6
この一週間 バタバタの 雑感      2004.11.13
健康維持と 黒ゴマなど身体に良い食品について               2004.11.23
アバウト60.000歩 
      
2004.11.30
私 酒飲み? お酒好きでーす 2004.12. 5
終生 変えず持ち続けて行きたい心、常に変わる、変えるのが望ましい事 2004.12. 9
生きる、生きたいって意欲 と ○欲の関係は?    2004.12.15
キリンを連れて散歩 の夢を見ました 2004.12.18
行く年  そして 逝きし友  
           
2004.12.23
終り良ければ全て良し・・・今年の身辺総括          2004.12.28
2005年(乙酉)の抱負      2005. 1. 1
年の初めにつき もう一つの夢  庭を作り変えたい!   2005. 1. 6
100円ショップは面白い、 よく使ってまーす     2005. 1.13
左足親指先端の痺れ(老化)が少し良くなった!!
     
2005. 1.19
強運・・・信じられないツキ?    2005. 1.27
篆刻講座 アーア 一芸にも秀でずを またまた確認だぁ  2005. 2. 2
命で償って貰った信用・・・若き日の尊く辛い経験    2005. 2. 7
お二人との告別
 
ごくお近くの方の場合、親しき従兄(弟)の場合 
   
2005. 2.12
日本 この100年
   天皇家と吾ら庶民の三世代を考える

      
2005. 2.18
時間って不思議・・・刹那から億劫まで   2005. 2.26
病院大部屋での雑感              2005. 3.15
続き・・・同室の方の越し方、行く末  その1 2005. 3.16
続き・・・同室の方の越し方、行く末  その2      2005. 3.17
初めて空を飛んだ頃のこと (YS−11、ヘリコプター)  2005. 3.25