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【山と文学・哲学】 ■山の多くの先人・先輩たちは優れた「山の文学・哲学」を残してくれた。 |
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●私たちは、山に登ることの体験通じて様々な感動を受ける。そしてその感動を自分の中に何時までも残したいと思う。また、親しい人たちにその感動を伝えたいと思う。自然の佇まいを「写真」として、行動や感想を「紀行文」として、残したいと思うとき、私たちは写真家になり、紀行作家になる。例え読者が自分ひとりであったとしても。 ●ある登山家が、何故山に登るのか・・・の問いに、「山がそこにあるから」と答えた・・・このときから、登山は「哲学・・・思索の場」となった。平凡な市井の私たちでも、山を登る行為を通じて「哲学」する。 自然との交わりのなかから「教え」を学び、「啓示」を受ける。ある意味「宗教的」な行為でもある。それはまさに自然教への「信仰」でもある。 ●私たちのこの「信仰」は古来の山岳宗教とは異なるものだろう。自然への畏敬の念は変らないにしても、ある山小屋の主人が「登山は修行」のようなもの…といった。山に登ることだけでなく、その自然の佇まいが私たちに語りかける。心のうちでその語りかけと問答する・・・これが「哲学」であり、「修行・信仰」なのかもしれない。 |
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09 山の文学・哲学
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