山と文学・哲学


■山の多くの先人・先輩たちは優れた「山の文学・哲学」を残してくれた
 


 
●私たちは、山に登ること
の体験通じて様々な感動を受ける。そしてその感動を自分の中に何時までも残したいと思う。また、親しい人たちにその感動を伝えたいと思う。自然の佇まいを「写真」として、行動や感想を「紀行文」として、残したいと思うとき、私たちは写真家になり、紀行作家になる。例え読者が自分ひとりであったとしても。

●ある登山家が、何故山に登るのか・・・の問いに、「山がそこにあるから」と答えた・・・このときから、登山は「哲学・・・思索の場」となった。平凡な市井の私たちでも、山を登る行為を通じて「哲学」する。 自然との交わりのなかから「教え」を学び、「啓示」を受ける。ある意味「宗教的」な行為でもある。
それはまさに自然教への「信仰」でもある。

●私たちのこの「信仰」は古来の山岳宗教とは異なるものだろう。自然への畏敬の念は変らないにしても、ある山小屋の主人が「登山は修行」のようなもの…といった。山に登ることだけでなく、その自然の佇まいが私たちに語りかける。心のうちでその語りかけと問答する・・・これが「哲学」であり、「修行・信仰」なのかもしれない。



 
08・07 山の文学・哲学
06〜 山の文学・哲学
 
 
09 山の文学・哲学


【 山と文学・哲学 】

■新田次郎の小説の世界  (2009.01.10)

 

 

 


●昨年の秋に、近くの書店で新田次郎の「剣岳-点の記」を文庫本で見つけた。晩秋から初春にかけて、電車を利用する「陽だまりハイク」をはじめる。車と違い、電車での行き帰りは読書が出来る。この文庫本を持って、秋の「奥武蔵」を歩いた折の往復の電車で読んだ。

● 「剣岳」は、陸軍参謀本部測量部(現在の国土地理院か?)の測量手やその助手たちが、剣岳を含む立山周辺の、三角点の設置や地形測量をドキュメンタリー風に描いたもの。設立当初の日本山岳会(小島烏水が出てくる)との登頂争いなどが絡み内容的には面白い。 この小説が映画化されるという。ただ、小説を読んで膨らませたイメージを、映画で台無しにされないか心配だ(かつて小松左京の小説「日本沈没」の映画でがっかりさせられた記憶がある)。
「剣岳・点の記」の公式サイト… http://www.tsurugidake.jp/


●新田次郎の他の作品を読みたくなり、近くの区立図書館の蔵書をネットで調べると「新田次郎全集」があり、とりあえず「年始」に読む本を借りる事にした。「強力伝…」「チンネの裁き…」、「孤高の人」「栄光の岩壁」の4冊を借りた。読後感としては「強力伝」「富士山頂」など、「剣岳」と同様、
ドキュメンタリー風に描いたものは印象深かったが、恋愛物や推理物が絡んでくる内容には違和感(なじめない)を感じた。また、「孤高の人」は加藤文太郎の「単独行」、「栄光の岩壁」は、吉野満彦の「山靴の音」を、昔読んでいるので新鮮味は薄れた。ただ、井上靖の「氷壁」と同じく、「(山岳)小説」として読むぶんには最後まで飽きさせない



 
 

Page Top

 
 
 
08・07 山の文学・哲学



【 山と文学・哲学 】

 

 






 
 

Page Top

 
 
 
06〜 山の文学・哲学



【 山と文学・哲学 】

■奥秩父のいわれある先人 「田部重治」「小暮理太郎」「原 全教」
 
                                    (2006.11.17〜18)

 

 

 

 


● 今手元に、小暮理太郎の「山の憶い出」(上・下)、田部重治の「日本アルプスと秩父巡礼」「新編山と渓谷」、さらに原全教の「奥秩父回帰」「奥秩父」
(正・続)がある。
 
●今回は、今年の「奥秩父プロジェクト」の新たな展開というか、仕上げというか(奥秩父の実践:山行と理論:紀行文・風土誌などの調査)に関係する、奥秩父開拓の先達・明治のかの有名な「小暮理太郎・田部重治」、大正から昭和にかけて奥秩父の山と渓谷を踏破し、さらに風土誌的に見聞をまとめた「原 全教」について取り上げたい。

●課題として考えているテーマは、主脈縦走の紀行文・写真の編集の完成と…

 @奥秩父の「峠」…私の歩いた峠、車で走った峠…
 A奥秩父の「山小屋」…私の泊まった小屋、泊まらなかった小屋、今はない小屋・・・
 B奥秩父の主峰・稜線からの「私の見た、写した富士山」…
 C奥秩父を愛した先達「小暮理太郎」「田部重治」「原全教」、残した文学・書…

 …などを目論んでいる。
●さらに、かなり難しいと思うが、下記のテーマも加えておきたい。

 D奥秩父(甲斐の山々)と武田一族の興亡(治世)…

 
 
 



【 山と文学・哲学 】

■なぜか気になる…山岳文学の先人 「串田孫一」   (2006.10.20)

 

 

 

 

 

 

 

 


●秋がどんどん深まってきた。
わが街の公園の木々も少しずつ色づき始めた。ケヤキは色づき始めると同時に、落葉が始まり掃除のおじさんの手を煩わせている。イチョウも気の早い葉は黄ばみ始めている。10月初旬の、奥秩父の紅葉は最盛期の少し手前だった。今(10月下旬)は真っ盛りになっているだろう。南アルプスの北岳の小屋からは初雪の知らせが出ていた。北沢峠も広河原も、林道ぞいも美しく紅葉しているだろう。…そう、秋は私の読書・思索の始まりの季節でもある。

●手元に「串田孫一」さんの本がある。「若き日の山」(山と渓谷社)と「山のパンセ」(岩波文庫)の2冊だ。串田さんは昨年(2005年・夏)亡くなられた…。奇しくも、私が山登りを復活させた年であり月であった。書店で手にした「山と渓谷」に、串田さんの特集が組まれていた。串田さんと私との結びつきは、 山登りの現役の若かりし頃まで遡る。その頃の私は、加藤文太郎の「単独行」、松波明の「風雪のビバーク」などを、多分にヒロイックな気持ちで読みふける一方で、串田孫一の「エセー(多分、手元にある、若き日の山や山のパンセのとある部分)」 に、心安らぐものを感じ、惹きつけられていた。

●まだ、手元の
「若き日の山」と「山のパンセ」を詳読していない。流し読みすれば、春の風のように、また秋の落ち葉のように、私の感性を刺激しながら通り過ぎていく。…しかし、腰をすえて読み込んでいくと、串田孫一という人物の、とぎすまされた感性や、深く集中した思索の凄みを感じざるを得ない。・・・なによりも、その感じられたこと、考えられたことの「表現」(言葉=言語、言い回し=文章)に、感嘆せざるを得ない。



 
 
 



【 山と文学・哲学 】

奥多摩・奥秩父のいわれある先人…誰? (2006.01.08)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


●田部重治 (1884(明治17)年8月4日―1972(昭和47)年9月22日)
英文学者、山岳紀行文家。富山市出身。東大英文科在学中、夏目漱石の教えをうけ、卒業後は中央大学、東洋大学、法政大学、海軍経理学校などで英文学を講じた。青年時代より登山を好み、北アルプス、奥秩父の山々に足跡をしるし、1919(大正8)年「日本アルプスと秩父巡礼」を刊行。その日本的風土にふさわしい静観的登山は後代に大きな影響をあたえた。ことに「笛吹川を溯る」は国語教科書に採択され多くの人々に親しまれた。この中の一節を使った顕彰碑が山梨県三富村の西沢渓谷入り口に建てられている。著書「山と渓谷」「峠と高原」「わが山旅五十年」「中世欧州文学史」「ペイターの作品と思想」など。

●小暮理太郎 (1873(明治6)年―1944(昭和19)年5月7日)
群馬県出身。東京帝国大学中退。子供のころから山登りを始めその後、小島烏水、田部重治らの影響で主に奥秩父の山を歩き、日本山岳史上秩父時代≠ニ言われる時代を築いた。南・北アルプスにも記録的な足跡を残した。ヒマラヤ研究者としても有名。「山の憶ひ出」の著書のほか「中央アジアの山と人」など多くの研究論文がある。第3代の日本山岳会長。1951(昭和26)年5月、金峰山ろくの金山平に日本山岳会、山梨県山岳連盟、石楠(しゃくなげ)山岳会らの手でレリーフが建立され、毎年秋には関係者によって「木暮祭」が行われている。岳人の間では奥秩父の父≠ニして慕われている。

●清水武甲 (1913(大正2)年―1995(平成7))
写真家。秩父市に生まれ、昭和2年秩父大宮尋常小学校を卒業後、1年間の修行を経て、16歳で家業の写真館を継いだ。昭和12年全日本写真連盟関東本部写真展において文部大臣賞を受賞し、このころより記録写真を撮り始める。昭和17年毎日新聞社主催の日本写真美術展にて第二席を受賞した。昭和21年仲間と「ぎんなん社」を結成し、図書館活動、牛乳の共同購入、演劇活動、前進座等の団体、当時の文化人等を招へいし公演活動を行った。昭和22年以降国画会写真部会展にて活躍し、以後当地方の文化活動の中心となった。

●新井信太郎  (現役・雲取山荘主人1935年7月18日生まれ)
中学1年の夏休みに初めて雲取山に登山。1955年7月先代富田氏の下で山小屋の手伝いを始める。 1960年4月富田氏の後を継いで雲取山荘の主人となる。1999年10月雲取山荘を新しく建て直した。 現在は息子の晃一と共に山小屋生活を送っている。安全登山・雲取の自然等講演会もしている。
●日本山岳会終身会員/環境庁自然公園指導員/日本体育協会公認スポーツ山岳A級指導員     著書:雲取山に生きる(実業之日本社)/ 雲取山のてっぺんから(けやき出版)/ 雲取山よもやま話(さきたま出版会)/雲取山の歩き方(けやき出版)…以上・雲取山荘HomePageより



 
 
 



【 山と文学・哲学 】

若かりし頃、夢中で読んだ山関係の本 (2006.01.08)

 

 

 

 

 

 

 


●山に興味を持ち、自分でも山登りを始めた頃、まず読んだのは「登山コースガイド」「登山技術」などの今で言う「ハウツウもの」だった。それから…

 
■登山家と山の文学
●加藤文太郎「単独行」
●松波 明「風雪のビバーク」
●芳野満彦「山靴の音」
●深田久弥「日本百名山」 それから…


■海外の登山家と山の文学  
●ガストン・レビュファー「星と嵐」


■登山家と哲学者
●串田孫一(2005年没)…「山渓(山と渓谷)」をみて、串田さんがなくなったことを知った。山岳紀行文に触れたのが最初だか、自然を「感覚から感性へ、感性から思索へ(情緒的であると同時に理知的な思索)」と受け止め、展開して行く語り(文章)には、心を打たれた(という若かりし頃の記憶アリ)。

 
 

Page Top