ショーストッパー 〜 show stopper 〜 第3話

 「ドアを閉めろ!」

 
  後ろにいた船員が、引きつったように怒鳴る。

  ドアの内側通路を歩いていた女性が叫んでもつれながら逃げた。

  ドアの向こうから迫る、野卑な叫び声と強い足音。

 
 「へあ……?」

 
  あまりの現実味のなさにボケッとしていた俺は、

 通路と甲板の間でドアノブを握ったままよくわからない疑問符をはきだした。


 「さがれ!」


  今度は正面、開いたままのドアを抜けて甲板からダイの声が聞こえた。


 「ごがあ!?」

 
  声につられて振り向いた俺は、勢いよく閉じられたドアに吹っ飛ばされたあげく、床に顔面をしたたかにうちつけたのである。


 「いだいっ!顔が2倍になるぅっ!」


  鼻がへこみそうなあまりの痛さに、うめきながら床でのたうってしまった。


 「早く逃げろ!」


  ダイの叫び声が、閉められたドアごしに俺を急かす。

 
 「いきなり逃げろ何も…っ。」


  顔の痛みに腹が立ってきた俺は叫び返す。

 
 「死にたいのかっ!」

 
  ひときわ大きいダイの怒声が、ドアをわずかに振動させた。

 
 「お前も、な。」

 
  ダイの声に、聞いたことのないダミ声が掛けあった。

  次の瞬間、耳をつんざく爆音が響き思わず耳と頭をかばう。

  そっと右目を開けて見ると、ブーツの5センチ横に穴がある。

  これって、銃弾の跡だよな。

  大きくなる耳鳴りに反比例して血の気が引いていく。


 「あ……。」

 
  慌てて逃げようにも、腰が抜けて立てない。

  ガクガク震える足を動かそうとした時、後ろから声が聞こえた。

  カチカチ鳴っているのはたぶん俺の歯だ。

 
 「お嬢様!ご無事ですか!」

 
  甲高い音とを立てて、聴きなれた足音が近づいてくる。

  船室側の通路から走ってきたアークの顔が、大写しで視界に入ってきた。

  唇が戦慄いて、言葉を搾り出そうとしたが、結局音にはならなかった。

  アークは床の銃創をみると、いきなりエリス嬢(俺)を抱えあげた。


 「お話は後です。静かにしていてください。」


  溺れて沈む寸前に浮き輪へたどり着いたように、俺はアークにしがみついた。
 
  アークは涼しげな顔から想像のつかないスピードで通路を走り出した。

  隙間から外の通路を伺いながら、重々しい扉がゆっくり閉められた。

  倉庫らしい窓のない部屋は一気に暗がりになる。

  ガラスがぶつかる音についで、石を打つ音が響いた。

  視界が明るくなる。

  目の前のランプに柔らかい光がともっていた。

  ガラスを火にかぶせながらアークが静かに話しだす。

 
 「お嬢様、甲板に出られるなら、何故お声をかけてくださらなかったのですか。」

 
  その声に仄かな怒りを感じ取り、つい謝った。

 
 「えと……ごめんなさい。」

 
  ランプから目を離して、アークがこちらを見た。

 
 「怒っているわけではありません。ただ、もう少しご自身の立場をお考えください。

  お嬢様の行動は破天荒すぎて、私の胃に穴があきます……。」

 
  アークがスーツの胃のあたりを抑えて呻いている。

  なんだかキリキリという音が聞こえてきそうだ。

 
 「いっそこの胃を、心臓を抉ったら痛みもなくなるのでしょうか……。」


  端整な顔をゆがめて吐き出された言葉が重い。

  本当に内臓を吐きそうな表情で凄まれると冗談とはわかっていても冷や汗が出る。

 
 「ちょっとタンマ、それじゃ死ぬだろ!?これぐらいではやまるな!っていうかグロいよ!」

 
  本当にやりかねないから怖い。この神経質な執事は。

 
 「お嬢様、またそんな街角でしゃがみこむ荒くれ者のような言葉遣いを…。」

 
  顔のゆがみはなくなったものの、新たに眉間に皺がよる。

 
 「それで、さっきの甲板の騒ぎは何?」

 
  お小言を回避すべく、俺は話を先ほどの出来事に戻した。

  アークの表情がより真剣味を帯び、引き締まった。

 
 「現在この船は海賊の襲撃を受けている、と説明を受けています。

  しかし、おそらくは混乱に乗じてエリス様を連れ去りに来たと考えられます。」

 
  俺は思わず眉をひそめた。

  この少女を連れ去る理由は。その利用価値は。

  こんな大掛かりな展開は何?身代金目的にしちゃ殺気を感じたんだけど?

 
 「なん……うああっ!」


  「なんで」という言葉は、通路からドアに向かって打たれた銃撃音と

 ドアが砕ける音、硝煙にさえぎられた。

  鼻腔を刺す火薬の匂いと硝煙に視界がにじむ。

  にじんだ視界に、紅い影がゆらりと現れた。


 「みぃ〜つけたぁ〜。」

 
  口の端を吊り上げて、にぃ、と笑って男は立っていた。

  長い髪から垣間見えた目が、紅かった。

  それが印象的だった。

 
 「お嬢様、お下がりください。」


  アークが俺に小さく囁きエリス嬢(俺)を隠すように庇った。

  襲撃者からし視線ははずさずに。

 
 「なにか御用でしょうか。」

 
  襲撃者は笑いを崩すことなく返してくる。

 
 「あぁ、御用、あるぜ〜。そこのお嬢に、一緒に来てほしいだけなんだぁ。ダメぇ?」


  小首を傾げても、2メーター近い男がやっても怖いだけだ。

 
 「金品は全てお渡しいたします。どうか身柄と命だけはご容赦ください。」

 
  アークの声は、静かで祈るようだった。

  背中に庇われているので表情はうかがえない。

  俺は、この手の交渉はうまくいかないよなぁと他人事のように思っていた。
 

 「あぁ、それもくれんの?だけど、そのお嬢を連れて行かないと俺怒られちゃうのよぉ。」

 
  襲撃者は一歩、一歩と踏み出しながら言ったのだ。


 「亡国のお姫様……あんたをね。」

【 第3話/終 】

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