ショーストッパー 〜 show stopper 〜 第4話

  襲撃された衝撃も忘れ、俺は目を伏せてこめかみを揉んだ。

  吐き出した息で、床の埃が転がっていくのを眺めながら思考の渦に沈む。

  えーと、今「ボウコクノオヒメサマ」とか言われたような。

  漢字変換すると「暴虎苦悩尾姫叉馬」とかですか。

  血の涙を流して走る三尾の虎みたいな馬か何かでしょうか。

  きっと心臓は2つ、胃袋なんか9つくらいあるんだぜ。

  いやいや、それとも何かの故事か。

  もはや混乱していて、考えなどまとまるはずもなく妄想の世界にダイブだ。

  別の言い方をすれば絶好調現実逃避中。

  そんな俺の困惑をよそに、アークが叫ぶ。

 
 「誰の指示だ!」


  顔は見えないけれど、穏やかな普段の青年からは想像しづらい悲壮な声だった。

  先ほどドアを蹴破った細長い男が、ゆらりと両手を揺らしながら答える。

 
 「わざわざ言わなくてもわかってんだろぉ。セイテキとかキョウダンとかそんなご大層なもんじゃねぇよ。

  えーとぉ……あれだ、オリジナル?」

 
  俺の混乱をよそに、興味深いキーワードを乱用しながら外野では勝手に話が進んでいく。

  会話についていくべく"ボウコクノオヒメサマ";"セイテキ";"キョウダン"を類似キーワードで変換してみた。

 
 「ちょっと待て!何、俺は今お姫様役なわけぇ?!」


  人生でこんな夢見がちな台詞を吐く日が来るとは思わなかった。
 
  「セイテキ」は「政敵」ですか。

  「キョウダン」は「教団」ですか。

  「ボウコクノオヒメサマ」は「亡国のお姫様」ですか。

  日記には富豪商人の娘だって書いてあったんですけど。

  何、あれはフェイクですか。

  混乱真っ最中の俺をジロジロと観察しながら、襲撃者は器用に片眉を上げる。

 
 「は、……記憶がからっぽっての本当らしいなぁ。」

 
  嘲笑しているのか苦笑しているのかわからない、含んだ笑いが癇に障った。

  アークが息をのんで、こちらに向き直った。
 
  眉根に力をいれ、痛いほどに、自分の体で包み隠すように少女を抱きしめる。

  掻き抱いた一瞬、少女の耳をふさいでからアーク呟いた言葉を確認することはできなかった。

  その姿が、どこかすがるように見えた。

  アークはそっと腕を離して伏せていたまぶたを開け、祈りのように囁く。

 
 「エリス、積荷の影から決してでてこないでください。」

 
  初めて名前を呼ばれた驚きとか。

  眇められた目の奥にあった影が、哀しみに見えたとか。

  それでもどこか暖かかったとか。

  疑問と予想外の事体でごちゃごちゃになった俺は、そのまま積荷の金属の箱の後ろに投げ出された。

  クッションになった麻袋に足をとられながら、もがいて起き上がる。

  すぐ箱ひとつ向こうで、二つの床を踏み切る音。

  それが合図だった。


  遠くで響く船がこそぎ取られる音と共に、金属がはじける音がした。

  歯の根が合わずカチカチ言う。

  知らず、こぶしを握っていた。

  恐ろしくて身動きさえとれない。

  アークはここに隠れているよう言った。

  隠れていれば俺に害はないのだろう。

  むやみに動けば足手まといになる。分かっている。

  それでも、俺は確認せずにはいられなかった。

  甲板での、ただ自分の命さえ心配すればよかった状況とは違う。

  俺はアークの安否を確認する義務がある。

  彼は俺を助けるために向かっていったのだから。


 「アーク!」


  まるで自分以外の誰かの思う強さに後押しされるように。

  彼の名前を呪文のように唱えながら、積荷から顔だけを覗かせる。

  金属の塊が顔のすぐ横を抜けていき、振り返ると壁にクナイのようなナイフが刺さっていた。
 
  ごめんね、エリスちゃん。なるべく怪我しないようにするからね。

  心の中で体の持ち主である少女に呼びかける。

  ほんの少しだけ、彼女が近くなった気がした。
 
  薄い煙の向こうで、二つの人影が対峙する。

  片や鍵爪のような手甲、逆手にクナイを構える襲撃者。

  片や小型の銃を握るアーク。

  襲撃者は姿勢を低くし、前に踏み出し間合いを詰める。

  接近戦になったら不利だ。

  アークは麻袋をけり倒して豆をぶちまける。

  襲撃者は身軽に上へと跳躍したままアークへ向かっていく。

  体を空中に投げ出すということは、無防備な体制になるということだ。

  計算どおりだったのだろう。

  アークは照準を襲撃者に合わせて4発打った。

  轟音と火薬のにおいが立ち込める。

  片手で軽々と銃の衝撃に耐えられるとは、どういう肩をしているのだろうか。

  ところが襲撃者はクナイですべての弾丸を叩き落してアークに突っ込んだ。

  アークが距離をとろうと体をひねるが、襲撃者は散乱した豆も気にせず足も継がず一歩で踏み切って足を進める。

  襲撃者の踏み出した足が床へ着く前にアークが足を払う。

  足払いはすかされ、逆にアークの体勢が崩れた。

  物陰になってしまってここからではよく見えない。

  身を乗り出して目を凝らしたその時。

  体勢を立て直そうとしたアークの懐に、襲撃者がするりともぐりこんだ。

  態度からは想像がつかないやわらかくてしなやかな体重移動。

  一瞬反応が遅れたアークは、構えが崩れたまま左足から半歩後ろに下がり反動をつけると右足をまわして蹴りこむ。

  アークの体が正面を過ぎ足が襲撃者に向かう一瞬前に、襲撃者は上へ体を丸めるように跳ぶ。

  足を伸ばす一瞬、体が開いた。

  襲撃者はすり抜けざまにアークの鳩尾にクナイをねじりこみ引き抜く。

  飛び越すとアークの背後に着地した。

  すぐに構えて残心をとる。

  アークの動きが止まった。

  一瞬、何も聞こえなくなった。

  アークが足からゆっくりと崩れ落ちていく。

  時が、止まった気がした。

 
 「あ…あ………っ。」

 
  呆然と立ち尽くす俺の心を追い越して、爆発的な悲嘆の感情が俺を、否、エリスの体を動かした。

  襲撃者の存在も忘れてアークに駆け寄る。

  うつぶせに倒れたアークを仰向けに抱き起こし、怪我を確認する。

  なぜか血は出ていない。

  目を開けさせようと揺さぶる。

 
 「目を開けて!置いていくなんて許さない…っ!」

 
  俺を追い抜いて引きずる声の主は、張り裂けそうな悲しみと焦燥に潰れアークを呼ぶ。

  ひっきりない涙と震える手。

  悲しみに同調した俺はエリスの体ごと悲しみに突き動かされ、しがみついて泣き叫んでいた。

 
 「お嬢、泣いてるとこ悪ぃんだけど一緒に来てもらうぜ。」

 
  アークから引き剥がすように、腰から片腕で抱え上げられた。

 
 「いや、離っ……っ!」

 
  エリスと俺は必死にアークに抱きつく。

  襲撃者は不機嫌をあらわに舌打ちした。

 
 「トドメは刺してねぇよ。こいつも持って行くから大人しくしろ。」

 
  襲撃者はその細長い腕で俺を小脇に抱えると、アークを肩に担ぎ上げた。

【 第4話/終 】

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