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この小話は、当サイト小説「ショーストッパー(ロイドと俊樹出会い編?)」とリンクしております。
一話だけで読める形にはしたつもりなのですが、こちらもお読みいただければよりお楽しみいただけるかと思われます。

■ 君子の樹

 芳しい香りに、瑞々しさを感じた。

 キーボードを操る手をとめて窓辺に目をやると、五弁の小さな花が無数に咲き誇っている。

 俺の背丈ほどもある梅の木。

 紅梅と白梅が一辺の枝にとりどりにさいている姿は見ごたえがあった。

 あ、と思ったのは、一輪が光ったからだ。

 ディスプレイに視線を戻すと、セキュリティソフトのアップデートアラートが出ている。


「今日もありがとな、よろしく」


 確認してから呟いて『許可』をクリックする。

 データの更新が終わるまでの僅かの間、また梅に視線を戻す。

 

 

 

 あれはお盆前のことだった気がする。

 自室のドアを開けたら、モミの木があった。

 青々とした葉をふさりと蓄え、いい枝ぶりだ。

 なんとなく自分の腕を擦ってみる。

 素肌はいくぶんしっとりとしめっている。

 自宅に帰って、同居人に声をかけて(先に帰宅していた琢磨だ)飯の前に部屋にかばんを置きに来た。

 ドアをあけると心地よい温度の空気の波を感じる。

 帰る前に電話で同居人(電話をしてきたのはロイドだ)に帰宅時間を伝えたからだろう。

 そう、クーラーでばっちり冷やされている8月の部屋に、なぜかある。

 緑と赤のリボンに彩られ、輝くオーナメントとランプと星と焼き菓子。

 まごうことなきクリスマスツリーだ。


「俊樹様、部屋の温度はいかがですか」


「ああうん、ばっちり。超快適」


 ディスプレイがセーフモードから復帰して、ロイドが話しかけてくる。

 ロイドは異世界からきた友人だ。

 今は家のパソコンの中でペルソナ執事として活動してくれている。

 うん温度も湿気も快適だ。

 満員電車に揺られて汗みどろになりべったりはりつくシャツもなんのそのだ。


 で、これはなんだ?


 俺の視線がクリスマスツリーに釘付けなのに気づいたのか、ロイドはうきうきと続けた。


「こちらは、『君子の樹』でございます」


 ほお。またけったいなものを。


「私がいた国では、国王陛下が即位すると継承する樹木がございます。
  『君子の樹』は領地の各所をその植体にあらわし、各地に異変があった時は王に知らせるといわれています。
  この世界でいう『世界樹』に似ているかもしれません」


 名前を呼ばれたことに反応するように、ツリーのライトが光る。


「『世界樹』って、ロールプレイングゲームとかででてくるアレだよな?」


 ファンタジーなロールプレイングゲームの有名作が何本か頭に浮かぶ。

 回復アイテムとかに『世界樹』って名前がつくもの多いよなー。

 なんてのんきに考えていると、ロイドが説明してくれる。


「北欧神話に登場する『世界』を体現する巨大な木を、
  『世界樹』もしくは『宇宙樹』『ユグドラシル』と呼ぶと聞きました」


「あー、たぶんそれ。しかしなんか、スケールでかいな……」


 なんでそんな大層なものがこの部屋に?

 というか、なんでモミの木?


「『君子の樹』は異変をいち早く知れるという意味でも重宝されますが、
  執政者が自らの民を身近に感じるようになるという、心理的な目的もあるといわれています。
  そう、親近感が大切なのです。
  こちらの世界のユグドラシルはトリネコという植物だと聞きましたが、
  より身近に感じていただくためにこの形にいたしました」


 ああ、それでクリスマスツリーなのね。

 またライトがチカリと瞬く。

 確かにある意味すごく親近感はある。


「さきの件で、俊樹様には一国一城の主としての自覚をもっていただこうと、私は決心した次第です」


「ふーん、……はい?」


 さきの件というのは、俺の不注意が原因でパソコン内でウイルスが大暴走した件である。

 俺がよく調べないでダウンロードしたファイルにウイルスがついていて、オペレーションシステムであるロイドが駆除してくれたというわけだ。

 ロイドいわく、パソコンの中は一つの世界になっているらしい。

 アプリケーションやプログラムはすべて住人で、このなかで日々暮らしているそうだ。

 ロイドには「もっと住人を大切にしてください」「中の住人にとって貴方は城の主です。もう少し慎重に判断していただかなくては」と叱られたばかりである。

 その件があってから、PCやアプリに関して親近感や愛着を感じ出してはいたのだが。


「俊樹様はエリス様が選ばれた方。エリス様とともにすごされる姿に、PCを管理される姿に私は確信いたしました。
 俊樹様は執政者の何たるかを理解し、君子としての素養をお持ちであると」


 待て、俺がいつそんなことを?

 それはたぶん勘違いだとおもうぞ?!


「民は俊樹様を愛しています。どうか、もっと民を愛してください」


 そういえば、ロイドはお姫様の第三教育係だったことを思い出す。

 教育係魂に火がついてしまったらしい。

 ニコニコと笑顔を浮かべるロイドに、この家でロイドに管理されていないのは研究室の機器と琢磨のPCだけだと思い出す。

 ロイドの機嫌を損ねると、色々困ったりする。

 なんて、自分で自分に言い訳をし始めているあたりでまんざらでもないのかも知れない。


「あ、これ触って大丈夫?」


「はい。強度は植物程度に高めてあります。手荒に扱わなければ破損はいたしません」


 手を伸ばしかけて、コンセントの線が無いことに気づく。


「あれ、電気に繋いでないのに、ライトがつくんだな?」


「はい。ライトの光っているものは、現在稼動しているシステムやアプリケーションです」


 ロイドの説明にかぶせるように、ライトの一つが強く光った。


「うわ、なんかこのオーナメントすごく光っていきなり形かわったんだけど」


「アップデートしたのでしょう。そのたびに形がかわります」


 そうか。日々変わっていくのか。

 キラキラして、キレイだなと思った。

 俺は昔からキレイなものに弱いのだ。

 ついでに実は植物も好きだったりする。

 イベントものも大好きだ。

 しかも変化するって、なんかロボみたいでかっこよくねぇ?

 子供っぽいので隠していたのだが、ロイドにはお見通しだったのだろうか。


「もちろん、他の植物に変化させることもできます。お部屋の彩にもよろしいかと。
 俊樹様の生活には生活観がかけます。風流ごとも君子の習いですから。
  まずはお部屋に季節感をだしましょう」


 なおもロイドの追い討ちがかかる。


「まぁ、置いてみるのもいいか。何かあってもすぐ分かって便利だし」


 そして、ロイドから聞いたアプリケーション、いや、住人達の様子を思い出す。

 なんだか乗せられているだけな気もするけど。

 ロイドに頭が上がらないだけのような気もするけど。

 まあ、いいかな、なんて思ってみる。

 実は、最近忙しくて心の余裕があまりなかったことに気づかされたのも、これがロイドの気遣いだとも分かってしまったから。

 

 

「ところで、おい。笑うならもっとわからないように笑えよ」

 俺は振り返ってドアノ向こうに声をかける。

 さっきから視界の端で、ドアの後ろで震える肩が見え隠れしていた。


「いや、聞こえてしまってな」


 笑いをこらえながら、琢磨が入ってくる。

 入ってくるも何も、ドアはほぼ全開のままだったので足を進めるだけでいいのだが。


「真夏のツリーか、ニュージーランドみたいでいいじゃないか」


 こいつは知っているのだ。

 俺がキレイなものやら植物やら変化するものもイベントも大好きな、さらにメモリアル男だということを。

 まぁ、いいや。

 今日くらいは笑われてやる。

 

 

 


 結局。

 現在俺の部屋には一本の飾られた木がある。

 名前は『君子の樹』。種類は不明。

 なぜなら季節ごとに姿を変えるからだ。

 

 アップデートの完了を待つ間、梅を眺める。


「アップデート、完了いたしました」


 ディスプレイのなかからロイドが知らせてくれる。


「お、サンキュ。アリスの調子は大丈夫そう?」


 アリスは、今アップデートしたアプリだ。


「はい、安定しています。新しい機能が備わったので、早く俊樹様のお役に立ちたいと言っておりました」


「ありがとう、よろしく頼むなって伝えておいてくれ。あと、しばらくは様子みてやってな」


「承知いたしました。お任せください」


 ロイドは優雅に礼をとる。


「俊樹様、実は、今回この樹の姿にしないかと提案したのは住人達なのです」


 梅を眺めていたのをみていたのか、ロイドが笑いながら声をかけてくる。


「そうなのか?珍しいな」


「俊樹様、この梅の花の種類はご存知ですか?」


「いいや?」


「『お気に召すまま』だそうです」

 

 寄せられる信頼が、好意がこそばゆい。

 爽やかな梅香が瑞々しく空気を染める。

 次の季節が、また楽しみになった。



【 君子の樹/完 】

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