2日目(2003年2月9日)
1.火の見櫓ツアーの一日のはじまり
8:00少し前の、食事の準備ができましたのアナウンスで起床。
前夜の酒もほとんど抜け、快調。前日の豪雨が嘘のように、晴天で、絶好の火の見櫓日和である。
美味しく朝食を戴き、洗顔、9:00少し前にチェックアウトし、外の風景を眺めていると、まもなく迎えのマイクロバスが到着。
今日は、これに乗り、火の見櫓めぐりツアーを行う予定であり、
朝食時にいただいた行程表では、12:00に金谷で解散するまでに、29基の櫓を見ることになっている。
| 9:00過ぎに、ウッドハウスを出発し、まずは、役場へ向かう。役場では火の見櫓サミットのもう一つの行事である防災教室が開かれ、役場の建物を利用し、模擬救助活動などが行われていた。
少しの間見学し、バスに乗り込む。
そこへ、消防?のユニフォームを纏った中川根町の杉山町長が挨拶に訪れる。
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防災教室

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2.みんなで火の見櫓めぐり
9:40頃、役場を出発し、いよいよ火の見櫓ツアーの開始であるが、瞬く間に、
一つ目の水川(みずかわ)の火の見櫓に到着。
交流会時の名札の写真に使われていたもので、銀色に光り輝いている。中川根町の櫓は、このサミットに合わせ、塗装し直したのである。
| 振りかえると、30名以上が櫓を見学している。マイクロバスの搭乗者だけでなく、取材の方や、自家用車による参加者などで、物凄い人数になっていた。
いつもは、一人で火の見櫓を見ているので、
なんだか妙にうれしいような、気恥ずかしいような感じであるが、火の見櫓に注目が集まるのは悪くない。
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火の見櫓を大勢で見学

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熊本から来たT氏は、メジャーを取りだし、細部の寸法を馴れた手つきで計測している。その姿を、取材のカメラが追う。
火の見櫓の側に、昨日の会場に展示してあった、木彫り家紋の工房がある。ちょんまげをしている主人は、手掘りの家紋数世界一でギネスブックに載っているらしい。予定外だが、少し見学することになり、中に入る。
所狭しと家紋が飾られてあり、目を奪われる。よく見ると、多種多様で、「こんなんありか?」と言うようなものもあり、見ていて飽きないのだが、出発のお呼びがかかる。
最後に、ちょんまげについて、主人に問うと、殿様の気持ちになって家紋を彫るために5、6年前からはじめたそうだ。
10:00頃出発。このペースだと、29基を見るのは不可能との判断により、ピックアップ見学作戦にでる。続いては、小井平(こいだいら)の火の見櫓である。
これは、茶畑の広がる、ロケーションの良いところに立っており、土屋先生や塩見氏のおすすめの櫓である。
この櫓は、中川根町に位置するが、上部の形式は本川根町のものに類似している。
| 今日は、天気も良く、非常に美しい。いろんな角度から見学してると、許可をもらった女性が、少しヒールの高い靴で、櫓を登り始めた。唖然として見ていると、途中で、彼女のポケットからビデオカメラが飛出し、落下してしまった。もちろん粉々である。それで、もうあきらめるんだろうなと思っていたら、再び、するすると登りはじめた。
あっという間にてっぺんに到着し、四方を見渡している。さすがに半鐘はならしちゃだめと言われたらしいが、すごい勇気である。降りる時も躊躇無く、軽快なものであった。
隣で見ていた土屋先生が、「今までしようと思っても中々できなかったことを、いとも簡単にやってしまうものなぁ」と言うようなことをつぶやく。不安定な高いところが怖くて仕方のない私は、上り下りの身軽さと勇気に感心するしかなかった。
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火の見櫓に登る女性

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まもなく、バスは出発し、「やんばいです」という意味のわからない言葉が看板に書かれた、本川根町に入る。
続いては、高台にある、崎平(さきだいら)の火の見櫓へと進む。この櫓は本川根町にある。隣の消防小屋から、消防車が出してあり、私達を歓迎しているのかと思ったが、小屋内では作業している方がいた。
時間が無いので、手早く切り上げ、次の千頭(せんず)の火の見櫓に向かう。
狭い通りに面してあるが、なかなか大きいものであった。しかし、狭い街路に大勢の人々が押しかけたので、お祭りのようである。てっぺんに半鐘は無く、中段に設置されていた。高いところまで登るのが億劫になったのだろう。
バスに戻った時、運転してらっしゃる若い役所の方に、本川根町の看板に書いてある、「やんばいです」とは、どう言う意味かと尋ねたが、なんだったかなぁ?と言ったまま、思い出せないようであった。若い人ではあまり使わない言葉なのだろう。
ここも素早く出発し、田代(たしろ)の火の見櫓に向かう。ここもロケーションの良いところであった。
| 少し離れたところで見ていると、近所の方がでてらっしゃったので声を掛ける。あの櫓の半鐘が本気?で鳴ったのは、今まで3回だけだそうだ。
今日は、朝日岳がきれいに見えるから良かったねと言われる。
先の「やんばいです」についても聞いてみると、気持の良い日とかに、挨拶として交わす言葉だそうである。最近では、年配の方しか使わないらしい。よい按配と同じ意味であろう。「じゃあ、今日みたいな日は、まさに、やんばいですね」と訪ねると、みなさん笑顔で、応えて下さった。
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朝日岳

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5つ見たところで、11:00になってしまい、幾つか櫓をスルーし、中川根町に戻り、上長尾(かみながお)の火の見櫓に着く。役場の近くにあり、何度も前を通っていたのだが、やっとゆっくりと見る。眺めていると、列車の音が聞こえてきた。旧南海が2両で走ってきた。
トイレ休憩のために役場に戻る。防災教室は既に終了し、役場前は片付けられ閑散としていた。バスは、ここから、金谷方面に下るため、私も、マイカーに乗り換え、後をついて行く事にする。
しかし、既に解散予定時刻の12:00に近づいていたため、ここからは、駆け足であった。
まずは、行程表には載ってなかったのだが、走りやすい道沿いの地名(じな)の火の見櫓を見る。
ロシア風の装飾がされた意匠的なもので、火の見会の写真では幾度と無く見た形状であるが、実物を見るのは初めてなので感動した。ここで、12:00チャイムが鳴る。
続いては、川根町に入り石風呂(いしぶろ)の火の見櫓。これは、行程表に載っていた。道路脇に車を止め、外に出て見学したが、すぐに出発。
抜里(ぬくり)の火の見櫓は、バスは徐行したのみでスルーしたが、私は、車の中から写真だけとった。
少しだけ峠を超え、家山の町へ入り、大井川鐵道家山駅に向かう。ここで、金谷からやってくる蒸気機関車と対面するらしい。思いがけない幸運に興奮しつつ、駅へ向かう。
家山駅は、なんとものどかな佇まいで、鉄道模型を造るならモデルにしたいような駅であった。
私たちが到着してすぐに、金谷行の電車が入ってきた。旧南海の車両だと思われるが、これは、青や黄色で派手にカラーリングされ、その面影は無い。
大井川鐵道の方の計らいで、駅構内に入って撮影しても良いとのこと。線路を跨ぎ、あっちへこっちへ場所を変えながら、機関車の到着を待つ。
| 下流の方から、数度、汽笛が聞こえると、煙が見え始め、近づいてくるのが身体全身で感じ取れる。五官で触れる素晴らしさ。蒸気機関車が愛されるはずである。
蒸気機関車が出発し、その姿が見えなくなるまで、堪能した。こんなにもまじかに動く蒸気機関車を見られるなんて、岸本氏に知らせたら悔しがるだろうか?
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C11の勇姿

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家山駅からは、時間が無いので、ほぼ一直線に金谷町を目指す。行程表に載っているいくつかの火の見櫓の横をすり抜ける。バスの後からついていきながら、スルーした数々の櫓を思い、後日、改めてこの地を訪れようとの決心が固まる。
ツアーの最後は、日切(ひぎり)の火の見櫓であった。日限地蔵の近くにあり、願掛けの人々で賑わっているところに立っていた。
残念なことに半鐘がないものであったが、土屋先生曰く、隣の豪邸の方が個人で所有しているらしい。なんでも、消防小屋が新築される際、撤去されそうになったところを、個人的に面倒見るよう申し出たという話である。
そういうことを聴くと、火の見櫓も一層、誇らしげに見える。
しかも、今日は、晴天である。
日切を出発すると、まもなくバスとはぐれたが、携帯TELで金谷駅へ向かっているとの連絡を受け取り、車を走らせる。
駅のロータリーに車を止めた頃、バスも到着。時刻は、予定より1時間強過ぎ、13時を回っていたが、これで、本火の見櫓サミットもついに終了である。
駅前で、お世話になった方々とお別れの挨拶。
火の見櫓をじっくりと見て回るのは、はじめての方も、今日から火の見櫓ファンであろう。またいつか、
火の見櫓の脚元でお会いしましょう
3.砂丘に寄って帰阪する
金谷駅からは、帰路に付くのだが、その前に、浜松の自宅に帰られる土屋先生に、浜松の中田島砂丘を案内していただく約束をしていたので、一緒に車中の人となる。
駅を出て、牧の原台地を登りはじめると、大好きな富士山が見える。見晴らしの良いところで、富士を拝む。
土屋先生から、実は、この辺りから見る富士の形が美しいことを聴く。
天気の良さに加え、火の見櫓に蒸気機関車に富士山にと、大好きなものを全部見ることができ、なんと幸せな一日であったことか。
途中で、食事を済ませ、15:00過ぎに砂丘に到着。
冬の砂丘に人影はまばらだろうと思っていたら、砂丘の入口や駐車場に、結構人が出ていて、ビックリした。先生も意外だったようである。
そして、入口から入ったのではオモシロクないからという先生の後を追い、松林の中を抜ける。林をでて眼前に広がる砂丘は、地表のうねりの真っ最中のような躍動感があった。先生の演出に感謝する。
海を見ると、陽はやや傾きつつあるも、依然として晴天で、風はほとんど無かったのだが、波は高かった。これほど、風の無い日は珍しいらしい。この陽気と、風の少なさが、2月なのに、人々を集めたのだろうか?
中田島砂丘の先は、パプア・ニューギニアまで陸地が無いと、土屋先生が言っていた。また、5月の連休には、祭りが開催され、この辺りでケンカ凧が行われるらしい。今日も、小さいながら、練習のような凧上げが行われていた。
砂丘から、浜松駅の方向にある先生のご自宅まではすぐであった。
またの再会を約束し、お別れする。大変楽しかったです、ありがとうございました。
西を目指し車を走らせる。途中、浜名湖畔の舘山寺温泉の案内に惹かれ、一風呂浴びようかとの誘惑に駆られたが、身体の疲れを考慮し、あきらめる。
浜松西I.C.から高速に乗り、浜名湖SAから、湖の夕景を眺め、あとは、ひたすら帰路の人となる。途中30分ほどの気絶を含み、大阪に戻ったのは22:00頃であった。
次のサミットは、いつどこで行われるか?ひょっとしたら、自分も当事者になっているかも。いずれにしても、また、
火の見櫓の回りに多くの人が集う日が来ることを
願って止まない
今回出会った火の見櫓たち(出演順)
川根本町(旧中川根町)水川
川根本町(旧中川根町)小井平
川根本町(旧本川根町)崎平
川根本町(旧本川根町)千頭
川根本町(旧本川根町)田代
川根本町(旧中川根町)上長尾
川根本町(旧中川根町)地名
川根町石風呂
川根町抜里
島田市(旧金谷町)日切
その他、目にしたものは、もっと多数でした
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