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『特許明細書英訳の手法と実務』
廣島節也著
(日本実業出版社より2007年刊行予定)
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連載エッセイ |
●嵐が止むまで
『特許明細書英訳の手法と実務』ができるまで
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特許翻訳コンサルタント
廣島節也(ひろしませつや) |
〜リアルタイム出版ドキュメンタリー〜 |
第4回 出版企画書を提出する
出版企画書には特許英訳解説書である『特許明細書英訳のコツ(仮題)』と『実例 特許明細書のための技術英語表現辞典(仮題)』の2本を書いたのですが、執筆依頼を受けたのは解説書のほうだけでした。
そして、企画書というものはあくまでも会議で検討するためのものであって、そのまま実際の書籍内容となるわけではありません。特に、私は明細書を翻訳してきただけの人間であり、解説書・指導書のたぐいは書いたことがありません。商品として出版するからには、読者が必要性を感じるような内容でなければなりません。企画書が通って最初の仕事は、執筆ではなく、書籍構成をあらためて練り直すことでした。
どのような内容、構成が解説書として望ましいか、あれこれ考えているうちに、思いがけないことに気づきました。自前のデータベースを商品化するつもりだった『実例 特許明細書のための技術英語表現辞典』が、売りものにならないことに気づいたのです。
自分で作ったデータベースに自信を失ったわけではありません。それどころか、特許翻訳の仕事と平行して構築した、数千件の特許翻訳対訳データベースは、解説書を執筆するさいに大きな力となりました。カードであれコンピュータベースであれ、翻訳データベースを作ったことのある翻訳者ならば、ご理解いただけると思いますが、データベースは自分の仕事の歴史であり、自分の分身といってもよいでしょう。ところが、この事実が商品化にさいして致命的なネックとなることに気づきました。
英語100バイト、日本語90バイトからなる対訳データなのですが、データには訳文だけでなく、文法上、気をつけるべきメモなどもふくまれています。したがって、何年たっても見なおしただけで翻訳した当時のことが瞬時によみがえるのです。少し大げさにたとえれば、医師が患部を見て患者を思い出すようなものです。翻訳書類はすべて返却してしまった後ですが、どのような理由から、この日本語に対してこのような英語を書いたのか、思い出すことができます。これは<翻訳プロセス>が自分の中にあるからです。つまり、翻訳者としてどのような思考プロセスをたどったか、自分ではっきりとわかるため、単なる対訳データが立体的に読めるのです。そのため、たとえ切り出したデータが部分的なものであっても、非常に価値があるのです。
逆に「この日本語なら、この英語」という逐語的な参照の仕方では、あまり役に立たないのです。目の前の原稿に、データとまったく同じ言い回し、あるいは少なくともよく似た言い回しが出てこない限り、データを参照できないからです。市販のデータベースが数万件、数十万件という気の遠くなるようなデータ数で構築されているのは、ユーザが必要としている言い回しにヒットする確率を高めるためにほかなりません。
<翻訳プロセス>がはっきり見えていれば話は別です。求める表現とはまったく別の言い回しであっても、ひとつのキーワードと<翻訳プロセス>から、ふさわしい日本語の読み換え、応用例がすばやく案出できるからです。自前のデータベースの強みは、なんといっても<翻訳プロセス>がはっきりしている点です。
逆にいえば<翻訳プロセス>を売りにしたデータベースは、市販できません。オリジナル・データのままでは、一般ユーザには翻訳プロセスがわからないため、単なる対訳データベースでしかありません。そうなると既成の翻訳データベースのように膨大なデータ数を準備しておかなければなりません。また、訳文にも相当な注意が必要です。市販データベースのデータがほとんど直訳に近い理由が、これでわかります。つまり、あまり意訳してしまうと、なぜそのような訳文となるのかユーザに理解できないばかりか、検索すらできないのです。
その対訳データがすぐれたものであるかどうかは、切り出す前のオリジナルテクストの文脈をふくめ、総合的に判断した<翻訳プロセス>が見えなければ判断できません。特許明細書翻訳に限って言えば、明細書にはかならず図面、引例公報、引例の図面などが添付されます。明細書のワンセンテンスに訳をあたえるだけでも、これら添付資料の情報なしに良訳を期待することはできません。けれども、データごとに個々の文脈を解説するわけにはいきませんから、市販データベースは一般的な対訳にとどまらざるをえないのです。
『実例 特許明細書のための技術英語表現辞典(仮題)』が商品にならないことは、よくわかりました。そのかわり、『特許明細書英訳のコツ』で書くべき内容がはっきりしてきました。イディオムの類をいくら暗記してみたところで、<翻訳プロセス>を鍛えない限り、よい翻訳はできません。これは確かです。それならば、<翻訳プロセス>の鍛え方を解説すべきです。
特許翻訳の解説書で<翻訳プロセス>を取り上げた本は、見た覚えがありません。特許という進歩性・新規性にこだわるドキュメントを訳してきたせいでしょうか、やるなら、前人未到の仕事を、というのが私のポリシーです。
そこで、それまでの企画書の内容を大幅に変更することに決めました。出版社に提出するための企画書を書くことになりました。
私は、これまで特許明細書の英訳に携わってきただけの人間で、特許分野の実用書を執筆した経験はありません。信頼する専門家と著作権について電話で相談するうちに、PDFファイル販売のつもりが商業出版へ移行してしまったのです。思いがけないチャンスなので、過分な期待はやめるべきだと思いました。つまり、企画書を書いても通らない可能性が高いと思ったのです。そう思っておいたほうが、だめだった場合、落胆が大きくならずにすみます。
企画書の書き方は、以前、何かの本で読んだことがありました。 以下に、私が実際に編集者へ提出した企画書の骨格をまとめておきます。
================================ 『特許明細書英訳のコツ(仮題)』出版企画書
【目的】書籍の目的 【必要性】なぜそのような翻訳解説書が必要なのか 【マーケット】本書が想定する具体的な読者層 さらに読者数が推定できる参考データ 【著作者のプロフィール】 【本書のアウトライン】 ■タイトル ■本書の特長 ■本書の利用対象者 ■本書の活用方法 ■本書の目次 第1章 受注のコツ 第2章 準備のコツ 第3章 依頼書類受け取りのコツ 第4章 特許翻訳英訳のコツ ================================
上記の特許英訳解説書は、特許翻訳対訳データベースの販売と連動させなければなりません。この本をお読みいただいた読者なら「実際にその対訳データ集を使ってみよう」と思うでしょう。というより、そう思っていただかなければ困るのです。そこで、「『実例 特許明細書のための技術英語表現辞典(仮題)』出版企画書」も添付しました。ページ数としては、解説書よりこちらのほうがやや長めになっています。私としては、むしろこちらのほうがメインのつもりだったのです。
2006年5月8日、出版社のT氏からメールが届きました。うれしいことに、「英語による特許出願については書籍として十分に市場があると考えております」との返事です。さっそく打ち合わせに出向くと、T氏はすでに社内会議用に特許明細書英訳本の企画書(レジュメ)を作成しておられました。会議でゴーサインが出やすいように私の企画書を練り直したのです。
打ち合わせからちょうど一週間後、T氏より企画が無事、承認された旨、連絡がありました。これほどすんなり企画が通るとは想像していなかったため、半信半疑で何度も執筆依頼書を読み返しました。
執筆依頼書とは、「単行本ご執筆のお願い」と題された、著者に対して原稿作成を依頼する文書です。
これで特許英訳の解説書を書くことが正式に決まりました。ただし、「技術英語表現辞典」については、棚上げとなりました。後から考えれば、これはもっけのさいわいでした。というのも「技術英語表現辞典」の企画には、致命的な欠陥があったのです。自分でこしらえた特許翻訳対訳データベースに、手を加えることで市販するつもりでいたわけですが、いかに手を加えても売り物にならないことに、後になって気づいたのです。
その致命的な欠陥とは、<翻訳プロセス>です。
次回は、『特許明細書英訳のコツ(仮題)』に取りかかって、ようやく気づいた<翻訳プロセス>についてお話いたします。 (つづく)

| 特許翻訳コンサルタント 廣島節也 |
アメリカ出願明細書用の英訳について徹底指導。翻訳テクニック解説だけでなく、経営の視点から社内特許翻訳者育成のお手伝いもいたします。 |
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