北条時宗

吉田高志


6年社会科。鎌倉時代。元寇という未曾有の危機から日本を救った北条時宗の生き様を中心に扱った授業。元からの使者を斬り殺すという強硬手段に訴えた時宗の決断は、正しかったのか。子どもたちに討論させる。原実践 吉田高志


全2時間


 蒙古襲来という未曾有の危機から日本を守り抜いた英雄「北条時宗」の授業を紹介する。
◇「元軍と戦う日本武士」(竹崎季長の絵」を提示。子どもたちはすぐに武士が苦戦していることに気づいた。

指示 元軍が有利だという証拠を教科書や資料集で調べなさい。


 ・元軍は集団戦法をとってきた。これに対する日本軍は1対1で戦おうとした。
 ・元は「てつはう」という新兵器を使った。
元の国書を提示した。

発問 この国書に対して時宗はどういう態度をとったでしょう。  
@返事をすぐに書いた。  A無視した。  B使者を斬り捨てた。


 子どもたちの多くは「返事を書いた」と答えた。「友好を求めてきている」と読み誤っているのである。

指示 鎌倉幕府の人たちは、この国書を読んで「無礼だ」と非常に腹を立てました。それは、どの部分ですか。

 「兵を動かすなどということは余も好んでするところではない」ということは「言うことを聞かなければ攻めるぞ」という意味であると説明した。
そして、時宗が、この無礼な国書を「無視した」ことを説明した。

指示 時宗が国書を無視した結果元軍の来襲(文永の役)が起こりました。文永の役では、日本と元ではどちらが優勢だったかを調べなさい。


子どもたちは圧倒的に日本軍が不利だったことを知った。

発問 文永の役の後、再び元からの使者が来ました。時宗は、どのような態度をとったでしょう。

 今度は「斬り捨ててしまった」と説明した。子どもたちは大変驚いていた。
 時宗は、その後やってきた三度目の使者も斬り捨てしまう。その結果、二度目の元の襲来(弘安の役)を招く。

指示 弘安の役について調べなさい。

 子どもたちは、今回も日本軍が不利だったことを知った。

発問 元の使者を斬り殺すという時宗の決断は、正しかったでしょうか。

 20分ほど討論を行った。
 次の資料を提示した。

 是の歳、蒙兵虜ふる所の男女無慮二十六万千八百余人、殺戮する者勝て計 ふべからず、経る所の州郡皆燼となる。「高麗使節要」         (『マンガ日本の歴史17』 石ノ森章太郎 中央公論社)

 これは、日本より先に元に攻め込まれた高麗の様子を書いたものである。「睦み合っている」とフビライが言う高麗は、六度に渡る元の侵略を受け、骸骨が野を覆うような惨状だったのである。
 もし、日本が弱腰な態度を見せれば、高麗の二の舞を演じていたのかもしれない。大風に助けられたとはいえ、時宗の指示のもと鎌倉武士はよく戦い、元軍を陸地に近づけなかった。これが、勝利を呼び込む1つの原因だったのである。こう説明をして授業を終えた。


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