ツーリングレポート
2002年末・高知潜伏レポ
今年もあと残り少なくなったある夜、
晩飯食って一服していると携帯にタイトル無題のメールが届いた。
「はて、何かいな?」と開いてみると、
「おおっ」タジさんではないか。
年末に「龍馬脱藩の道」を歩くので都合はどうですか?ということである。
もちろん返信は、
「行きまんがな!」
タジさんこと田嶋直樹氏は今、全国の自然歩道を歩き繋げて、
徒歩による日本縦断の旅を続けている。
今年は近畿から中部北陸コースを歩き、
先日、群馬県の横川駅にゴールしたばかりであった。
ちょうど一年前、四国を歩いている時以来の再会になる。
■12月25日(水)晴れ一時曇り
早朝、車を飛ばして6時半ごろ高知に到着。
既に歩き出していたタジさんと合流し、1年ぶりの再会に握手を交わす。
今回は及ばずながらサポート役を務めるつもりだが、
ついでに走り納めをしようと自転車の用意も抜かりない。
しかし昨日まで風邪で寝込んでいた身。大丈夫だろうか・・・
タジさんは高知市の龍馬誕生地から愛媛県五十崎町の宿間まで、
約1週間の予定で歩くらしい。
今日は佐川町まで。平野部とはいえ40kmを越す距離である。
不要な荷物は預かって、午前中は必要な物資の買出しに走る。
途中で落ち合うため、何度か現在地の連絡をもらうが、
さすがに歩きのエキスパート、驚くほど速いペースである。
明日のために難所の峠(朽木峠)手前まで行っておきたいと、
日が暮れてもなお、雪がちらちらする夜道を歩き続け、
佐川駅前の宿に入ったのは8時前だった。
「お疲れっす!」
焼肉屋で乾杯する。

■12月26日(木)晴れ
中土佐から志和へ
夜明け前の佐川龍馬公園にタジさんを下ろして、須崎の道の駅に向かう。
今日は中土佐町から窪川町に抜ける海岸線を走るつもりだ。
この道、先は行き止まりの感があり、
普通に窪川方面に行くには、まず用事のない道である。
それだけに気になっていた場所でもある。
寒くて車から出る気になれず、そのうちに寝てしまう。
陽射しが暖かく感じるようになったころ、ようやく準備に取りかかる。
そんな朝のうだうだで、結局出発は10時前になってしまった。
道の駅を出て、短い上りとトンネルで安和に越える。
国道を左に逸れて海岸線に沿えば、
崖っぷちの道から青々とした安和の海を見て走れる。
風邪で体調は良くないが、
走り出せば気分が晴れるのがサイクリングのいいところ、
軽快にペダルを回す。
小さな島が2つ仲良く並んでいる双名島の横を通り、
小鎌田海水浴場脇のトンネルを抜ければ久礼の町並みに入る。
細い路地を進んだ先に久礼大正町市場がある。
年の瀬で賑わっているかな?と思っていたが、平日のためか人はちらほら。
この週末あたりから賑わうのだろう。
久礼八幡宮前を通り橋を渡って左へ、県道25号線に進む。
上ノ加江の集落へはトンネルで楽に抜けられるが、ここは海側の旧道に回る。
標高は50mほど、ひたひた上れば、冬とは思えない明るい海が目前に広がり、
十分に期待を満たしてくれた。
県道に合流して、突き当たりのT字は右に取り、
狭い谷間一面に広がる田んぼの中を進んで行く。
一見してここはかつて海だった場所だとわかる。
まるで小さな湾に入り込むように、田んぼの海を漕いでゆく。
道はにわかに狭くなって上り調子になり、
先ほどのT字で左に分けた県道の下をくぐる。
小さな峠のトンネルは馬越隧道という名前が付いていた。
上った分だけ下り、矢井賀の集落に入る。
ここには「ライダーズイン中土佐」がある。
「何でこんな辺ぴな場所に?」
と前から不思議に思っていたが、山陰に隠れるようにして建つ施設を見て、
その謎は深まるだけだった。(目の前が海で夏場はいいのかも)
矢井賀から志和へは急な坂道を上る。
ぐんと標高を100mまで上げれば窪川町の標識が現れる。
逆光にキラキラ輝く海を見ながら急降下して志和に滑り込む。
自販機があったので暖かいコーヒーを買って小休止。
冷たい風に逃げ場が無く、電話ボックスに肩をすぼめて入る。
この静かな漁村にどれほど人が住んでいるかわからないが、
道幅3m、長さ50mのメインストリート?に
「喫茶」の看板がかかる店が2軒もあり、
「いったい利用者は誰?」と、これまた謎になった。
さて、そんなのどかな志和を後にして帰路につく。
まず窪川まで標高300mの峠を上らなければならない。
この辺りの地形の特徴で、北は七子峠から南は片坂まで、
海から内陸に入るには文字通り「片坂」を上ることになる。
この「壁」のおかげで四万十川は窪川で大きく迂回させられ、
100km先の中村で海に出ることになる。
そんな山肌に取り付くつづら折れをじりじり上って行く。
振り返れば志和の海が美しく見える。
寒さでふくらはぎを攣りながら、やっとのことで峠に達する。
「腹減ったあ〜」
燃料はすっかり空っけつである。
早く国道に戻ってコンビニで何か食いたいが、
とりあえず黒石の集落でパンを買って腹の足しにする。
次第に寒さが増してきたので帰りを急ぐ。
窪川に出るのはやめて、本堂から仁井田へ、
ショートカットして国道56号線に乗る。
コンビニでカップラーメンをすすって暖まり、ホッと一息。
燃料が満タンになったところで再び走り出す。
さっき上った300mを七子峠でまた下ることになるが、
延々6kmの坂は下り甲斐があって楽しい。
道の駅に戻ったのは午後4時過ぎ。
タジさんをピックアップしに国道197号線を布施ヶ坂に向かう。
■12月27日(金)晴れ
昨夜から雪が降り続いて路面は凍結。
梼原町の太郎川公園で車中泊したが、幸い寒さは感じなかった。
朝7時、タジさんが泊まっている民宿に迎えに行くが、
初日から痛み出した足の具合がよくないようだ。
昨日の終了地点に行く途中、資料収集のため東津野役場に立ち寄る。
お役所は今日が仕事納め、ちょうど大掃除が始まったところだったが、
担当職員は快く対応してくれた。
船戸のヤマザキショップでタジさんを見送る。
ガッチリと足首をテーピングしていたが、大丈夫だろうか。
私は今日も少し走るつもりでいたが、まだ雪が残っているだろうし、
タジさんのサポート役で一日待機することにした。
脱藩の道は、そう簡単には歩けない。
険しい山道、車道の硬いアスファルト、どちらも酷だ。
道標も不完全で、何度か道にも迷ったらしい。
暗くなるとなおさらだ。
日没近い太郎川公園で、この上の峠を越えてくるタジさんを待つ。
心配して峠への車道を上りかけると、
薄暗い山道を下ってくる、LEDライトの灯りが見えてきた。

■12月28日(土)曇りのち晴れ
梼原から韮ヶ峠
夕べも車中泊。雪は降らなかったが昨日より冷え込んだ。
ましてや風邪は一向に良くならず(こんなことしてるから当たり前か)
タジさんに風邪を移さなければいいが・・・と心配するが、
それより深刻なのが足首の故障である。腫れも大きくなっている。
「今日は距離が少ないから大丈夫」
と言うが、引きずる足が痛々しい。
私は明日、用事があるので今夜中には帰らねばならない。
タジさんに同行できるのも今日一杯になる。
脱藩の道はここから先が正念場になるので不安が残る。
しかも雪の登山道である。
さて、昨日行けなかった東津野城川林道を走りに行こうと、
梼原町健康増進センターのグランドに向かう。
ここに車をデポして周回する予定だ。
ところが林道が通っている山の稜線を見ると、どうも雲行きが危うい。
「や〜めた」
あっさり止めて、四万川の谷道を峠まで往復することにした。
東津野城川林道は高知県東津野村から四国カルストを経て、
愛媛県の城川町まで通じる公団幹線林道である。
いわゆる「東線」は今年の夏ツーリングで一度走ったので、
ぜひとも「西線」にも行ってみたかった。
というわけで、今回のタジさんの脱藩の旅にあやかって、
梼原から林道経由で脱藩の峠・韮ヶ峠への周回を考えていた。
ツララのように垂れ下がる2本の鼻水を下唇ですする。
汚いがこうするしかないのだ。
そんな寒さと風邪の症状の中、凍てつく四万川の谷を行く。
2車線部分もあるが概ね狭い県道である。
自転車にとっては和めてよいが、対向車が来ると冷っとする。
六丁より脱藩の道は右に進み、茶屋谷という所から険しい登山道に入るらしい。
車道はこの先の文丸の分岐で県道379号線に移り、約8kmで峠に達する。
その分岐から谷道を突き詰める頃、次第に周囲の雪色が濃くなり始め、
高階野の集落より上部の路面はうっすら積雪、乗車不能となる。
自転車を押し歩くこと約2kmで韮ヶ峠に到着する。
もし行けそうだったら林道に進みたかったが、
この状態では無理だろうと断念して来た道を戻る。
車をデポしたグランドへは脱藩の道が通じているので歩いてみる。
MTBなら十分下ってこられる、めちゃ雰囲気のいい道がついていた。
まだ12時半。時間があるので温泉に行こうとしたらタジさんが現れた。
とっくに先を歩いている思っていたが、やはり足の具合が良くないようだ。
ひとまず別れて、風呂から出てくると、タジさんから携帯が鳴った。
「リタイアします!」
よっしゃ、賢明な判断だ。
一緒に徳島まで帰り、翌朝、和歌山経由で一旦帰省した。
正月明けに彼は再び歩き出す。
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