ツーリングレポート

日本列島お気楽ツーリング日記
−中国編−

九州・沖縄中国関西中部関東東北北海道1北海道2東北2中部2関西2・中国2

2001年3月12日(月)〜3月18日(日)

MTBの修理が意外と手こずり、
10日間のブランクをおいてツーリング再開となる。
結局、落としたバッグは出てこず、
福岡県警のホームページに出しておいたメールも音沙汰無しである。

19■3月12日(月)曇り時々晴れ

朝5時、オーシャンフェリーで新門司港に上陸、
夜明けを待って走り出す。
因縁の門司市街を関門トンネルの人道口に向かう。
海の下を自転車で走るのは、もちろん初めてで感動もんだが、
地元の人にとっては単なる朝のジョギングコースのようである。

海の底で県境を越えて下関に上がり、
狭い海峡に船が行き交うシーサイドロードを行く。
振り返れば関門橋が優美な姿を見せている。
工場が並ぶ長府市街を過ぎ、小月で県道33号線にスイッチ、
のどかな田園地帯に入ってゆく。

それにしても走りが重い。
普段使わないモンベル製のバッグを下げてきたが、
容量が小さいため、4バッグにして走っている。
この真冬のような空模様が、さらに気分まで重くしている。
おまけに、べっとり汗を吸った綿のTシャツが不快感を増す。
「やはり普通のTシャツではダメじゃ」
ウェア関係は落したバッグの中にある。

悶々とした気分で淡々と走り、美祢市を経て秋芳洞に到着する。
鍾乳洞見物を終え、秋吉台へヒイヒイ上っていると携帯が鳴った。
門司警察署からである。
「さては!」
やはりバッグを預かっているという朗報であった。
今になって?という感はあったが、
県警に出しておいたメールが功を奏したようだ。

山口秋吉自転車道を快走して山口市に到着。
湯田温泉の健康ランド「温泉の森」で閉館までネバリ、
終電が行ったあとのJR湯田温泉駅に移動する。
それにしてもツーリングを再開した日に、こんな知らせが入るとは。
タイミングがいいのか悪いのか、また門司まで戻らねばならない。
(走行距離110km)

20■3月13日(火)晴れ

JR湯田温泉駅は一晩中明かりが点いていた。
おまけに通過列車の音で5時に起こされ「ぐっすり」とはいかなかった。
この駅の乗降客は多いみたいで、始発からぞくぞく人がやってくる。
私もバッグを引き取りに行くため列車に乗る。

3度の乗り換えで門司港駅着。
門司署では丁寧に対応してくれた。
バッグを拾ったのは、非番でたまたま通りがかった同署員とのことで、
これが不幸中の幸いだったかもしれない。
いずれにせよ何かと縁の深くなった門司の町。
このまま旅が順調に行けば、おそらく終着もこの町になるだろう。

お昼過ぎ、湯田温泉に帰って今日も「温泉の森」で過ごす。
家に置いてきた片割れのバッグを、郵便局留めで送るよう手配したが、
届くのは明日になるらしいので、もう1日滞在する。
これで4バッグからも解放されて荷物も元通り。
新しく買い揃えた物もあり、いろいろ無駄が生じたが嬉しい誤算。
アクシデントがあるたびに知恵も付くし、いい教訓になった。
(走行距離2km)

21■3月14日(水)晴れ

山口郵便局で用事を済ませて出発。
防府市まで自転車道があるようだが、どこを通っているかわからないし、
距離も延びそうなので、国道262号線で直に南下する。

2バッグになり、ウイックロン製のTシャツも戻ってきて快適なもんだ。
防府市街から国道2号線を、山陽本線や山陽自動車道と絡んで走り、
新南陽市から徳山市街にかけては、
工業地帯をうねるようなアップダウンで進む。

さっきからコンビニに寄りたいのに、
こんなときに限ってなかなか見つからない。
徳山市を過ぎれば、のどかな山間部に入ってゆくが、
さすが国道2号線だけあって交通量は減ることなく、再々怖い目に遭う。

大きな峠を越えてやっと岩国市に入る。
錦帯橋近くの公園に寝床の目星を付けて、スーパーに買い出しに行く。
「こんにちは!野宿ですか?」
子供連れの主婦にいきなり声を掛けられ面食らう。
きっとアウトドアなファミリーなのだろう、
小汚い旅行者にも理解ある人がいる。と思うと心強い。
(走行距離108km)

22■3月15日(木)曇りのち晴れ

久しぶりに暖かく過ごせた夜だった。
夜半からの雨でスッキリしない天気の中、広島市に向かう。
併走する山陽本線に、ひっきりなしにいろんな電車が来て、
普段目にしない田舎もんは、つい嬉しくなる。
男という生き物は元来電車好きなのかもしれない。

宮島口を過ぎ、次第にゴミゴミした市街部に入ってゆく。
渋滞した車の横を走るのは、気恥ずかしくて苦手だ。
広島は一度来ているので、素通りして呉へと向かう。
マツダの大きな工場を見て右折、
国道2号線を離れ瀬戸内側の道へと進む。
町並みが途切れたところで、右手に海が広がりホッとする。

天気も回復して風は軽いフォローでペダルも軽い。
そうこうしているうちにすぐ呉市街を通過、
少し遠回りになるが「音戸の瀬戸」経由で2号線を東進する。

安浦町への峠で向こうから歩いてきた老人に呼び止められた。
酒焼けして顔が真っ赤な老人である。
「広(さっき通ってきた町)までどれくらいあるかね」(来るか?)
「カバン盗まれてしまってな」(そ〜ら来た)
「電車賃など持ってねえか?」(やっぱり)
「スミマセン持ってないですね」
悪いけどすぐ立ち去る。あんたに飲ます酒代はないのだ。

そろそろ寝場所と思い、トイレがてら安登駅に立ち寄る。
トイレから出てくると同業者が来ていた。
高知の青年A君で、大阪を出発して沖縄に向かっているとのこと。
今日はその彼と一緒に最終電車を待つことになった。
(走行距離104km)

23■3月16日(金)晴れ

春は一体いつ来るのか。
夕べは寒さにたまらず、隣の駐輪場にテントを張って寝た。
彼は西へ私は東へ。互いの無事を祈って出発する。
明日は天気が崩れるらしいので、
今日は頑張って倉敷辺りまで走っておきたい。
カキの養殖棚が浮かぶ三津湾を眺めながら、朝日に向かって走る。

竹原市に入って休憩。
ここは古い町並みが保存されている、いわゆる小京都。
学生時代に訪れたことがあったので、再訪を楽しみにしていたが、
なにせ20年も前のことである、もう記憶に残っている町ではなかった。

瀬戸内らしい穏やかな風景が広がる海岸線を走る。
「おや?」
三原市への峠を越えると前方に見覚えのある橋が見えてきた。
「おお!あれは多々羅大橋ではないか」
尾道に向かっているのだから当然とはいえ、
「そうか、もうしまなみ海道か・・・」
予期してなかった光景に感動する。

尾道はラーメンを食べることなく素通りして、福山市へ向かう。
これより先、しばらく内陸部を我慢の走行が続き、ややお疲れモード。
前方を行く元気な走りの女子校生にも離されてゆく始末。
「情けないのお〜」
どうにか倉敷市街にたどり着き、運動公園の東屋で日没を待つ。
(走行距離129km)

24■3月17日(土)雨

夜明け前から雨がパタパタとテントを打ち始めた。
朝から雨だと動き出すのも億劫になる。
ま、今日は岡山に移動するだけだから、急ぐこともない。

倉敷美観地区にフラッと寄って、
ちんたら走って岡山市街に10時到着。
イトーヨーカドーに入って、BHを予約して、
チェックインの時間まで暇潰しする。
(走行距離25km)

25■3月18日(日)晴れ

夕べは爆睡。やはりベッドはいい。
グズグズしていると、ホテルを出たのは9時半をまわっていた。
体が怠けてしまって、なかなかエンジンがかからない。
「気合いが入らんなあ」
とっくに昼を過ぎているというのに、道草ばかり食って全然前に進まない。

備前市から国道2号線を離れて日生に進む。
JR日生駅のすぐ前は、小豆島へのフェリー乗り場になっていて、
下船した人がドドッと乗り換えに押し寄せてくる。
こじんまりした港だが、なかなか活気があっていい。

岡山県から兵庫県へ。
峠を越えて赤穂市に入り、ツーリングマップルも関西版に替わる。
今日は相生市まで行きたかったが、
雰囲気がいいこの町で寝床を探すことにした。

海浜公園なる所に行ってみたが気に入らず、5kmの無駄足。
結局、町を出てひとつ先の駅まで行くことにする。
「おや?」
北海道でお馴染みのセイコーマートがあるではないか。
鳥取にあるのは知っていたが、こんな所にもあるとは。

JR坂越駅で終電を待つが、
列車にかなりの遅れが出たようで人の出入りが慌ただしい。
落ち着かないし、睡魔が襲ってきたので、
千種川の河川敷に移動してテントを張る。
(走行距離69km)

▼関西編へ


雑記帳「日本列島お気楽ツーリング」へ

歳時記に戻る