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 蕎麦畑のテンカラ教室

七月、畑には蕎麦の小さな白い花が咲いていた。川は増水していたが濁ってはいない。今日はこの蕎麦畑の土手の上からのテンカラである。

夕暮れ、灯ともし頃、まず長良が竿を握った。白泡の消える辺りに毛鉤を打ち、次の落ち込みの肩ギリギリまで流す。しつこく十回ほど流したが反応がない。二、三歩前に出て、今度は白泡の中に毛鉤をほりこみ、流した。一応、白泡の真ん中、左、右と本人は打ち分けているつもりらしい。しかし、魚は出なかった。

少し上流に移動し、次のポイントを攻めた。やはり出ない。長良が「あかんなあ」と振り向き、そのままその立ち位置から最初のポイントを攻めた。今度は上手から毛鉤を流すことになる。白泡の辺りに毛鉤を打ち、ラインを少し持ち上げて毛鉤を浮かし、ゆっくりと少しだけ逆引きしてから流れに乗せた。落ち込み寸前でピックアップ。私は「なかなかうまいこと流しよるわいな」と思って見ていた。

「グググッ」ようやくここで出た。瞬間、長良が「やった!」と叫んで、一気に土手の上から魚を蕎麦畑に引こ抜いた。まあまあの塩焼きサイズの岩魚である。
次は太公の番である。この辺から後ろの畑には、マムシ草のような模様の茎をした見慣れない植物が整然と並んで植え付けられていた。しかしマムシ草と葉っぱが違っていた。

少し大きな淵に出た。大きいと言っても川幅いっぱい、畳み三畳分ほどの広さである。落ち込みの流れが二分されていて払い出し付近で合流している。その間にちょうどほどよい三角形の淀みが出来ていた。 そこしかないと決めて打った一投目、魚が毛鉤を咥えてラインが上流に走った。すかさず太公が「来た!」と竿をしゃくった。しかし柔らかいハエジャコ竿では抜ききれずに、土手の草むらに絡んだ。私は慌ててライン掴んで魚を引き上げた。これもまあまあの塩焼きサイズの岩魚であった。
 
子どもらには最初から「予測の釣り」を教えている。ポイントは様々、いろいろな状況下での「予測」があるのだろうが、子ども向けにはワンパターンである。とにかく徹底的に(1)白い泡の消えるあたりに毛鉤を打ち込み、ラインをすぐに立てて、(2)次の落ち込みギリギリまで自然に流して、(3)すばやく引き上げる。その限りにおいて、毛鉤が見えるときもあるし、見えないときもある。魚の出るのが見えるときもあるし、見えないときもある。しかし、ここで食うという一点を見極め、毛鉤をピックアップする。そしてこの「予測の釣り」を持ってするなら、子どもらでも、目の弱ってこられたお年寄りでも、素早い渓魚に対峙することができる。

 昔、タタキとかトバシとか呼ばれていた各地の職漁師の釣りは、私が神村師匠から聞いたサンカの毛鉤釣りも含めて、「1、2、3のリズムで空合わせ」していたようである。そして、昔は魚が多かったからそれでも釣れたと言われてはいるが、本流のカワムツならいざ知らず、やはり職漁師も一種の「予測の釣り」をしていたような気がする。理論的な説明はできなくても、経験上、体で覚えた「技」であったことだろう。
 山本素石が広めて(これはこれで誠に素晴らしいことではあるが)、そしてはからずも「合わせ」を難しくしてしまった「テンカラ」が、「予測の釣り」で、ここに来てある意味、職漁師の釣りに立ち戻ったような思いがする。

車まで戻る途中、ちょうど通りがかった村の人に先ほどのマムシ草みたいな作物のことを尋ねた。村人は「たぶん蒟蒻芋やろがな」と教えてくれた。

帰りの車の中で、長良が「コンニャク、今夜食う」と駄洒落を言った。みんなが笑った。


 ハメ

のっけからマムシと出くわした。

5月1日、車で岸田川の霧ケ滝へ向かう途中、道のど真ん中でとぐろを巻いていた。「おっと、マムシや!」と私は車を脇に寄せた。まだ子どもらはマムシをいっぺんも見たことがない。その時、ちょうど1台の車がすれ違った。 車のドアを開け、子どもらが飛び出して行った。するとさっきの対向車に轢かれたのか、マムシは体を伸ばしてヒクヒクしていた。

「ほんまやマムシや。まだ生きとうで。とーと、どないするん?」「どないするんいうて・・・お前ら食べるか?」「えっ、食べるんけ?」「美味しいらしいで。とーとも食べたことないけどな」

私は鉈と炭挟みを取りに車に戻った。その時、三回ほど大きく深呼吸をしたように思う。「子どもらにマムシを見せてやろうと思ただけやのに・・・」「どないして〆て、捌くんやろ」「えらいこっちゃ」。  
 
弱ったマムシの頭を炭挟みで押さえつけ、鉈を当てた。ええい、こないなったら勢いである。私は頭を落とし皮を剥ぎにかかった。マムシは首を落とされても少しクネクネしていたが、思いのほか簡単に皮は剥がれた。途中から子どもらも皮を引っ張った。

マムシの皮を毛鉤の胴に巻くとええと聞くが、はたして如何なもんだろう。 マムシの腹は黒くメタリックに、不気味に光っていた。内臓も一つになって取り出せて、きれいな肌色の身になった。

長良が切り落としたマムシの頭を持って、注意深く口を大きく拡げた。そして「とーと、これが毒の歯やろか?」と言った。どれどれと覗き込むと、想像していたより小さな牙が確かに二本あった。

夕方、浜坂に出てテントを張る。今晩のメインデッシュはマムシの唐揚げである。パラパラと塩をふりかけ、恐る恐る口に運んだ。マムシの味はというと、うーん・・・鶏でも魚でもない、やっぱりマムシの味がした。前にマムシ酒を飲んだ時は後口に生臭さが残ったように思うが、そんなこともなかった。背骨は少し硬かったので、二度揚げしてポリポリ食った。
    
その夜は9時過ぎに就寝したのだが、何故か子どもらは12時過ぎに目を覚まし、はしゃいだ。その声に私も嫁はんも起こされた。子どもらの体の芯から何か突き上げてくるものがあったのかどうかは知らない。

フランス人ジュール・ルナールに「博物誌」という書物がある。その本には「へび」について一言だけこう記されている。「ながすぎる」


 初めてのウエダー

春の渓流は遅出でいい。そしてどこかのどかである。

子どもらは少しダボダボのウエダーを初めて渓流で履き、気合が入っていた。「フェルトと違ごてゴム底やから気ぃつけて歩けよ。長靴で雪道歩く要領や」「こんな一枚岩の大きなツルツルした石はようすべるでな」「浮き石いうて一見大丈夫そうでグラグラしとう石が危ない」「危ないとこは遠回りしてもポイント潰しても安全第一や」・・・その都度、そんなことを話しながら、まずは今日の釣りは川通しの練習を第一とす。

取水口の下流で、そう水嵩が多くない場所に入った。よしんばこけても流されても危なくない所で、ギリギリの深さ、ギリギリの速さ、ギリギリの押しの強さを体験しとくがいい。

午前中はエサ釣りをした。未だ瀬に出てないのか、それとも先行者に追われたのか、イワナが出そうな落ち込みで塩焼きサイズのヤマメが三つ釣れた。

昼からテンカラを振らせた。一度長良の毛鉤を見にきて、その次に咥えた。魚が見えた分、合わせが早かったのか、一瞬、竿にググッとして外れた。しかし魚が見にきたのも、毛鉤を咥えたのも、私には判らず、傍で見ていた太公に教えてもらった。

去年、川通しのときに背負うた子に、早や教えられた。アハハ!


 父と子のテンカラ教室「ライズ」

4月17日、子どもらと千代川に入る。しかし扇ノ山の雪代か、水が多くて川通しにも難儀した。テンカラにはちと厳しく、なるべく緩やかな流れに毛鉤を打ち込ましたが、いっこうに反応がない。一度、ゆらりと黒い影が見えたような気がするのと、振り上げざま、白い腹を返したのが一回あった。

お昼にお握りをほおばる。日当たりのええ場所には早やコゴミが出ていたので、しばし今年の初物を採る。

昼からは取水口下流の少し水の少ない場所に移動。すると低い堰堤の上でライズを発見。早速、降りて行き、まずはじっくりと観察する。

暖かい日差しにカゲロウがたくさん飛んでいて、3ヶ所ほどライズが見られる。この位置からは木の枝が邪魔して少し毛鉤が振りにくい。ま、これも練習と、ウエダーを履かずに堰堤上から振り込ます。

「体をやな左に傾けるんや。上半身をくの字に曲げて、ラインを斜めに打ってみ。」まず最初に長良が冨士流P2ラインを振った。相変わらずライズはあるものの、毛鉤には食いつかない。「もうちょっと毛鉤を浮かせ気味に流してみ」と促した。

何回か打ち込むうちに、だんだん体が真っ直ぐになってきて、ラインが真上に跳ね上がるようになる。「引っ掛かるど!」と後からダメ出しをする。

そうこうしているうちに、落ち込み寸前で1匹掛かり、そのまま堰堤下に落ちた。「やった!」長良が思わず声を上げる。18センチのヤマメ。

次は太公の番である。静かに待っていると、またライズが始まった。「よし」と太公が毛鉤を振る。「くの字やど、くの字。」と私は念を押した。

太公がライズしている場所を狙って毛鉤を打ち込んでいるので、「も少し上流から流してみ」とアドバイスする。しかし出ない。「毛鉤を替えてみよか」と、大振りな逆さ毛鉤から小さな普通毛鉤に交換する。しかしやっぱり出ない。

「ちょっと貸してみ」と私は竿を貰い、「チョン・・チョン・・チョン・・」と水面を引っ掻く程度に捨て鉤を打つ。「よっしゃ、これで打ってみ」と太公と交代した一発目、「バシャ!」と大きく水面が割れた。

「おーおー!」と太公が両手で竿を握り直して慌てている。子どもら用に軽いハエジャコ竿で毛鉤を振っているので、魚は堰堤上の溜まりを走り回った。「アハハ!落ち着け、落ち着け!」と声を掛ける。最後は私がラインを掴んで放り上げた。これが24センチのええヤマメだった。

それ以後ライズはなくなったが、今日は夕方を待つまでもなく納竿とした。同じ一匹釣るのでも、面白いのがテンカラである。そのことを今日の一匹は子どもらに教えてくれた。

家に帰ってから子どもらがとった魚拓には、それぞれに大きく「テンカラで」と書かれていた。「今日は捨て鉤が効いたなあ」と親父は独りほくそ笑んだ。


 雨の日曜日

朝から雨模様である。餌釣りの頃は、とにかく雨が降るといそいそとメメズを持って出かけたものであるが、最近は少し腰が重い。

しかし、ま、せっかくの日曜日なので子どもらを連れて千代川へ出向いた。未だ水嵩上らず、しとしと雨のテンカラ日和に思えたが、なかなか最初の1匹が出ない。「おかしいなあ?」と思いながら、子どもらに交互に毛鉤を振らせていた。しばらく釣り上がると、橋の下の乾いた石に濡れた足跡が点々とあった。「あちゃちゃ・・・先行者がおったんかいな」

すぐに道に上がり、車で大きく移動する。思い切ってふだんあんまり釣れない、人が入らない場所を選んだ。

ここのポイントは、適当に木の枝が張り出しており、子どもらには、振込みの時に毛鉤を抜く方向に気をつけるように再三注意を促した。「こっちが空いとんやさかいに、こっちに抜くんや」と、場所によっては、体をくの字に曲げさせた。

1匹目は太公が、一応、予測の釣りで、振り上げざま掛けた。ようやく出たこの一匹は嬉しかった。2匹目は長良が、少し深いトロ瀬で、何回も捨て鉤をチョン・チョン打っていると、下からヒューと黒い影が出てきたらしい。これはお見事。拍手してやる。私も1匹と子どもらの合間に竿を握ったが、でんでん出なかった。親父の面目丸潰れである。アハハ!

イワナ2匹をアクリルの水槽に入れる。どうかこの一匹一匹を心に刻んでおいてほしい。しばらく観察したあと、私が「逃がしたろか?」と聞くと、二人とも「いいやイワナ飯にして食うわ」と言う。この精神も健全である。アハハ!



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