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彩々日記

2001.JUNE(下旬)


06/19 Tue
12年前の今日の日記

気温32度、湿度54%、晴れ。
体調は回復しつつある。毎朝、ガラムウォーター(hot water)を宿でもらい、リプトンのティーバッグで紅茶をいれる。外出時にはそれを水筒に入れて持ち歩くことにしている。

午後2時半ごろ宿を出て、昨日歩いたハイバル・バザールからキッサハーニー・バザールあたりを再びぶらぶら歩いてから、今日はモハーバット・ハーンモスクに行ってみた。

ハイバル・バザールのジュース屋で、アフガンのお兄さんと少し話す。右手首に傷跡がある。とても温和で、戦士という感じはしないのだけど。キッサハーニー・バザールでは、フルーツ屋の2階の茶屋で、グリーンティーを飲む。おいしい。隣のテーブルの人が、「おれのも飲め」と勧めてくれる。まだ残っていた日本のたばこを1本ずつ、店員さんと隣のテーブルの人にプレゼント。人さし指と中指でたばこを挟んで、親指と人さし指で作った円を口につけて吸っている。階下の大きなフルーツ屋さんをのぞく。フルーツに囲まれて、店のおやじさんが座っている。「食べろ、食べろ」と、ライチを夫と私に1つずつ渡してくれる。おやじさんにカメラを向けると、しっかりポーズを決める。

その近くに革細工の工房というか、作業場が何軒か集まっているところがある。革を裁断する人、縫う人、ハトメを付ける人、それぞれ分業制になっているようだ。ピストルをぶら下げるときのケースや、弾を入れるケースなどがいっぱいある。「モスクはこっちだ」などと言って声をかけてきたおじさんに連れていかれたのは、アフガニスタンの骨董屋さんらしきところ。ショーケースの中には、私の好きなラピスラズリの原石がゴロゴロあって、加工品も何点かあったけれども、買わなかった。もとキャラバンサライのような、口の字型をした建物の中にある店だった。

モスクの近くには、宝石屋がずらりと並んでいる。モスクの前で、中に入っていいものかどうかと迷っていると、近くの店のおじさんが、「靴を脱げば入ってよい」と教えてくれる。モスク周辺のにぎやかさとは打って変わって、中は静かだ。昼寝をしている人もいる。祈っている人もいる。 

モスクを出て、G.Tロードまで歩く。お茶の葉っぱを売っている店が何軒かある。緑茶や、紅茶や、黒っぽくてねじれたお茶の葉っぱなどが、いいにおいを放っている。香辛料屋さんもある。G.Tロードに出たところからGeneral Bus Stationまでバスで行き、ミンゴーラ行きのバスの情報を仕入れて、宿に戻る。

夜8時ごろ、宿の下のレストランで夕食。1人の若者が、私たちのテーブルにやってくる。アメリカ人の彼は、この4月に日本から上海に鑑真号で渡り、中国大陸をずうっと旅して、クンジュラブ峠からパキスタンに入ったのは2週間ほど前だと言う。旅に出る前は、日本の某大手電機メーカーに、研究生として所属していたそうだ。日本語が上手。彼は6月4日は中国の新疆ウイグル自治区にいたのだが、天安門事件のことは、BBCの放送から情報を得た旅行者や、中国の学生たちから聞いて、ある程度は知っていると言う。今日『TIME』を買ったと言っていた。

Peshawarというこの町の名前は、もとはペルシア語のPesh(国)とAwar(境)の合成語で、「国境に立つ町」という意味らしい。(まんまやん) ハイバル峠の麓にあって、昔から隊商が行き来するにぎやかな町だったようだ。
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12年前の1989年6月19日の、旅の途中の1日を記したものを一部修正して転載。



06/20 Wed
今日の日記

気温29度、湿度58%、くもり。
一日じゅう仕事。ぷふぁー。

オリヅルランの鉢に生えている正体不明の植物は、その後変化なし。つぼみらしいものも花を咲かせる様子はない。いったい何なんだろう。丈は十数cmほど。ネジバナにしては小さいのかもしれない。



06/21 Thu
「お登勢」

NHKテレビの金曜時代劇「お登勢」
『静かな大地』(朝日新聞朝刊連載中)とちょうど同じ場所、同じ時代を描いていて興味深い。明日の放送で最終回なのは少し残念。原作は船山馨(1914−1981)氏。講談社文庫『お登勢』がある。
[情報提供 しーちゃん。感謝]



06/22 Fri
夏椿、螢草、無花果

沖縄では早々と梅雨明けしたようだけれども、東京はまだじとじと。洗濯物を室内に干す日々が続く。

最寄りの駅まで、住宅街を歩く。
椿に似た白い花が、涼しげに咲いている。花弁も葉っぱも、普通の椿より薄い。たぶん夏椿だ。露草が咲き始めた。露草の別名の一つに“螢草”というのがある。螢を飼うときに籠の中に一緒に入れるところから、そう呼ぶとか。竹ひごでできた籠の中の螢と露草……絵になると想う。

無花果が小さな実をつけていた。無花果って花の無い果実? そういえば、無花果の花って見たことない気がする。…今まで実だと思っていたのは、じつは花嚢(かのう)と呼ばれているものであることを知る。花はその中にたくさん咲いていて、蜂によって受粉する虫媒花だという。日本で普通に栽培されている無花果は受粉を行わずに実が熟す種類なので、花嚢の中に蜂は入らないらしい。



私はいちじくを謳う
その美しい愛は隠されている
その開花は折り畳まれている
閉じられた部屋で婚礼は祝福される
それを外に広めるどんな香りもない
何も立ち昇るものがないゆえに
香りのすべてが甘味さと味わいになる
美のない花、夢心地の果実
熟れた花そのものである果実

アンドレ・ジード『地の糧』より
(『果物と野菜の文化誌』ジャン=リュック・エニグ著 小林茂 他共訳 大修館書店)
    



06/24 Sun
お向かいの庭

我が家の窓から、道路一本隔てた向こう側にある建物のベランダが見える。その建物は、近くの某所従業員用のお住まいらしい。覗き見しているわけではないけれども、ふと目に入ってくる風景。それぞれのベランダには、大きなごみ袋が山のように積んであったり、雨の日も洗濯物が干しっぱなしになっていたり、何かの鉢植えが1つだけ置いてあったり、いろいろだ。(こちらから見えるということは、あちらからもこちらが見えるということだにゃ)

そのお向かいの建物の1階のベランダから道路沿いの塀までのあいだに、庭と言っていいかどうか、3mくらいのスペースがある。1つの部屋のベランダのすぐ外側に、ヒマワリと、キュウリらしいつる性の植物が植えられている。その部屋の住人の若者は、昼休みなどに、制服(?)を着たまま自分の部屋に戻って、これらの植物に水をあげたり、ヒマワリ(既に高さ1mを超えている)の支柱を直したり、ずいぶんと丁寧に世話をしている様子。ベランダに置かれたプランターには、何かの苗らしきものもある。

コンクリートブロックの塀で視界が遮られているので、ヒマワリが咲いても、キュウリの実がなっても、外を歩く人からは見えない。彼にとっては、人が見ようと見まいと関係のないことなんだろうな。密かにヒマワリの花の咲くのを楽しみにしている、お向かいの庭なのである。(やっぱり覗き見か)



06/27 Wed
上水路沿いの道を歩く

約2週間ぶりの上水路沿いの道。エゴノキの実はさらに丸々と太る。エゴノネコアシの幾つかは、その先端に穴があいている。家主(?)は外に出たのだろうか。テントウムシがエゴノネコアシに乗っている。ヒマワリが早くも花を咲かせる。まだ小さめの花。上水路で遊んでいる子供が3人。棒切れの先にヒモをつけて水中をまさぐり、何かを採っている様子。ザリガニでもいるのだろうか。近くに置いてある水槽をちらっとのぞいてみたけど、獲物は見えず。2種類の蝶々を見かける。ルリシジミとカラスアゲハかな。

きょうも暑かったけれども、夕方の風がときに気持ちよい。西日がさす小道を歩く。右にキャベツ畑、左に竹藪。キャベツはおおかた収穫が終わっている。ササは今が新緑の季節なのだろか。目に爽やかな緑色。風に乗ってさわさわ揺れる。あと10日もすれば七夕か。



06/28 Thu
美術館のハシゴ

東京・丸の内の出光美術館へ「酒井抱一展」を観に行く。それから渋谷に出て、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されている「ラグー・ライ写真展」を観る。酒井抱一は江戸時代琳派の画家。ラグー・ライは祖国インドを撮り続ける現代の写真家。(両展とも7月1日まで)

抱一の絵は、「夏秋草図屏風」の、銀地に描かれた雨や風になびく草花の、はっとするような色鮮やかさがよいと思う。雨や風の中にあって、妖しさすら感じるような。今回は、その草稿が展示されていた。ラグー・ライの写真展は、前半がモノクロ、後半がカラーの写真で構成されていた。そのほとんどが、人間に焦点を当てたエネルギー溢れるインドの写真。

【関連ホームページ】
『夏秋草図屏風』(東京国立博物館のページ)
ザ・ミュージアム『ラグー・ライ写真展』



06/29 Fri
岡山から野菜が届く

茄子、隠元、胡瓜、トマト、南瓜、人参、玉葱、じゃが芋が届く。例によって岡山の父が育てた野菜たち。ありがたやー。それぞれ大きいの小さいの形はいろいろだけど、美味いのだ。

茄子は、このあたりの八百屋さんで売っているものより細長い。これを縦半分に切って塩もみして、幅1cm弱の半月切りにして生で食べると美味いのだ。カボチャは一口サイズに切って、蒸してみようかにゃ。


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