◆ 彩々日記 ◆
2003年3月(下旬)
■ 3月16日(日) 吉野梅郷/青梅太鼓
東京青梅市の吉野梅郷へ行く。梅の花満開にはまだ少し早かった。120種類、1500本の梅の木があるという「青梅市梅の公園」の丘の北側斜面では、まだ2〜3分咲き。花は初々しい。尾根まで登ると、眼下に梅の木の織りなすモザイク模様が見える。全体的には、幹や枝の灰色と、つぼみや開き始めた花のピンク、白からなるボーッとした淡い色調で、ところどころに早咲きの鮮やかな白やピンクの花の色のかたまりが点描画のようにぽつぽつと描かれて重なり、アクセントになっている。それらの隙間に若草の色もある。ボーッとながめる。南側の斜面は7分咲き。歩いているとときどき花の香りが漂ってくるのだけれども、いろいろな種類の梅があって、どの梅の花が香っているのか、周りのいくつかの花に鼻を近づけてもわからない。
吉野梅郷の梅は、去年より2週間ほど遅い開花らしい。今年は桜もそのくらい遅い開花になるのだろうか。ちなみに去年の東京(都心部)でのサクラの開花宣言は平年より12日も早い3月16日、きょうだった。
神社の境内で「青梅太鼓」を聞く。幾重にも人垣ができていたが、境内が狭いので一番後ろの列でも奏者から5mくらいの距離だ。こんなに間近で和太鼓の演奏を聞いたのは初めてだった。ものすごく胸板に響く。なんじゃこりゃ、と思っていると、そのうち、心臓をマッサージされているような感覚というか(心臓マッサージされたことはないけど)、鼓動が伝わってきて、えらく気持ちがよい。太鼓の音は公園を歩いているときからずうっと聞こえていたのだが、間近で聞いてその感覚を味わえたのはほんの2、3分だったのが残念。(使用太鼓:宮太鼓8つ、桶胴太鼓1つ、締め太鼓5つ)
帰りがけに「澤乃井櫛かんざし美術館」に寄る。梅などの花のデザインが施された櫛、かんざしを中心に多数の展示品があって見ごたえあり。大きなガラス張りのラウンジから見る多摩川上流のながめもよい。「澤乃井まヽごと屋」で、ゆば入りそばを食べる。ゆばがぷりぷりしていて美味。正しい休日なり。
【参考サイト】
青梅市観光協会
澤乃井櫛かんざし美術館
■ 3月18日(火) 地球を直径1.5mとしたときの海水・淡水の量は?
先週の土曜日(15日)、「未来への航海 レスター・ブラウンの環境教室(2)地球の限界を学べ!」という番組(NHK教育テレビ)を見た。環境学者であるレスター・ブラウン氏のいろいろな問いかけに答えながら、アジアの若者(高校生?)十数人が地球の環境について学ぶ。その問いかけの1つ、地球の直径が1.5mだとして、そのときに地球上にある海水や淡水の量はどのぐらいになるか。私の答えはみごとに大きくはずれた(……正解はこの日記の最後に)。同じように地球の直径を1.5mとしたときに、農業と牧畜に利用できる土地の面積は45cm×45cm(大判のハンカチ1枚分くらいの大きさ)、森林面積は70cm×70cm、空気の量は風船1個分くらいになる。
これらの限りある資源の中で、地球はどのくらいの人口を養うことができるのか。いまの世界人口63億というのは多すぎるのか、まだ余裕があるのか。それはヒトがどのような暮らしをするかによって決まる。食事を例にとって考えてみる。現在、世界で生産可能な食糧1日分をカロリーに換算すると、170兆Kcal(キロカロリー)になる。それを、FAO(国連食糧農業機関)が各国ごとに出している1人1日分の食事の平均的摂取カロリーで割って、何人分の食事ができるかを調べてみる。参加していた学生それぞれの出身国1人1日分の食事の平均的摂取カロリーをもとに計算してみると……
A=1人1日分の平均的摂取カロリー(単位:Kcal)
B=世界で生産可能な食糧1日分(=170兆Kcal)国 名 A B÷A(概数) インド 2400 70億 韓国 3100 55億 マレーシア 2900 59億 フィリピン 2200 77億 スリランカ 2300 74億 シンガポール 3200 53億 中国 3000 57億 日本 2700 63億 アメリカ 3800 44億 となる。以上、興味深い内容だったのでメモを取りながら見ていた。(NHKでは“17trillion”を“170兆”と訳していたのだが、“17兆”ではないだろうか…。そうしないと計算も合わないように思う。)日本人の平均的摂取カロリーの食事だと、ちょうど今の世界人口、63億人分できるというのは意外だった。日本人の食事はもっと高カロリーなのではないかと思っていた。日本は食糧の多くを輸入に頼っているし、日本人の食生活の変化を見るとこれから平均摂取カロリーが増えていく可能性もあると思うので、このような値が出たからといって、日本人の食事がこのままでいいというわけではないのだろうけれども。
地球の直径を1.5mという大きさにしてみると、いろいろな資源が、地球の大きさに比べていかに少ないかが文字どおり目に見えてよくわかる。地球の直径が1.5mだとすると、海水の量は約2リットル。淡水の量は約60ミリリットルだが、そのうちの90%以上は南極にある氷で、利用できる淡水となると、たったの0.07ミリリットルだという。そんなに少ないのか…。
■ 3月19日(水) 月見/前線
ニュースを聞きながら月を見た。今日の月の出時刻は18時50分。19時すぎに雲の端から姿を現した月はオレンジ色で、やがてタンポポ色、のちタマゴボーロ色。テレビでは江畑謙介さんがイラク攻撃の解説をしている。戦車とかジェット機とかミサイルとか好きなのかなあ、気のせいかもしれないが嬉々として話しているように見えるなあと思ったら真顔になった。
長崎と和歌山(潮岬)でソメイヨシノ開花。高知では昨日開花。気象庁から今年3回目のサクラの開花予想が出る。東京は先週の2回目の予想と同じ3月29日。サクラが咲いたら紛れもなく春。
■ 3月20日(木) テレコムセンターで聴く、眺める
快晴。風はまだ冷たい。お台場の先のテレコムセンターへ友人が出演するコンサートを聴きにいく。テレコムセンター1階のアトリウムでは、毎月1回、ランチタイムに1時間ほどの無料コンサートが開催される。今日の2人のピアニストによる演奏もその一つで、演目はストラヴィンスキーの作品4つ(詳しくはこちら)。圧巻は『春の祭典』だったけれども、2つの小品集も響きや調性やリズムの面白さを堪能。すぐ目の前で演奏される生の音楽はやっぱりいいなと思う。ストラヴィンスキーの複雑なリズムや旋律の曲を演奏する2人のピアニストの呼吸がぴたりと合って爽快。
コンサート終了後、テレコムセンター21階の展望台(今は暫定的ながら無料)へ行ってみた。売店も喫茶もない殺風景な展望台だけれど、景色を眺めることが目的だから、静かでかえってよい。1周するとほぼ360℃見渡せる。何台もあるニコンの望遠鏡(これも無料)で各方角を観ることができるのも嬉しくて、羽田発着の飛行機や倉庫の荷捌き場のようなところや臨海公園などを思うままに覗く。あそこもここも見ようと欲張って望遠鏡を左右に振りすぎて少し目が回ってしまう(あほじゃ)。空の下のほうが煙っていて、丹沢などの山が見えなかったのは残念。このビルの屋上には大きなパラボラアンテナが数基あって、それもガラス越しに見学できる。気象衛星ひまわりからの情報を受信しているアンテナもあるようだ。
帰路、JR新橋駅で「ゆりかもめ」から山手線に乗り換えると、数人が手にしていた号外新聞に「米英軍 イラクを空爆」の大きな見出し。
■ 3月21日(金) 情けない
過去において日本に原爆を投下した国アメリカが今現在イラクに武力攻撃をしていることについて、日本の首相が「理解し支持する」と表明してしまったことが情けない。
(追記:3月22日)「過去において日本に原爆を投下した国アメリカ」という書き方はよくなかった。そういうアメリカをいまだに根に持っているのではない。原爆を投下された日本も戦争の痛みをいやというほど味わっていたはずなのに、あのように表明してしまったことが情けない(どうしてそうなってしまったのか…)ということを言いたかった。それから、今回の戦争は、イラクを本当に平和へ導くものになるのかという疑問が大きいことはもとより、世界(日本も含む)がますます戦争の方向へ進むことの契機になってしまうのではないかという懸念を抱かせる。(私はときどき心配性だと言われる)
■ 3月22日(土) 世の中
世の中は三連休のようですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。久しぶりにびっちり仕事している私は眠くてたまりませぬ。来週火曜日までのあと3日間に、4日分強の仕事を終えなければなりません(こんなことしてる場合じゃないな…)。昨日も今日もこんな調子だったので、早くも少し息切れモードです。ここのところ暇だったのに、どうして仕事はこんなに重なってやってくるのでしょう。在宅仕事で本当に忙しいと、仕事以外にやることといったら、食べて、お風呂に入って、寝て、家事をする(大幅手抜き)だけです。今はそれに近い状態です。こうなると間食が多くなり、腰回りがまた成長してしまわないかと心配です。
■ 3月26日(水) 砂嵐と黄砂
イラクでは砂嵐が吹き荒れている。空中に舞い上がった砂が太陽の光を遮り、午後4時のバグダッドは薄暗い。日本では、昨日から今日にかけて、中国、四国、近畿地方などで今年初めての黄砂を観測。イラク(中東)の砂が日本まで飛来しているのではないかと、テレビで専門家が、シミュレーション画像だか気象衛星画像だかをモニターで見ながら話している。ふーん、黄砂は中国大陸の砂漠から飛んでくるものだと思っていたが、偏西風に乗れば中東からも速やかにやってくるということか…。陸地で遮られている海と違って、高い空には風の流れを阻害するものは何もない。
ハクモクレン、ハナニラ、レンギョウ、ナノハナ、スミレの花が咲いている。ウメとサンシュユの花は盛りを過ぎる。
■ 3月27日(木) うららかのほほん臨港パーク
暖かい一日。横浜の臨港パークで、お昼どきに、波の音を聞きながらおにぎりを食べる。「臨港パーク」という名前が示すとおり、このあたりは海というより港湾だ。周りには埠頭が多い。正面には、本牧埠頭と大黒埠頭を結ぶ斜張橋、横浜ベイブリッジが見える。
カモメが何羽か空を飛び交っている。海面と平行に低空飛行をしたり、着水してぷかぷか浮かんでいるのもいる。サバぐらいの大きさの魚がときどき水中から跳ね上がる。風がややあるけれど、それにも増して春の陽射しが強い。波打ち際から海の中を見ると、階段状のコンクリートの上に生えた、茶色や、ワカメに熱湯をかけたときのような透明感のある緑色の海藻が、寄せては返す波に洗われながらゆらゆら揺れている。カキと似ている形の貝(殻)も打ち寄せられている。
公園には、芝生と、まばらに植えられた樹木がある。池などの何ヶ所かは工事中で、人出は少ない。私のようにひとりでぼけーっとしている人や、アベックや、赤ちゃんや小さな子供をつれた人たちが、あちらにぽつり、こちらにぽつりとそれぞれの時を過ごしている。
実はここへ来る前に、桜木町駅前の総合案内所で、「横浜美術館へ行ってから、海の見える公園でおにぎりか何かを食べたいのですが、どこかいいところはありませんか」と聞いたら、案内所のお姉さんが「きょう横浜美術館はお休みですよ」とおっしゃる。しょっく。わたしゃ、家から1時間半もかけて、海を見ながらおにぎりを食べるために、ここまで来たのではないのだ。美術館へ行きたかったのだ。おにぎりは、そのついでだったのだ。
そういうわけで、臨港パークか日本丸のあたりがよいでしょうと案内所で教えてもらい、せっかくだから(時間はたっぷりあるし…。しくしく)「みなとみらい」の一番奥まで行くことにして、てくてく歩いて臨港パークに着いて、おむすびを食べて、のほほんとして、それから、おじゃんになってしまった美術館の入場料分のお金は使っていいことにして(せこい)、クイーンズスクエア内のスヌーピータウンショップへ行き、ウッドストックのキーホルダーと、土産用に菓子を幾つか買って帰ったのでした。
東京管区気象台が東京のサクラ(ソメイヨシノ)の開花を発表(PDF)。うちの近くのサクラはまだつぼみ。コブシやジンチョウゲの花は満開。アセビの淡紅色の花は、たしかウメよりもだいぶ先に咲き始めたのだが、まだ花をつけたままだ。随分と、もちがよい。
■ 3月29日(土) 花日記
黄色い草花が、歩道と車道の間の植え込みにたくさん咲いていた。葉はいわゆる三つ葉で、花は直径3cmくらいのロート型で、20cm近くある柄の上に数個ずつ咲いている。花びらは5枚。ハナカタバミ(オキザリス)のようだ。黄色のは初めて見た。サクラの花は、木によってばらつきがあるが二分咲きくらい。ツルニチニチソウの紫の花も咲き始めた。
■ 3月30日(日) 意図推論/レンズの外
27日の日記を読んでくださったれいこなさんからコメントをいただいた。駅前総合案内所での私と案内所の人のやり取りについて、私は美術館が休みかどうかはたずねていないのに、案内所の人が「きょう横浜美術館はお休みですよ」と言ったのは、私が「横浜美術館に行ってから」と言ったのを「横浜美術館で絵画鑑賞をしてから」と案内所の人が解釈したからで、このように言外の意味をくみ取ることを意図推論 (implicature) といい、れいこなさんは意図推論をテーマに修士論文を書かれ、その例題が「『横浜美術館はどういったらいいのですか』『今日は木曜日なので休館ですよ』」というやり取りだったそうだ。まあっ、偶然。(この例題の質問者の場合は横浜美術館近くの知り合いの家へ行く可能性もあり得る。それからなぜ横浜美術館かというと、多くの美術館は月曜が定休日で、木曜が定休日の美術館は非常に珍しいからだろうと私はその意図を推論するのであった。笑)
「意図推論」という言葉を私は初めて知った。コンピュータと人間のあいだの高度なコミュニケーション技術の開発にも、意図推論という考え方は欠かすことのできないもののようだ。
「言外の意味をくみ取る」、「意図(を)推論(する)」ということで思い出したのだが、昨日の朝のテレビ(TBS)で、「イラク映像大解剖」とかいうものをやっていた。ちょっと記憶のあいまいなところがあるけれども、どういう内容のものだったかというと、今イラクで戦う双方のあいだにはさまざまな情報戦が繰り広げられている。その情報の一つであるテレビに映し出される映像を私たちはどう見たらよいかというと、それは4つあって、1.その映像の意図するものは何かを考えてみる。2.テレビ画面の端に映っているものに注目してみる(カメラのレンズのすぐ外の、レンズ収まっていないところはどういう状態かを考えてみる)。3.映像が期せずしてその情報の送り手の意図と違う意味を持ってしまうこともある(たとえばイラク側が映したアメリカ人捕虜の映像)。4.これから先どういう映像が出てくるかを予測してみる。というものだった。
ほんとうのところはその現場に行かなければわからないのだが、上の4つに当てはまる映像として番組で例に挙げられていたものの中には、なるほどこれはもしかしたら「やらせ」かもしれないと思えるものもあった。戦地の状況を伝える情報にはイラク側、アメリカ側それぞれにもともと規制があり、バイアスがかかっているとも言われているが、そういう中で送られてくる映像自体ももっと留意して見なくちゃいけないのだろうか。
サクラ、四分咲き。
■ 3月31日(月) ベランダの植物/多年草と宿根草/きょうのBGM
晴れ。ベランダの植物にも春の変化がいろいろ。花の咲き終わったデンドロビュームは、数日前に室内からベランダへ置き場所を移した。新芽が何本か出ている。簡易温室の中で冬を越したハナヤスリも、去年生えていたのと同じ場所に1つ発芽。オリヅルランやカポックなどの、冬のあいだに枯れた葉をはさみで切り落とす。天気がよくて暖かいので、いつもより少し多めに水やり。葉にも水をかける。水に濡れたスパティフィラムの葉が風でわずかに揺れるのを見ていると、こちらも瑞々しくなるような気がして気分がよい。布団を干す。ベランダ日影の正午の気温、22℃。
昨年の春に芽を出したハナヤスリは12月にはすっかり枯れた。束になってかたまって生えていたものは、その何本かの茎が放射状に倒れて、枯れた。その状態のまま冬を越して、きょう発芽を確認したものは、その放射状に倒れている枯れ茎の中心、根元のすぐ脇から芽を出した。冬を生き延びた根から発芽したのかな、ハナヤスリは宿根草だったかな……と思いながら植物図鑑で確認してみると、「多年草」と書いてある。
多年草と宿根草はどう違うのか、またまたわからないことが出てきてしまった。調べてみると、草には一年草、二年草、多年草があって、二年以上生き続けるものを多年草という。多年草には、常緑のものと、冬になると地上部は枯れて地下部が越冬するものとがある。そして、後者の多年草のうち、園芸種のものを「宿根草」というようだ。ハナヤスリは園芸種ではないので、多年草なのでした。
【きょうのBGM】
“First Song” Gonzalo Rubalcaba 『 Discovery-Live at Montreux』より
リンク先のAmazon.comで試聴可。ウェブ上でもCDの試聴ができるようになったのは喜ばしいことだけど、ジャズの曲はほとんど場合、1曲がテーマ〜アドリブ〜テーマという編成になっていて、30秒や1分の試聴では肝心のアドリブ部分を聴けないのが残念。“First Song”は、テーマの美しさプラス、ルバルカバの滋味あふれるアドリブがまたよいのです。
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