彩々日記 index
彩々日記

2003年4月(上旬)


4月2日(水)
完璧な花/便利になった図書館

雨降り。花冷え。図書館へ行く。水路脇にムラサキハナナとシャガの花。カイドウは、まだつぼみ。モクレン(シモクレン)は、膨らんだつぼみの先端がほんの少しゆるんでいる。咲こうと思ったんだけどきょうは寒いからやーめたと言いたげな様子。

サクラは、つぼみが少し残っている九分咲きの今が一番きれいだと思う。端整というか、みじんの疵もない玉のようにまさに完璧な姿をしているように思える。木によってはかなり密に咲いているものもあり、その花のかたまりが、表面にびっしり花を貼り付けて作った毬のようにも見える。

散っている花びらはほとんどないのだが、花が丸ごと一つぽとりと落ちているものが結構ある。萼のすぐ下(萼筒)で折られている。去年、スズメがサクラの花をちぎって丸ごと落とすのを初めて見た。サクラの花の蜜を吸う鳥は何種類かいるけれども、スズメは嘴が太くて、花に顔を突っ込んでも蜜のあるところまで届かないので、花の裏から、蜜のあるところをかじるらしい。

地元の図書館で新しいサービスが始まった。図書館のサイトにアクセスして、自宅にいながら、資料の検索・予約や、自分が借りたり予約している資料の確認ができる。早速自宅のパソコンから借りたい本を検索して予約する。検索して本の購入ができるオンライン書店などに比べれば、やっと公共の図書館もここまで来たかという感もあるが、べんりー。それでも借りた本の受け取りと返却時には図書館へ行かなければならない(当たり前)。なんだかいろいろ借りてしまって、トートバッグいっぱいになった本をひーこらひーこら持って帰る。



4月3日(木)
苔/満開とは…

先々月の日記に書いた苔の名前を、図書館で借りてきた図鑑(*1)で調べてみた。苔についてまったく知らず、見当をつけることもできないので、とりあえず図鑑に載っている写真(963種。ちなみに日本にある苔は約1700種)を見て、似ているものをいくつかピックアップした。それからその苔についての解説文を読んでみると、茎や葉やさく(胞子の入っているところ)の形状のほかに、葉の細胞の形や大きさなどが書いてある。小さな苔をちゃんと同定するには顕微鏡が必要らしい。それでも、ピックアップした苔のうち、高地や岩の上に生えているというものを除くと、これかもしれないという一つの苔が残った。田の畦にもよく生えるというコメバキヌゴケ(*2)だ。

『コケの手帳』(秋山弘之 編 研成社)という本によると、苔と長くつきあうコツは、正確な名前がわからなくてもこだわらないことだという。やはり苔の同定は難しいらしい。苔は、どこかのお寺さん(*3)のようにきちんと手入れされているものもよいけど、うちのプラスチックの鉢に生えているようなものでも、日なたに置いてルーペで見ると緑色がますますきれいだし、ちょっと大げさに言えば肉眼で見るのと違った世界がそこに広がっているようにも思える(接写のできるデジカメが欲しくなる)。これから長くつきあうかどうかはともかく、どのみち私にはこれ以上調べられそうにないので、この苔は「コメバキヌゴケによく似ている苔」ということにしておこう…。


サクラの「満開」と「九分咲き(きのうの日記)」は別ものだと思っていたのだが、サクラの開花予測をしている東京管区気象台では、満開とは、「花芽の約80%以上が開花した状態のこと」だという。「東京は満開」とテレビなどで言うのを聞いて、うちの周りは同じ東京でも開花が遅れているのかと思っていた…。

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*1)『日本の野生植物 コケ』(平凡社)
*2)リンク先の写真はコメバキヌゴケかどうかはわからないけれども、うちのベランダの鉢に生えているのと似ているということで参考までに。(トップページ「moss green」
*3)たとえば銀閣寺。←こんなふうに分けられちゃったりして……。(トップページ「苔ティッシュ」)



4月4日(金)
落ち花/バラ科のアーモンド/室内楽

ある家のサクラの木にとまったヒヨドリが、花の蜜を吸っていた。スズメのように花をちぎって落としている様子はない。竹垣越しにその木の下を覗いてみると、苔に覆われた地面の上に、たくさんのサクラの花が丸ごと落ちている。コンクリートの上ではなくて緑の苔の上だとなんだか絵になる。落ちた花はどれも、萼のほうを上にして裏返しなっている。萼のついている重たいほうを下にして落ちそうなのものだけれど…。(おちょこ型のツバキの花は萼のほうを下にして落ちる)

その家の門の周りには、いつものように鉢に植えられた草花が置いてある。きょうはタンチョウソウとネモフィラ。両方とも小さな白い花だ。初めて見る花で、名札がついているのもうれしい。隅切りされた竹垣の角は、ささやかな花壇になっている。黄色いスイセンと、白いスズランズイセンと、ピンクのヒアシンスが咲いている。

住宅街の庭にも一挙に春が来た。カエデの明るい緑色の若葉、レンギョウの若葉とレモンイエローの花の爽やかな色合い、赤と白と斑入りの大輪の花を咲かせている1本のツバキ、枝に沿ってびっしり濃いピンクの花を咲かせているのは桃だろうか。その八重の花は、小さなバラの花のようにも見えて、バラ科の植物であることを思い出させる。そういえば、先日、アーモンド(*1)もバラ科の植物であることを知った。なるほど花は同じバラ科のサクラに似ているし、殻つきのタネもバラ科のウメのそれに似ている。

夜、縁あって室内楽コンサートへ行く。やはり生の演奏はよい。室内楽はオーケストラより演奏者の個性が前面に出てきて、(うまく言えないけれども演奏というより)音楽をしている様子がよく見える。ここ何年か、そういうアンサンブルの生演奏もおもしろいなあと思うようになってきた。(一種のパフォーマンスを見る感覚に近いかもしれない。)いろいろコンサートの案内をくださる方のおかげだ。感謝。

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*1)トップページ「植物園へようこそ!」



4月6日(日)
落ち花(その2)/本当に強いもの

晴れ。風はやや冷たいが、日なたは暖かい。

一昨日に続いて、しつこく落ち花の話。サクラの木から、萼筒でちぎられたいくつかの花がヘリコプターの羽根のようにくるくる回りながら落ちてくるのを見た。スズメの姿は確認できなかった。ほとんどが萼のついているほうを下にして落ちて、それから風に吹かれて裏返しになった。花柄付きで落ちている花もあった。蜜を吸い終えた花を鳥が落としたのだろうか…。昨日と今日の風で花びらもたくさん散った。

ウグイスがホーホケキョと鳴くのを聞く。こちらも姿は確認できなかった。

きょうから始まったテレビアニメ、「アストロボーイ・鉄腕アトム」を見るのを忘れてしまった。公式サイト「astroboy.jp」の「天馬博士の開発日誌 2003/4/4」(手帳の隅の少しめくれているところをクリック)を読んだら“世界唯一の大国”の姿が浮かんできた。



4月8日(火)
馬は三拍子で歩く

なま暖かい風がゴーゴーうなっている。サクラの花びらは舞い上がって5階のベランダにも飛んでくる。雨は夕方から本降り。

ある文章の中に「馬は三拍子で歩く」というのを見つけて、「4本足なのに、どうして三拍子?」と思う。馬術教室のページ(*)によると、馬の歩調には常歩(なみあし)・速歩(はやあし)・駈歩(かけあし)の3つがあって、常歩は四拍子、速歩は二拍子で、駈歩が三拍子になる。駈歩には左駈歩と右駈歩があって、左駈歩の場合だと、右の後ろ足、左の後ろ足と右の前足同時、左の前足という順番に足が動いて三拍子になり、三拍目の後に4本の足すべてが地面から離れて、馬のからだが空中に浮く瞬間があるという。

ふと思い出したのが、去年の正月にテレビで見たウィーンフィルの「ニューイヤーコンサート」。オーケストラの演奏に合わせて、馬術アカデミーの馬がダンスをしていた。なんで馬のダンス? 午年だから? と思いながら、珍しいものだから結構見ていたのだが、馬が脚をどう動かしていたかは覚えていない。ダンスだったからせいぜい速歩までで、駈歩はしていなかったと思うけれど、ウィンナワルツに合わせて三拍子でステップを踏んでいたら、ちょっとすごい…。

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*)参考ページ→「アバロン・ヒルサイドファーム」。3つの歩調が「ひづめの絵」でわかりやすく書いてある。

そのほか拍子に関連して、なるほど、と思ったところの要約めも。
「拍節について −−アンサンブルのための拍子論」

拍子(一種の波のようなもの)をとらえるときに重要なのは、小節から小節への移りゆきである。それはたとえて言うならば馬体が上昇して着地するような、アウフタクトから第1拍へのつながりである。
「パリの空の下、シャンソンは流れる(複合拍子の構造学)」
3拍子のシャンソンやウィンナワルツが軽やかなのは、4小節ごとに1つのフレーズになっていて、つまり1フレーズで4小節も、どんどん先へ流れていってしまうから。

『パリの空の下(Sous le Ciel de Paris)』……Amazon.comの試聴。



4月9日(水)
【御請求通知】

昨晩、さあ寝ようと思ってメールの最終チェックをしたら、「【御請求通知】回収整理番号:****」(*はある数字)というタイトルのメールが届いていた。その内容をごく簡単に書くと、「あなた様が接続したアダルトサイト利用料が未払いなので、早く払え」というもの。私は「あなた」という名前ではない。だれに対する請求なのか、名前は一切書いていない。まったく身におぼえのないことだし、こういうインチキメールが出回っていることは話に聞いていたので、もちろん無視。

「インターネットのごみ箱」「債権回収詐欺メールにご注意!!」という、この種のメールについて詳しい情報が載っているページを見てみると、うちに来たメールの差出人は、もう1カ月余りも前から同様のメールを出し続けているようだ。国民生活センター総務省にも、このようなメールへの注意とその対処法は載っているが、どうしてこういう不愉快なものが放置されているのか不思議に思うこのごろなのでありました。




4月10日(木)
このめどき

5階のベランダから、花を8割方散らしてしまったサクラや、まだ半分くらい残してしているサクラや、 それから若葉を生やしたばかりの木々の樹冠が、建ち並ぶ住宅の屋根の向こうに見えて、その重なり合った薄紅色や臙脂色や萌葱色などの色合いが何ともすがすがしい。町を歩けば、街路樹のイチョウやユリノキやカエデの葉も、まだ小さくてもちゃんとその独特なかたちをしている。



4月11日(金)
花/鳥の仕業

きょうも風が強い。北の空は鈍色。

近所に咲いている花の記録。サクラ、モモの次に今を盛りに咲いているバラ科の花はカイドウ。イロハモミジは新緑の葉に映える小さな赤い花をつけている。スミレが群生している。花は濃い紫色で、葉はハート型。タチツボスミレだろうか。1本だけ咲いていたのはハルジオン。鮮やかな黄色の花はヤマブキ。白くて小さくて細長い筒を持つグミの花。施餓鬼供養塔の傍らに咲くドウダンツツジとモモの花。去年もここにあっただろうか…。水路をサクラの花びらが流れてゆく。そののり面に咲いているのは、ナノハナ、ムラサキハナナ、シャガ、カラスノエンドウ、ハコベ、ナズナなど。この春、目立ってふえたのはハナニラの花。

去年、キカラスウリの花が咲いていたあたりに、アケビが生えていた。そこは鳥の多い林の縁の、張り出した枝の下で、キカラスウリもアケビも、鳥が落とした種から発芽したのかもしれない。花と実が楽しみだ。



4月12日(土)
百草園

いつもの仲間と東京日野市にある百草園(もぐさえん)へ行く。京王線の百草園駅で下りて、途中、急な坂道を上る。このあたりは多摩丘陵の地域になる。多摩丘陵というのは、谷間がいくつもあって、大きな谷間から幾つもの小さな谷間に枝分かれしているらしい。その小さな谷の一つを上っている。ここは自転車に乗ってノンブレーキで下るのは怖いくらい急。

10分ほど歩いて百草園の小さな門に着く。ミツバツツジの花に迎え入れられる。みごとに満開。カタクリの花は盛りを過ぎていて少し残念。黄色い花を咲かせるヨウシュカタクリを初めて見る。フジがまだ固い花芽をつけている。午後から雨が降るあいにくの天気だったけれども、見晴台に上ると、遠くに新宿副都心のビル群がぼんやりと見える。その南側にも高いビルの集まるところがある。汐留〜お台場あたりだろうか。近くの多摩丘陵の風景もよい。

仲間の一人からよい知らせ。おめでとう♪



4月13日(日)
夜啼き鳥

晴れ。午前中、都知事選の投票にいく。薄手のジャケットを着ていると暑い。やっとトレーナー1枚で外を歩ける気候になった。ベランダのハナヤスリは元気にポコポコ芽を出している。3年目の発芽。今年はハナヤスリの観察日記はもう書かない予定。

夜、合唱の稽古。今年のフォーレ「レクイエム」は昨年のバッハ「ミサ曲ロ短調」より譜面の見た目は簡単だけれども、ちゃんと歌うのはやはり難しい。そろそろ暗譜して細かいところまで気を配って歌うようにしなければ。本番は秋。

昨晩、丑三つ時にカラスが鳴いていた。春の夜に鳴くのはナイチンゲールだったっけ? どんな鳴き声なのだろう。



4月14日(月)
松屋銀座

午前中、晴れたり曇ったり。昨日ほど暖かくはないけれども、思い切って久しぶりに窓を開け放して、部屋の中に風を通してみた。(まわりの空気がきれいなら、もっと早く風を通したかった)洗濯をしたりして体を動かしているときには寒さを感じないが、机の前に座って作業を始めるとやはり少し冷える。

松屋銀座から、「展覧会 星野道夫の宇宙」の招待はがきが届いた。前回の星野道夫写真展のときに記帳したからだろうか…。松屋で買い物などほとんどしないのに、うれしいぞ、松屋銀座っ♪ はがきの裏(表?)は後ろ足2本で立つシロクマの写真。招待はがきをいただいたから言うわけではありませぬが、松屋銀座の「デザインコレクション」は昔から好きでした。最近は同じようなものを扱っている店がほかにいくらでもあるけれども、20年ほど前は珍しかったと思う。



4月15日(火)
中華鍋

中華鍋で炒めものをするのは楽しい。熱した油の中に野菜を放り込んだときのバチバチという音が気持ちいい。中華鍋には片手のものと両手のものがあるけれども、うちの中華鍋はその中間で、片手鍋についているようなやや長い把手と、その向かい側に「コ」の字を縦長に伸ばしたような形の両手鍋についている把手が一つある。料理を入れたままの中華鍋をそんなに遠くまで運ぶことはないので、「コ」の字型の把手を使う(=鍋を両手で持つ)ことはあまりないが、ついていても邪魔にはならない。

中華鍋は大きい。調理中はそうでもないが、盛りつけのとき、左手に持った中華鍋を傾けて、右手に持ったおたまで炒めた野菜などをかき出して、大皿にボンと盛りつけようとするときに、最近、重たさを感じるようになった。鍋は持たずに置いたままにして、おたまで少しずつ炒めたものをすくって盛りつけるという手もあるが、炒めものは、バチバチジャージャー調理して、盛りつけは大胆にしたい。せっかく2つついている把手を持つ手と、おたまを持つ手。……腕が3本あればいいのになどとアホなことを考える。腕力の衰えを感じる。


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