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みたもん

2001/03


03/24 Sat−03/25 Sun
開館5周年記念 ポンピドーセンター所蔵  『デュフィ展』
宇都宮美術館 2001/03/25−2001/05/27

ラウル・デュフィ(1877−1953 フランス)の絵の魅力を一言で言うとしたら、生き生きとした「屈託のなさ」だと思う。そのためか、フランス初め、各国の美術界で、デュフィの絵は軽んじられてきたと聞く。そのことに憤慨しているデュフィ大好きのPちゃんと、それから、わたしと同様、彼女に啓蒙されて、デュフィの絵を親しみを持ちながら見続けているというRさんとともに、宇都宮美術館へ、『デュフィ展』を見に行ってきた。レセプションに招待されたPちゃんのおこぼれ(?)を授かり、初めてレセプションというものにも参加した。(楽しい宇都宮での2日間。PちゃんとRさんに感謝)

3月30日の彩々日記で、展覧会レポートを書くと予告したのだけれども、手抜きして、某サイト用に書いたものを、ここにも載せちゃいます。改めて書こうと思っていたんだけど、ちょっと無理っぽい…。最後に、今回の展覧会の巡回先のご紹介も、参考までに…。それから、デュフィについては、先月の「みたもんめも」の『新世紀に伝える東西の美 − 大谷コレクションを中心に』にも書いているので、よろしかったら読んでみてちょ。

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宇都宮駅からバスで30分ほど行った丘陵地の公園の中に、宇都宮美術館がある。周りは雑木林や広い芝生に囲まれている。美術館自体も比較的新しいけれども、近くにある大学や住宅群(なんか住宅街というより住宅群なのだ)も含めたこの一帯が新興地域といった感じだ。土日であるにもかかわらず、公園内の人口密度はきわめて低い(…休日はどこも混んでいる東京と比較してしまうのがいけないのかもしれない)。これからの暖かい季節、芝生の上で思いっきり昼寝ができそうなところだ。

それはともかく、『デュフィ展』である。ラウル・デュフィの絵をこんなにたくさん、一つの美術館で観るのは初めて。ポンピドーセンター所蔵の138点に加えて、常設展示室で観ることのできる宇都宮美術館所蔵のものが12点、計150点である。デュフィに限らず、1人の画家の絵をこれだけ一度に観るのは初めてと言ってもいいかもしれない。それぐらいボリュームがあって、それから質的にも、ほとんどが油彩で、しかもデュフィの初期の作品から晩年の作品まで通して観ることができるという、濃ゆい展示内容だった。

作品は、ほぼ描かれた年代順に並んでいるようである。初期に描かれた印象派ふうの絵の中に、馬を何頭か描いた『馬市』(1902-1904年頃)を見つける。デュフィが繰り返して描くモチーフの中で、特に馬は、その色彩や描き方に独特のものがあって、好きなものの一つだ。この時期に描かれた馬は、陽射しによって生じるコントラストを強調するために幾つかの色が使われているものの、さすがにまだ、茶色い馬、白い馬であった。

その後、デュフィの絵は、フォーヴィスムやキュビスムなどの影響を受けながら、画風を変えていく。このころの絵を1枚ポンと目の前に出されても、私にはデュフィの絵だと見分けることはできないだろう。

『サン=タドレスの海岸』(1912年)には、青い屋根を持つ褐色の建物がたくさん描かれている。デュフィのことなら何でも知っている友人に、このタイプの建物が絵の中に出てきたら、それはサン=タドレスという場所を描いたものなのだ、と教えてもらう。その後、青い屋根の建物にも注目して観ていく。絵に詳しい人と一緒だと、こういう見方ができるようになるのも楽しい。

『海岸を散歩する人たち』(1925年頃)は、キャンバスの4分の3ほどを海と空が占めている。そこは水色に彩られているだけで、何にも描かれていないのが、デュフィにしてはめずらしいと思う。その下4分の1ほどのところに、海岸を散歩する人々が描かれている。それぞれカップル、親子、数人のグループという感じで連れ添って歩いているようだ。よく観ると、描線が比較的はっきり描かれた男性がひとりいる。彼だけが、ひとりで歩いているように見える。

『競馬場』(1928年)、『ドーヴィル競馬場のパドック』(1930年)、『森の騎手』(1930-1932年頃)と、馬の描き方が年代を追って変化していく様子がわかるのも面白い。特に『森の騎手』は、馬の地の色の茶色に、緑や青がかなりくっきりはっきり加えられていて、馬が輝いて見える。絵自体が大きいこともあって、迫力がある。ちなみに、デュフィのことなら何でも知っている友人が、かなり離れた位置から目ざとくこの絵を見つけて、「うわあっ、ケスラーの絵があるー」と歓声をあげたのを、私は聞き逃さなかった。(笑)

今回は、『森の騎手』のように大きな絵も何枚かあるけれども、小さな絵も多い。油彩で小さな絵というのは、ほかの画家のものでも、今まであまり見たことがなかった。デュフィの絵は、小さな油彩もよい。もしも今回展示してある絵の中から好きなものを持って帰ってよいと言われたら(笑)、ほんとは『バッハへのオマージュ』などいただきたいところだけれども、自分の部屋の広さのことも考えて、16cm×32.1cmの『キオスクと虹』あたりで我慢することにしたいと思う。

デュフィ曰く、黒は、「目が眩むほどの光を表わすのに使った色である」ということなので、『星々の宇宙』(1948年)の上のほうに黒く描かれているのは、明るく輝く太陽なのかもしれないと思う。この絵を描いたときのデュフィの視線は、宙に浮いている。はるか下のほうにパリの街が見える。星や銀河は、ふつうは太陽と一緒に見ることはできないけれども、デュフィの視線はこれらすべてをとらえている。見えなくても、空に存在していることには違いないのだ。

宇都宮美術館の今回の展覧会では、「デュフィの絵を詩にしてみませんか?」という企画もある。展示作品の中から好きな絵を1枚選び、その絵に、詩や物語、あるいはデュフィへのメッセージを添えるのだ。わたしが選んだデュフィの絵は、『自画像』(1948年)。実は、閉館時間まぎわに、この企画に応募するともらえるポストカードの中に常設展示の『花束』が含まれていることを知って、そのカード欲しさにあわてて参加したのだ(苦笑)。えーい、デュフィへのメッセージを書くなら、『自画像』を選んだほうが書きやすいわい、と思って、この絵を選んだこともある。『自画像』(1948年)は、デュフィが70歳ぐらいのときに描いた絵なのだけれど、若々しい。金属的な質感も感じられる。少しアバンギャルドな感じすらする。

そういうあわただしいことをしていたせいもあってか、この『自画像』あたりから最後にかけて展示されていた絵、黒い貨物船のシリーズや『バッハへのオマージュ』などは、ちゃんと観る時間がなくなってしまった。1日半も美術館に入り浸っていたはずなのに…なぜだ(笑)。レセプションに出席したり、館内のおいしいレストランで食事をしたり、講演を聴いたりしていたからか??

ポンピドーセンター学芸員のシュルマン氏の講演は、2台のスライド・プロジェクターを駆使した、興味深い内容のものだった。2時間半という講演時間が長く感じることはなかった。でも、通訳入りの講演であったせいもあるのか、ちょっと単調さを感じてしまったところもある。スライド上映のために暗くなっている会場で、メモを取りながら(後で見たら、半分くらい解読不能だった。泣)、少しウトウトしてしまったのであった。

これまでに観たことのあったデュフィの絵といえば、わたしの場合は、やはり大谷コレクションの占める割合が大きい。このコレクションの多くは1920年代以降の作品だと思う。例えば鎌倉大谷記念美術館のような個人のコレクションを集めた美術館と、ポンピドーセンターのような公の美術館とでは、そもそも、絵を収集するときのコンセプトとか、絵を入手するときの土俵のようなものが、違うのだろうと思う。いずれにしても、今までぽつりぽつりと、1枚また1枚と、孤立した点の状態で観ていたデュフィの絵が、今回の展覧会を観ることによって、少しは、デュフィが絵を描き続けた全体の流れの中で、どの場所に位置するどういう1枚の絵であるのかが、わかるようになった気がする(だけかもしれない)し、シュルマン氏の講演を聴いて、デュフィの絵を観るときの視野のようなものが広がった気もする。

これから全国を巡回する『デュフィ展』。最後のほうに展示されていた絵をまだちゃんと観ていないこともあり、少なくともあと一回は、どこかでまた観ることになるだろう。今回、大きすぎてフランスからの輸送を断念せざるを得なかったシャイヨー宮の壁画に出会えなかったことだけが、残念であった。

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ちょっと追加しておくと、デュフィの小さな油彩の中で、わたしが気に入った『キオスクと虹』のキオスク(kiosque)というのは、フランス語の辞書によると、あずま屋のことらしい。この絵にも、あずま屋のようなものが描かれている。日本で「キオスク」といったら、駅の売店のことだもんね。絵のタイトルとしては、そのままのカタカナ表記ではなくて、適当な日本語に訳してほしかったわ。

【関連ホームページ】
ESPACE Raoul Dufy……Papillonさんのページ。コンテンツの充実ぶり、デュフィへの愛情、ともに深いものがあります。このサイトを知らずして、デュフィファンを語ることなかれ。

【デュフィ展 巡回先】
2001年3月25日−5月27日 宇都宮美術館
2001年6月10日−7月15日 三重県立美術館
2001年7月21日−9月2日 秋田県立近代美術館
2001年9月8日−10月28日 安田火災東郷青児美術館
2001年11月3日−12月9日 高松市美術館

開催日時などの変更があるかもしれないので、それぞれの会場に確認してから出かけてね。


03/11 Sun
宇治山哲平
『新日曜美術館』

朝のNHK教育テレビの番組、『新日曜美術館』で、画家の宇治山哲平(1910-1086)の特集を見る。初めて見る絵。

・周りの人々が、宇治山哲平や、その絵について語った言葉。

漆器、工芸からモダンなデザイン感覚を学ぶ。
工芸的、職人的な画家。
マチエール(*)への愛がなければ描けない絵。
沸々たる静謐。
先人がいろいろとやり尽くしたその隙間を、鉱脈をさがすように、さぐり当てる。
抽象画を描くというよりも、ものの存在感をどう現すかということ。
*マチエール:絵肌の仕上がりぐあい。材質感。原義は「素材、物質」。
絵を描くときには、まず最初に形をデザインして、何度も何度も描き直しているうちに、そこに塗るべき色が浮かび上がってくるのだそうだ。(本人談) 大きなくくりで言うと、宇治山哲平の抽象的な絵は、カンディンスキーやミロの絵と同類になるだろう。でも宇治山哲平の絵、特に曼陀羅風の絵には、もうこの絵のこの場所には、この形とこの色しかないというような、研ぎ澄まされた緊張感が感じられる。その一方で、中間色的な落ち着いた色合いは、じわりとこちらにしみ込んでくる。
サントリーホールのエントランス上の内壁に、最晩年の作品、「響」をテーマにした大理石のモザイク壁画がある。

【関連ホームページ】
宇治山哲平美術館

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