私のがん患者学 一の2
がん克服の基本的な考え方 その2
―再発、進行がんという現実をふまえて―
T 腫瘍の漸増と放射線治療までの経過
「がん克服の基本的な考え方 その1」(01年7月作成)の基調は、「がんの再発を防ぐことを目標」とした、日常的な「『体質改善』へ向けての実行計画」であった。そこでは、「浸潤がん」の「5年生存率が10%〜15%だとされていることへの挑戦という意味をもっている」とか、「転移や再発の可能性を抑制する手段として西洋医学の抗がん剤を使う可能性は考えない。したがって、手術後の私にとっての西洋医学の役割は、尿検査、膀胱の内視鏡検査などに限られる」と述べていた。再発した場合にも「西洋医学の役割」は「検査」に限られるという考えであるかのような、曖昧な文章であったが、再発した場合に抗がん剤や放射線治療を全面的に拒否するというものではなかった。
手術後半年の01年11月、「がん免疫ドック」(コンフォート病院)において「再発」の兆候が発見され(「高度の異常値」)、それ以後、月毎に偏平上皮がんの腫瘍マーカーSCCが漸増。手術後417日目の02年7月30日(手術から1年3ヶ月弱後)、CT検査とPET検査によって、尿管がん手術個所近くの腹部リンパ節に腫瘍があることが判明し、進行がんであることが確定した。しかも、国立がんセンターの泌尿器科医師は「尿管がんにおける浸潤がんは、予後が悪く、2年生存率10%以下だ」と、「5年生存率10〜15%」(01年7月、大阪大学医学部のHP?)に比べてはるかに厳しい数値をしめした。
「高度の異常値」、腫瘍マーカーの漸増傾向という現実を前にしても、「私こそ私の主治医」という考え、「ホリスティック医学」(=「西洋医学と東洋医学との統合」医療)の考えのもとに闘うという基本的な観点は維持した。しかし、02年2月からは、それまでの「郭林新気功、ヨーガ、健康補助食品、漢方薬(天仙液)」等による免疫力強化という対処策の一部については、瞬間調身法の療法師・安陪常正氏の指導にしたがって「健康補助食品、漢方薬」を一時中断し、瞬間調身法によるリンパ節刺激、ラジウム蒸気風呂療法、玉川温泉療法、などに主軸を置きかえたり(2年2月―6月)、「天仙液」に代わるX医院処方の漢方薬を試みたりもした(6月―7月)。しかし、7月下旬のCTによる再発の確定は、それまでの取り組みが再発の速度や広がりを多少抑制する効果があったとしても、腫瘍の漸増を阻止する効果はなかったことを証明した。
再発していることが確定した後、それまでの「健康補助食品、漢方薬」などによる対策に限界があると考え、腫瘍の肥大化をハイパーサーミア(温熱療法)によって抑制する方法、血管カテーテルによる局所・抗がん剤注入療法を試みた(8月―10月)。だが、それらの方法でも腫瘍マーカーの漸増傾向に歯止めはかからなかった。日大板橋病院では放射線治療とハイパーサーミアとを併用する治療法を受けることができるとわかり、放射線治療を受ける場合は、この病院を選ぶと決めた。放射線治療の可能性を考えつつ、この病院でMRI検査を受けたところ、腫瘍の大きさが直径3センチ、すなわちピンポン玉大にまで肥大していることが判明した。放射線治療は、腸閉塞や下痢、白血球減少―免疫力の低下、等々の直接的な副作用だけではなく、放射能汚染による新たながん発生の危険性さえあるから避けたい、できればサイバーナイフ、重粒子線、陽子線などにしたいと考え、その方法を探した。だが、それらの最新の放射線治療法は試験段階にあり、腹部照射は殆ど対象外だと分かり、断念せざるをえなかった。迷ったあげく、11月11日にハイパーサーミアと併用する放射線治療を決断し、11月19日から12月24日までの25日、50グレイ(一日2グレイ、25回)の通院治療を受けた。25回のうち、ハイパーサーミアとの併用は通常5回だが、強く希望して6回にしてもらった。
放射線治療の成否は、1月16日のMRI検査の結果待ちではあるが、12月24日、日大板橋の医師は、CT映像を見て、腫瘍が小さくなっている、触診して腹部の腫瘍部分が柔らかくなっている、と診察結果を告げた。同日、花小金井クリニックでの血液検査を受けていたが、SCCは13.0(11/27)から8へと減少していたことがわかった(03.1/7)。放射線治療の結果は、しばらくしないと分からないとのことだが、正常値が1.5以下であるから、24日時点で8というのが何を意味するのか、1月16日時点には正常値にまで下がるものなのかどうか、放射線を当てた場所の腫瘍が消えているのに腫瘍マーカーが高いということであれば、別の場所に転移巣があるということになる。16日に再度採血して検査することが必要だ。
U 闘病生活についての私の考えと闘病生活の実態(←「私の闘病生活と丹羽療法」の「質問の前提」から)
1)健康法と生活環境について
私は、健康法として、また、がんと闘う体力・精神力強化のために、郭林新気功(「歩くこと」と複式呼吸とを統一した、歩く気功。日課2−3時間)やヨーガ(身体を通した精神統一、精神管理法として―日課30分〜1時間)などを日課として実行してきています。ご存知かと思いますが、郭林新気功は、中国のがん患者ががん患者のために開発し、現在中国では百五十万人が取り組んでいると言われている気功です。昨年11月に訪日した中国の郭林新気功協会の会長さん(一昨年8月、一ヶ月のあいだ北京で指導してくれた指導者)からは、再発者は毎日4時間必要だと私の郭林新気功をする時間の短さを指摘されましたが、昨年秋―初冬は、日大病院への通院時間5時間ゆえに2−3時間しかできませんでした。これからは4時間近くをかける必要があるかと考えています。
その他、足を使って鼠脛部やお尻などのリンパ節を刺激する療法を妻が治療師となってやるとか、「枇杷の葉温圧」療法、スマーティ(遠赤外線「治療器」。自宅用を購入)による温熱療法、等々を12月下旬から開始したところです。これらの「日課」についての取り組みがこれまではかなり不充分だったから、今後、もっと時間をかけてやる必要があると考えていたところです。なお、高校教師をしている妻が今年3月に退職し、4月以後は、自由時間が作れますので、「足法」や「枇杷の葉温圧」の時間も増やしてくれる予定です。
このような健康法を十分に実行できるようにするために、昨年3月、定年退職したのを転機として、昨年5月、「和紙の里」、「武蔵の小京都」と呼ばれ、里山風景や「蛍の里」と呼ばれるように自然環境が豊かな現住所(
医学については、素人ですが、B型肝炎保菌者としての30余年の「予防医学的な生活体験」を通して、考え方としては、西洋医学と東洋医学とを統合した「統合医療」あるいは、ホリスティク医療が自分の医療としては望ましいという考えを持っています。したがって、ホリスティク医学協会の会長である帯津良一医師の帯津病院の患者でもあります。また、『私こそ私の主治医』(内科医・橋本行生著)という本がありますが、このような意識や構えが無ければ、がんという難病―個性的な病気―と闘い続けることはできないとも考えております。
2)食生活について
現在の食生活の基本は、「B型肝炎保菌者」である私の「予防医学」的な観点からの食生活の延長線上にあります。それは、三つの柱からなるものでした。その第一は、圧力釜炊飯による玄米食(この数年は、玄米(8割)+小豆+はと麦+黒米+そば米などの我流の「五穀米」)、その第二は、自家製のプレーンヨーグルト(カスピ海ヨーグルト)、第三は、無農薬・有機野菜を中心とした野菜の多食と豆腐・納豆などを主とした植物性たんぱく質と魚などの副食です。
第一の玄米食については、私の場合、ピーナツを10個食べると口内炎ができるほどに消化力が弱いのですが、圧力釜で柔らかく炊けば、玄米も美味しくたべることができることを知り、30年間ほど前から、玄米食を続けてきました。
第二のヨーグルトとは、自然食店や「クラブ生協」などの安心して飲める牛乳を原料とした自家製のプレーンヨーグルトです。30年ほど前から20年ほどの間、市販のブルガリアヨーグルトを種にして牛乳を温めて作っていましたが、10年ほど前にヨーグルトきのこは、常温でヨーグルト菌が増殖することがわかり、10年ほどのあいだそれを使っていました。2年ほど前に、カスピ海ヨーグルトの種を入手し、この菌は、好酸性、常温繁殖のヨーグルトであり、使い始めると、まず、低温殺菌の牛乳からもヨーグルトができるとか、ヨーグルトきのこに比べても雑菌対策が少なくて済むなど、非常に便利で、かつ健康効果も大きそうだと思い、毎日、自家製のカスピ海ヨーグルトを作って食べています。
予防医学的な食生活の基本の一つに「プレーンヨーグルト」を据えたのは、肝炎になるのを防ぐためには、まず、腸内細菌の菌層を乳酸菌が優位な形に整えることが第一だと考えたからです。光岡 知足著『腸内細菌の話.』(岩波新書)が出版された、その直後から20数年のあいだ、光岡説を信奉して、実行してきたといえるでしょう。
3)水について
水道水は、塩素処理されていて酸性度が高いために避け、秩父付近まででかけて「毘沙門天の水」という美味しい水を汲んできて、飲用と炊事用の水として使っています。また、この自然水を原料として、下記のような「水素豊富水」を作って飲んでいます。
私は昨年5月、秋田・八幡台にある玉川温泉に温泉治療にでかけたとき、林秀光氏の水素豊富水の本を紹介されました。その直後、林秀光氏の「新しい水の会」HP(http://www.water-institute.org/)を開いて、「活性水素君」というものについての情報を得ました。溶存水素量が、水道水2.3-2.6 から、電解水では400-1060にまで増加するが、電解水の場合は、水素イオンが短時間に消えてしまう。それに対して、「活性水素君」を使うと、そのような「水素豊富水」の状態がより長く維持できるというのです。「水素豊富水」を飲んでいると腸内細菌内の悪臭便の原因物質がなくなり、便の悪臭が消えるということでしたので、早速購入して「水素豊富水」を飲みはじめました。ヨーグルトを飲んでいるとオナラの悪い匂いはなくなるのですが、便の悪臭は、どうしても消すことができませんでした。しかし、「水素豊富水」を飲み始めて数日すると、便の悪臭がほとんど消えましたので、これはすごいと感心して、この半年余、「水素豊富水」を飲んでいます。
4) 「薬類」の飲用状況について
「健康食品、薬類」の飲用状況:尿管がんの再発、ピンポン玉大への腫瘍の肥大ゆえに緊急避難措置としての放射線治療を受けざるをえなかったという現実を前にして、今後、予想される腫瘍の漸次的肥大化を抑えるために、これまでの対策の限界をのりこえた方策を模索しています。その中で、02年11月から、したがって、放射線治療開始の直前に開始した療法に、がん発生の作用機序をふまえた「薬」の組み合わせ、という方法があります。この療法をこれまで数ヶ月のあいだ実行してきました。それは、@血液浄化 A免疫力活性化 B新生血管阻害 の三つを組み合わせることによって、制がん作用をより確かなものとするという考えかたです。私は、@血液浄化を「熊笹エキスの飲用」によって A免疫力活性化を「AHCC+D12」(コンフォート病院)と水溶性アガリクスによって B新生血管阻害をサリドマイド(コンフォート病院)、参一カプセル(漢方薬、中国訪中時に購入)、スーパーマコ(鮫抽出脂質) というような「健康食品、薬」類を使ってきました。
@ 「熊笹エキス」は、その中に含まれる鉄クロロフインが赤血球の材料となるだけではなく、造血器官である骨髄を刺激して造血作用を活性化するという作用があるということなので、貧血―冷え性―血液循環の悪さ―を改善し、血液浄化をするのに有効だと判断しました。
A 免疫力強化については、尿管がん手術の直後(01年5月)から、主要には漢方抗がん薬「天仙液」を中国にでかけたり、中国人友人に運んでもらったりして入手して飲んでいましたが、01年12月、コンフォート病院での「がん免疫ドック」の結果、「高度の異常値」がでて、天仙液が再発を抑制する力が弱いのではないかと疑われましたので、コンフォート病院から「ANCC+D12」を購入して飲むようになりました。
02年1月、AHCCへの副作用と思われる、リューマチ風の痛みが出たので中断しましたが、飲み方が悪かった(誤って定量の数倍飲用など)だけで、その効果についてはまだ検証できていないと考えて、10月以後、継続的にAHCC+D12を飲んでいます。水溶性アガリクスは、99年5月に血尿がでたとき以後、01年の手術前後を含めてかなりの期間のみ続けています。これを飲んだ結果、手術時の苦痛が少なく、手術からの回復の早かった身体状況がより健康的に爽快になるというところがあったように感じたからです。なお、サリドマイドについては、3ヶ月ほど飲んできましたが、副作用として神経系を犯し、痴呆症傾向を促進する可能性があるという薬屋さんの警告もありますので、1月15日、飲み終わった時点で休止しています。
V がんとの闘いにおける失敗と挫折の教訓
1)「浸潤がん」になるまでのがん発見の遅れ
肉眼的血尿(99年7月)の直後、「尿細胞診断」において灰色(3のb)と出たにもかかわらず、膀胱までの内視鏡検査、腹部のCT検査、エコー検査などをするにとどめ、血尿の原因が尿管や腎臓にある可能性などを想定した精密検査は求めなかった。その後、肉眼的血尿から1年10ヶ月ものあいだ、定期的な「尿細胞診断」と膀胱内視鏡検査などを過信していたため、腫瘍が尿管を塞ぐ水腎症になり、腎盂が破裂寸前に肥大化、激痛に襲われてはじめてがんを発見したのであった。がんが発見されたとき、「検査による発見率は5割程度」だと聞かされ、それに驚くという状況だった。
危機意識が弱かったために、最悪の事態を想定して発見に努めるという姿勢がなく、セカンドオピニオンを求めて他の医療機関を尋ねることもせず、「がん免ドック」のような検査方法を探す努力をすることもなかった。がんセンターのHPを注意してみていれば、腎臓から尿管へかけて異常があるかどうかは、DIP検査をし、異常があればカテーテルでの検査をするとあるから、そのような検査を求めることもできたはずであった。予防医学への関心を持っていて、病院や医者に任せるという考えはなかったにもかかわらず、実質的には医者任せになっていた。
2)「再発」防止への取り組みとその失敗
尿管がんにおける浸潤がんは予後が悪く、5年生存率10−15%だという数値をHPでみていたので、5年生存者に加わるためには、まず、最初の1年間再発を許さないことが必要だ、当面、再発防止に全力を集中する必要があると考えた。退職してでも再発防止の生活に集中すべきではないかと考えたりもした。しかし、手術後の体力の回復が早かったこともあり、残り10ヶ月、仕事と再発防止に集中することとを両立させることはできるだろうと考えて、「がん克服の基本的な考え方」(HP)にそった取り組みを実行した。抗がん漢方薬・天仙液を飲むことと、ヨーガや郭林新気功を習得し、実践することを柱とした取り組みであった。他方、がんの発見が遅れたことを反省し、再発の兆候をできるだけ早く発見して早めに対処できるようにすることにも力を集中した。その結果、手術後半年の01年11月に受けた「がん免疫ドック」において「高度の異常値」がでているという「イムノドック報告書」を受け取り、再発防止の取り組みが失敗しているらしいことを知った(12月7日)。
3)「再発の兆候」発見とそれ以後の腫瘍マーカーの漸増
手術担当医は、「がんを取り切れってなかった場合は運が悪かったと思って下さい。再発については、必ずしも早く発見できた方がよいとは言えない」と言われていた。早期がんを発見して手術については完治できる可能性が高くなった。だが、浸潤がん手術や再発したがんについては、以前と状況は変わっていない。再発した場合には、一時的な延命策しかないというのが現実であり、M医師は正直にそのことを言ったに過ぎない。
「再発防止の取り組みが失敗しているらしい」というとき、「がん克服の基本的考え方」と、「取り組み」のあり方、それぞれを点検し、再発後の腫瘍の肥大化を阻止ないし抑制することに力点をおいた取り組みを再出発しなければならなかった。
再出発の第一は、天仙液からAHCCへの転換であった。「イムノドック報告書」をみながら、コンフォート病院・宇野克明医師は、「免疫力の総合判定は良好となっているが、NK細胞が平常値以下など、免疫力にアンバランスが見られ、天仙液は役に立っていない」といって、AHCCを推奨した。しかし、これはリュウマチのような痛みという副作用がでたので、間もなく中止。
再出発の第二は、玉川温泉療法→ハイパーサーミア療法という、がん細胞が熱に弱く、免疫細胞が37―38度以上では活性化するという性質を利用した療法であった。
再出発の第三は、瞬間調身法―「足法」などの「リンパ節」刺激療法であり、温熱とリンパ節刺激という二つを兼ね備えた性格をもつ「枇杷の葉温圧療法」であった。
このように整理し、振返ってみると、第一の天仙液からAHCCへの転換以後、免疫力を活性化させる「食品」については、天仙液以後、一貫性がなくなっていた。第二の玉川温泉療法→ハイパーサーミアの治療については、サーモトロン単独のハイパーサーミアでは腫瘍縮小効果がないということが経験的にあきらかになった。第三の、瞬間調身法、足法、枇杷の葉温圧療法については、体感的にはかなりな効果が期待できそうに感じつつも、そのための時間をほとんどとることができなかった。
4)放射線治療の腫瘍縮小効果とその評価
11月中旬から12月下旬にかけての、通院25日、50グレイの放射線治療は、顕著な腫瘍縮小効果を発揮した。「下痢程度の副作用で済むのではないか」といわれていたが、下痢になることもなく、担当医がMRIを見て「腫瘍が消えている」といったのだから、緊急避難としての放射線治療は間違いなく成功したのであろう。だが、12月24日の腫瘍マーカーSCCが8、1月22日のSCCが8.5ということは何を意味しているのか、なお、不明である。
50グレイという放射線を腹部に浴びせることの恐ろしさ、それは、「全身に6グレイも照射したら、骨髄移植をしないかぎり、半分以上の人が死亡するはずです」(近藤誠『患者よがんと闘うな』ということからも容易に推測できる。1グレイの放射線量は、レントゲン撮影の1000倍―2000倍のエネルギーだという。これが正常細胞を傷つけ、がんの第二次発生原因になる可能性が高いために、これまで止めてきた。だが、腫瘍がピンポン玉大になり、それを小さくする展望が見えないために、「緊急避難」措置を取った。
放射線治療は、局所療法であり、他の場所の微細ながん細胞にとっては、放射線治療によって骨髄の白血病形成力が弱められることは、増殖の絶好のチャンスであり、急速に増大する可能性が高い。
このように現段階をとらえかえし、体力があるいま、真正面からがんと向き合う、がん攻略戦略を練りあげ、取り組もうとしている。