ダンヒル Bruyere #142  1965年

ブルイエルのキュアリングされたほうの味を確実に手に入れようと思ったら、パテンツ期以降であろう、との仮定に至ったことはすでに書いた。そんな矢先、偶然ながら以前紹介した65年の二本の142と全く同じ年式・シェイプ・大きさのブルイエルが売りに出たのである。状態も良くさっそく落札したが、60年代のダンヒルはそんなに高い値段にはならない。

届いてから吸ってみた時の感銘は大きかった。驚いたわけでも、感動したわけでもない。この味は以前にも吸ったことがあるものだ。しかし今回は大きな視界が開けた思いがした。ここ数年来の古パイプ探求の旅、買い漁ったパイプの一本一本が目の前を通り過ぎ、「ああ、こういうことだったのか・・・」という感慨がじわじわ湧いてきたのだ。それは「感動」というより「感銘」であり、自分の探し求めていた「ブライヤーパイプの歴史のパースペクティ
ヴ」が一気に完成に近づいた、と感じさせる瞬間だった。登山道を一歩一歩登りつめ、景観の良い頂上に到達した気分であろう。

20数年前、初めてダンヒルを吸ってから、ずっとその信者であり続けてきたが、インターネットで古いパイプを買うようになってからは、長年の疑問を解く旅に出ることになった。 古いダンヒルは現代のものより美味いというのは本当か? ダンヒル以外にも美味いパイプがあるのではないか? そもそも美味いパイプとはどのように美味いのか・・・・?

今となってはよく憶えていないのだが、このページを始めたのもそんな動機であったろう。巷間に流布する作家系パイプ第一主義に疑問があったのは事実であり、それが基調になっているのは一貫している。もうひとつ探求したかったのは古いダンヒルの味について、だったかもしれない。さらにダンヒルの位置づけを明確に定位
したい、という探求心もあった。したがって数年来書き続けてきたこのページは通読すればいちスモーカーの探求の道程であり、当然間違いも多い。だがそのように右往左往しながら進んできた道のりを恥をしのんでさらす事に多少とも価値があるとも考える。今読み返せば赤面の至りの部分も少なくないが、当面放置しておくつもりである。

そうして結局ダンヒルに戻ってきたわけである。少し前までわからなかったこのブランドの真価に触れた、というべきであろう。上品な香り、金粉のような煙がたちのぼるのがブルイエルの真骨頂である。そしてその味が60年代半ばという時代においても保たれていることが、木の質のみに頼ることのないダンヒル・キュアリングの勝利に他ならない。

多くのパイプを経由したうえでこのパイプに出会い、感じたことは、結局ダンヒルが頂上である、ということだ。駄パイプを含め、各国・各時代のパイプを吸いまくったことが肥やしになっている。無駄になったパイプは一本もなかったのだ。頂上から見下ろせば他のブランドの位置、方角もわかるような気がしてきた。しかし、そこからの眺めは一種の虚脱感をともなうものであり、それは何日も持続したのである。他のどれよりも一頭地を抜くメーカー、ダンヒルの本当の位置づけを鳥瞰図のように手にすれば、それを吸っては虚脱するほかはない。一歩及ばぬメーカーも、二歩も三歩も及ばぬものも、底辺をなすものも、全てが白日のもとにその位置づけが目の前に立ち現れたのである。



そういうことを感じさせてくれた貴重な一本、つい長々と解説してしまった。このページはここで終わっても良いと、とすら思ったのだが・・・・



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