論文:歴史認識について

今は休載しているが、オートバイ専門誌「バイカーズ・ステーション」において毎月自由なコラムをまかされていた。「何を書いても良い」ということであったが、専門がクラシック・バイクとなれば新しい話題に事欠くことも多い。締め切り間際になってバイクと全く関係のない話題を苦し紛れに書くことも多かった。

以下に転載するのはオートバイとパイプの歴史認識について、一年程前に思うところを開陳したものである。ダンヒルが美味いとわかっていながら、世界中・各年代のパイプを吸わずにはいられない私の考えかたを少しでも理解して頂きたいと思い、このページの一画に加えるものである。

写真は1927年の Ariel(エィリエル・英)、パイプはMLC Redmanol(リンクマン・レドメイノル・米)








歴史認識:パイプとバイク

当校ホームページには、「クラブ活動」と称して筆者所有のパイプを紹介するコーナーがあり、現在までに40本以上のパイプを掲載している。

このページがパイプマニアの間で評判になっている、ということを最近知ってびっくりした。筆者のように古いパイプに興味を持って集めている人が少なからずいること、筆者のような乏しい知識で作られたページが意外に持ち上げられていることに、である。

ネット上の掲示板にも頻繁に引用されていることも知った。うれしいような、恥ずかしいような気持ちである。

いろいろパイプ関連のホームページ、掲示板を眺めているとイギリスの古いパイプの人気が高いことに気づく。このへん、古い英国車と同様である。確かにイングリッシュパイプのクオリティーの高さには目を見張るものがある。1960年代半ばまでの英国車と同じなのだ。

確かに英国を軸にして眺めた時のパイプとバイクはその位置が時間軸の上で驚くほど似ている。どちらも最初は後進国だったものが1920年前あたりから急速に洗練されて他国を圧倒、およそ1960年代一杯までトップであり続けるのだ。最大の顧客がアメリカであったところも同様である。

オートバイの歴史を眺めると、英国車は決して常に中心にあった訳ではない。最初期、1920年代初頭くらいまではヨーロッパとアメリカのほうが瞭かに進んでいた。英国車の雄、ノートンだって第一号機はフランスのプジョーのエンジンを積んでいたのだ。プジョーと言えば早くも1914年にOHC180度並列ツインのレーサーを作っている。アメリカのインディアンもブルックランズ・サーキット時代には最も速いバイクのうちのひとつだった。あまりに速いので英国の国粋主義者たちがレギュレーションを都合良く改定して、マン島のレースから追い出してしまうのである。

英国人は生来歴史の記述が好きで、オートバイ関連の歴史書はイギリスで書かれたものが圧倒的に多い。ホンダのレーサーの本ですら英国のミック・ウオーカーのものが一番詳しいのだ。だが傾向としてはやはり自国イギリスのバイクについて書かれたもののほうがはるかに多い。フランスの戦前のバイクなどを詳しく調べた本などほとんど見当たらないのだ。英語は世界で通用する言語だから、仮にフランス語でそんな本があっても普通の人は読めないし、本屋の販売ネットワークにも乗らないのである。

だが歴史は書かれたものだけではない。プジョー以外にもフランスにはテロなんていうスゴいメーカーがあって戦後もDOHCのレーサーを走らせていたのだ。あるいはソ連のボストーク、DOHC4気等レーサーなども日本や英米のバイク乗りには知られていない。

筆者はずっと英国車一辺倒でやってきた。資料もバイク自体も他の国の旧車より豊富である、という理由が大きかった、と今にして思う。勿論「やっぱり面白いのは英車だよな」 という基本は今でも変わらないが、ある時からもっと他の同時代のバイクのことを知りたくなってきた。

そうしないと、大好きな英車がちゃんと定位できないのではないか? と思うようになったのだ。ハーレーを教材に加えたのはそういう理由からである。本当は古いBMWやGuzziなどにも興味津々なのだ。

だがバイクの場合、他の国のものをやるとなると大変である。インチ工具が揃っている当校だからハーレーを加えるのは簡単だと思った。しかし山のように存在するハーレーの特殊工具を揃えるのは大変だった。部品の仕入先も新たに開拓しなければならなかったのは言うまでもない。おそらくイタリアやドイツのバイクを始めるにはもっと多大な苦労をすることになるだろう。とても始める勇気、と言うか資金力はない。

そのあたり、バイクと言うのは小回りがきかないのだ。多くの人がトラだったらトラだけに絞ってつきあっている、 というのは同じ英国車でさえ、メーカーを変えるのはシンドイ、というのが理由である。だがノートンやBSAを知ればトラのことが別の角度から見えてきて理解が深まる、ということは確実に言えるのだ。

いっぽうパイプではそんな苦労はない。もともとパイプとはきわめて安易で受動的な趣味である。古パイプ収集と言っても苦労するのはせいぜい汚れているのを磨くことくらい、あとは吸ってウンチクを並べるだけだ。部品の手配、修理、調整、車検・税金、収納場所、工具などで苦労するバイクなどとはお話にならないくらい気軽である。(まあそこが気にいって最近は以前にも増してパイプを集めまくっているのだが)

そこで言いたいのは、と言うか自戒しているのは、パイプ趣味においては絶対に英国オンリーという隘路には陥るまい、と言うことである。バイクの世界では困難な世界一周の旅が、パイプでは簡単に出来るのだ。

この快感は病みつきになる。一度に世界各国、各時代のバイクをいじって乗ることなど到底無理だからだ。

造られたモノの背景に見えてくるものはパイプもバイクも同様である。モノだけを見て研究・追求してゆくミクロの視点も大事だが、背景を読むようなマクロの視点も面白い。

ハーレーをいじっているとアメリカが見えてくる。同様にダンヒルを越えるような戦前のアメリカンパイプに出くわせば、その背後にも別のアメリカが見える。

古パイプ収集趣味が日本で確立する前に、世界的、歴史的視野を持ったパースペクティヴ(立体透視図)を提示しておきたい、と思うのである。と言うのもパイプの世界ではかつての英国車の世界同様、珍説・奇説が大手を振ってまかり通っているからだ。1960年代後半からのパイプブームの時に、外国からの乏しい情報だけで、非常に狭い視野での言説が流布され、それが現在に至るまで悪影響を残しているのである。60年代後半、日本人が豊かになり趣味を持てるようになった段階で、ある種間違った方向にミスリードされたのは、バイクも自転車もパイプも全く同様である。




Caption

14年間乗り続けている85年型ジャガーXJ6がそろそろまた車検である。今回はリアのサスダンパーとエアコンのコンプレッサーなどを交換したい。車検前にアメリカのパーツ屋から部品を取ったら安くて驚いた。リコンディションのコンプレッサーが200ドル、4本使うダンパーも1本50ドルくらいだった。 日本車より安いかもしれない。その部品屋では中古のエンジンを1台390ドルくらいで売っている。トラのエンジンより安いので、ヒマと場所があったら買って自分で分解修理してみたいものだ。

クルマの趣味はバイクより小回りがきかない。14年乗ってもまだまだ飽きないし、そもそも他のクルマに買い換える金もない。 これからもミクロな視点で楽しんでいこうと思う。

クルマの歴史にくわしい、さる高名な自動車評論家は、そもそもクルマの免許を持っていないのだ、という。 極論だがマクロな歴史認識はそういう人でないと持てないのかもしれない。


School Days ( Bikers Station November 2006 遊風社 ) 転載厳禁


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