| ボヤージュ:フレンチ・パイプ探求の旅……… (プロローグ) |
フランスのパイプをどうしても避けては通れないだろう、と思うようになったのは ずいぶん前だ。アメリカ、ドイツのパイプの多くがイギリスを凌駕し、英国勢必ずし も天下一にあらず、ということが判ってきてからはなおさらである。 ドイツは措くとしてアメリカ、イギリスのブライヤー・パイプについては大体のパー スペクティヴ(立体透視図)は得られたと思っている。それらの歴史を調べ、実際に 何本も吸ってみればみるほど、フレンチ・パイプの知識が巨大な空洞になっているこ とが実感されるようになった。 サン・クロードには1930年頃までは常時4000人のパイプ職人がいたこと、1 928年、全世界のパイプ生産量は8400万本、そのうち三分の二はフランスで生 産されていた、という事実を知ったとき、この調査の旅へ錨を上げる決心がついた。 フランスへの旅を始める前に疑問点を整理しておこう; @ フランス古パイプの重要メーカーはなにか? A 「パイプ造りの首都」サン・クロードについて。 B イギリスに移ったフランスのメーカーは多々あれど、アメリカで創業したものが ほとんどないのは何故か? C 現代パイプ作家にフランス人が少ないのは何故か? D パイプの世界は英仏同盟に対し、米独伊同盟という地図が描けるのではないか? etc…… このシリーズを始めるのにふさわしい一本のパイプがある。 ST.CLAUDEと 彫刻された年代・メーカー不明のパイプである。これを見た時はショックを受けた。 サン・クロード・パイプ製造業組合とかいうのがあって、どこかの博覧会、あるいは お祭りででも配ったものか? その後、新婚旅行にサン・クロードに行った、というパイプ気違いの友人に見せた ら、「こういうのサン・クロードの土産物屋でいっぱい売ってたよ」とのこと。つま り観光土産だったのである。 いずれにしても脱力するパイプだ。パイプ全体が広告媒体になっているものなど、見 たことがない。造りも雑で民芸品レベル、これは手ごわい、と思った。 これを吸ってみれば何かがわかるだろう、という直感を得た。 予想通り、と言うべきか、木の質が超極上で驚くほど美味いパイプである。この時 点で木の質だけで言えば、手持ちのダンヒルの全てを凌駕している。美味いパイプで ある証拠にマウスピースの磨耗が激しい。観光土産で買ったパイプが意外に美味し く、座右のパイプになってしまったであろうことがわかる。 製造はおよそ1920年頃か、と思う。ネジ式のテノンに水牛の角(?)のマウス ピース。ネジを締めたところで吸い口が水平になるよう、紙のワッシャーでシム調整 がしてある。いい加減な細工だ。木のクオリティーが最高であるのに粗末な造りで、 それが今までの常識からは考えられないほどかけ離れている…………。 フランスパイプは「讃岐うどん」ではないか? とはかねがね想像していたことで ある。大阪の料亭はうどんを高級料理にまで高め、ダシに懲り、具材に手間をかけ、 店構えも立派である。そして讃岐うどんを見下し、「ウチのはちゃんとした饂飩だ が、讃岐のはただの田舎ウドンだ」などと言う。いっぽう讃岐のほうではそんな批判 をすら意に介さない。畑の中の掘っ立て小屋で格安のうどんをセルフサービスでふる まうだけである。うどんとは本来そんなものであり、それだけで充分美味い、それ以 上いじくる必要などない、と思っているのだ。 サン・クロード、いやフランス人一般スモーカーのパイプ観もそんなものであったの かもしれない。なにしろ植民地のアルジェリアから極上のブライヤーが当たり前に 入ってくるのだ。キュアリングなど必要ないし、だいたいパイプなんて日常生活用品 に過ぎないから金もかけない。汚れたら買い替えれば良いだろ、くらいに思っていた かどうか。 このパイプを吸った限りでは「讃岐うどん説」は正しかった、と言える。だがもちろ ん文化国家のフランスがそれだけで終わるはずがない。この土台の上にとてつもない 世界を築いたに違いない、とは二番目に得た直感であり、そこからが迷宮の始まりで あった。 以下、途切れ途切れに「ボヤージュ(旅)」と銘打ってフランスのパイプを紹介し てゆく。英語で書かれた資料はほとんどないからフランス語を解読しなくてはならな い。そしてその資料がかなりの量存在することがわかった。資料集めと仏語解読に時 間がかかっているのだ。(仏和辞典と文法書を買うところから始まった) なお資料はほとんど古本に頼る。インターネットで得る知識より確実であるし、そう いう本を世界中の古本屋から探し出すのも古いパイプを買う以上の楽しみがあるから だ。しかしそれらをインターネットで探し出しているのは言うまでもない。 限られた知識による手探りの旅である。間違った判断・情報も多いだろう。だが、あ えて旅路の道程をレポートして、読者とともに歩んでみることにした。間違いは御教 示頂ければ幸いである。 |
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