佐久間町通信2003年7・8月合併号

第2回トリニティーツーリング(後 編)




芦ノ湖畔のそば屋にて
東京より高く、盛り悪く、マズい・・・







ポツポツとまた雨が・・・
なんとなく走るのも気がススまない・・・







そこで温泉へ・・・
秘湯「うば子温泉」に行きました。








その後、気持ち良く晴れて来たが・・・
一名が黄線を踏んで御用になる・・・








そして中華街で反省会。お腹一杯食って大満足!






特別付録 「参加者の横顔」・「トリニティー的ツーリング考」

13期生 K・K(47)  トラトロフィー 10000RPM、100馬力・・・





7期生 Y・N(41) 無敗の街道レーサー  トラT140





14期生 T・N(29)  ノートン750





20期生 T・S(34)  ノートン750





21期生 S・F(32)  ノートン850





11期生 T・K(34)  トラT120R





18期生 K・H(24)  岐阜県生まれ・・・











トリニティー的ツーリング考

7期生 中野 祐三


日頃職業柄、固めの文章に慣れ親しむ筆者に、恒例の春季ツーリングを
レポートせよ、とのご命令が下った。

各自の責任に基づく「自由」を重んじるわが仲間、英車乗りとのツーリング
を、果たしてどのように表現すればよいのだろうか。思えば「旅」は、すでに
前日のメンテナンスから始まっていた。増し締め、タペットクリアランス等々
、日頃の手入れの悪さを痛感しながらも明日の楽しみに思いを馳せながら
の作業は、徐々に生気を取り戻す愛車の表情と相俟って、曲がりなりに
も英車乗りを自認する筆者の精神を高めてくれる。

第一中継地点、霧雨降りしきる東名海老名インターに到着するまでには、
新しいオイルを受けて、極めて滑らかに回転するクランクの鼓動に、毎度
のことながら、すでに筆者は愛車トライアンフに酔い痴れていた。「今日は
どんな走りを仲間にみせつけてやろうか」と密かな闘志を燃やしていたの
は、今から思えば、恥ずかしながら筆者だけだった。

校長富成次郎氏の工具満載スクーターを始めとして、トラ4台ノートン4台
がちらほら現れ、出発時間とあいなった。「校長、出発しましょう!」と筆者
の呼びかけに、誰も反応しない。好物、魚の「練り物」を食べながら、校長
は言った。「じゃー中野さんだけ、走りなさい!」。絶句である。しかし、そ
れぞれ年式あるいは細部において、各自の製作に従い仕様の異なる英車
8台を前にして、コーヒーとタバコを嗜みながらの仲間との談笑は、これま
た英車乗りならではの楽しみである。

いよいよ筆者を先頭にしての高速ライディングが始まった。
当初、制限速度を厳守していた筆者を、爆音を轟かせながら、恐らくは80
マイル程の速度でかわしていく仲間の姿があった。「後塵を拝する」とは、
まさにこのことだ。御殿場インター到着時、これ程の高速走行にも拘らず、
何のトラブルもなく全員走り終えたのは、取りも直さずトリニティーに於ける
富成校長の卓越した指導と、我々生徒の勤勉さとを、実証する結果であっ
たといえよう。唯一エンジン不調を訴えた小渕氏も、左プラグの交換によっ
て、すぐさま息を吹き返した。こんなものはトラブルの内に入らない。
ただし、点火系統をチェックした後の迅速な所作であったことは云うまでも
ない。

そして長尾峠・芦ノ湖スカイラインと続く峠道、筆者の本領発揮の場でもあ
る。路面が濡れていたのもなんのその、山の澄んだ空気の下で、トラとの
「対話」を試みていた筆者は、これも毎度のことながら、一瞬自分を忘れた。
思わず我に返りミラーを確認すると、すでに白髪混じりの根田氏が後ろか
らピッタリと着いてくるではないか。結局四十歳の筆者と根田氏との熟年
英車乗りが一行の先導所役と相成った。

第二チェックポイント芦ノ湖湖畔に到着するまでには、全員それぞれが自分
のペースで英車による走りを満喫した。勿論、誰が速いとか遅いとか、あの
コーナーはどうだったとか、所謂走り自慢をするものは、誰一人としていない。
それぞれが手塩に掛けて製作したバイクとの対話を終えて、余韻に浸ってい
る様子である。本当はただ単に腹が減っていただけかもしれないが・・・

午後のメインイベントとして、富成校長ご幼少みぎりからのご縁という、湯治
場に案内して頂いた。鬱蒼とした小山を背景に、庭には五重塔さえ存在する
という、宗教色の濃い宿には、新興宗教の教祖のような、ちょっと危ない「女
将」が我々を出迎え、歴史上の誰それがここで眼病を治癒したという、いわく
つきの浴場に案内してくれた。浴場の壁は、天然の岩そのままを切り崩した
ものであり、建物も昭和初期の建造と思われる極めて趣のある風情である。
湯船に浸ると、源泉特有の肌がビリビリする感触を実感する。何やら浴場の
岩肌には、観音様でも見えてくるのではないか、と思わせる神秘的な温泉
体験であった。
それにしても富成校長の入浴は面白い。湯船から上がるとヨガのポーズをし
たり、うつぶせになって豊満な裸体を晒したり、不思議な動きで源泉を満喫し
ている。この人のすべてを理解するにはまだまだ時間がかかりそうである。

帰路、西湘バイパスを降りた後、我々を待っていたのは、事もあろうことか、
黄色線はみ出し禁止(はみ禁)の取り締まりであった。幸い先頭を走ってい
た筆者は警官のヘルメットに気づき、後続の仲間にその旨合図を送ったので
あるが、残念ながら現教頭の堀尾氏には合図が届かず、黄色線の上を一本
橋走行した後、御用となった。違反したのか、否か、極めて微妙であり、その
あまりにも姑息な取り締まりに憤慨した校長は、執拗に抗議を続ける。
しかし一度御用となった以上、そう簡単に警察が見逃してくれるとも思えない。
確かに、ツーリング途上での取り締まり、とりわけ自分や仲間がその対象と
なった際には、気分台無しである。しかしここは、国家に尊い血税を納めた
ということで、納得するしかないのではなかろうか。なぜならば警察は国家
機関であり、我々日本国民は、国家の庇護のもと、それぞれの生活を営ん
でいる存在でもあるからである。話が堅くなり恐縮である。

ツーリング最後の締め括りとして我々が選択したのは、横浜中華街での晩餐
であった。中華フルコースを前にして富成校長を囲んだ我々は、昨今、なぜ英
国オートバイの人気が今ひとつふるわないのか、というトリニティー存亡に関わ
る重要事項を議論した。各自忌憚のない意見を開陳しながらそれが説教くさく
ならず、下ネタジョークを混えながらの談笑であったことは、取りも直さず我々
一同のバランス感覚を示すものであろう。

以上、一般的なツーリングレポートと何等変わることなく、充実した一日を
ただ記述するだけに終始してしまった。そこで、最後にトリニティー的ツーリ
ングとは何か、本稿の基本テーマに立ち返り、私見を述べてとじめとする。

一言で言えば、このツーリングには規範がないということである。ルートも
その場で決め、唯一仕切り屋の筆者を例外とすれば、一行をまとめようと
する者など誰もいない。
それでも敢えて指摘するならば、各自が自分のペースでツーリングを楽し
み、参加者がお互いを尊重し合うという暗黙の了解こそが、唯一の規範と
いえるのかもしれない。もともとオートバイに一家言をもち個性豊かなトリニ
ティーの面々は、こうした在り様以外にツーリング等考えられない。
しかしそれでも、全員がそれなりにまとまり、その上各自充実したライディ
ングを楽しめたのは一人一人が自分の愛車に対して責任を自覚していた
からに他ならない。
そして、この点こそは、我々生徒が富成校長の薫陶のもと、学校生活にお
いて養ってきたものなのである。現在トリニティースクールでは、常時生徒
を募集しているが、こうした英車乗りとしての我々の在り様に共感できる方
がいるならば、是非入校をお勧めする。

トリニティーとは、ただ単にレストア技術を学ぶだけの場所ではなく富成校長
を始め同好の士との出会いを通じてバイクライフのみならず、今後の人生
を豊かにする空間でもあるのだから。