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特撮に関する考察・その1
ウルトラセブン第12話「遊星より愛をこめて」
1、なぜ「欠番」?
映像作品には様々な理由で「欠番」、つまりは放送禁止になった作品が多い。まずはそれらについて考察してみようと思う。それら「欠番」作品が、なぜそのような取り扱いを受けるようになったのか、作品自体にはどのようなメッセージがあるのか、至極私的な意見ではあるが、気になることを随時書いてみたいと思う。
まず手始めに、代表的な欠番作品として有名な、ウルトラセブン第12話について考えてみよう。「ウルトラセブンに欠番が?」という方も多いと思われるが、これほど有名なシリーズに欠番があることが知られていないくらい、円谷プロの統制が利いているとも言えよう。リアルタイムでテレビ放送を見ていた世代には印象的な作品である。対決シーンの最後、夕日の空を飛ぶ宇宙人に向かってセブンがアイスラッガーを投げる。水の上を2度、3度、スキップしたアイスラッガーは飛び去る宇宙人を真二つにする。また、宇宙人の基地になっている通称「百窓」と呼ばれる非常に近代的な建物も印象的だ。「こんな建物が現実に建っているのか?」というほど印象的である。この建物内で展開される宇宙人の会話、とりわけ暗い背景と、前に置かれた不気味な容器の中身が赤く変色するさま。これらの場面を強烈に覚えている方はかなり多いと思う。同時に、「どんなあらすじで、宇宙人は何だっけ?」という方も多いのではないだろうか。作品の印象に比べて、宇宙人の存在は意外と希薄である。セブンのシリーズには宇宙人や怪獣が「とりあえず」出演するようなドラマ性が高い作品が多いが、これもその一つだろう。実は、この宇宙人が原因で「欠番」になっているのだ。
宇宙人の名称は「スペル星人」。人型で白っぽい、ツルッとした感じのデザインである。あまりに人間的な形で、印象は確かに弱い。シナリオの初期には「カブトムシのような宇宙人」となっているようだが、実相寺監督が「人型にしてくれ」と要求したらしい。これはストーリー設定と密接にかかわるようだ。設定はスペリウム爆弾の実験により被爆したスペル星人が、新鮮な血を求めて地球人の血を奪いに来たとなっている。核実験批判もあり、あえて人型にし、被爆した人間の印象を強調したようだ。デザインもケロイド状の模様があったり、髪の毛が抜けた人間のような外見であったりする。「被爆した人間はこうなるんだ」という思いがあったのだろう。あえて人間的デザインにすることで、身近な印象を与えたかったのかもしれない。しかし、これが批判を浴びることになる。
ウルトラシリーズの怪獣や宇宙人を載せたカードが発売されたときに「ひばく星人」という名称を使ったのである。この為被爆者団体から厳重な抗議があり、円谷プロでは今後一切第12話とスペル星人を表に出さないという対応をとったのである。それどころか作品として存在しない「永久欠番作品」として作品そのものを廃棄してしまった。「ひばく星人」の名称を円谷が公認したわけでもなく、抗議した被爆者団体も誰一人として作品を見ておらず、ストーリーも知らないのにである。つまりは作品そのものではなく、キャラクターとしての「ひばく星人」という名称と宇宙人のデザインが問題になったのである。それならば「ひばく星人」の名称を使わない、キャラクターとして使わないということで済みそうなものだ。ところが抗議団体はスペル星人自体を抹消するよう要求し、円谷プロは言いなりになった。その結果、第12話自体が消し去られたのである。お互いに無責任といわれても仕方がない展開である。そのせいもあって、現在に至るまでこの件については、業界でも最高のタブーである。この辺りの経緯は各ホームページに詳しいし、安藤健二著「封印作品の謎」でも克明に扱っているのでそちらを御覧いただくとして、作品そのものについて考えてみたい。
2、どんな作品?
あらすじは以下のようなものである。
宇宙空間で惑星の爆発があり、放射能が検出される。その直後から若い女性が貧血で死亡する事件が頻発する。彼女たちが同じ腕時計をしており、しかも地球上の金属ではないことから宇宙人の存在が疑われる。一方、アンヌ隊員の友人が同じ時計を持っていたことから、彼女の恋人をアンヌとダンが調査、人間の血を集める宇宙人であることが判明する。彼女の弟が時計をしていたことにより子供の血が一番新鮮だということに気づいた宇宙人は子供たちを集めようとするが、察知したウルトラ警備隊により阻止される。基地の百窓を破壊し巨大化したスペル星人。彼女は恋人が凶悪な宇宙人ということを信じようとしないが、弟が誘拐され救出に向かう。セブンとスペル星人の夕暮れの対決。ウルトラホークに円盤を破壊されたスペル星人は飛び去ろうとするが、アイスラッガーで真二つにされる。欠番理由が「ひばく星人」という名称一点であるとおり、作品そのものに被爆者を悪く扱った印象はまったくない。
実相寺監督の佳作であるのは間違いない。百窓から現れるスペル星人と、弟を誘拐し銃で撃たれるスペル星人の2体いなければおかしいのではないのか、そもそも撃たれたスペル星人が巨大化したのか、あるいはセブンとの対決がいきなり夕陽の場面になるのはおかしいのではないかといった疑問もあるようだが、これはご愛嬌だろう。
物語が始まってすぐ、若い女性が倒れていく場面からして特徴的だ。アップのショットを連続して対象を強調し、緊迫感を持たせる実相寺監督得意の手法で描かれる。これだけでファンには実相寺作品ということがわかるだろう。アンヌ隊員と友人、その恋人の3人が喫茶店で会う場面や、続いてダンと公園を歩くシーンはアンヌの魅力がいっぱいだ。アンヌ隊員を私服で登場させるのは実相寺作品の特徴だが、それだけでも大変貴重である。喫茶店でのアップ、ダンとまるで恋人と公園を散歩するかのようなシーンは大変魅力的だ。続いて基地である百窓でのシーンとの切り替えもすばらしい。特徴的な建物の外観をアップで連続するので、強烈な印象がある。
基地内での場面は、この作品の白眉だろう。真っ暗な背景に浮かび上がる数人の男たち。交わされる凶悪な相談。前に置かれた容器が赤く変色していくさまや顔のアップ等、異様な雰囲気の場面だ。スペル星人の極悪非道さが強調される場面で、非常に印象深い。地球人の姿のまま相談が行われるのだが、これは明らかに核保有国に対する批判だろう。他人の血を当てにしてまで自己保全を考える利己的な姿勢への、強烈な当て付けのようにも見える。S・キューブリック監督「博士の異常な愛情」を連想するのは私だけだろうか。続いて防衛軍基地内の「まるでドラキュラの様な奴らだ」という台詞がある場面があるのだが、カットされている版がほとんどだ。所謂「ドラキュラ版」「完全版」と言われている物だけで、他の版は全てカットされている。さほど重要な場面ではないし、時間調整のためのカットだろう。ここまでが前半部である。
後半部、いよいよ巨大化したスペル星人の登場となるわけだが、印象は非常に薄い。ツルッとしたお面のような顔で恐ろしげではない。わずかに釣り上った目が性格を表しているようではあるが、あまり特徴的ではない。この宇宙人のイメージを即座に思い浮かべられる人はあまりいないのではないだろうか。それを補うかのように戦闘場面はかなり特徴的だ。テンポよく画面が切り替わり息をつかせぬスピーディーな印象がある。特に後半、夕日の場面では実験的な画像が展開される。宇宙船とウルトラホークの戦闘では光線の軌跡が画面いっぱいに展開し、スペル星人とセブンの対決はストップモーションを連続する手法をとっている。少々やりすぎのきらいがあるようで、戦闘全体の展開がわかりずらい。スペル星人も全身像は登場時だけで、ほとんど頭部と上半身しかはっきり映らない。これも印象が薄い一因だろう。メトロン星人との名場面もそうだが、実相寺監督も対決場面をもう少し強調するべきだったと思っているようだ。
最後の場面はさらにすばらしい。逃げ去るスペル星人にセブンが倒れたままアイスラッガーを投げる。アイスラッガーは水面を2〜3度跳ねると夕日の中のスペル星人を真二つにする。非常に美しい映像である。この作品で最も印象に残るカットだろう。続くエンディングと合わせ、実相寺監督の美意識がよく出ている。
3、名作?駄作?
いかにも実相寺監督らしい映像が見られる作品である。アップの多用、ショットの連続、叙情的な部分と緊迫した場面のメリハリの効いた、良い作品と評価してもいいだろう。ただ、多くの批評に見られるように作品の主張は弱い。何を言いたいのかがわからないのである。侵略者としての宇宙人と、地球人の恋愛を扱いたかったのは確かだ。これはストーリーがアンヌ隊員の友人である女性とその恋人との関係で展開する点、特に弟を連れ去られても相手を信じようとするところや、エピローグで夕陽を背景にシルエットで語られる台詞で明らかだ。それならば、血を集めるだけの目的で一方的に騙すスペル星人の悪辣さがもっと強調されてもいいだろう。
スペル星人は自らの生存を守るためだけに地球人を襲う、凶悪な宇宙人として描かれている。誤って被爆したので、生存のためにはやむなく地球人の血が必要だという反省や後悔は全くないといってよい、単なる吸血鬼としての設定である。しかし、それにしてはあまりおどろおどろしくない。唯一、基地の中で語られる場面が不気味ではあるが、地球人の姿のままで描かれるので、それだけでは被爆してまで爆弾の実験をする「凶悪な宇宙人」というはっきりとした強烈な印象は弱い。巨大化したスペル星人を核実験批判のためにあえて人型にするなら、さらに崩れたドロドロのデザインでもよかったと思う。あるいは、放射能の影響で凶暴化した「怪獣」という設定でもよかったのではないだろうか。物語としては凶悪な「吸血星人」なのだが、見た目はかわいそうな「ひばく星人」である。作品の印象がはっきりしない点や「欠番」原因はスペル星人のデザインも一因と思われるが、いかがであろうか。主人公が被爆者(人間に限らない)というのは関係団体からの批判が必須の問題である微妙な題材である以上、例えばゴジラのような凶暴な破壊の帝王であるべきだ。スペル星人のデザインは、あまりに被爆者に近すぎるというのは言いすぎだろうか。
いずれにせよ、台本や演出を煮詰めないままに作品化してしまった印象がある。侵略者に裏切られる物語で「悪い宇宙人」を描き、それでもいつの日か「理解しあえる日が来る」のを願うというのが基本の物語に、むりやり核批判を加えたようだ。そのためにどちらつかずの中途半端な作りになってしまった。もう少しポイントを絞るべきだったろう。侵略者との恋愛と裏切りを強調するなら相手が被爆者である必要はなく、核実験批判であればラブストーリーは不要である。同時に描きたいのであれば、徹頭徹尾凶悪な宇宙人としてスペル星人をデザインすべきだし、このままのデザインであれば、地球の女性との恋愛により核実験という自らの愚行に気づき、被爆を憂い、血を集める行為に思い悩むという展開にすべきだ。ウルトラマンでジャミラやシーボーズといった「悲しい怪獣」を描いた実相寺監督や、全ての宇宙人が絶対的に悪いわけではないという作品が多いセブンシリーズであれば十分可能だったのではないだろうか。
はたして名作かといわれると、賛否両論だろう。物語としてはポイントがボケているが、映像としてはすばらしい。印象に残る場面としては、セブンシリーズの中でもトップクラスと思われる。かなりの人気作品で、欠番ということもあり研究書が数多く存在する。本放送と再放送(地方放送)を合わせても2〜3回しかテレビ放送されていないし、メディア化は一度もされていないのに、様々なバージョンの裏ビデオが存在する。米TNTで放送された英語版の録画や、古いテープのデジタル・リマスター版まである。実相寺監督作品ということもあるが、何より画像の見事さが随一の作品であることは間違いないだろう。
それだけに、画質のよい映像が望まれるがそうはいかないのが現状である。
4、どうやったら観られるの?
欠番作品であり、メディア化されていないので一般の視聴はかなり難しいと思われる。ショップやネット販売、マニアからの購入等方法はあるが、全て裏ビデオである。原版のフィルムが古いことと、ダビングを繰り返しているため、画質は期待できない。当協会では基本となるバージョンをいくつか所有しているのでご紹介しよう。
○通称「ドラキュラ版」
「本放送版」「完全版」と言われるバージョンである。Aパート(前半部)最後に、防衛軍基地内での会話「まるでドラキュラの様な・・・」があるのでこう呼ばれているようだ。何しろ、ノーカットのバージョンはこれと「武田版」のみである。冒頭にカウントダウンと「東京放送」の逆さ文字が一文字ずつ表示される物もある。ないものは、おそらくダビング時にカットされたと思われる。画質はかなり悪く、画面の乱れは良い方で色が出ないもの、音声が途切れるものが多い。出所は円谷プロとも東京放送本社とも言われるが不明である。
○通称「武田版」
「武田製薬版」「武田CM版」と同じバージョンである。テレビ放送と同じように番組スポンサーの武田製薬CMを挿入したバージョンである。原版は「ドラキュラ版」が多い。当時家庭用ビデオが存在していないので、録画は無理である。当然改造版である。当時の雰囲気を再現しようと試みたと思われるが、編集版のため画質はさらに悪い。第13話の予告編を挿入したバージョンもある。
○通称「普及版」
最も普及している版で「再放送版」と言われる事もある。再放送の為地方局に配布された物のようだ。一時「北海道版」「東北版」として珍重されたことがある。前半部最後、防衛軍基地内の場面から百窓の夜景までがカットされており、ダンとアンヌが百窓を見張っている場面から、いきなり防衛軍基地にスペル星人の子供を集めるためのチラシが持ち込まれ「これは奴等の挑戦だ!」という場面になる。ドラキュラ版よりも若干画質がよい。出所は東北の地方局(一説には、宮城県や岩手県)と言われているが、当然不明である。東京本社で地方放送版を作ったときの物とも言われている。
○通称「宮崎版」
国内版としては最も画質が良いとされるものである。宮崎勲が所有していたと言われる高画質版で、かなり高額で取引されていた。「宮崎版」と明記しているものは少ないが、再放送版で画質が良いものはこれが原版と思われる。「ドラキュラ版」と同じく冒頭にカウントダウンと「東京放送」の文字が出るため、東京本社からの地方放送版流出と考えられる。
○「米TNT放送版」
「英語版」「日本語版」「ミレニアム版」の3種が確認されている。1998年と2000年に米のケーブルテレビTNTで放送されたもので、画質はかなり良い。特にミレニアム版は普通のビデオ程度の画質である。CMノーカットのものもあり、高画質版として流通している。ただし、音声は「日本語版」以外英語の吹き替えである。「TNT日本語版」も音声はオリジナルだがCMの関係だろうか、細切れ状態で再放送版以上にカットがあるようだ。米本土で放送されたほか、米軍基地でも放送されておりグァムや沖縄で録画されたものが多いようだ。
○その他
上記のほかにも、様々なバージョンが存在するようだ。TNTミレニアム版にオリジナル音声をアフレコしたものや、オープニングタイトルを挿入したりCMをカットして国内放送風に編集したものもあるようだ。それぞれの版を個人でデジタルマスタリングしたものもあり、画質や音声がかなり改善されている。「高画質完全版」と言う物が高額で取引されているようだが、未確認である。セブンシリーズをDVD化する際に第12話もマスタリングされたという噂もあり可能性がないわけではない。
12話そのもののほかにスペル星人が登場するものもあり、数は少ないが貴重な資料になっている。しかし規制前のものが多く、現在では入手困難なものばかりだ。
有名なものではウルトラファイト「遊星の悪魔スペル星人」で、本放送版と夕焼けロンちゃん版があり、最後の対決場面が見られる。
イベント等に使用するサークロラマという分割画面映像の「全長版」にも1部だが登場する。夕日の中で真二つにされる映像がチラッと見られる。
「チビラくん」の「宇宙タレントや〜い 2」にも登場するが、これはブロマイドとしてだ。百窓を破壊して登場する場面の写真なので、見せられたパパゴンの心中を察する(百窓はチビラくんの自宅である)。
音声のみであるが、東芝レコードの主題歌集に「腕時計の謎」として完全版が収録されている。所謂「赤盤」といわれる半透明の盤で、かなり希少である。この音声をアフレコした映像もあるようだ。
その後スペル星人は改造されて、映像には登場しないイベント怪獣「ドジンゴ」になったという証言がある。「茶色いスペル星人を見た」という証言なのだが、画像が残っておらず確認できていない。しかし、「土人(どじん)」は差別用語になっており、どちらにしろ使用できなくなったと思われる。
5、それでどうなのよ?
作品内容が問題になったわけではないので、立場としては微妙だ。被爆者団体も昔ほど問題視してはおらず、事情を知る幹部も少なくなっているようだ。かと言って、円谷プロが復活させるとは考えにくい。一度作品そのものを破棄しているので、再び手をつけるのはかなりの勇気と努力が要るだろう。先に述べたように、この作品と次回予定の「狂鬼人間」は円谷のみならず、業界として触れてはいけない領域になっている。この2作品については調査すること事態はばかられるようで、証言はおろかコメントや情報程度でも漏らした関係者は処分されるという噂もある。メディア化するなどとはもっての他、となるようだ。しかし、どう転ぶかわからないのが世の中である。何かの拍子に可能になるかもしれない。業界の気が変わるのを待つしかないのだろうか・・・。
関連HP
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