【東京】晴海と豊洲の貨物線跡


東京港の貨物線

かつて東京港には数多くの貨物線が存在していました。

総武本線亀戸駅から小名木川駅越中島貨物駅 までの線路は、現在もレ−ル輸送に使われていますが、つい最近まではDD51の走る現役の貨物線として使われていました。
しかし越中島から先の路線は人々の記憶から徐々に薄れていっていますが晴海埠頭で水揚げされた雑貨や青果物、豊洲埠頭からは石炭や鉄鋼製品が各地に送られていました。
現在両地共に再開発が進んでおり、まもなくその殆どの遺構が消えることになります。

本当に近所なのに殆ど見に行っていないエリアを先日撮影して来ました。
今後も折を見て記録して来ようとは思っています。見たところ完全に遺構が無くなるまで、残すところあと数年という雰囲気です。

東京に限らず現在の国際物流は海上コンテナ化がかなり進行しており、鉄道に乗せやすくなったのですが、専用線というインフラの構築を誰が行うのか、が曖昧なまま首都圏を始めとした各地で再開発の名のもとにほぼ消えてしまいました。

地球温暖化対策で、日本の国内物流もETCの早朝夜間割引ではなく、もっともっと鉄道・海運に誘致・移行するモーダルシフト政策を大々的に進めるべきだと思うのですが・・・。

日通晴海倉庫

解体される直前の日通晴海埠頭支店の1階山側バ−ス部分です。

日通晴海倉庫の今は?

完成時には東洋一とも称された大型倉庫は既に解体され、同時に引き込まれていたレ−ルも一緒に消えました。
手前までに残るレ−ル部分の舗装のクラック(ひび割れ)以外は、一切痕跡がありませんでした。
奥に見えるのが晴海客船ターミナル、左にはレインボーブリッジが見えます。

                            2004. 1.12 撮影

謎の踏切

最初の写真のちょうど上部にあたる日通晴海埠頭支店の建物2階についています。入換の際に鳴らされたのでしょうか?それにしてもこの様に建物に固定されたものはあまり見かけたことがないです。

日通晴海埠頭支店の引込状況

先の写真をまとめて見た状況。
建物に設置された踏切の場所に注目。

日通晴海から越中島方面を望む

日通晴海埠頭支店から越中島方面を見た状況です。
ちょうど雨が上がった状態だったので、レ−ルの埋設状況が良くわかりますね。

晴海運河の春海橋

目立つので結構有名な遺構ですね。
ガッチリ出来ていて、そうそう壊れなさそうな橋です。

                      2004. 1.12 撮影

豊洲の石炭埠頭

戦後まもない昭和25年頃から造られた石炭埠頭より貨車輸送が行われていたのはまぎれもない事実でしょう。更にこの奥には鉄鋼埠頭もあり、倉庫の端部を縫って奥までレ−ルは続いていた様です。

石炭埠頭のコンベア&クレ−ン

石炭埠頭に着いた石炭運搬船から取り出された石炭は、コンベアに乗って上陸後貨車に積み込まれます。
線路上で待つ貨車に積み替える手段としてはかなりレトロな方法ですが、間違いはないのでしょう。写真ではレ−ル上に大きな石が置かれていますが、レ−ルは確実に続いています。

石炭埠頭のクレーンは?

これもすっかり更地になっていました。
もう何も残っていない、という状態です。

                   2004. 1.12 撮影

20世紀から21世紀の景色へ

ゆりかもめの建設が進む向こうに、旧豊洲火力発電所の跡地に巨大な電算センタ−ビルの建設が進んでいます。ここは豊洲の石炭埠頭ですが足元のレ−ルが無くなってしまうと、そこはもう21世紀の景色になります。この線路は鋼材上屋まで続いていますが、いつ撤去されることやら...。

越中島貨物駅のその先は?

結構幅の広い休遊地のまま、近所に住む人たちの遊歩道と化しておりました。
この付近は複線もしくは引き上げ線があったと思われます。

小名木川駅

使用休止となって久しい小名木川駅です。
もう草が生えており、最近までそれなりに賑わっていた現役時代を知る身として「寂しい」としか言いようがありません。
まもなくこの敷地も再開発で写真奥に商業棟、手前に住宅棟が出来る予定。

地元江東区はこの廃線?跡を利用して亀戸−新木場間(6.3Km)をLRTによる南北交通網の拡充の検討を行い、PFIによる事業として基本構想策定調査を行いました。
その際の2003年度予算で「事業化調査費」として2019万円の血税を使いました。
そして2004年度以降に基本計画が具体化する「見通し」でしたが、結局採算が厳しいなどの理由により、2003.12に正式に当面は凍結と公表されました。
インフラはある程度確保されている部分なので非常に残念です。

江東区役所のHP(LRT事業)にその記録があります

更地になった小名木川駅

更地になった頃の写真です。
構内の軌道部分の痕跡もほとんど見えなくなって再開発を待っている状況です。
南端に建っていた時計が横たわっていました・・・。

再開発は多少遅たため、その年に予定していた資金は本業の新型機関車の増備の財源に化けたそうです。
駐車場の導線が悪い(明治通りの渋滞を招く)と江東区も反対していた様ですが、結局北千住発祥のイトーヨーカドーが出店する模様。

                                 2005. 3.27 撮影

旧小名木川駅の最新写真

もうマンションの建設が始まっています。
伝え聞いたところではこのマンション、結構人気があって安価な部屋は既に売れてしまったそうです。
LRT化されたら駅前ですからね!でも皆さんそこまで深読みして購入しているとは思えませんが・・・。
しかしせっかくの鉄道貨物のインフラがこうして消えていって、もう鉄道に戻せない程に拠点が減っていることに危惧を感じます。
日本はCO2は本当に減らせるのでしょうか?

                                 撮影:2007.4.21




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