化勁の深化 1


「BUGEI」2001/冬号より(BABジャパン)

■ 勁

中国の北派武術においては、皆さんご存知の通り「勁」という言葉を用いた技法の解説が多用される。その代表的なものとして、発勁・化勁などが上げられるが、その他にも纏絲勁・弾勁・轆轤勁・爆発勁・劈勁・沈墜勁・浸透勁etc、数え上げればきりがないほどである。
こうした勁の文字の付く用語の分類を改めて考察してみると、発勁や化勁のように相手に対して主に用いる技法の名称と、纏絲勁や十字勁のように自己の内面の統合性において意味を成す技法(身法)の名称の二つに大きく分ける事ができるといえよう。(例外は多分にあるので、今回はあくまで大雑把なものである)
さて、最近では日本武術の解説にも時々駆り出されるようになってきた感のある勁(力)という言葉であるであるが、実は肝心の中国武術の修行者の間においても、その見解が一定しない、というのが現状である。
例えば発勁という言葉の定義にしたところで、以前は日常我々が使う力ではなく、修練により会得された中国北派武術独特の瞬間的に発せられるような力と言われていたが、最近ではその技術構成が北派と異なる南派拳術の修行者なども使うようになっている。(古来より南派でこの勁と言う言葉の表現があったのかどうかは不明)
このように定義がしっかり定まらない状況においては、日本における中国拳法の理解と錬功の度合いを底上げしていく為にも、本来一つ一つの言葉の定義を明確化させるべく討論を重ねる必要があるのではないかと小生は思う。
今後の日本における中国拳法修行者の目指す一つの方向として、新中国拳法を提唱する筆者としては、勁の付く技術の中でも今回特に化勁についての定義の確認と共に、中国拳法修行者のその習得度の再認識できるようなチェックを交えて、改めてその技法群を探ってみたいと思う。

*新中国拳法:これまで日本に中国拳法として定着してきた伝統派から、現在の身体技法の探索を行う気運の高まった日本古武術を見習い、体術としての根源的なとらえ方をし直すことにより、あくまで中国拳法に拘った身体技法の精妙化による技術の向上を目指すと共に、内面的な自律動作から相手をコントロールする事のできる他律へ向けた、本来武術として有るべき姿への脱却を目指していくものである。

■ 太極拳の化勁

一般的に化勁を看板としている拳種には、内家拳の太極拳が上げられる。
太極拳の応敵技術の発想の根底には、相手を崩してからの打撃が他の拳術よりも、より重要視されており、まさに化勁を会得しない事には、その技術の真価を発揮し得ないと言っても過言ではないであろう。そして、その太極拳の代表的な化勁の基本技術に朋と履がある。(漢字が無いので当て字です)
朋とは、相手の攻撃を上方向へ受け流して重心そのものを引き出してしまう技術である。また、履とは相手の攻撃を引き出すように崩す技術であり、やはり相手の攻撃力を利用して行われる。
余談ながら、この二つの技術に更に斉と按を付け加えて四正と呼び、太極拳の攻撃と防御の基本思想となる。この四つの技法に習熟した後、更に四隅と呼ばれる四つの技術を合わせて学ぶ事により、太極拳が初めて実用段階に至るといわれている。
小生が学ぶ事のできた陳家太極拳では、特にこのような分けた状態での化勁を練習してきた訳ではない。しかし、その習得過程において身に付いた経験値から述べると、やはり太極拳とは、まず相手の力に逆らわないという発想が大きな戦闘体系の大きなポイントになる。
この太極拳におけるあまりにも当たり前の前提が、化勁をよりよく理解する為の大きなヒントになる事を見逃してはいけない。つまり、相手の攻撃力に逆らう事なく自分の僅かな力を用いてその軌道を外し、更に相手の自律コントロールに干渉する事により、その重心を引き崩すのである。
よく言われる捨己従人という拳訣も、この事を表していると小生は考えている。

さて、この捨己従人を具体的に成功させるために、まず必要となってくるのが聴勁と呼ばれる技術である。
一般的に中国拳法における対人練習の初歩では、塔手と呼ばれる互いの手の甲を触れ合った状態より、その触覚を通して相手の気配を探る練習から開始される。(よく知られている推手も、この状態から始まるものである)
塔手とはこの手の甲を合わせた状態より、相手が押してこようとしているのか、引いてこようとしているのか、或いは強引に掴まえに来ようとしているのか等、虚実の情報を瞬時に判断して対応していく練習である。
さて、この塔手による訓練で聴勁が身に付いてくると、相手の攻めてくるベクトルというようなものが次第に理解できてくる。
そして、今度は相手の運動エネルギーを如何に僅かな力で逸らすか? という事が課題になってくる。
これには自己の内的コントロールによる化勁を使いこなす為の功夫(錬度)が必要である。
つまり、攻めようとする相手自身に自分が崩されているというような、はっきりした認識のない状態での誘導技術が必要なのである。

日本の古武術においても流水等と呼ばれる相手の攻撃に逆らわず、相手が自然に崩れるのを待って反撃するような技術が存在するそうであるが、中国拳法の場合は、それをさらに積極的にしたものといえなくもない。
中国拳法の場合、当然積極的に相手に干渉していく分、自己の内面のコントロールにも精妙さが要求される訳で、この体内の修練の度合い(功夫)に関しては、自己の化勁度のチェックをして自分の技術レベルの再認識が必要である。

■ テスト

@ 相手と塔手して立つ。
A 相手に突然(予備動作無しに)自分の胸元に塔手していた手を打ち込んでもらう。

■ 結果
A /何もできずに押し込まれる・・・未だ聴勁のできていない段階。
B /身を躱す事ができるが相手は崩れない・・・聴勁のみできている段階。
C /相手の攻撃を躱しながらその重心を引き出せる・・・聴勁、化勁共にできている段階。
D /相手の攻撃を躱しながらある程度自由にコントロールができる・・・聴勁、化勁の功夫共に実用レベルである。*相手の攻撃してくる腕を掴まずに、自分の腕に貼り付ける様にして大きく崩せる方がコントロールがより上手くいっているといえる。また、歩法を使って躱してもよい。

参考技八卦掌における裹滾による化勁(写真掲載予定中!)

@ 平行立ちで向かい合う。
A 攻撃側に順歩捶にて予備動作無しに突き込んでもらう。
B 八卦掌の裹にて受ける。
C そのまま滾して相手の軸を大きく崩す。
[ 太極拳の化勁が、相手の攻撃に対して逆らわずに合わせるように受け流すのに対して、八卦掌の化勁は積極的に自分から弾き出すような意念を持って受け流していく。ポイントは*螺旋勁による相手を貼り付ける技術である。]
*螺旋勁八卦掌独自の纏絲勁。太極拳の様に順次捻じって加速していく纏絲勁に対して、反発力によって全身で急速に発生させる纏絲勁。

こうした自己チェックからも分かるように、化勁とは相手の力を自己の僅かな力で逸らしていくものであり、そこに力みや滞りが起これば、相手はそれを読み取り反撃のきっかけとしていく。
この反撃を無くし、相手の最初の攻撃をできるだけ無理のない形で導き出す為に一体どうしたらよいかを、次章では考えていこう。

■ 化勁を分解する

化勁を成功させるには、一体どういった具体的な技(身)法が必要であるか?

まず先に上げた聴勁の能力は不可避であろう。
この聴勁の技術を習得するには、まず己の体内における余分な動作の放逐を果たさなければいけない。
なぜなら聴勁とは、一種のレーダーのようなものだからである。そして、このレーダーの精度を上げていくには、自己の体内に起こるノイズ(無駄な動き=雑力)を省いてやる必要がある。つまりレーダー画面がクリアに澄んでいるからこそ、相手のこれから起こそうとしている力の発生源を探知し補足していく事が可能でなのあり、また自己の迎撃ラインの計算が速やかに行われると言ってもよい。
余談になるが塔手や推手においては、この互いのレーダー機能に対する欺瞞がその練習においての大きな課題の一つでもある。
相手に対し、如何に偽の情報を流して本当に自分のとりたい行動を誤魔化していくか?また、相手のレーダーを狂わせるべく瞬間的に相手の体を叩いたり、掴んだりして相手の筋肉の硬直化を招く手法は、相手の体内における雑力(ノイズ)の発生により、一時的に探知機能を弱らせる事ができるのである。
こうした攻防の駆け引きを中国拳法では虚実の見極めと表現する。
*雑力小生が合気を研究していて気が付いた、合気勁という技術における余分な力の総称。主に屈筋など力感を伴なう動作で、相手に探知されやすい。

さて話しを戻して、聴勁にて得られた情報により化勁の具体的な行動が開始される。
まず、察知した相手の攻撃方向に逆らう事無くスムーズに誘導していかなくてはならない。
これを成功させるには、自分の体内における雑力をやはり聴勁の時同様に取り省き、ボディーの力を有効に使ってく必要がある。単純な腕のみの運動量では、相手の攻撃力を逸らす事はできても、その重心にまで働きかけるトルクが不足してしまうのである。
中国拳法においては、このような末端の運動部と体幹部の動きを一致させる事を外三合と呼び普段の練習時から注意を促している。
ちなみに外三合とは、「手(先)と足(先)が合い、肘と膝が合い、肩と跨が合う」という意味である。
このような動きの一致における統合力は、套路の単錬功により培われるものであり、中国拳法において単人練習である型が重要視されるのは、こういった功夫の習得の為でもある。そうして得られた全身の統合力を化勁として効率よく使用するには、さらに纏絲勁を使用する。

纏絲勁とは、足底で地面を蹴った反発力が体内を通る過程において、蛇がとぐろを捲いて上がっていくが如く上昇させる技術であり、意念によるコントロールが可能な為、瞬間的に発することもゆっくり発することも可能である。化勁として纏絲勁を使用する場合には、前出のようにトルクを重視して運用する必要がある為、瞬間的にではなく身体の中に溜まった纏絲勁を徐々に開放するようにして運用する。こうする事により、全身の重さを効率よく相手の攻撃部位に伝えその軌道を変化誘導して導き、ただ腕や足を払うだけの防御ではなくその中心軸への干渉が可能になるのである。
なお、纏絲勁は相手との接触面にて開放する事により、捻じった部分での摩擦効果と圧力が高まり相手を貼り付けてしまうという利点もある。
これを中国拳法では貼粘と呼ぶ。

化勁の深化2

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