「BUGEI」誌 2001年冬号を読む
幸運にも2000年末に小生の小文がBABジャパン発行の中国武術専門誌「BUGEI」リニューアル版に掲載された。
今回特にその掲載内容にて補足解説をしておきたいと思い、ここで取り上げるものである。
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2001年「BUGEI」誌掲載文章
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纏絲勁の功夫 (新中国拳法とは?)
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さて、この号で取り上げて頂いた文章の作成が、実はその半年以上前のことであった。
新中国拳法として、日々新たなる技術を検討研究している自分達にとっては、新しい技術を見つけても掘り下げる作業をどうしてもおろそかにしてしまうのだが、この纏絲勁の応用については積極的に実技を重ねてきた。
特に、日本武術のいうところの「合気」ではないが、相手を操作するというところは、化勁の技術とも異なる運用部分が多々あり、自分達がそれまで行なってきた技術に対して大きな進歩をもたらしたといえよう。
さて、この纏絲勁の応用法は普通の中国武術を学ぶ状態で、自己の纏絲勁を使って相手に打ち込んだりした時に通っていく、纏絲のエネルギーとは異なるものである。
その特徴は、纏絲勁の勁力がいつまでも相手の内に残存する事である。
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解説 1(自律主体の纏絲勁)
まず「BUGEI」誌(2001/冬)掲載の写真を見て頂こう。(BABジャパン)
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他律する纏絲勁の実際 [陳家太極拳欄擦衣による自律する纏絲勁]
@ 相手と向かい合い攻撃のタイミングの間を計る。(準備として内面の纏絲勁を準備する)
A 相手との接触し、攻撃のベクトルを自分の右手の纏絲により外側に弾き出す。
B 相手は初撃を躱されたが、姿勢が大きく崩れている訳ではないので、がら空きになったこちらの顔面に向かって二撃目を狙う。
C 接近時に、その拳先を捉える事は難しいが肘の部分は加速するに時間が掛かる為、比較的容易に捉える事が可能だ。
D これをタイミングを取りながら化する。そして「欄擦衣」の型通り、右手を上げると相手の姿勢を殺す事が出来る。
E 自己の胴体部分の纏絲勁を発揮して、相手の胸部を打撃。内面の自律する纏絲勁により、相手をふっとばす。
* ポイント
通常、この様な形で相手に纏絲を効かせることが纏絲勁の一般的な運用法である。
これは小生の考えでは、あくまで「自律する纏絲勁」であり、「他律」に対して積極的とは言い難い。
これがどういう意味かというと、ここで使われる化勁も発勁も、その方向性が打撃に近いものだといえるからだ。打撃は基本的に自己の体内に起こる自律動作により、その効果&結果が発揮されやすいものであり、相手をそれでコントロールし、その機能を喪失させるという事は難しい。
この「差」がしっかり理解できないと、他律する纏絲勁の妙にまで到達する事は非常に難しくなる。
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解説 2(他律主体の纏絲勁)
次の写真は小生が「他律する纏絲勁」をメインにして行なった「欄擦衣」である。(漢字は当て字!)
*右手の纏絲勁のラインが緑、左手の纏絲勁のラインが赤色である。 |
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他律する纏絲勁の実際 [陳家太極拳欄擦衣による他律する纏絲勁]
@ 内面の纏絲の起動
A 相手との接触時に瞬間的に纏絲勁を注入。先の写真2と比べるとお分かりになると思うが、相手役のK田クンの中心線が制御されて、踏み込みが浅くなっている。
B さらに化勁を使うのだが、K田クンの身体が歪みが生じているため右拳の発動に支障が出ている。
C 先の「自律〜」の技が、流れで相手の攻撃を呼んでいるのに対して、あくまでこちらから誘って右拳を出させ、その上で接触して左腕から纏絲勁を注入する。
D 左右の腕の纏絲勁を相手の後方でクロスさせる事により、その動きを停止させこちらの制御下に置く。
E 写真5のアップ。相手にとっては非常に微妙な状態を保たれており、「自律〜」よりも投げ倒したり打撃を入れたりすると、体内に響く度合いが大きい。
* ポイント
これに関しては特にポイントは上げない。
写真を見られたみなさんが、中心軸や力の入り具合等から推察され、実験を試される事こそ一番大切な事である。知識だけの満足は、武術において何ら意味を持たない。
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「BUGEI」2001年冬号 掲載原稿・抜粋
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纏絲勁の功夫チェック
太極拳等いわゆる一般的に内家拳と呼ばれる拳法において有名な纏絲勁であるが、読者の皆さんは実際にこの技術に触れて、何らかの感慨を抱いたことや実際相手を制するのに有利に感じたことがあるであろうか?
一見単純な動作である陳家太極拳の欄擦衣についての順纏絲一つ取っても、中国拳法ではこの纏絲勁の発生から開放まで事細かく注意されるが、果たして本当に纏絲勁には威力があるのであろうか?
@ 相手に片手で腕を掴んでもらい固定してもらう。
A 纏絲勁の運用に意念を置いて順纏絲を行う。
■ 結果
A 掴まれた手が動かない・・・まだまだ内面の纏絲ができていない段階。
B 掴まれた手は動くが相手は崩れない・・・内面の纏絲が少しできている段階。
C 掴まれた手が動くと同時に相手が大きく崩れる・・・内面の纏絲は相当完成している段階。
D 順纏絲の動作をさらにゆっくり行ってもやはり相手が崩れていく・・・内面の纏絲は完成しており相手のコントロールが可能になっている段階。
実際に試してみて如何であっただろうか?
このように実際相手に腕などを強めに持ってもらうと、つい力んでしまって太極拳の要である「放鬆」すらできなかったりして、知らぬ間に相手との力比べで終わってしまうようでは、まだまだ纏絲勁以前の問題である。当然、相手に対して強い効果が発揮できればできるほど、自己の内面における纏絲勁は強いものである。また、さらに応用として両腕で掴んでもらっても同じような効果ができる方が理想である。
内面における纏絲勁
纏絲勁は通常中国拳法の練習においてこのような具体的なチェックを行うことなく、ただ内勁の養成として、その筋肉を順々に捻じっていく感覚を追い求めているものである。しかし、このように実際に相手に掛けてみるという感覚を通してこそ、中国古武術としての本来精妙であるべき身体の操法が見えてくるものであり、またその感覚もより深いものになっていくといえる。
では具体的に纏絲勁を行い威力を発揮していくには、一体どうしたらよいのであろうか?
中国拳法では、「勁は足より、力は腰より」といったような口訣がある。
これはあえて足底で大地を蹴った反動(力)を、ただ単純に身体の中を伝達させるだけではないということを勁という言葉に置き換えることによって述べようとている。ここで言う勁とは、地面を足底で蹴ることにより生じる重力に対する反発力を、自己の体内を通過させていく過程において、無数の螺旋状の回転力を加えることにより、その加速される通路を長く取り、その勁の通っていく距離を稼ぐと共に、通常使わないような複雑に絡まる筋肉の有効利用によるトルクアップを促す訳である。(尚、腰の部分で一番加速され、より統一強調される状態を力とここでは表現している。通常の意味での力ではない。)
これは太極拳のようなゆっくりした独特の錬功こそが、そもそも眠れる筋肉群の効果的覚醒及び統御法であり、その結果論として陳家太極拳では纏絲勁がクローズアップされ、そのまま技術の看板になったともいえよう。
こういった体内における勁力の通り道をできるだけ長く取ろうとする発想は、中国拳法における近接戦闘での威力の低下を防ぐために編み出された技術であり、その最たるものに寸勁などの技術群があるといえる。
またこの独特の螺旋状の運動を助けるには、いわゆる太極拳における口訣の多くが達成されることが必要でもある。例えばそれには立身中正がある。
まず最初に立身中正を破って纏絲勁を行った場合の事を考えてみよう。一体どうなるかというと、本来体軸を真っ直ぐ保つ事により、より細かいらラインでの纏絲を体現できるものが、体軸を傾けた途端に体幹部における螺旋のラインが粗くなり、結果として体内での捲きの回数が圧倒的に少なくなる事になる。
こういったミスは中国拳法で最初に学ぶべき基本技の順歩捶等でよく見かけるものである。
中国拳法の順歩捶は、初学時にはどうしても威力がなく、その威力の不足分を穴埋めする為に、つい前傾姿勢になる事によって体重を掛けようとする形になる。確かにこうすると若干の体重が乗るのは事実であるが、それと引き換えにするのは勁力の損失である事に気が付かなければならない。重いものがただ移動して当たるといった西洋的な発想で中国拳法を考えようとするのならば、ボクシングを練習した方が遥かに容易に威力を得る事ができるであろう。但しこの西洋の格闘技が厳然とした体重による区分をされている事を考えれば、新中国拳法修行者が求めるべきものと明らかに異なるのではないだろうか?
さらに太極拳における二目平視や沈肩墜肘などは、この纏絲勁が体内を伝播していく状況において、その勁力が散ったりしないよう統合力を上げるものであり、各拳訣を故意に間違った形で同じように勁力を通してみれば、その言葉少し余談になるが、この敢えて拳訣を間違ってみる。という練習は非常に大事なことである。
自分が何故そのようにしなければならないのか?」すら分からず、ただテキスト通り闇雲に拳訣を守るのではなく、本来その意味するところが何であるのか?をしっかり把握し認識しておくことこそが、その後の学習に雲泥の差を生むことになるいえよう。そのためにも、一度拳訣を破ることによりマイナス面を自ら実感してみるのもまたよいことなのである。の価値が分かり、より実感しやすくなるものである。
また流派によりこの拳訣は異なることがあり、太極拳は肘を外側に開くことを嫌う内家拳の究極の拳理は同じである。と言うような定説を信じ切っている方は、必ず心理的抵抗があって躓いたりするが、小生が実際そういった肘を開く状態から八卦掌の動作の威力を示すと、しぶしぶ納得される。その方が一体何のために拳法を練習されているのか、その本意が小生には分からなくなる瞬間である。さて話を戻して、最後に自己の内面における纏絲勁の誘導において重要な存在として意念の運用が上げられる。これは内観する事により、上昇してくる纏絲勁を具体的な(勁)力として認識しつつ各部の筋肉による覚醒(加速)作用を促す事となり、感覚器官に頼った通常の格闘技と異なる意による打撃といった中国拳法独特の上の段階への養成にも繋がる。が八卦掌ではその技術上基本から肘を開くことをする。
以上のまとめとして、纏絲勁とは足底で地面(重力)を踏みしめ、その反発する力により得られる威力(勁力)に意念を込めて徐々にとぐろを捲くように体内を這い上げていく技術であり、その動きは太極拳の様にゆっくり行う事もできれば、加速を重視して行う事も可能である。そして最終的に相手との接触面より開放するものといえよう。特徴としては意でコントロールする分、打撃にも防御にも使えるといった自由度が大である。
自己のコントロールから、相手をコントロールする纏絲へ
前章最後にまとめたように、纏絲勁はそもそも攻撃と防御の両方に使えるが、今回は特に防御に付いて検討してみよう。
例えば太極拳では円圏を用いる事により、相手の攻撃を丸く巻き込むように流す技をよく用いる。いわゆる化勁と呼ばれる技術であり、相手の力を利用しつつこちらは最小の力にて、その方向を逸らし・崩す技術であることは今迄の既存の技術解説で語られてきた。
ここで用いられる纏絲勁は自己の内面の力を統御し、効率よくそれを伝達発揮して相手の攻撃部位との接触面において非常に精妙な摩擦(貼粘)を作り上げる事に貢献している。この摩擦は纏絲勁の名の通り回転して相手を巻き込む力がある故に、僅かな接触面から相手の方向のコントロールを可能としている。喩えるなら、この状態は固定されて強力に回転するモーターの軸に物が側面よりぶつかる状態であり、さらにこの軸の周りには糊にあたるような物質が塗られており、ただ弾くだけではなくこれで巻き取ってしまうという発想が大切でもある。
さて、もともとこの纏絲勁という存在は自己の内面においてのみその威力を発揮し、先に書いた通り相手に対しては化勁の手助けになるというのが、一般的な考えではないだろうか?
しかし、この纏絲勁の運用をより積極的にしていくと、相手の攻撃に対する単純なベクトルの逸らしから、その相手自信へのコントロール機能の乗っ取りという驚愕すべき技術すら可能になってくるのである。これを我々は纏絲勁の注入と呼び、自律する纏絲から他律する纏絲へ進歩発展した段階として相手への積極的コントロールとして実際活用している。
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