日本の中国武術界考



「月刊 秘伝」2001年6月号掲載文章


■ 「虚実文化世代の拳法修行」

1970年代初頭・・・時代はブルース・リーと「空手バカ一代」であった。
ブルース・リー最初の日本での放映作品は「燃えよドラゴン」であったが、私が特に夢中になった作品は「ドラゴンへの道」である。リーの鍛え抜かれた肉体と今まで目にした事のない武技にも大いに魅了されることとなったのだが、その技の源がどうやら作品中に語られる「拳法」というものにあるということが、特に興味をひいた。
当時はこの映画の影響と、TVアニメにもなっていた「空手バカ一代」の影響で、日本は一気に空手ブームとなっていったと記憶している。「空手バカ一代」からの空手ブームは当然として、私にとって甚だ疑問でならなかったのが、どうして「ブルース・リー」→「空手ブーム」につながるのかであった。なぜなら、先にも書いた通りリーは作品中において、明らかに「空手」と自己の修得しているている「拳法」を区別しており、「空手は日本から伝わったものだが、拳法は我々の国(中国)のものだ!」といったセリフが映画「ドラゴンへの道」にはあったからである。
この「拳法」とは一体何であるのか? 私にとってこの謎の武術への興味がその後の人生に大きく影響していくこととなる。

「截拳道」・・・ブルース・リーがスクリーン狭しと演じる武技に名前がある事を知るのには、まだまだ時間があったのだが、情報の少ない当時なりに自分の興味を満足させるべく、地元の図書館などに通ったり、街の本屋へ行ってはそれらしい資料を捜し歩いた。
そこで辿り着くことのできたキーワードが「太極拳」・「少林寺拳法」・「空手道」・「中国拳法」・「合気道」であった。
それまで自分が知っている武道といえば、柔道・空手・剣道くらいであったのだが、空手にも幾つかの流派がある事をその時初めて知った。しかし、当時手に入る空手系の資料というのは、大体がブルース・リーに絡めた喩えがしてあり、ひどいものになると「ブルース・リー流空手」とか「中国式空手」などといったとんでもないものまでが存在し、素人の足りない知識を大いに混乱させたものである。
そういった中でも空手道の技術書として自分の記憶に今でも鮮烈に残っているのが、故大山倍達師の著した「ダイナミック空手」と国際松濤館の金澤弘和師の著作であった。
当時の極真空手は漫画などによるイメージから「喧嘩空手」としてすでに十分有名であり、空手の雄としてその著作物からも力強く語りかけるものがあった。
一方、金澤師の著作からは、空手の華麗なる技法群が私の目を釘付けにした。
そこに解説される金澤師ご自身が演じられる組手技の数々は、ブルース・リーのスクリーンで見せる技を彷彿とさせたからである。
(合気道に関しては、ともかく組技主体ということで、この時は残念ながら興味の対象にはならなっかった。)
そして、さらにその中でも気になる存在として浮上してきたのが、「太極拳」と「少林寺拳法」そして「中国拳法」である。
太極拳の著作物として最初に触れたのが、楊名時氏のものであったのだが、さすがにこれが武術というよりも健康法として書かれているものである事は素人目にも理解できた。
一方「少林寺拳法」については、調べれば調べるほど興味が湧き「剛技と柔技」といった技法体系にもひかれるものがあった。少林寺拳法の道場(院)は近隣の街にもあり、その気になれば通うことのできたのであるが、その始めの一歩にどうしても踏み切れないでいたのには、もう一つのキーワード「中国拳法」が残っていたからである。

さて、この中国拳法の書籍と初めて接したのは、市立図書館であったと記憶している。それが中国武術界研究の日本におけるパイオニア、松田隆智先生のお名前と接する最初でありその書名は「中国武術」(新人物往来社)となっていた。
この本は中国武術の歴史の研究書であり、技術解説書ではなかったため、単純にブルース・リーの華麗なる技への憧憬を持つ私にとってはいささか難解であったのだが、そこで綴られる中国拳法という存在には妙に心に引っ掛かるものがあった。また「ドラゴンへの道」での前出したセリフの「我々(中国人)には拳法がある!」との言葉から考えれば、これこそが求めていた「本物ではないか?」と強く感じていたのである。
松田隆智先生の技術書を目にしたのはそれからしばらく後の、街の本屋であった。そこで出会った書籍の名前を「中国拳法入門」(新星出版社)といった。
この本には北派螳螂拳の技術をメインに解説がなされていたのであるが、そこで紹介された技術の数々は「空手」でもなく「太極拳(健康法)」でもなく、一時は自分を魅了した「少林寺拳法」とも明らかに異なっていた。
螳螂拳は、中国拳法の中でも跳躍奮迅著しく、その細密な手法と緻密&豪快な腿法は鮮烈であり、いつしかブルース・リーという当初の目標を私から忘れさせ、この武技を一度は目にし、できれば自分で修得してみたいといった熱い想いに駆り立てていったのである。
余談であるが、この本で紹介されていたのは螳螂拳の入門套路である「小虎燕」。現在の私にとっても、姿勢の高低とスピードを兼ね揃えたこの套路は気に入っているものの一つである。


■ パイオニア

この日本における中国武術界の礎を築かれた存在として、一際大きな影響を与えたのは松田隆智先生である事に異論はないであろう。これは、現在日本で主として学ばれている中国武術の門派のほとんどが、松田先生が紹介されたり、自ら研究・練習されているものである事からも明らかである。
またご存知の通り松田先生には、中国拳法を紹介した多くの著書があるが、特にその中でも「謎の拳法を求めて」(東京新聞)は、ジャンルを超えた方々に広く読まれており、今更私のような者が指摘するまでもなく、大変な名著であることは動かしがたい事実である。
この「謎の拳法を求めて」には、大東流から八極拳・八卦掌といった日本の武術から中国の武術までが幅広く取り上げられており、実体験された方のみが述べることのできる文章には強い説得力があり、読んだ者の心を触発するには十分過ぎるほどであった。
また、この書の中には武術修行における精神的な部分も平易に語られており、修行者の心得から一般常識の範疇におさまりきらない「不思議な能力」にまでが広範に渡って言及されている。
こうして「謎の拳法を求めて」を読んで以降、今度は自分がそこで紹介されている武術に大いなる興味を持ち、中国拳法を求める事になっていく。
それから数年後、ついに松田先生の動きを見る機会が到来した。それが、あの幼児番組中に流れた「カンフーレディー」であった。
「どうして松田先生が幼児番組に?」と驚きはしたが、願ってもない貴重な機会であり演じられている陳家太極拳と螳螂拳の一挙手一挙動作を食い入るように観察した。その松田先生の動作の中で一番興味をひかれたのが、陳家太極拳簡易式中の足底より腿を伝わってグルグルと這い登っていく纏絲勁の動きであった。後年、大陸系の陳式太極拳も学んだことがあるが、TV画面で観たこの独特の纏絲勁の表現に接することは残念ながらできなかった。
さて、大体時期を同じくして「月刊空手道」(福昌堂)に松田先生の連載コーナー「中国武術の世界」が連載され、「空手ブーム」は終焉し次第に「本物の中国拳法とは何か?」へと時代の興味が向かいつつあった。

■中国拳法を学んで・・・

さて、時を経て私は台湾より出稼ぎに日本に来られていた中国の方(政変で台湾に移られた大陸出身者)より、名古屋市内の公園にて本格的に螳螂拳を学ぶ機会を得た。
この時の練習は大陸的というのであろうか、非常にゆっくりとした教え方をされ、套路の学習も中々進まずに焦る事が多かったのだが、現在考えると中国人気質というような独特の雰囲気を味わうと共に、国による文化の差など大変多くのことを学んだ。
この方に3年に渡って螳螂拳を学んだ後、奇縁により念願の武壇系武術(松田先生の系統)を学習する事ができるようになったのである。
幸いにも、武壇に伝えられていた陳家太極拳の老架式も初めて本格的に学習できた。その時に学んだ老架式は、松田先生が演じられていたTV画面を見て、勝手に想像していたものよりもずっと勁の運用が厳しく、足からの纏絲勁でも最大限の意念の運用が要求された。このことから、何事も直接触れてみないと伝わらないということを、大いに実感させられた。
さて、数年の学習期間を経て後、独立して自分なりの研究を重ね、最終的に「新中国拳法」を標榜するに至ったのである。
何故「新中国拳法」と名乗るのかに関しては「秘伝」の姉妹誌「BUGEI」誌上にて以前発表したのであるが、この考えに至る過程を次に少し書いてみたいと思う。

■限定条件での練習効果とは・・・?

独立して以降の研究は、自分がそれまで学んできた技術の整理をまず行い、より自分達に不足していると思われる部分の練習法を仲間と模索する事から着手した。
例えば「どうしてこの様な技(形)として決まっているのか?」・「どうしてこのような順番で繋がっているのか?」等といった先人の作った套路や技への素朴な疑問に答えを見つけることが、中国拳法の逸話としてこれまで広く語られて来た「達人・名人」の域に近付く方法論としての一番の近道であると感じ、その根本をつかむ練習として対人の練習をメインとした「限定条件下」における技の有効性を試すようになっていった。
こういった限定条件をつけた練習というのは、大東流における「合気上げ」の稽古の過程に似ているかもしれない。つまり合気上げの技法そのものに即戦性がある訳ではなく、この相手が両手を抑えるという明快な限定条件においてこそ、大東流で必要とされるべき特徴的な根本技法が次第に身についていくといったような事である。
私はこの「座取り合気上げ」という限定条件下における練習法に興味を持ち、実際に合気勁という中国拳法にはない技法を発見した。
この合気勁を見つけた経緯の細かい部分は省くが、拳法家である私達にとって合気上げという相手に両腕を抑えられるという限定条件下で修得したい技術とは、「相手の力を無力化する」と「相手の力とぶつからない」であった。
柔術の技法を知らない我々にとっては、「座取り」といった状況は、それまで自由攻防をメインにしてきた我々にとってあまりにも厳しい限定条件であった。中国拳法にも「推手」の中に定歩(足を動かさない)で行なうといった限定条件における練習法があるが、攻めきられそうになればその条件を破ってでも逃れるのは当たりまえであった。しかし、座取りでは正座をしているため足を使う事ができず相手の力とダイレクトに接する訳である。
この不自由極まりない状況でも練習を続けたのは、何としても名人故佐川幸義先生の技法に一歩でも近づきたいがためにであった。
さて、苦労して続けた練習の中でほんの些細なきっかけより私は「合気上げ」を一種の型として分解した。この行為により、それまで流れを重視して行なっていた形式から、それぞれ細かく動作を割り振り、その時の時に起きる現象に注意を向けた結果、合気勁という収穫があったのである。
さて、同時進行で進めていた中国拳法の方も「何か合気勁のように隠されたものがあるのではないか?」と套路の細かい分解を進めるようになっていった。
これは「学んだ套路(型)をいかに活用するのか?」といったテーマに沿って行われた。
合気上げ同様、中国の先人が考え出したこの套路にこそ、より多くの上達への鍵が隠されているのではないだろうか?と考えたからだ。そして、ここで一番役に立ったのが武壇系の套路なのである。
さて套路の存在に意義を見出すには、まず相手に向かってその技を使って見る事が肝要であり、思い通りにできない時には何らかの「不足」が自分にあると思い、その原因を追求するべきなのだ。こうした個々の検証を積み重ねた結果、新中国拳法では、それなりに先人の技術発掘に成功していると考える。
「秘伝」誌にて取り上げて頂いた合気勁を始め、「BUGEI」誌で発表した「他律する纏絲勁」などがその成果の一端であるが、この他にも未発表の技法をいくつか発掘してきた。しかし、ここに至って我々はさらなる不足を感じるようになってきた。
それまで種々の技法を自分達なりに発掘していく過程において実に役に立ったのが、実は武壇の先達の方々の情報である。とりわけ蘇c彰師範の発表される内容は難解な部分を多く含んではいるが、武壇系の武術を続ける我々にとっては有益であり次のステップへと導いてくれるものが多かった。


■ より極みを目指す

私は現在独立して「新中国拳法」を提唱している訳であるが、学習できた武壇の武術はその全てではない。この不足分を補うことに関しては、中国人の先生方による情報だけではなく、日本人として最初にこれら拳法を学習され、功夫をより高められた先達である松田先生からのさらなる情報の開示を切望してやまない。
例えば、前出した陳家太極拳の老架式によって我々は化勁の技術を大きく前進させたのであるが、現在それを「緊相」にする事を体が求め始めている。つまり太極拳のセオリー通り「受け流し、相手を崩してからの打撃」といった手順から、瞬間的にこちらの体を変更する事により相手の攻撃の間合いを狂わせ(崩し)、最短距離を相手のセンターに向かって切り込むかのような動きを、知らぬ間に体現し始めたということなのだ。
この動きが何であるのかは、松田先生が以前より提唱されていた「先に展開を求め、後に緊相に至る」といった拳法の段階を現しているのだと思われる。
武壇の系統では「老架式→忽雷架」といった練習段階を経る事により、これを太極拳のさらなる高みに引き上げていくのだろうが、全伝を受けぬまま船出している我々は、それを自分達で作っていかなければならない。
これはあくまで私の例なのだが、ブルース・リーのブームに始まり、松田先生の著作からこの道に入り込んだ中国拳法修行者が、この日本にたくさんいることであろう。そしてその多くの人が、次のステップが一体どこにあるのか現在迷いながらも探されているのではないだろうか?
発勁も寸勁も「らしい事」はできるようになったのだが、これを一体どうしたらよいのか方向性が示されていないのである。
本家中国の方々にとっては、中国武術を学ぶ事に日本人の我々のような意義を見出すという行為はあまり必要ないであろう。なぜなら、我々が学校の授業の一環として柔道や剣道を学ぶ事に何ら思い入れを持たないようなものである。
この日本は古来より尚武の国であり、多種多様な武術が伝承されているにも関わらず、あえて中国拳法を選択した者にとっては、やはりそれなりに自分が学んだものに意義を見出して次のステップへ進みたいのである。この感覚は、中国の老師には理解してもらえぬであろう。
こういった状況の打破において、日本人として我々の先駆を為され、尚且つ現在も練拳を続けておられる松田隆智先生のような第一世代の方々からの、よりレベルの高い自己体験から来るアドバイスが待たれている時期になりつつあるのではないかと、日本における中国拳法の第三世代の私は考え、その情報の開示に大いに期待するものである。
そう、「謎の拳法を求めて」の次に来るようなバイブルを・・・。





「月刊 秘伝」2001年6月号掲載(BABジャパン):定価990円雑誌17637-6



TanTan館へ